第三十三話 兄と妹 賢者の弟子と天才少女魔術師
俺が使用した物理魔法<
「キャア……な、何で空の上なんですか」
「下だと人にぶつかるからだよ」
「クライス様……リリア様は高所恐怖症です」
「えっ、でもさっきの戦闘では空中戦闘もしてたって……」
「あ、あのときはお兄様が来るまでもたせることに必死で……忘れてたんですう」
「リリア、なんか人格変わってないか」
「はっ……すみません」
「いや、いいけど……じゃあ、そのまま下に降りようか…<
なんだか妙にかわいく怖がっているリリアのために、<
「ふう、やっと地上です」
「休んでいる時間はないよ」
「はっ、はいそうでしたね。……急ぎましょう」
正門前の広場に降り立った俺たちは、驚く人々を縫って領主館へと向かった。
「ラムスさん、こちらです」
「ああ。リリア様、クライス様お願いします」
「了解」
「分かりました。重傷者のところから順に回ります」
「魔力量的に俺の方が対応が幅広いから、俺の方は近い所から全員診ます」
「では、リリア様の案内は私が」
さて重傷者は一旦リリアと治療術師達に任せて、俺はラムスさんを助手に片っ端から診ていくとしようか。
「この人たちは単純な切り傷、打ち身とかの負傷だけだな」
「では、薬を渡して帰っていただきましょうか」
「いや、重傷者に必要になる可能性が高いから、悪いけど後回しにさせてもらおう。悪いな」
「いえ、確かにそちらが優先かとは思いますから」
「ああ、俺達も気にしないぜ。なにより英雄クライス様の言葉だからな」
「あっ、ああ……ありがとう。ただ、英雄とは呼ばないでくれ」
軽症者とはこんな感じのやり取りを交えつつ、端的に済ませていく。後で別の原因で急変する可能性もあるので、一か所にまとまっていてはもらっているが、基本的には自由にしてもらう。そのまま、症状を鑑別しつつ次々に、治療を進めていく。
「クライス様、手慣れてますね」
「まあ、治癒魔術にも慣れてるし、知識もそれなりにあるからな」
「そういえば、クライス様は賢者様たちのところにおられたんでしたね」
「まあ、そういうことだな」
本当はこういう症状の鑑別や身体内部の検査用魔法なんかはセーラさん仕込みだが、医療知識の大半は詩帆のおかげで身についているんだがな。まあ、言えるわけもないから適当に話を合わせるけど。
「この人は腕が折れてますね。…<
「あの、クライス様。ポンポン魔法を使ってますけど、魔力量は大丈夫ですか」
「問題ないよ。この程度ならほとんどは自然回復分で相殺できるから」
「は、はあ」
なんかラムスさんを始めとして、治療を進めればするほど、周りからの視線が化け物を見るような目になっていくのはなぜだ。……まあ、魔力の使用量はおかしいよな。ここまでで二百人弱は魔法で治療してるし。でも、怯えなくてもよくないか……
「はあ。なんか命助けて、怖がられるっておかしい話だよな」
「クライス様、どうかされましたか」
「いや、なんでもないよ」
「そうですか。ああ、これで前庭にいる負傷者は以上です」
「そうか……あれ、命にかかわるレベルの重傷者は」
「中でリリア様が診ています」
「先に言ってくれ。案内して」
「分かりました。どうぞこちらへ」
そう言いながら、ラムスさんに連れられて歩きなれた領主館の中を進む。
「本当に変わってないな」
「ええ、子爵邸になった後もほとんど変わってませんよ」
「そうか……というか、それなら場所を教えてくれ」
「……確かにそうですね。食堂です」
「了解」
「キャア」
そう言って、食堂に向かおうとしたときだった。その食堂からリリアの叫び声が聞こえた。俺は慌てて食堂内に駆け込んだ。
「リリア、どうした」
「お、お兄様」
「どちらでもいい。さっさと私を助けろ」
「そうよ、早くしないと死んじゃうわ」
「で、でも他にもっと危ない人が」
「そんなもの私が優先に決まっているだろう」
さて、部屋の隅ではかなり豪華な服を着た男と女が、リリアを引き留めて治療をさせようとしていた。男の方は、見たところ腕から骨が露出してるな。だが、あの元気を見るとしばらくは放置が正解だろう。頭部や腹部、胸部への損傷を受けている患者が優先されるべきだ。しかも、あのレベルの損傷だと一般の魔術師では治療に時間がかかりすぎる。最悪、魔法無しでも処置が効くしな。
「あの二人は」
「領内でも有名な悪徳商家ですね。ほとんど詐欺みたいな手法を使って荒稼ぎしている家です」
「そうか……だからって子爵令嬢にあんなことしたら、普通は首が飛ばないか」
「領内経済に悪影響が出そうもないですし、というかあんな家は潰した方がいいのですが……子爵様はそういう処置を嫌いますから」
「分かった。じゃあ、とりあえず黙らせようか」
そう言いながら、俺はまだリリアに絡んでいる夫婦のもとへと向かった。
「リリア、もう行っていいよ」
「えっ」
「ここは俺がやっておくから」
「はっ、はい。分かりました」
リリアが他の患者のもとに向かって行くのを止めようとする夫人をさりげなくブロックして、ベッドのわきにたどり着く。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。うちの夫の治療は」
「だから僕がやります」
「リリア様より下手な他の術師などいらん」
「まあ、つべこべ言わずに……」
「おい、お前。な、なんで魔法を使うのに腕を持つんだ」
「それはもちろん……直接、素手で入れるからですよ」
「はっ、ちょっと待って……」
その瞬間、俺は<
「ちょっと、一体何をするのよ」
「いえ、早く入れろと言っていたので。……一番早く入れられる方法を選びました」
「ま、魔法でやりなさいよ」
「魔法より早いんですよ」
夫人がキーキー叫んでいる中で、俺は感染症防止に水魔法の<
「あなたは私たちが誰だかわかってやっているの」
「成金商会の腐りきった根性をお持ちの経営者夫妻だと思っています」
「……私たちにこんなことをして、ただで済むとは思わないで。あなた、名前は」
「クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーと申します」
「えっ……く、クライスって、まさか……」
「ああ、申し遅れました、フィールダー子爵家三男のクライスと申します。それで……そちらこそ、どうなるか分かっていますよね」
「あっ、ああ……」
そのまま崩れ落ちる奥さんを風魔法<
「すぐにこいつらの資産を抑えた方がいいぞ。どうせこの混乱状態で、不正の証拠も隠しきれてないものがたくさん出てくるだろうから」
「でしょうね。では私と空いてる部下数名で行ってきます。クライス様はどうされます」
「この場で治療を続けるよ」
「分かりました。では行って参ります」
ラムスさんが立ち去ったところで……ひとまず重傷者から順に診ていくとするか。
「さてと……まずは」
そう言いながら見渡すと、一人いた。お腹を抑えて青ざめている若い兵士のようだ。俺はその兵士のもとに駆け寄った。
「どこが痛む」
「この、お腹の、真ん中のあたりが、ズキズキ、と」
「分かった…<
光風土合成魔法<音波診断ソナー>は光や物体の振動速度の変化をみることで、物体の内部を見ることができる俺のオリジナル合成術だ。それで見る限り、損傷点は腸管だけのようだな。
「じゃあ、治療魔術かけるよ」
「お願い、します」
「…<
「ウッ、グッ……あ、れ、なんだか痛みが、ひいた」
「お前の体の中の破れてた部分を元通り修復したからな。一応、治ってはいるけどしばらく安静にな」
「はい。ありがとうございます」
さてと、俺が来る前と成金商人に絡まれていた間にリリアは大方の治療を終えていたようだ。本当に優秀な魔導士になったことで……さてと、あの人が最後かな。
「うう……」
「が、頑張ってください。もう少しで助けますから」
「リリア様、もう……その方は」
「まだ、諦めたくないんです。もう一度……<
どうやら予想以上の修羅場のようだ、ここは俺の出番かな。
「リリア、どうした」
「この人、治癒魔術が効かないんです」
「ちょっと見せて……これは……現代の魔術師じゃ絶対に治療不可だな」
「えっ……どういうことですか」
「魂が肉体から剥離しかかってる。今の時代にこれを治せる人間は……二人かな」
「……そ、それじゃあ」
「安心して、そのうちの一人が俺だから」
「えっ」
「これは魔人戦以上に大仕事だな…<
まず俺は剥離しかかっている魂にこれ以上負荷がかからないよう、闇魔法の精神治療魔術と並行して魂を外部空間から保護した。そのまま魂を修復しながら別位相の患者の体に馴染ませながら戻していく。
「よし。これで、魂修復の山は越えた」
「はあ、よかったです」
「いや、これからだよ」
「えっ」
「うっ…グッ…イギャア……」
「患者さんが……」
「当たり前だ。魂が戻ってきたら感覚も戻るんだ。今なら治療魔法も効くから……急いで、こんどは痛みで死にかねないぞ」
「はっ、はい…<
「お疲れ……じゃあ、後は俺の出番かな…<
さて、体中についた傷はリリアの治療魔術によって消えたが、問題は体内だ。大量出血で負担のかかった臓器の血管や大脳もきっちりと内部から修復していく必要がある。星魔法第五階位<
もっともその分魔力消費がバカみたいに大きく、今回は<
「じゃあ、ラスト…<
「あっ、顔色が」
「ああ、良くなったね」
「き、奇跡だ」
患者の男性の顔色は先ほどまで死にかけていたとは思えないほど、良くなっていた。その様子を見て、俺とリリアは揃ってホッと息をついた。
「ふう。いやあ、さすがにここまで魔力消費激しいと疲れるな」
「本当ですね。私も、もう……げん、かい…です……」
「リリア……ふう、大丈夫だ。どうやら魔力枯渇で意識を失っただけみたいだな」
「魔力枯渇って、大丈夫なんですか……」
「まあ、これぐらいなら命に別状はない。しばらく休ませておけばいいよ。ところで……リリアの部屋ってどこ?」
「ああ、クライス様が居られたころと同じですよ」
「そうか、分かった。じゃあ、俺が連れていっておくよ」
「すいません。我々も忙しくて」
「いいよ、これぐらい。……よっこいしょ、っと」
俺は意識を失ったリリアを抱え上げると、そのままリリアの部屋に向かった。
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