満月の夜に

池田蕉陽

第1話 盗人と殺し屋


都から数キロ離れた先に、その城はあった。

周りにはそれを除いて、建造物ひとつ無い。僅かに見えるのは、満月に照らされている草と木だけだ。

盗人ロンは巨大野原のど真ん中に、異様な存在感を放ち、月の光を浴びた城を巨木の枝に座り、それを単眼鏡で眺めていた。

「あれが噂の世界一金持ちの人間が住むアリスの城だな」

ロンは単眼鏡から目を離し、皮素材の肩がけバッグにそれを入れると「よし!」と気合を入れ、両頬をパチンと叩いた。

「どうせ侵入するなら、豪快に行ってるやるか!」

ロンはアリスの巨城の高い屋根にワイヤーを付け、それに体を任せ、宙に向かって勢いよく飛び出した。

4階の大きな正方形の窓まで来たところで、ワイヤーと体を分離して、そのまま、窓に突っ込んだ。

パリンと大きな窓ガラスが割れる音と共に、内部に侵入した。ロンは前転をして、上手く着地を成功させると、ガラスの破片をジャリジャリと音を鳴らせながら、小さな部屋を後にした。




「なんだ今の音は!?」

「上の物置部屋から聞こえてきました!見に行きましょう!」

わりと年を取った執事と、まだ二十歳くらいの見習い執事が、壺の裏の影に身を潜める女の前を通って行った。

行ったわね。

女は二人の執事が上の階に登ることを確認すると、階段の反対側の廊下の先にある、アリス姫が寝てるであろう部屋へ向かった。

それにしても、さっきのガラスが割れる音はなんだったの?

女は慎重にいつまでも続きそうな暗闇の廊下を歩きながら、当然の疑問が生まれた。

まあ、いいわ。さっさと仕事を終わらせて、南国の島で休暇を楽しむわよ。

そんな、南国の砂浜で過ごす自分を想像しながら歩いていると、目の前から貧相漂う男がこっちに向かってくることに気づいた。しかし、気づくのが遅すぎた。一応、人の気配には敏感だが、こんなにも気配を消し、目の前に現れた男を只者ではないと判断した。

男の外見は、皮の肩がけバッグにボサボサな髪の毛、顔は平凡そうな普通の顔だった。

気配がなかった?まさかこいつも...?

「あ、やべ」

男はそんな言葉を放ったにも関わらず、全然逃げも隠れもしなかった。

「え、えーと、見逃してくれませんかね?」

「は?」

「あっやっぱダメですよね!ごめんなさぁぁぁい!!」

男は背を見せて後に走り出した。

なんだこの男は?

逃げるのを見ると、この城の住人ではなさそうだ。となるとやはり私と目的は一緒?

「あっ!ちょっと待ちなさい!」

女は男を追いかけるが、その姿は暗闇に消えていくばかり。

なんて逃げ足なの。

でも私の調査によると、確かこの先は行き止まりのはず...

やがて、女は男に追いついた。男は壁に追い込まれながら「しまったー俺どんだけアホなんだよ...」と頭を抱えていた。

どうやら足はいいけど頭はあれらしい。

「あなた、この城の人間じゃないわよね」

「は、はい」

男は頭を抱えていた手を離し、ゆっくりとこっちを見た。その表情は、この状況に困惑感を醸し出していた。

「安心しなさい、あなたを捕まえるような真似はしないわ、恐らくあなたと私の目的は同じなはず」

男はえ?と言わんばかりな表情を見せた。

「え?マジ?ならあんたもそうなのか?」

やはり、そうだったのか。こいつも私と同じ殺し屋なんだ。



「いやぁ〜まさか同じ人がいるなんて、偶然ってあるもんだな」

女は、呑気にゲラゲラと笑っているこの男と同伴することになった。長い廊下の中で男の笑い声が響き渡った。

「ちょっとあんた!うるさいわよ!」

女が声を潜めて、男に注意した。

男は「わりーわりー」と顔で笑いながら適当に謝った。

「そう言えば、あなた名前は?」

「俺か?俺はロン、ちなみにこれは俺が自分でつけた名前だ。だから本名は分からない。っでお前は?」

本名は分からない。おそらく物心をついた頃から1人で生きてきたのだろう。それでこんな仕事にも手を加えてる。女はそう判断した。

「お前って、あなた目上の人には敬語を使うように言われなかったわけ?」

勝手な判断で自分が年上だと決めつけたが、どう見たってロンと名乗る男は17歳くらいの少年だ。

女は今年で23歳。ちなみに独身だ。

「そんなのいちいち気にすんなよ、めんどせーな」

腹が立ったが、これ以上言い返すと余計にめんどくさそうなので、女は諦めた。

「私は教えないわよ、名前」

「なんで!?俺は教えたじゃねーか!」

「だからうるさいって!近くでアリスが寝てるかもしれないのよ!?てか、普通教えないでしょ、一応殺し屋してるわけだし」

「は?殺し屋?何言ってんだお前」

「あ、 着いたわ、ここよ」

女はロンの最後のセリフを完全に無視して、やっとたどり着いたアリスの寝室のドアノブを握った。

「おい聞けよ」

「シッ」

女は男に静かにしろと、口元に人差し指を持っていき、ジェスチャーした。

ゆっくりと女がドアを奥に開けていく。徐々に部屋の構造が目に入ってきて、一番奥に大きなベッドが置いてあった。

女とロンは物音たてずに、ゆっくりとベッドに近づくと、掛け布団の中に人間らしき膨らみが見えた。

顔は掛け布団の中にあって見えないが、恐らくアリスだろう。

確信はないが、ナイフケースから鋭い光沢を放った刃を取り出し、大きくナイフを振りかぶった。しかし、その瞬間横から腕を握られてビクッとなった。

「ちょっと!なにしてんのよ!」

声を押し殺しながら女がロンに怒鳴った。

「それはこっちのセリフだ!なに普通に殺そうとしてるわけ!?宝だけ奪ってズラかればいいだろ!?」

「は?宝?殺し屋にそんなもんいらないわよ!早くアリスを殺して城から逃げるのよ!」

二人が噛み合わない会話をしていると、いつの間にか、アリス?がベッドから起き上がっていたことに気づいた。

「た、た、頼む!殺さないで!」

アリス?は女とロンに怯えながら後ずさりをした。

「こいつがアリス...?なんか男みてーだな」

「いや、違う...アリスじゃない...あなた誰...?アリスはどこ?」

カツラまでしているアリスの格好をした貧弱そうな男は、震えがちな声で言った。

「ぼ、僕はただ、こうして寝てろって変な執事さんに言われたんだ、アリスはその執事さんが、さらって行ったよ」

「執事?」

何が一体どうなってるの?この男はなに?それになんで執事がアリスをさらったの!?

徐々に暗殺計画が崩れていく殺し屋の女と、ただ、宝物を盗みに来ただけのロン。そして新たに現れたアリスの格好をした謎の男と、アリスをさらう謎の執事。


城に集まった4人の悪人達は、これから悪夢のような夜を過ごすことになるのを、まだ知らなかった。

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