第十五話 理不尽なスパルタ指導は危険です

 

「さて、では超越級の魔術を知る前にまず合成魔術の何たるかを知ってもらおうかな。その方が分かりやすいからね」

「つまり、超越級魔術は合成魔術なんですか」

「まあ、そいうことだが、今はその話は後にしよう」


 俺と師匠は春の日差しの中、白竜に揺られながら、高位魔法についての討論をいまだ続けていた。

 しかし俺の服装は黒のローブの下は貴族の子供に着させる、お仕着せなので……少し熱い。一方師匠のローブは青だし、中にはワイシャツ1枚なので涼しそうだ。


 そういえば街にいたとき、師匠はよく女性に囲まれてたな。確かに俺から見ても黒髪黒目のイケメンだとは思うけど…… ああ、そういえばそのとき師匠は奥さんがいるからって、誘いを断わってたけど……賢者の奥さんってどんな人なんだろうか……


「さてと、クライス君。合成魔法にある属性はいくつかは知っているだろう」

「水、風合成魔術の氷魔術。火、光合成魔術の雷魔術の2つです」

「惜しいね。その二つは正解なんだが……」


 おかしい。合成魔術は特性の方向性の似た属性を組み合わせる魔術だ。確かに膨大な魔力を使えば、反発する属性の魔法を合成することもできるけど……それも含めるのか。いや、それとも……


「答えが出そうにないから、教えてあげよう。正解は光、闇合成魔術、星魔法だ」

「光と闇って……本当にそんなに完全に相反する属性を組み合わせられるんですか」

「簡単だよ。落ち着いて考えてみなさい、光あるところには闇が生まれる」

「闇があるところには光が存在する……」


 考えてみると、確かにそうだとは思うが……なんか納得いかないな。


「納得いかないって顔してるね。よろしい、見せてあげよう。クライス君、前方上空を見てくれ。まず、星魔法というのは、光魔法の浄化能力に……」


 師匠の指示通り俺は前を向いた。次の瞬間……


「……闇魔法のエネルギーを加えて…クライス君、ゴメンね……<風神の大槌ウィンドハンマー>」

「へっ、師匠一体何を……うげっ」


 俺はいきなり師匠の風魔法第六階位<風神の大槌ウィンドハンマー>で殴り飛ばされた。すごく下品なうめき声を上げて、意識が飛びかけた俺はそのまま……


「……このままじゃ、死ぬ。……くそっ、落下速度を殺して……<暴風雨ウィンドストーム>……がふっ」


 落下して地面に落ちた。幸いなことに高度は20メートルぐらいだったし、下が雪だったので助かった。まあ風魔法で落下速度を落としていなければ足の骨ぐらいは折れていただろうけど。いや、まあほんとに下が雪で良かっ……んっ、雪……


「師匠、何するんですか。というか、ここはどこなんですか」

「これも修行の一環だよ。とりあえず、ここは私の家のある雪山の麓だからだから家までは後5キロもない。自分の力で登ってきなさい。それじゃあ」

「ちょっと」


 師匠はあっという間にセーラさんに乗って、飛んで行ってしまった。まあ、5キロぐらいならいいか。<転移テレポート>使えば時間も短縮できるし。


 そう思った時、<転移テレポート>で師匠が戻って来た。俺は抗議をしようと師匠の下に駆け寄る。


「師匠、戻ってきてくれたんですか。もう冗談はよしてくだ……」

「言い忘れていたけど、この山にはBランクのスノードラゴンとかがうようよしてるから。…じゃあ、がんばって」


 そういうと、師匠は再び消えていった。


「Bランクモンスターの巣だなんて冗談じゃねーぞ。早く脱出しないと……」


 この間のAランクの赤竜なんかはとてつもなく異常だから置いておくとして、本来ならBランクモンスターの群れというのはその地域の生体系のトップにいるようなレベルの生物群であり、人との戦闘を行えば騎士団員40人程度の一個中隊が壊滅するレベルのちょっとした災害クラスである。そんなところに10歳の子供を置いていくことは、現代で例えれば真昼間の首都高のど真ん中に置き去りにされるような話だ。


「クソっ。とにかく見つかる前に上空からさっさと脱出を。<転……テレポー……>、うっ」


 俺は慌ててこの場を脱出しようと詠唱を始めた。すると突然、転移魔法で脱出しようとした俺の頭に鈍い痛みが走った。


「さては、師匠。転移封じのために結界の類でも張りやがったな。闇魔法第四階位<暗黒迷宮ダークラビリンス>あたりならなんとか解除できるんだけど……」


 結界はおそらくドーム状に広がっていると思われるので、俺は<空中歩行ウィンドウォーク>を使って空を駆けあがった。すると10メートルほど上昇したところで不可視の何かに体がぶつかった。


「あったな、これを解除すれば……んっ、何か書いてあるな。なになに、クライス君へ。別にこの結界を解除しても魔法修行にはなるから、それでも全然かまわないけど、これは星魔法第七階位の<星空の守りプラネタリウム>だから、たぶん無理じゃないかな……」


 星魔法の障壁かよ。原理すら分からない魔法の解除なんて……そりゃあ時間があればできないことはないよ。ただ……


「後ろから、高密度の魔力を感じるんだよなあ…… って、やっぱり予想、通り、か。<魔力喰らいマジックイーター>」


 後ろから飛んできた強力な氷属性のブレスを展開した魔法で吸収して、そのまま山頂方向に<空中歩行ウィンドウォーク>で駆けだす。


「こんなのと闘いながらは無茶だろ。くそっ、師匠め。絶対に復讐してやるからな」


 師匠を恨んでいる間に、後ろからは、十数頭のスノードラゴンが俺を追ってきていた。一体、一体のサイズは一メートルほどだが、あれだけの数がいれば、赤竜より危険だ。というか、ブレスの射線が多すぎて、回避のタイミングがシビアすぎる。前世で運動などはほとんどしていない俺にはかなり無茶なスキルだ。


「仕方ない、何体か黙らせるか。<霊炎の槍フレイムジャベリン> 同時複数本展開」


 第七階位火魔法の白炎で構成された、1メートルほどの巨大な槍を数本創り出してスノードラゴンが密集している地点に投げ込む。


「おお、結構な威力。ただ……ヤバイな。殺しきれなかった奴が狂乱した……。 ブレスが、こっちに、来るよなあ。くそっ、魔力消費を気にしている場合じゃないか<爆炎障壁ファイヤーウォール>……って、くそっ魔力ケチるんじゃなかったわ、防ぎきれないか……<転……テレポー……>、痛っ。そうだ使えないんだ。くそっ、こうなったら相殺して……<霊炎の槍フレイムジャベリン>……」


 狂乱すると能力値が上がるのはどのモンスターも同様のようで、さっき以上に激しい攻撃が俺を襲ってき始めていた。俺は自身を風魔法で加速してなんとかその一団を振り切ると、一旦地上に降りて近くの森の中に逃げ込む。


「くそっ、だいたい魔力で探る限り周辺に200体ってところか。……さすがに赤竜戦から十分に回復しきってないこの魔力量じゃあ全体討伐は不可能だよな。……仕方ない最短ルートを突っ切るしか……って、撒いたと思ったのに……くそっ、またブレスの魔力がこっちに向かって……また来た」


 スノードラゴンはどうやらブレス特化のようで、特に狂乱した個体のブレスの威力などはワンランク上の赤竜のブレスに匹敵するものまでいた。そんなものを、土魔法の障壁や光魔法の幻影などでそらし続けるわけにもいかず、俺は再び空へと逃げた。


「くそっ、さっきの乱戦で15,6体は仕留めたけど……後、180体超か。反発しあうせいか<魔力喰らいマジックイーター>って同時に多方向に展開できないしなあ。かといって上空に逃げるとブレスの威力が霧散するから<魔力喰らいマジックイーター>を発動する魔力の方が大きくなるから意味ないし……。ああ、もう知るか…<炎獄の龍炎インフェルノ>」


 残りの魔力残量を気にせずに放った第八階位の広範囲殲滅用の火属性魔術は50匹ほどのスノードラゴンの集団を焼き払った。しかしそれでもなお向かってくる、20匹ほどのスノードラゴンを上空で回避しながらなんとか山頂に向かって行く。そして俺は自身に身体能力強化をかけつつ、<空中歩行ウィンドウォーク>で逃げ続けた。


 そして……魔力が枯渇した。


「……うぉう……落ち、るー………ウゲッ」


 魔力を使い果たした俺は上空に滞空できなくなり、地面へと落下した。幸いなことに気づかないうちにかなり高度が落ちていたようで、ケガをせずに済んだ。





「はあ、はあ、も、もう魔力と体力の限界。まだ、なのか。というか、5キロってこんなに長かったっけ」


 3時間か、4時間か。それぐらいの時間、俺は雪山を走り回っていた。数百匹のスノードラゴンと数千匹にも及ぶザコモンスターの大半を焼き払ったのだ。魔力もつきて当然である。ちなみに魔物はいくら殺しても周辺の環境魔力を利用して一定数に保たれるらしいので、俺が今日殲滅した魔物も一月後ぐらいには元の数に戻っているだろう。


 最後の30分などは魔力が付きかけて、モンスターが見えたら<身体能力強化ステータスアップ>をかけて走って逃げるという方法にしていたぐらいだ。


「後、何キロだ……あっ」


 周りに魔物は特に見つからなかったので地上をゆっくりと歩きながら俺は山の上を進んでいた。そうして雪山の中の小さな丘を越えると、割と大きめな木の家が立っているのが見えた。


「多分、あれ、だよな。まあ、いくしかないか」


 そのまま、一応警戒しつつもその小屋に近づき……


「師匠、いるんなら開けてください」


 ドアの前でそう呼びかけた。左手の中にになけなしの魔力を込めて、山の中を駆けずり回ったおかげで異常に早く展開できるようになった火魔法の<範囲焦滅フレイムバースト>を用意して……


「師匠、開けないならぶち破りますよ」


 そういったタイミングで中で鍵の開く音がした。俺は怒りの赴くままに左手で魔法を発動させ、自分はとっさに右手に飛んだ。まあ、師匠なら簡単に反射するだろうが、意趣返しぐらいにはなるだろう。


「師匠。よくもやってくれたな……<範囲焦滅フレイムバースト>」

「えっ、もう、あの人が弟子が来るから代わりに出ろと言うから何かと思えば…………<召喚サモン 守護大亀ガーディアン・タートル 絶対防壁アブソリュートシールド>」


 美しい女性の声が聞こえ、俺の発動した魔法は何かに反射され、師匠の家とは逆方向に発動し、真横にいた俺にも爆風が飛んできた。とはいえ、俺にはもう魔力が……


「<氷霊装甲アイスコート>」


 そのとき、師匠の声がして俺の周りが氷の膜につつまれた。その状態で何とか爆風をやり過ごす。


「まったく、君も恐ろしいことをするな」

「あら、あなたも人のことは言えないわよ」


 爆風が晴れるとそこには、師匠と銀髪の美しい女性が立っていた。

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