現代編 水輝side ~一人泣けない葬儀と秘密の共有者~
「湊崎 雅也氏の残された功績はとても偉大なものであり、まさしく彼は物理学界の希望でした。そんな彼がこのような形でこの世を早くに去ってしまったことは残念でなりません。……もっと、話を聞いてあげていれば……」
一月四日。正月三が日が開けたこの日に、都内の葬儀場で雅也義従兄にいさんと詩帆従姉ねえの合同葬儀が行われていた。湊崎准教授の恩師である香山教授が涙ながらに別れの言葉を読み上げる中、式場は喧騒に包まれていた。
「こちらが三日前に自殺した湊崎夫妻の告別式会場です」
「式場には各界から大勢の著名人が最後の別れに訪れています」
式場のあちこちでテレビ、新聞、雑誌の記者たちがカメラを構えているせいだ。さすがはノーベル賞候補の物理学者の葬儀……ましてや不治の病を背負った妻と心中だなんていうショッキングなニュースだからかな。
「はあ……自殺ねえ」
「ちょっと水輝、いたるところにカメラがあるんだから……泣くのは良いけど、きちんとしてなさい」
「ああ、分かってるよ」
そんな場違いな雰囲気の中。俺、須川 水輝は親族としてその式場の一番前列に座っていた。
「(やっぱり真実を知ってしまうと……泣けないんだよなあ。かと言って、真顔でいるのも無理だし)」
おそらくこの中で唯一、いや一人ではないが湊崎准教授の自殺の真相を知っている俺は泣けなかった。というか、このままだと薄っすら笑ってしまいそうだ。
「……母さん」
「何、どうかした」
「俺、ちょっと外の空気吸ってくるよ」
「……そうかい。分かった、行ってきな」
快く送り出してくれた母の眼に涙が浮かんでいることに罪悪感を覚えながら、俺はそっと式場を抜け出して裏手にある公園に向かった。
「はあ……やっと緊張がほどけた。全くあの人にも勘弁してほしいよ」
「ああ、私も同意見だ」
「……うおう、だっ、どなたでしょうか」
「驚かせてすまない。君とは初対面だったね。外科医をやっている藤川というものだ」
「外科医……ということは従姉さんの……」
「ああ、指導医であり……同時に彼女の主治医だったよ」
そう言いながら、藤川先生は俺の隣に腰を掛けた。
「さて、勘弁してほしいと言っていたが、それはどういった意味かな」
「……いろんな感情がごちゃ混ぜになってるんですよ。まだ死ななくても良かっただろうとか、一緒に死ねてよかったのかなあとか」
「そうか……私も似たようなものだ。どうもあの葬儀にも死体からも悲壮感が感じられなくてね」
「えっ、それはどういう……」
「そういえば君が第一発見者だったね。まあ、私があの二人の救急処置を対応したんだ。……まあほとんど死亡確認をするだけの様な状況だったんだがね」
そうして藤川先生は遠くを見る目をして言った。
「私は詩帆君と雅也君が、ただ死ぬためだけに命を捨てたとは思えないんだ。……例えば、生まれ変わりの算段があって死んだかのように、彼らの表情は希望にあふれていたからね」
「はっ、はあ」
「失礼。遺族に対してそういう言い方はよくないかな。まあ私がそう思いたいだけだよ。かわいがってた弟子とその夫だからね」
「そうですか。大丈夫ですよ、僕もそう思っていますから」
「フフ、そうかい」
そう言って微笑む藤川先生を見ながら、俺は三日前の出来事を思い出して再び罪悪感に溺れた。
「さてと、<この場の処理について>ねえ……なになに、まずは」
よりにもよって正月に湊崎夫妻の死体を発見してしまった俺は、湊崎准教授からの遺書を読もうとしていた。
「ええっと、まずは機械の始末……頭に付いている電極がつながっている金属の箱を探して……あった、あれか。さらにそのケースの逆側についている全ての端子を外す」
まず頭に付いた電極をたどっていくと、スーツケースぐらいの大きさの金属の箱があった。指示通り、頭の電極に繋がっていない全ての線を抜いた。
「今度はそれを持ったままで線をたどって……本棚の場所にある巨大機械の前に行け」
今度も指示通り、巨大な機械の前に行くと、そこにはそこにある機械の心臓部の取り外し方法が書いてあった。指示に従って十センチ四方のそれを取り出して遺書の内容を見ると、その箱の内蓋を開けてから中に王水を流し込めと書いてあった。ご丁寧に機械の中に入っていた王水でそれを溶かした。
「ええっと、今後は本棚を手順通りに操作して機械を隠す……小説じゃないんだから、そういうことしないでほしいよ、まったく」
「せ、先輩……な、何をしてるんですか」
そして作業に夢中になっていた俺は気づかなかった。ドアが開いて、知りあいの後輩が中に入って来ていたことに。
「な、何でこんな日に大学に。というか鍵がかかっていたはずなんだけど……」
「私は教授のお使いですよ。それと鍵なら開いてましたよ。先輩、逆に回したんじゃないですか……とか言ってる場合じゃないですよ。先輩、あの二人って湊崎夫妻ですよね」
「……あっ、ああ。そうだけど……何か」
「見たところ、お亡くなりになっているように見えるのですが……先輩はなぜ通報しないんですか」
「……」
「もういいです。私が通報します」
「ちょっ、ちょっと待って星川」
俺は慌てて後輩の星川を後ろから羽交い絞めにした。
「先輩、な、何をするんですか。放してください」
「待ってくれ、説明するから」
「説明も何もないですよ。死体があるってことは事件性と関係なく、警察と救急に通報すべきです」
「だからその言葉はまずこの遺書を読んでから言ってくれ」
「遺書、ですか」
俺は少しおとなしくなった星川を放すと、遺書の束を渡した。
「自殺だとしても通報がいるかと思いますが……分かりました。遺書の内容を読んでから考えます」
「ちょっと待って、俺もまだ遺書の部分は読めてないんだよ。だから俺もいっしょに読ませてくれ」
「いいですけど……読み終わったら速攻で警察に通報しますからね」
「……分かってるよ。ああ、先に片づけさせて」
さて、先ほどの指示通りに本棚の本を元通りにすると、本棚が動いて部屋の壁が元通りに塞がれた。そして今度こそ念入りに部屋の鍵を閉めた。
「すごいですね。ギミックのレベルが漫画並ですよ」
「確かに……というか、この装置はいったい何なんだろうか」
「えっ、先輩知らなかったんですか」
「いや、だからこんな隠し方されてるんだろ」
「でも湊崎研究室って研究の性質上、秘密主義で有名じゃないですか。これって次元間の量子データにアクセスする装置じゃないんですか」
「君って天文学の教授の研究室にいなかったっけ」
「私、湊崎准教授に憧れて物理学関連の研究をしようと思ったんです。ただ素粒子物理学とは合わなくて」
「だからそんなに興味津々なのか……」
さて件の機械だが、もちろん俺は知らない。
「ちなみに<次元間量子データアクセス解析装置>の場所は大学外に巨大な実験施設があるよ。まあ場所は湊崎研究室のメンバーを除くと、大学理事会ぐらいしか知らないけど」
「へー。で、どこなんですか」
「言う訳がないだろう。……それよりそろそろ遺書を読もうか」
「そうですね」
その言葉から遺書の説明部分をざっと流し読みすると、今やったことまでが書いてあって、最後に心臓部は俺が別口で保管しておけとのことだ。後は、機械の活動を止めるため、一時的に部屋のブレーカーを落とせとも書いてあったので、それを行ってからようやく遺書の本題が書いてあった。
「水輝君へ
まず後始末をしてくれたのはありがとう。そしてすべてを押し付けてしまってすまない。まず言っておこう、君が壊したあの機械は<次元間量子データアクセス解析装置>のフルスッペック版だ。さらにあれにはデータを受け取るだけでなく、送信する機能もある……」
「せ、先輩。なんであの機械を壊しちゃうんですか」
「いや、准教授の指示だし。というか、何か理由があるんだろうから最後まで遺書を読んでからにしようと」
「うう、確かにそうですね」
さて、星川が落ち着いたところでもう一度遺書に戻ろう。
「……さて、受信機能は次元間にアクセスして情報を取り出す機能だ。その機能がフルスペック版だとかなり高くなっている。というか、単純に量子データの解読コードの完全版データが入っている。要するに俺は次元間の量子データの全てを解読済みだ。まあそのデータは全てその機械にしか残していないので、もうこの世には存在しないが……」
「先輩、本当にあれを壊したことは人類の損失ですよ。世界人類の全ての情報があの中に……」
「だから壊したんだよ、あの人は」
「えっ、何で」
「たぶん、あの人に訊いたら間違いなく個人のプライバシーが脅かされるからとか、適当な理由を言うだろうけど……俺たちのためなんだよ」
「えっ……全ての情報、まさか。各国の機密情報を得られるから」
「ああ、遺書にもそう書いてある」
「……だが、それでいいんだ。もしこれを公開していたら、俺は研究ごと消されていただろうな。各国の軍事機密も知れるとなったら、世界の裏側が俺を見逃すはずもない。だから立ち回りにも苦労したんだぜ。……だから言っておく、この遺書の内容は他言無用だ。お前らが消されるぞ……」
「なんか、すみません」
「いや、いいけど」
「それより、そろそろ自殺の原因ですかね」
「そうだろうね。さて、黙って読み進めようか」
「……さて危ない話はここまでとしようか。ここから先の話も多少は危険だがな。個人宛の真に遺書って呼べるものは自室のパソコンにあるから。ここからは俺の実験の内容だ。実験名は<
二千二十七年 十二月 三十一日 湊崎 雅也」
「異世界転生……ですか」
「そう、みたいだな。はあ、夢物語だがあの人ならやりそうな気もするからなあ」
「天才物理学者ですもんね」
「いや、それもそうだけど。詩帆従姉を溺愛していたあの人なら、どれだけ無茶でもやりそうだなあ、と」
「そうですか……じゃあ、通報しますよ」
「ああ」
彼女は事務的に湊崎研究室に意識がない人がいる、とだけ通報して電話を切った。そして俺の方を向いて言った。
「先輩、これで私たちは運命共同体ですよ。絶対に湊崎准教授の想いを継がずに……研究を完成させましょう」
「いきなり何を言い出すの。いや、せっかく准教授が俺たちを守ってくれたのに」
「甘いですよ。あの人は私たちを舐めてます。だって元の実験装置はあるんですよ」
「ああ、あるけど」
「完全版も心臓部以外は残っているのに、自分以外は解析できないとタカをくくってるんですよ」
「そう、かも」
確かに准教授は俺たちを守ろうとはしていたが研究を白紙にはしていない……それに研究は継げと言っている。
「死ぬまでに完成させて、異世界にあの人を問いただしに行こうか」
「そうしましょう。あっ、私もこの研究室に籍、移しますよ」
「そうしてくれ。その方がいい」
こうして俺は彼女とともにあの人の背中を追うこととなった。
「じゃあ、私はこれで」
「ああ、話を聞いていただいてありがとうございます」
「いえいえ、私こそ。じゃあ寒いから気を付けて」
「はい」
藤川先生がいなくなった後、ポケットの中の<次元間量子データアクセス解析装置>心臓部を指でいじりながら、俺は再び考え事をしていた。
あの後、警察の現場検証が終わっても装置が発見されることはなく、准教授の遺書通り、研究の全ては俺が引き継いだ。機密データも実験装置も何もかもだ。
それでも、いまだに子の研究を追い続けていいのかと不安になるのだ。なんだかこの世界の禁忌に触れるような気がして。
「……本当に良かったのかなあ」
「何をうじうじ悩んでるんですか、先輩」
「星川か」
顔を上げるとそこには喪服姿の星川がいた。そのまま彼女は開いている俺の隣に座った。
「今さら悩んでも仕方ないですよ。それに准教授が先輩に託したんですよ。数いる研究室のメンバーの中から」
「ああ」
「だったら、その期待に応えましょうよ」
「そうだね、ありがとう」
「分かってもらえたなら何よりです。さて、私の移籍願いが受理されたら、その心臓部の解析から始めましょうね」
「うん、そうしようか」
隣で笑顔で笑っている星川は可愛かった。けど、話の内容的に俺に春は訪れそうもないな。はあ。
「よし、こうなったら湊崎准教授を越えてやる。肉体のデータまで含めたすべての情報を再構成して、異世界に飛んでやる」
「その意気ですよ、先輩」
半分やけくそ気味に叫んだ俺に星川が楽しそうに合いの手を入れた。
二千二十七年 十二月三十一日深夜 湊崎研究室
俺はシステムのセットアップを終え、スマホで水輝君にメールを出した。そして書ききった後で携帯の電源を切ろうとして、最後にやり忘れていたことを思い出した。
「さてと、水輝君への根回しも済んだし。後は……あいつにばれないように
そう言いながら俺はスマホで天文学研究室の教授に連絡を取った。
「さてと、予算報告の提出期限を伝え忘れたと言っておけばあいつも怒らんだろ……もしもし俺だよ。ああ、夜遅くすまないな。いや、予算報告年末までだったんだよ。いや、怒るなって。明日ならぎりぎり間に合うらしいから研究室の家が近いやつに任せろよ。……例えば、お前のとこだと星川とか。えっ、何で知ってるのか。かわいい子の顔ぐらい覚えてるだろ………」
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