第三十四話 久々の家族団らん
私、リリア・フォン・ヴェルディド・フィールダーはフィールダー子爵家の長女です。そして私は貴族子女であると同時に上級魔術師でもあります。そんな私はつい先ほどまで何かをしていたような気がするのですが……というか、これは……夢……みたいですね。
ということは、どうやら私は眠っているようですね。……でも、ベッドに入った記憶がないのですが……今日は本当に一体何をしていたんでしたっけ……
……ええっと今日は確か……そうです、街を襲っていた魔人と戦っていたはず……それで、命を落としかけた私をクライス兄さまが颯爽と助けてくださったんです。
……まるで物語の英雄や王子様のように……かっこよかったなあ……とか言っている場合ではありませんね。ええっと……その後はお兄様が魔人を討伐されて……さらにその後、二人で重傷者の治療をして……あっ、思い出しました。……確かその後……
「そうでした、お兄様の前で私は魔力枯渇で気絶して……」
「ああ、それを俺が運んだんだよ」
「……お、お兄様……な、なんで私に部屋に」
「それは当然、お前が俺の目の前で気絶したからだよ。あの場に放置するわけにもいかないし、他の使用人たちも事後処理に追われていたから、俺が連れてくるしかなかったの……部屋に勝手に入ったのは悪かったな」
「い、いえ……魔力の管理ができていなかったのは私の責任ですし……」
「いや、リリアが魔力を使い切ったのは、ちょうど全員の治療が終わったところだから、むしろ魔力量はよくコントロールできてたと思うよ」
「そ、そうですか」
リリアが目覚めたのは、俺が彼女を部屋に運び込んでから三十分後のことだった。起きた直後に、リリアがやけに慌てていたが……まあ、勝手に男家族に部屋に入られたら普通は慌てるどころか怒るよな。世界最高クラスの魔術師と言っても、中身は十三歳の女の子なんだし。
「すいませんでした。なんだか取り乱して……」
「いいよ、全然気にしないから」
「それで……あの、言いづらいんですが……ええっと、その、体中、汗とか、さっきの治療の時に飛んだ血とかで……少し気持ち悪いので……一回、着替えさせてもらってもよろしいでしょうか」
「あっ、ああ。そういえばそうだな。じゃあ、俺は部屋を出て行くよ」
「なんか、すみません」
「いや、俺も着替えたかったから。じゃあ、また後で」
そう言って部屋を出た俺は、着替え中の妹の部屋の前に居座る訳にもいかず、ひとまず昔の自室を目指そうとした。…と、その時、後方から廊下を走る足音が響いて来た。
「んっ、誰だよ。こんなに屋内で足音出してまで走ってるのは……あっ」
「すまないな、避けてくれ」
「お父様なんで走っているんですか。って、ちょっと待って下さい。今、部屋に入ったらマズいですけど……」
「リリア、無事か……ウゲッ」
「<
そのリリアの叫びが聞こえて、直後にドアがバタンと閉じられて………後に残されたのは風魔法で吹き飛ばされ、娘に大嫌いと言われた哀れな父親だけだった。……にしても、俺の時とは全然態度が違うよな…猫被ってたのかなあ…って、今は父さんを復旧させないと。
「お父様…大丈夫ですか」
「ああ、クライスか……お帰り」
「…ああ、はい。ただいま戻りました」
「ああ、それから魔人を討伐してくれたこと、本当に感謝する」
「い、いえ……当然のことをしたまでですし。そんなに消耗していませんから」
「らしいな。戦闘を見ていたものが、全くもって危なげがなかったと言っておったし」
「ああ、はい」
父の言葉には全く覇気がなかった。……どれだけ娘の「大嫌い」の一言に落ち込んでるんだよ。仕方ない……何とか励ますか。
「あの、お父様」
「なんだ、クライス」
「師匠のところのお土産と、土産話がたくさんありますので夕飯の後にでもお時間を取っていただけますか」
「おお、それはいい……ちなみに土産の中に酒はあるか」
「用意はしてなかったですけど……一応ありますよ」
「そうか。……なんだか今日は呑みたい気分でな」
ダメだ、効果があまどない。……こうなったら、仕方ない。リリアには悪いが裏技を使わせてもらおう。
「お父様、さっきのリリアの言葉ですが……あれはきっと愛情の裏返しですよ」
「愛情の裏、返し……」
「ええ、本当はただお父さんに見られて恥ずかしいってだけで、あんなこと思っていませんよ」
「ああ……なるほど」
「むしろ優しいお父さん相手だからこそ、あんな言葉が言えるんです」
「そうか……そうだよな、きっと……うん、そうだろう。ありがとうクライス。さて、私はそろそろ仕事に戻ろうか」
「いやあ、よかったですよ」
いや、まあ助かった。こういう修羅場で頭を回す努力は怠らない方がいい。まあ前世で大学事務局と財務局をけむに巻いていたのに比べたら、これぐらいは楽勝だな。
「じゃあ、私はこれで」
「あなた、こんなところで何をしているの……って、あらクライスじゃないの。もう…帰ってきたなら挨拶ぐらいしに来なさいよ」
「すみません、さっきまで魔力枯渇で倒れたリリアを看てたので」
さて、父さんが復活して戻ろうとしたら、今度はミレニア母さんがやって来た。まあ、リリアも結構激しく魔人とやり合ってたっぽいし、親としては相当心配してたんだろうな。
「そう。リリアの様子を見に来たのだけど、クライスが帰ってきているのなら大丈夫そうね」
「ええ、全くもって怪我は残ってませんよ。で、今は中で着替えてるはずです」
「あら、そう。じゃあ、ちょうどよかったわ」
「えっ、何がですか」
「ちょっと待っててね」
そう言いながら、母さんは部屋の戸を開けてこう言った。
「リリア、夜はクライスの誕生日会をやるから、きっちりおめかししておきなさいよ」
その言葉の後、即座に中から慌ただしい音が響いてきた。
「お、お母さま、な、なんでそんなことを。た、たかが身内だけの誕生日会ですよ」
「そう、それならいいけど」
「い、いえまあ……ある程度はかわいい服を選ぼうかなあ……って、じょ、冗談ですよ」
「はいはい。好きに選びなさい」
と、母さんとリリアが話しているのを聞きながら、俺はリリアの態度に違和感を覚えた……まあ、もっと前からあったけどさあ。そこで、その疑問を父さんに訊いてみることにした。
「あの、お父様。この国では近親縁者との婚姻って可能なんですか」
「もちろんだ。政略結婚が一番多いのだが、まあ、それ以外は大体そんな感じだな。その家の血が薄まらないからむしろ歓迎される。……ああ、ただ私は子供たちが、たとえ相手が平民であっても、自分の好きな人と結婚できるように願っているよ」
「そうですか……ちなみにそれは実の兄妹であっても」
「もちろん」
「……」
これは早めにリリアに遠回しに傷つけないように、俺の意思を言っておかないと……後が怖そうだな。というか、こんなことですら詩帆にばれたら……やばい……そろそろ半殺しじゃすまないかもしれない。
「お父様」
「なんだ」
「僕は王立魔術学院で相手を探します」
「いきなり言われても困るが……まあ、頑張りなさい」
王立魔術学院にいるであろう詩帆に会うまでに、これ以上、問題が起こらないといいのだが……なんか、あともう一つぐらいは起こりそうな気もするな。……はあ。まあいいよ。今考えても仕方ないし、少しそのことを頭から離そう。
「そういえば、先ほど僕の誕生日会をやるとお母さまが言っていましたが」
「ああ、もちろんやるとも」
「その場で、賢者様のところからのお土産を渡そうかと思っていますが……アレクス達も呼んでいただけますか」
「おそらく、ミレニアが呼んでいるだろうな。クライスの親友であるしな」
「ありがとうございます」
「さて……しかし賢者様のところのお土産か……楽しみだな」
「はい、期待しておいてください」
そうこう言っているうちに、リリアの着替えがすぐには終わりそうもないので先に食堂に行っておくようにと母さんが言ったので、俺と父さんは食堂へと移動した。
「いったい、何に手間取っているんだろうか」
「ただ単純に悩んでいるだけでは、どれを着るかで……」
「たかが、クライスの誕生日会でか」
「僕も……そう思いたいんですけどね」
「クライス、どうしたんだ、いったい」
「いえ……別に……」
「お父様、ここにいらっしゃいましたか……で、隣は……クライスか。大きくなったな」
「ああ、誰かと思えばやっぱりクライスだったか。魔人との戦闘では大活躍だったそうだね」
「ラムス兄様と、シルバ兄様こそ、日々、領政でご活躍されているようですね」
廊下ですっかり大人になった兄さんたちとも出会い、さらにいろいろなことを話しながら、食堂についた。
「うわっ、すごいですね」
「ああ、クライスのためにと朝から用意していたからね。魔人も最小限の被害で済んだから、盛大にとはいかないが、ある程度は英雄に乾杯といこうか」
「だからシルバ兄様、英雄とか止めてくださいって」
「ははっ、冗談だよ」
「冗談ではないだろう。事実クライスはこの領を救った英雄なのだから。謙遜することはないぞ」
「いや……本当に嫌なんですが」
「そうなのか、英雄様」
「だから言わないで下さいって……って、アレクスか」
気が付くとアレクス達も食堂に集まっていたようだ。さっきの鎧姿じゃなくなってるな。ついでにマリーとリリアもドレスとまではいかないものの、それなりに綺麗な服に着替えていた。
「あれ、ということは着替えていないのは俺だけか」
「そうだな……まあ、そのローブ自体が結構いいものなんだろうから、汚れは見えないけどな」
「ああ、このローブは自動修復効果を含めて、最初の状態を維持するような術式がかかってるからな。……まあ、俺にはできないけど」
このローブを作った大賢者様にしかこの術式は扱えなかたっという。俺も一応、形状記憶合金的な感じで形状を保たせる魔法の開発はできているのだが、さすがに汚れまでつかないものをとなると、再現できなかった。
「まあ、そうは言っても気になるしな。一度着替えてくるよ」
「いってらっしゃい。ただ、そろそろリリアが来ると思うけど」
「あっ、じゃあさっさと戻ってきます…<
「消えた……転移魔法まで使えたんだな、クライスは」
「でも光魔法の<
「確かに。……じゃあ、どうやって」
「<
「もう戻ってたのかい。というか、どういうことなんだい」
「じゃあ、少し説明しましょうか」
俺が使ったのはもちろん<
「なるほど、一度でもいった場所の魔力を目標にして飛ぶのか」
「それは便利ですね。転移できる距離がものすごく伸びますし」
「まったくだ。さすがは賢者様の魔法だ」
「あっ、この魔法の作成者は俺だから」
「「「ええっ」」」
全員がはもるほど驚かれたが、事実だしな。ついでに言っておくと転移距離に比例して魔力使用量がバカみたいに増えるから実は使いにくい魔法でもあったりする。
「まあ、そういう話はリリアが来てからにしましょうよ」
「まあ、そうだな」
「うむ、あの子が一番魔法の話は聞きたいであろうしな」
「みなさん、遅れましてすみません」
と、言っていたタイミングで食堂の扉が開いて母とリリアが入ってきた。リリアは結局水色のお出かけ着レベルのワンピースを選んだようだ。きっと母さんがうまく取りなしてくれたのだろう。……あの空気だと晩餐会に着ていくようなドレスを選びかねなかったからな。まあ煽ったのも母さんではあるので当然な気もするが。
「さて、これで全員揃ったようだな」
「そうですね……では」
「乾杯はクライスにやってもらおうか」
「えっ、そういうのって普通迎える側がしませんか」
「いいから、やってくれ。英雄殿」
「だからそれを言うなと…ああ、もう…皆さんありがとうございます……乾杯」
「「「乾杯」」」
こうして俺の半分やけくそな声で俺の誕生日会兼魔人祝勝会が幕を開けた。
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