第2話 誘拐屋とストーカー

満月の夜に2




「失礼します」

無駄に豪華な扉をコンコンと二回ノックした後、右手でドアノブを捻って奥に押した。左手で湯気が立ち上るお茶が乗ったお盆を支えながら部屋に入ると、まず目に入ってきたのは巨大なベッド。それは小さな女の子にはでかすぎるくらいだった。

「お茶をお持ちしました」

ベッドのすぐ左横にある高級木材で出来た机で、アリスは本を読んでいた。

後ろ姿から見える金ピカの髪色と、それにマッチした水色のドレスは、お姫様と言うよりお嬢様だった。実際にも、アリスはまだ14歳という子供だった。

「ありがとう、机に置いといてくれる?」

金色の髪を揺らしながらこちらを振り返った彼女の顔は、まだ幼しさが残っていた。それでも、圧倒的可愛さを放っており、将来はさぞ、美人になることだろうと思った。

「かしこまりました」

読書の邪魔にならないよう机の端にそっと湯気が出てるお茶を置くと、アリスがこちらの顔をじっと見つめていたことに気づき、ビクッとした。

普通ならこんなにも動揺しないだろう。しかし、この執事には後ろめたいことがあったのだ。

バレたのか?いや、まさかな

「ど、どうかされましたか?姫」

心を悟られないよう、平然と誤魔化す。

「シドウ、あなたって本当に綺麗なお顔をしているわね」

「え?」

何を言ってくるのかと思えば、そんなくだらないことか、と心の中で安堵する。

確かにシドウという名のこの執事は、美貌で鼻筋も通っていて、目もキリッとしている。いわゆるイケメンで、おまけに高身長。その容姿がさらに、紺色のサラサラヘアーにより、加点ポイントになっている。

今まで、数々の女を落としてきたシドウだが、好きで落とした訳では無い。彼のある仕事を成功させるために利用しただけだ。

シドウが返しに困っていると、アリスが待つことなく口を動かす。

「よし、やっぱりやめてアレにしよう!」

アリスがシドウから目を離すと、正面を向き、両手で小さなガッツポーズを取った。

「アレ?アレとは?」

「ふふふ、気にしないで、お茶ありがとうね、頂くわ」

ズルルと音を立てながら、上品にお茶を飲む姿をじっと眺めるシドウは、口角が上がるのを我慢して「失礼します」と声をかけ部屋を出る。

扉がガチャンと閉まった音と共に、顔が不敵な笑みを零した。



長い針と短い針が一番上で重なった。

その時がシドウのミッション開始合図だった。

シドウの任務、それは生きてアリスを誘拐すること。二時間前にお茶に仕込んだ強力睡眠剤によって、今頃アリスは気持ちよくベッドで夢を見ている頃だろう。その間にアリスを連れ、この屋敷から脱走し、依頼主まで届けるのが任務内容。

しかし、シドウには1つ不思議に思うことがあった。それは、依頼主による動機もそうだが、その報酬額だ。だいたいの報酬は中ぐらいの宝石を買うことができる程度額なのだが、今回は人生を3回楽しめるくらいの大金額だった。それほど、このアリスという女に価値があるのだろうか。

まあいい。それは俺には関係のないこと。ただ、任務を遂行するだけ。

暗闇の屋敷の廊下を1人の執事が歩く姿は、まるで刺客。所々に窓から入ってきた月の光で、廊下を照らしている。

ふと、シドウは窓の外を眺めた。

今日は満月か。

月にもの思いにふけって魅了されていると、前方で人の気配を感じた。

思わず身構えて、前方に広がる闇を凝視した。

この先にあるのは、アリスの部屋のみ。

まさか、起きてきたのか!?

恐る恐るそんな不安を抱えながら、前に近づくと、やがてその正体が目に入ってくる。

すぐに、 それはアリスではないことに気づいた。男はアリスの部屋の前でもじもじとして、その場をぐるぐる歩き回っていた。

格好からして執事でもなければ貴族でもない一般人。なぜこんなところに?

もし、こいつが侵入者ならば、この城の世界最強のセキュリティを突破したことになる。

正面玄関で16桁のパスワードとカードキー、さらに合言葉によって頑丈な扉は開く仕組みになっている。

そんなことが一般人に可能なのか?

そもそも、本当に一般人なのか怪しくなってきた。

「こんなところでなにをしている」

シドウはここの執事。つまり、ここにいても見回りをしていたなどの口実で免れることはできるが、この怪しい男はそうはいかない。

その男はやっとこちらの存在に気づき、シドウの声で大袈裟に体をビクッとさせた。

「ひっ!ち、違います!僕は怪しいものじゃありません!」

「どう見たって怪しいだろ...」

あまりにも場違いなことを言うので、思わず声に出して突っ込んでしまった。

「ち、違うんですよ、僕はただ彼女を変なストーカーから守るために、彼女を見守ってるだけです!」

そうか、こいつはストーカーなのか

「そ、そんな可哀想な人を見るような顔はやめてください!」

そんな顔を自分がしていたことに少し驚いていたが、やはりこいつは何かおかしい。

つまり、さっき言った通り、この城のセキュリティを突破したことになる。

「お前、どうやってこの中に侵入した?」

「え?ふ、普通に正面口の鍵が開いていたので...」

なに?正面玄関のあの馬鹿でかい扉が開いていただと?有り得ない。つまり、誰かが開けっ放しにして忘れたというのか?そんなバカはこの城にいないはず。なら、まさか他に侵入者がいるというのか!?

その時だった。

上の階の方でガラスが割れる音が聞こえてきた。それは下にいたシドウ達にもはっきりと耳に伝わってきた。

ストーカーがさっき同様、大きくビクッと体を動かした。

「ガラス?一体なぜ?」

ついに、シドウの中で何か異変が起こっていることに気がついた。

何かおかしい...

ストーカー男に、正面玄関の扉が謎に開いていた。そして、今のガラスの割れる音。

シドウは一刻も早く、アリスを誘拐しければならない。そんな気がしてならなかった。

このストーカーをどうするか一瞬考えたが、上手く利用させる方法が思いついた。

「おいお前、死にたくなかったら一緒にこい」

ストーカーは、首を縦に振ることもなく、ただ怯えていた。

シドウは男を手で強引にどかし、アリスの部屋の扉を開けた。

部屋は暗黒に染まっていたが、ベッドの膨らみは見ることはできた。

睡眠薬で起きることは、しばらくないと分かっていたので、急いでベッドの傍まで駆け寄った。掛け布団を少し強引にめくると、気持ちよさそうに眠る少女アリスがいた。まるでそれは、どっかのおとぎ話にでてくるお姫様のように。

シドウはすぐさま、アリスを背中に担いだ。

それを傍で黙って見ていたストーカーがようやく口を開ける

「え?ちょ、なにしてるんですか?」

「黙れ、死にたくなかったら俺の命令に従え、今すぐそこのタンスにあるアリスの服に着替えそのベッドで寝てろ、いいな?」

ストーカーは1ミリもシドウの言っている事に理解ができなかった。それはそうだろう。こいつはただのストーカー。そして俺は誘拐屋。こいつにはアリスの変わり身になってもらう。

「さっさと動け!」

硬直していたストーカーを怒鳴ってそう促すと、男はようやくタンスに向かい、中を漁った。

シドウはそれを眺める時間もなく、女の子を背負い、ただ正面玄関に急いで向かった。


迷路みたいな城内を走り回って、ようやく今目の前に大きな扉がある所までたどり着いた。

幸いにも、他の執事やメイドたちは、先程のガラスの割れた部屋に向かっていたので、この正面玄関まで出くわすことは無かった。


片手で大きなドアノブを握り、捻って前に押す。が、開かない。ビクともしなかった。それはシドウに力が無いわけでもない。セキュリティは外部から内部に入るときにか発動しないので普通に開けれるはずなのだ。

でも、開かない。何回も何回も片手で揺さぶる。が、やはり開かない。

なぜ開かない...?

あのストーカー男はこの扉が開いていたと言っていたが、今は開かずの扉になっていた。

その刹那、背中に鋭い痛みを感じた。何かが、背中から足元まで垂れて、やがてそれは床にポチャと音を鳴らし落ちる。

さらに、シドウの耳元で悪魔の囁きが呟かれた。

「死ね」











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