第3話 盗人と誘拐屋


「ぼ、僕が知ってるのはこれくらいです!だ、だから殺さないでください!」

女はアリスの部屋で、男から謎の執事と出会った経緯から今までのことを話してくれた。

それで、ひとつ分かったことがある。

「あんた、変態野郎ね」

「え?」

それに、気になるのはその変な執事の男。なぜアリスを誘拐する必要があるのか。

「ねぇ、ロン、その執事のことどう思う?」

口元を手で覆い隠しながら考え、隣にいるロンにも投げかけたが、そこにはいるはずのロンが消えていた。

「え?ちょ!ロンは!?」

女は周りをキョロキョロするが、いるのは変態だけ。

「さ、さっきの人なら僕が話す直前に飛び出して行きましたよ?」

「はぁぁぁぁぁぁ!?」



やばいやばいやばい、なんでこんなことになってるんだよ!?

盗人ロンはそんな思考を繰り返しながら、闇の廊下をただひたすらに走っていた。

騙された!あの女なにが「私と一緒ね」だ!あいつ、おもっきし殺し屋じゃねーか!殺される殺される!はやくここの宝奪って家に帰ろう。

ロンは1階につながる階段がある場所まで来ていた。そこは、周りが木造の柵で囲まれていて、二階から一階を見渡すことができる。

広間の真上には高級ビッグシャンデリアがあった。

ロンがひたすらに走っていると、視界の方で微かに人影が見え、足元を止める。

柵に手を置き、正面玄関口の方に目を凝らして見ると、暗闇の中に確かに人が倒れていた。

ロンは何も考えず、柵を身軽に飛び越え、その元へ駆けつけていた。

「っ!?」

大きな頑丈そうな扉の前に横倒れしているのは、執事の姿をした男だった。

整った顔だが、口から赤い液体を流している。それでも執事は美男だった。腹部からは大量の出血が見られ、その周りには生々しくそれが広がっている。

「お、おい!大丈夫か!?」

ロンはその場でしゃがみこみ、執事を軽く揺さぶった。しかし、反応はなかった。

「し、死んでる!?」

それに突っ込むように、男が「ゲホッ!ゲホッ!」と数滴の血を放ちながら、激しく咳き込んだ。

「おっ!生きてた!大丈夫か!?」

「あ...ああ...お前...誰だ?」

執事の男は今にも死にそうな声で言った。

「今は俺のことなんてどうでもいい!誰にやられたんだ!?」

「...あの女だ...俺は騙されてたんだ...あいつは殺人鬼だ...」

「女...」

ロンの頭に思いうかんだ女はアリス...ではなくてあの殺し屋の女だった。

「あ、あの女にやられたのか!?いつの間にこんなことを!」

「ゲホッ!ゲホッ!」

男はまた、激しく吐血しながら咳き込んだ。

「とりあえず今は安全な場所に移動しよう、あんた執事だろ?どこかいい場所ないのか?」

男はすり減った僅かな生命力で、広間の右端にある1つの扉を震えながら指した。

「あ、あそこに治療部屋がある...そこに連れてってくれないか?」

「ああ!わかった!少し痛むけど我慢しろよ」

ロンはできるだけ、執事に負担を与えないように肩を貸し、執事が指さしたすぐ近くのドアを目指して、歩いていった。



こ、ここはどこだ?

目を覚ますと明るい天井。

確か俺は背負っていたアリスに刺されて...

曖昧な記憶をゆっくり辿りながら、最後に思い出したのは、謎の少年が助けに来てくれたことだった。

それを思い出すと、勢いよく体を起こした。

「いっ!」

腹部と背部に鈍い痛みが走った。痛みの元を見ると、シドウは上半身裸で、そこには血が若干滲んでいる包帯が巻かれていた。

「あっ!ちょ、今起きたら傷口が開くって!」

突然横からやってきたのは、先程の少年だった。辺りを見渡すと、治療道具やら本やらあって、何となく病院風の匂いが鼻を刺激した。

「お前が治療してくれたのか?」

「お、おお、まあな」

「ありがとう、助かった」

「て、照れるからやめろよ!」

少年は頬を赤らめ、目をそらした。

「あっ!助けてあげたんだから俺を見逃せよ!」

再び、少年の目がこっちを向くと、今度は若干怒り顔だ。

「見逃す?なにをだ?」

「俺、この城の宝盗みにきた盗人だから」

「あーそういうことか、ふっ、安心しろ、お前を捕まえるような真似はしない」

今のシドウにとっては、盗人がなにを盗もうと全く関係がなかったからだ。

「ほんとか?よかったー!お前優しいな」

少年は幼い笑顔でそう言った。

「助けてくれたお礼に一つ忠告しといてやる、悪いことは言わない、早くここから出ていった方がいい、とは言っても俺達は閉じ込められたんだがな」

「え?閉じ込められた?」

少年は目を大きくして驚いた。

「ああ、正面玄関の出口が何故か開かないんだ。多分嵌められた。あの少女は侵入者全員殺すつもりだ」

侵入者という言葉を口にした時、シドウはあのストーカー男のことを思い出す。さらに関連して、思い出した正面玄関口が開いていた謎の出来事。さらに、今新しい謎が生まれた。今この城に、ストーカー男とこの盗人、そして誘拐屋である俺がいる。こんなにも偶然に悪者が集まるのか?なにかおかしい...

「少女...?それって...さっき言ってた女のことか?」

少年は何故か「少女」という言葉に訝しげな表情をしてたが、すぐに元に戻る。

「ん?あ、ああ、あいつはきっと殺人鬼だ。てか、さっきもそいつを知ってる風な聞き方だったが、知ってるのか?」

「まあーさっきまで一緒に行動してたからな」

「...は!?一緒に!?」

こいつは、なに平然とすごいことを言ってるのだ。

「いやさー、俺窓から盛大に侵入してね?それから宝ありそうな場所探してたら、そいつと出くわしちゃってさ、そしたらそいつ、俺のこと仲間と勘違いしやがってよ」

あの、大きなガラスが割れる音はこいつが原因だったのか。いや、待てよ、ならその窓から脱出出来るんじゃないか!?いや、でも今は執事やメイドたちがその部屋に集まってるかもしれない。危険だ。

あと、なんなんだ?こいつの言ってることはめちゃくちゃすぎる。どう見たってこいつは、ここの住人でもないし、怪しい侵入者だ。そいつをアリスが仲間と勘違いだと?

「俺も初めは仲間だと思ってたんだけど、そいつ自分で殺し屋って言い始めて、隙見て逃げてきたってわけ、それであんたを見つけた」

アリスを背負ってたわけだから、この男がアリスと一緒に行動してたとなると、俺は大分長い間気を失っていたのか?

「な、なんか俺にはよくわからんが、とりあえずその女には注意しろ、次は殺されるかもしれない」

「ああ、そのつもりだ。てかあの女、執事まで殺そうとしやがったのか、悪魔だな」

「まーそれにはちょっと訳があるんだが...まあいい、それよりさっきも言ったが、はやくここからでた方がいい」

「悪いが、それは宝を奪ってからだ。俺には金がどうしても必要なんだ。なあ、あんたここの執事なら宝が眠ってる場所知ってるんじゃないのか?」

執事に城の宝の在処を聞き出すこいつは一瞬バカだと思ったが、シドウにはやはり、どうでも良いことだった。

「この城の執事がお前に教えると思うか?...と言いたいところだが、正直俺には関係ない、助けてくれたお礼もあるし、教えてやる」

「おおっ!」

少年は、子供のように目を輝かせながら、興奮していた。

「地下一階に金品財宝が埋まってると、他の執事から聞いたことがある。定かではないがな」

「マジか!?うおぉぉぉぉ!興奮してきたぁぁぁ!!サンキューな!」

少年はその場で回転したりして、子供がおもちゃを買ってもらった時のように喜んでいた。

「別にどうってことない、俺はもうちょっとここで休んだらここから脱出しようと思う。正直、もうアリスとは関わりたくないからな」

「え、そうなの?なんで?」

「いや、そりゃあそうだろ!だってこんな目に合わされたんだぜ?」

「お、お、ん?あー間接的にってことね」

「ん、んー?まあいい、とりあえず気をつけろよ」

「おう、なら行ってくる」

なんか、ちょくちょくこいつと言ってることと俺の言ってることが食い違っている気はしたが、深く考えるのもめんどくさくなってきた。少年がはしゃぎながら部屋から出ていくと、シドウは疲れきって、ベッドにバタンと倒れた。



ふぅ〜なんとか地下までたどり着いたけど、この城、マジで迷路だな。他の執事とかに見つかりそうになるし、危ねー危ねー

ロンはようやく見つけた地下への階段を下りて、さらに濃くなっていく闇霧の道を歩いていた。

なんも見えねーな、そう言えば、カバンにライター入れてたっけ

ロンは思い出したようにカバンから小型ライターを取り出すと、カチッと鳴らし小さな炎を出す。その炎は辺りを照らすが、視界に浮き出たのはとんでもないものだった。

「な、なんだよこれ...」

思わずロンの口からこぼれてしまったのは無理もなかった。

目に入ってきたのは、大量の大きなカプセル。そのひとつひとつのカプセルの中に水が入っており、さらに全裸の人間がブクブクと浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る