第二章 魔法修行編

第十四話 大自然の中の討論会


 ……三十分後。町外れの草原。


「……それでだ、クライス君。君は魔法がどのようにして発動するか、どこまで理解しているかい」

「一応は。これは俺の前世の研究テーマにもかかわるんですが、俺の基礎理論では、次元層の狭間にある情報データは情報だけでなくそれを維持するエネルギーを持っていることになっています」

「うん、そうだと思うよ。そうでなければいろいろと無茶があるから、私も同様の理解をしているよ。さて、続けてくれ」

「はい。それでその情報の中でも魔法を発動するのに必要なデータを内包しているものを魔法情報として、それを核として自身と空間上にある魔力を変化させることで魔法情報をこの世界上で安定する形で現界させる。ということで定義しています」


街から出た後。俺はすぐに転移魔法か何かで移動するのだと思っていた。


ところが、師匠が「迎えが来るまでは待つから」と言うので俺達は魔法の原理について討論していた。


「まあ、だいたいそのとおりだね。その魔法情報というのはどのような形でそこにあるか分かるかい」

「ええ、それは量子データの形で次元層の狭間に……」

「少し待ってくれ。先ほどから、君の話の中に何度も量子データという単語が出てきてたけど、それは一体何を示しているんだい」


 そういえば、この単語は俺の世界の、というか俺独自の専門用語だったな。簡単に通じていて、妙だなあとは思ってたけど……やっぱり意味が通じてなかったのか。


「簡単に言うと、文字一つ、単語一つレベルの情報が1と0の二つの数字の並びだけで作られたものです」

「なるほど、単純な情報をさらに原始的な文字に置換することで、不安定な領域で存在できる訳か」


まあ、プログラム言語とほぼ同じようなものだ。実際には含まれている情報量の桁が違うので使われている、というか俺が置き換えている文字の数は約100万近くにも及ぶのだが……。

それはともかく基本的には師匠の推論の通りだ。おそらく次元層の狭間には、魔力のような高密度のエネルギーが複雑に流れている。量子データレベルの安定性を持った、小さなエネルギー体でなければ簡単に崩壊するだろう。


「そういえば、その情報はずっと運動していたんです。この世界に来てから、その原因が情報に込められた魔力などエネルギーだということは、この世界に来てから分かったのですが…………待てよ」


その時、俺はある違和感を感じた。次元層の狭間の量子データを専門分野にしていた俺でなければ、気づかなかったような小さな違和感を。


「師匠、確か魔法情報は俺の世界で言うところの、次元層の狭間に浮かんでいる量子データなんですよね」

「そうだが、それが」


この場所だけで、この世界の科学史と魔法史が数千年進んでいることには全く気付かずに、似た者同士の俺達はさらに話を進めていく。


「さっきも言ったように、量子データ一つに含まれている情報は非常に少ないですし、魔力などの高密度のエネルギーによって常に運動しているため、近辺の量子データでも得られる情報はバラバラです。調べた俺が言うのだから、間違いないです」

「その通りだ。そしてそれが、この世界の魔法を紐解くカギになる」

「その状況では、いくらエネルギーが大きい魔力と言えど、さすがに一つの現象を構成するのは……」

「普通は不可能だ。その方法でやるなら、上級魔法などは私たちほどの魔力がなければ発動するのは無理だろうね」

「じゃあ、なぜ」

「落ち着いて考えてごらん。君はもう答えを言ってるから」

「はあ……」


ここで言っておくが、俺や師匠のような超越級魔導士と普通の上級魔導士では魔力量に大きな差がある。ギリギリ超越級だと言っていた師匠でも上級の魔導士の7,8倍の魔力量はあると言っていた。つまり、それではこの世界で一般的に使われている上級魔法がいったい何なのかという話になってくる。


「答えを言ってる。うーん、だからなぜダメなのかと言ったら魔力情報が散らばりすぎてることだから……んっ、そういうことか……」

「うん、分かったみたいだね」


ここまで言われてようやく気が付いた。情報が無秩序に並んでいることが問題なのだ。つまり……


「……つまり、空間上に魔法を出現させるときに呼び出しているのは、次元層の狭間にある本物の魔法情報ではないってことですか」

「全てがそう言う訳でもないんだが……まあ、この世界の一般的な魔法原理はそれで正解だよ。まったく、このヒントだけでそれにたどり着くとはね。末恐ろしい子だよ、君は」


つまり、本物の量子データは俺ほどの魔力があっても、次元層の狭間から適切な情報を探し出して、世界に現界させるのにはかなりの時間と、おそらく師匠の話ぶり的に儀式などがいる。それなら、なぜ俺より魔力の少ない人は、戦闘などでポンポン魔法が放てるのかということだ。


「つまり、この世界の魔法の多くは、もとからあるデータを複製したものを利用しているに過ぎないということだよ。複製した魔法行使に必要な情報をこの世界の空間的な意味で近い座標に固定することで、簡単に魔法が使えるようになった」

「それをしたのはやっぱり……」

「ああ、私たち七賢者だ。すべての魔法を正常に発動させるのに半年ほどかかったよ。私たちでも魔力がもたずに初級魔法一つに付き3人がかりでやったかな。今の私でも当然魔力が足りないしね。でもまあ君ならできるかもしれないね」


それは確かにすさまじいな。まあ、世界を構成している情報データだからそういうもの、なのかな


「ちなみに賢者3人分と同量の俺の魔力ってどんな量ですか……」

「うーん、というか君の魔力は私たちの人数換算なら4人分くらいだからね。まあ、その総量を分かりやすく言うなら……魔神かな」

「俺の魔力量が異常なことは分かりましたけど、そんな嫌なたとえ方しないでくださいよ。ようするに、今の魔法は空間の近くに張り付けた模造情報を組み合わせたものということですか」

「模造情報、いい呼び名だ。まあ、そういうことだよ」


 ともかく、ようやくこの世界での魔法というものが分かった。ということは合成魔法も……


「合成魔法という、言い方をしてますけど要は普通の魔法と同じなんですね」

「ああ、複数の魔法情報を組み合わせて発動するというのも全く同じだ。ただ単純に概念が違うものを扱うから、難易度が上がって、制御しづらくなるけどね」

「ただ単純に、制御が難しい上級者向け魔法ということですね」

「そういうことだね。第九階位まではその概念で問題ない。だから、私は第九階位までは現象の様子しか教えないから」


そういえば、第十階位以上は賢者以外は教えられないって言っていたけれど、何か関係があるのだろうか。


「簡単に言うと、第九階位までの魔法は多少イメージが雑でも、発動はするんだ。私たちがそうなるように並べ方を工夫したから。もっとも、それでも魔力使用量はかなりのものだけどね」

「第十階位以上の魔法はイメージが雑だとダメなんですか。というか、先ほど模造情報以外の魔法の使い方もあるとか言ってませんでした」

「そういうことだね。簡単に言うと……」

「んっ、ちょっと待ってください。し、師匠、あれは……」


 俺は師匠の後方にとんでもないものを見つけて、とっさに怒鳴った。


「あれって、は、白竜ですよね」


 文献で見たことがあるが白竜はランクSのモンスターだ。このランクとなると大国クラスの騎士団全軍か戦略兵器とも呼ばれるSランク冒険者複数人でないと厳しい。いくら世界最強の魔術師の一人である賢者の師匠がいると言っても、危険すぎる。


「し、師匠、どうするんですか」

「では、一旦合成魔法の講義は終わろうか」

「師匠、なんでそんなに冷静なんですか。まさか余裕で勝てるんですか」


だというのに、師匠はとてつもなく落ち着いていた。まさか賢者ってSランクモンスターが余裕なのか。


「いや、まあ普通の白竜なら時間をかければ無傷で制圧できるだろうけど」

「本当に、ですか」

「ああ、本当だ。にしても、なんでそんなに驚くんだい。……そういえば、説明していなかったね。あの人が迎えだよ」

「えっ」


白竜が迎えに来るってどういうことだ。というか、ホントに近づいてきましたけど、大丈夫なんですよね。


やがて、俺達の上を越えた白竜はゆっくりと旋回して戻って来て、俺達の目の前に着地した。


「さあ、乗ってくれ。私の同居人、セーラだ」

「セ、セーラさん。よろしくお願いします」


俺が背中に乗ると、その上はとてもふかふかしていて暖かかった。


「うわ、相当気持ちいいですね」

「そうだろう。じゃあそろそろ飛ぶよ、セーラ」


その声に反応して、セーラさんはゆっくりと飛び上がった。


「うわあ、高いですね」

「だいたい100メートルぐらいかな」


 初めて、空の上から領地を見ると、緑豊かで風光明媚なのがよく分かった。


「のどかだなあ」

「そうだね、私もそう思うよ。それで、続きの話はここでいいかい」

「はい、それで何で超越級の魔術は、イメージが雑だと使えないんですか」

「まあ、その理由はね、発動体系が模造魔法とは全然違うからなんだよ」

「つまり、本物の魔法情報を使うんですか。でも、どうやって」

「まあ、落ち着きなさい。一個づつ説明するから。じゃあ、まずは合成魔法について話そうかな」


春のやわらかな日差しの中、白竜に揺られて、俺と師匠の討論はまだまだ続く。

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