第十六話 美女の正体は想像以上でした


俺は周りを見回して、ひとまず危険が無くなったことを確認した。どうやら、師匠の<氷霊装甲アイスコート>はきっちりと俺の身を守ってくれたようだ。


「さてと……でっ、一体何がどうなっているんですか」

「まあ、ごめんなさいね、クライス君。あの人の話からして、魔法が飛んでくるのは予想してたんだけど。……あそこまで高威力だとは思わなくって、ついつい本気で反射しちゃったのよ」

「はあ……。それで、その亀は何なんですか」

「私の召喚獣、守護大亀ガーディアンタートルよ」

「召喚魔術……そんなものまであったんだ。もう、なにが、なにや……ファッ、クッシュン」


 どうやら、目の前の女性は師匠の関係者のようだ。召喚魔法とか聞いたこともない……いや、確かどこかで聞いたような……にしても寒いな。そういえば雪山にいたんだったな。


「まあ、外は寒いし、とりあえず中に入ろうか」

「もとはあなたが原因だけどね」

「そうですよ、体中びしょぬれなんですよ」

「もう、それ以上責めないでくれよ、頼むから」


 俺は若干震えながら二人に案内されて家の中に入った。中は本当に普通の家だ。暖炉があって、机には料理が並んでいる。後、隅のいたるところに魔導書やら資料が散乱していた。


 しかし、准教授時代に水輝君に「世界の現象を視る者である限り、常に冷静さを失ってはいけないよ」などと若干厨二めいた発言をしていた身としてはさっきのぶち切れは恥ずかしい限りだ。人格も変わってたし……


 もっとも、昼に行ったコンビニでお気に入りの商品がないからと言って、学生に八つ当たりする水輝君と、いきなり死線に投げ込まれて、爆裂魔法を発動させた俺とはどちらにせよ状況が違いすぎる気もするが。


「まあ、先ほどはちょっとやりすぎたね。ああ、回復しておこうか。<組織再生ハイリカバー>」

「あっ、これはどうも。まあ当然な気もしますけど」

「……わ、悪かったね。それじゃあ、後は彼女に任せるからね。クライス君、おつかれ」


 そう言いながら、師匠はそのまま奥にある部屋に入っていった。はあこれじゃあ、上下関係が分からないな。まあ、俺も師匠に対して下に立ったことはないけど。というか、これからも立つ気はないけど。


「本当にあの人は……。あっ、クライス君。少し乾かすわね<乾燥ドライ>」

「あっ、すみません。ありがとうございます。……にしても、こんな魔法なんてありましたっけ」

「ああ、この魔法は普通の<風装束ウィンドオーラ>を火魔法で作り出した微弱な熱で熱してるだけなのよ。だから、実質的には<乾燥ドライ>という魔法は存在しないわ」

「へー」


 さて、先ほどから師匠に辛辣で俺にとても優しいこの女性はいったい誰なのだろうか。魔法に対する知識も相当なもののようだし、多分師匠の奥さんだとは思うんだが……


「終わったわ。もう乾かしきれていない所はないと思うのだけれど……」

「ああ、はい大丈夫です」

「そう、よかった。あっ、お茶の用意をしてくるわね」


 そう言って、その女性は部屋から続く廊下に出て行った。と、そのタイミングを見計らったかのように師匠が部屋から出てきた。


「そろそろ落ち着いたかい」

「ええ、危なく死ぬところでしたけどね」

「うっ。……一応、私は君が生きて帰ると確信していたから辛い修業をさせたんだよ。ほら、この世界のことわざにこんなものがある、子を思う親は子をドラゴンの巣に叩き落すと……」

「きれいな話にまとめないでください。その理論はともかく、どこの世界に10歳の子供を笑顔で死地に叩き込む親がいるんですか」

「まあ、それは置いておこうじゃないか」

「置いておけません。それで…… 先ほどの美しい女性の方は誰なんですか」


 俺は師匠がうろたえることを期待して、俺を死地に投げ込んだことを誤魔化そうと焦っている師匠に向かってそんな質問を投げた。


「ああ、セーラだよ」

「えっ……」


 だが師匠の発言は俺の予想の斜め上をいっていた。


「セ、セーラさんって、さっきの白竜さんのことですか」

「ああ、そうだよ」

「てっきり師匠の奥さんなのだと」

「ああ、そうだよ」

「えっ、本気で言ってるんですか、その話……」


 もう、余計に訳が分からなくなってきたぞ。白竜で人で美人で師匠の奥さんで、魔力量と知識量からみるにたぶん高位の魔導士。……いくらなんでも、情報量が多すぎませんか。


「あなた、さすがにその説明じゃあ分からないわよ。クライス君ゴメンね、夫の説明が悪くて」

「いえ、別に。何となく師匠のことが分かってきましたから」

「あら、そう」

「クライス君。それはいったいどういう意味かな……」


 などと言っている間に、俺たちの後ろにはティーセットを持ったセーラさんが立っていた。




「そう。じゃあ改めて自己紹介するわ。元七賢者の第二位のセーラ・フェルナーよ。今はいろいろと事情があって白竜だけど、昔は人間だったのよ」


 セーラさんの用意した美味しい紅茶とクッキーを楽しみながら、俺は詳しい説明を受けてた。


「七賢者の第二位……あれ、確か師匠も七賢者の一人でしたよね。ちなみに師匠の階位は」

「七位よ」

「クライス君、突っ込むところはそこではないと思うのだが……」


 師匠がかなりびくびくしている。師匠は完全に奥さんの尻に敷かれているようだ。ああ、俺も人のことは言えないか……


「それで、なぜ白竜の姿に」

「それはね」

「ストップだ、セーラ。ここからは私が話す」

「えっ、僕は別にセーラさんでも構わないんですが」

「昔のことで言われたくないことが多いのよ。だから私に言われると弟子に対して格好がつかないとか思ってるのよ」

「はあ、なるほど」


 そいう背景があったのか。確かに納得だ。


「二人とも、頼むから私にしゃべらせてくれ」

「はいはい」

「お聞きしますよ」

「ああ。……じゃあ、話そうか」


 そこから俺は改めて師匠の過去の詳細を聞くことになった。






 話をはじめるのは、まだ私とセーラがここよりまださらに南の小さな村にいた時からだ。


 この村で同じ年のある日に生まれた3人は大きな魔力を持っていた。


 召喚魔法と治癒魔法の才を持ったセーラ


 属性攻撃魔法の才を持ったマーリス


 付与魔法と補助魔法の才を持ったメビウス


 私たち3人はいつしか村の英雄と呼ばれるようになった。自分たちの力で、村が変わっていくのを見るのはとても気持ちのいいものだった。親友だった私達はいつも一緒にいた。



 そんな三人のいつものある日のことだった


「セーラ、今日は帰ったら何する」

「マーリス君の悪ふざけと魔法実験以外」

「俺、いっつもそんなことばっかりしてねーぞ」

「二日に一回はする」

「セーラ許してやれ。あれはマーリスなりの愛情表現だからな」

「メビウス、余計なこと言うな」

「ということは認めるのか」

「くっそー。メビウス、覚えてろよ」


 いつものように森で狩りをして村に帰る途中、俺達はバカ話をしながら歩いていた。


 そんなときだった……


「なっ、なによあれ」


 セーラの叫び声がやたらと響いた。その声にケンカを中断してセーラが向いている方向を見ると、


「む、村が襲われてる」


 セーラの言葉通り、村には謎の黒い集団が襲い掛かっていた。いたるところから火が上がり、町中を赤く染めている。

 俺はそれに反応して、とっさに動こうとしたが、その動作をメビウスが制した。


「早く行かなきゃ不味いだろうが。おい、メビウス。なんで止めるんだよ」

「状況が分からないうちは動かない方がいい。より状況が悪化するぞ」

「どう見たって、襲われてるだろうが。早く……」

「オヤ、マダトリノガシタ、ガキガ、イタノカ」


 俺がメビウスにつかみかかろうとした時だった。背後から妙に片言の声が聞こえた。

 慌てて振り向くと、そこには村を襲っているのと同じ黒い人型のものが立っていた。


「な、なんだお前」

「化け物か。モンスターじゃないな」

「いや、来ないで、来ないでよ」

「アンシンシロ、スグニ、ラクニシテヤル」


 さりげなく、目でメビウスと合図をしあいセーラをかばうように位置取りに立った。そして、メビウスは自分を落ち着かせるように相手に訊いた。


「……お前は、何者だ」

「マジン」


 それを聞きながら頭の中で、とっさに攻撃の態勢を整えて、手の中で魔力を練り上げる。おそらくメビウスも戦闘態勢に入っているはずだ。…………セーラは、さっきの様子を見るにすぐには動けないだろう。


「お前らが、俺達の村を襲っているのか」

「アア、ワレラガマジンハ、マジンサマノタメ、イケニエヲ、ササゲル」


 どうやら「マジン」という言葉は二種類の意味を持っているようだ。だが、今はじっくり考えている余裕はない。


「マアイイ、キサマラモ、コロシテヤルヨ」

「……<転移テレポート>。メビウス、付与」


 そう言って、飛び掛かってきたマジンを転移で前方の離れた場所に移動させる。それを見計らってからメビウスが魔術を発動させた。


「<惑星要塞テラフォートレス>、<能力値限界突破ステータスオーバーロード>。時間をかけるなよ、マーリス」

「言われなくても分かってるよ。……<超新星爆撃スターノヴァ>、<七柱の神撃セブンスヘブン>」


 メビウスが三人を守るように強固な防壁を張り、そのまま自分と俺に、身体能力強化の魔法をかける。そのまま俺は、自身の最高クラスの星魔法と光魔法を叩き込んだ。


「ヴァカナ、ガキノ、マホウ、デ……」


 膨大な破壊のエネルギーに飲まれ、一瞬でマジンは消滅した。


「ふう、どうだ」

「……ああ、ひとまず奴は消えたみたいだ」


 後ろで杖を構えていたメビウスがマジンの魔力反応が完全に消滅したのを確認してから、俺によって来た。


「マーリス、どうする」

「とりあえず、奴らを村からたたき出す」

「まあ、君ならそうするだろうね。その後はどうするんだ」

「知るかよ。セーラはどうする」

「あいつらが村を襲っているのなら……私も戦う」

「そうか……」


 どうしようかと考えるような顔をしたメビウスは、二人の顔を見てため息をついて言った。


「了解。もちろん僕も行くよ」



 2時間かからなかったかな、すべての魔人を消滅させるまでに。村ではセーラも動けたからあっけないほど簡単に魔人たちは消えていった。


 そのあと1日中、家族や友達を村中から探したが残念ながら誰も生きてはいなかった。


 その日は苦しくも3人の10歳の誕生日だった…………


「師匠、それで続きとか、昔の師匠の口調とかも気になるのですが……」

「なんだい」

「師匠たちの魔法がどう考えても今の魔術体系とかけ離れている気がするのですが」

「ああ、当然だよ。僕たちは世界間の魔法情報を好きに構成できるからね」

「えっ、でもこの間できないって……」

「今、使われている魔法体系でなら絶対に無理よ。そのかわりにあなたたちが使っていた魔術はあの時代の魔術師には上級魔術師であっても使えないでしょうね」

「それはどういう……」

「それは明日、合成魔法と超越魔法の講義の時にでも話してあげるよ」

「はあ、分かりました」


 そこまで話して、再び師匠は一息ついて過去の話を語りだした。


「あれは、村が襲われてから3日後のことだった………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る