第4話 殺し屋とストーカー
暗黒の長い廊下を、殺し屋の女とストーカー男が床を押しつぶすかのように、騒がしく走っていた。
「ちょっと変態!足遅すぎ!」
女が走りながら、後ろを振り向くと、ストーカー男が、もう限界という表情をしていた。
「ちょ、ちょっとまってくださいよ...!」
ガラッガラで死人のような声が後から聞こえてくるが、気にせず女が走り続ける。
はやくしないと、このストーカー男が言う謎の執事にアリスが連れ去られてしまう。
一瞬脳裏に、ロンの顔が過ぎるが、今はあいつのことなんかどうでもいい。なぜ、急に姿を消したのかは分からないが、頭が馬鹿だからだろう。そう考えることにした。
やがて女は、広間の1階に繋がる階段の目の前まで走ってきた。その階段は、まず少し真っ直ぐに降りてから、大きな踊り場で左右に階段が別れている。そこから、広間に繋がる形式だ。
やっと、遅れてきたストーカー男に、女は休める暇も与えずに、ストーカー男に聞き出す。
「本当にこの城の出入り口ってここしかないのね?」
「う、うん...多分...」
男はハァハァと吐きながらも、なんとか、言い終える。
「多分じゃだめなの、ここしかないなら、その執事が絶対ここを通らなきゃ行けないんだから」
「ここだよ、ここしかない」
男がそう断言すると、女は数十メートル先に聳え立つ、立派な扉に目をやる。
そして、偶然視界に微かに写った床に広がる水たまりのようなものを、女は見過ごさなかった。
「あれ...なにかしら?」
「え?」
女は扉の目の前の広がるそれに指をさすと、ストーカー男はそれを辿っていくように目を向けた。
「水?水たまりのようなものが見えますね、近づいてみましょう」
ストーカー男と女は階段を降り、大きな扉の目の前にある水たまりの前でしゃがんだ。
「これって...まさか...」
ストーカー男が、声を若干震わせつつ言った。
「血ね、血溜まりができているわ」
ストーカー男は血に見慣れていないようで、少し怯えているように見えた。
それに比べこの女は、殺し方をしているので、こんなものは見尽くしていた。
城内は真っ暗なので、はっきりとした赤色とは認識出来ないが、微かに血色と判断できる。
「なんでこんな所に血が...誰かがここで殺されたのでしょうか」
「分からない、でもここで誰かが殺されたなら死体が残るはず、誰かに運ばれていない限りね」
ストーカー男は疑問に思って女に聞いたが、女にも原因は分からなかった。
なぜ、こんなところに血があるのか、
私がこの城に侵入した時には、こんなものはなかった。
っとなると、私がロンやこのストーカー男と接触している時に現れたということなのか。
女が推測していると、ストーカー男が突然声を張り上げた。
「あっ!これ見てください!」
男は血溜まりから少し離れた城内右側の床に指を指していた。
女がその指先を目でたどると、そこには右側にある扉に向かって、いくつもの血痕が残されていた。
女がそれを見て、瞬時に思ったことを口にしようとした瞬間、突然閃光弾を放たれたように視界が眩しくなった。
あまりにも、長い時間目が暗闇に慣れていたもので、城内の明かりがついたことに、それぐらいの衝撃を感じてしまった。
女と男は、眩しくて目を防いでいた腕を下ろすと、ゆっくり瞼を開ける。
つい数秒前とは違って、城内の天井に吊るされている巨大なシャンデリアが広間一面を照らしていた。
その光はまるで、演劇の主役を輝かせるように城の上層部の横一列に並ぶ十数名の人間達を照らしていた。
女から見て左側に立っているのは数人の執事、右側には数人のメイド、そして真ん中には、異様な存在を放つ幼くて水色のドレスを纏った少女アリスの姿があった。
なんでアリスがあんなところに!?
この変態男は、変な執事がアリスを拉致したと言っていたはず。
そう思い、隣にいるストーカー男に目配せをするが、女と同じ分からないという顔をしている。
一体どうなっているの?
「あなたたち!そこで何をしているの!」
少女の甲高い声が城内に響き渡る。
今起きている現状に頭が追いついていないでいると、代わりにストーカー男が口を開いた。
「ア、アリスちゃん!よかった!連れ去られたと思っていたから心配してたんだよ!やっと見つけれた!」
何を言うのかと思えば...
そう言えばこのストーカー男はストーカーだと言うことが改めて分かった。
「あなたは...」
遠目でアリスの表情を窺うが、眉を引きつっているのが見て取れた。
すぐにこのストーカーが誰なのか分からなかったのだろう。その間に女はストーカー男に、あの中に例の執事がいるか、声を潜めて問い出した。しかし、ストーカー男は黙って首を左右に振った。
「あなたは確か、私が先日外出なさっている時に私に想いを告げにきた人?ここでなにをなさっているのですか」
当然振られたのだろう、女は思った。
「アリスちゃんを守りにきたんだ!悪い奴らがアリスちゃんを襲わないように!」
明らかに男の発言は、典型的なストーカーが言うものだった。
さすがにあの華美な少女アリスもこれにはドン引きしたようで、汚物を見るかのようにストーカー男を見下ろした。
「あなたはここで何をしてなさるの?」
もうストーカー男とは関わりたくないようで、女の方に話が回ってきた。
急に来たから誤魔化す言葉を何も考えてなくて、女が口を紡いでいると、アリスはさらに訊いてきた。
「3階の窓ガラスを割って入ってきたのはあなたでしょ?何が目的?」
いや、違う。それは私じゃない。
女は声に出さず、心で発言した。
アリスはロンと勘違いしてる?
いや、まって、そもそもロンという盗賊がこの城にいることを知らないのかも?
だとしたら、その勘違いを上手く利用すれば、アリスを出し抜けるかも知れない。
そう思い、ロンを騙ろうとして、口を開けたところで冷静さを取り戻した。
まって、そもそもそんなことをする必要ないじゃない
私は殺し屋、今目の前にそのターゲットがいる。
殺す以外に方法なんかないじゃない。
開いた口をそっと閉じ、腰に添えてある黒い物体の持ち手を強く握る。
意を決して、素早く取り出し、照準を2階にいる真ん中アリスの額に向ける。
同時に、重い銃声が鳴り響く。
隣から一瞬『やめて!』と声が聞こえてきたが、すぐに銃声にかき消された。
音の余韻に浸りつつ、火薬煙の奥に少女のシルエットがあるか確認する。
しかし、そこにはアリスよりも一回り大きいメイドの女がナイフを構えて立っていた。
「え...うそ...」
あのナイフで弾丸を防いだっていうの?
メイドが持つナイフは、果物ナイフ並の小サイズのものであり、それを銃の弾に当てるのでも至難の業といえる。
にわかに信じがたい現実に目を丸くするが、すぐに我に帰る。
女はさらにさらにメイドに向けてトリガーを引いた。
音が鳴り止むことなく、定期的に銃声が雄叫びを上げている。
同時に、金属と金属が摩擦するような音も連続で聞こえてくる。
トリガーを引く。
しかし、もう弾はない。
「ば、ばけもの!」
メイドの女は先程と同じようにナイフを構え、立っている。
女が空になった鉄砲をその場に落としたことが合図かのように『メアリー』とアリスが口にした。
アリスの前に庇うように佇むメイドが『はい』と凛とした声をあげると、柵を飛び越え踊り場に、さらに飛び越えこちらと同じ階まできた。
さっきまで上に向けていた目線を真っ直ぐ向かった先にいるメイドに向けた。
「先に雑魚から片付けましょうか」
メイドは女ではなく、隣にいるストーカーの方を向く。
ストーカーは「ひっ」と声に出ないくらいの悲鳴をあげた。
「よくもアリス様のことを...」
そこまで言いかけると、ストーカーは情けない悲鳴を上げて左の扉に向かって、走り逃げていった。
メイドがそれを捉え、身軽なステップでストーカーまで接近するとナイフを刺そうとした。
キンッ
金属同士の接触音がする。
女のナイフとメイドのナイフがぶつかりあった。
女同士が睨み合う。
するとメイドは、女の足に蹴りをいれて、見事女は宙に一瞬浮いた後、横になり落ちた。
横腹に衝撃が走り、一瞬呼吸ができなくなる。
メイドは休むことなく、そのまま女の顔にハンカチを覆い被さった。
しまった!睡眠薬!
女がそう思った時には遅く、意識は既に朦朧としていた。
ああ...だめだ...勝てなかった...ごめんなさいキール...
瞼がゆっくりと開いていく。
しかし、見える景色は目を瞑っている時と同じくらいに暗闇だ。
どこかで、滴がポトンと落ちる音が聞こえてくる。
「目が覚めた?大丈夫?」
幼い女の子の声が聞こえてくる。
だんだんと意識が回復してきて、数秒後に上半身だけを起こした。
その時、前方にあったものが気味が悪すぎて、女の目を完全に覚まさせる。
あるのは牢屋、その先に横にずらりと並ぶ大きなカプセル。
その一つ一つの水中カプセルの中に全裸の人間が浮いている。
「きゃっ!」
久しぶりにこんな声を上げたなと思いつつ、後ずさりをした。
「驚いた?」
さっきと同じ女の子の声がした。
右を見る。
そこには、金髪でややボロボロになった水色の服をきた少女アリスがいた。
「な、なんでアリスがここに!」
女は思わず腰に添えてある者を引き抜こうとするが、すぐにもう使い切ったことを思い出した。
「私はアリス、でもあなたがさっきまで見てたアリスとは違うよ」
「え?どいうこと?」
さっきのアリスとは違う?
頭の中で反芻する。
「さっきのアリスはアリスじゃない、あの子はアリサ、私の双子のお姉ちゃん」
「双子?」
女がオウム返しをする。
「そう、私は訳があってアリサに拘束されている」
訳?頭の中で引っかかる。
「ここで何が起こってるの?なんであなたは拘束なんか?」
今更だが、今夜この城で起きていることは、たまたまではないことが分かってきた。
盗賊に誘拐屋、おまけにストーカー男。さらにアリスが双子だったってことが分かった。
私は殺し屋でアリスを殺すことになっているのだが、この場合どっちを殺せばいいのか。
アリサ?それともこのアリスのこと?
頭が全く追いつかない。
ついでに、あのストーカー男はどうなったのか。そして、あの血溜まりの先には誰がいたのか。
「アリサは私達を殺すつもりよ、あの盗賊も執事もストーカーも」
「殺すって...てかなんで盗賊や他の者がいることを知っているの?」
「まぁ、それも含めて話すわ、アリサと私の過去を」
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