現代編 水輝side~ 全てを押し付けられた青年~

 

 ~~~ハハハッハハ……


 テレビと周囲から聞こえてくる笑い声で目が覚めた。どうやら少しうとうとしていたようだ。


「うっ。今、何時だ……」


 目を開けると広がっていたのは、もちろん自室の六畳間だ。


「おお、水輝。やっと起きたか」

「ああ……やっぱり寝てたか」

「ああ、ぐっすり寝てたよ」

「そうか。あっ、まだ年は越えてないよな」


 俺の名前は洲川 水輝。K大学大学院 理学部物理科 湊崎研究室に所属する極一般的な大学院4年生だ。


 俺のことで唯一、一般的でないのは、俺の従姉 詩帆姉の夫である湊崎 雅也准教授だ。大学院時代に発見した<次元層の狭間における世界間の情報伝達物質>の発見と、その後の研究でその情報に含まれているコードの一部・・を解読したという業績で28歳にして准教授になり、ノーベル物理学賞は確実と言われている人だ。


 さて、そんな素晴らしい従姉の夫とは反対に平凡な俺は、20〷年12月31日の夜。


「「「「「プッ、ワハハハ」」」」」


 自分の家に友人達とオードブルのセットやらパック寿司なんかを持ち込んで、大みそか恒例の某お笑い番組を見ていた。


「なんか、これ見てると大みそか、って感じがするよな」

「ああ、確かに。って、誤魔化すな。で、お前は結局さあミサちゃんとはどうなったの」

「いや、それは……」


「あの、教授誰だっけ、ほら、あの顔が熊みたいな」

「熊みたいな教授。ああ、倫理の大久保か」

「そうそう、大久保だ。あいつにこの間さあ」


 大みそかの夜という謎のハイテンションに、某お笑い番組と酒が口を軽くして、かれこれ3時間ぐらいこの調子だ。


「やっぱり大晦日っていう雰囲気がいいよな。……ん、俺のスマホ鳴ってるわ。ちょっと出てくる」

「おう、酒が切れる前に戻ってこなかったら連絡入れるから買ってきて」

「その前に帰ってくるよ」


 そうこう言いつつも、小走りで部屋の外に出ると電話ではなくメールだった。


「なんだ、メールかよ。こんな遅くに……湊崎准教授からか。何の用だろう」


 そのまま、確認せず戻ろうかとも思ったが、さすがに湊崎准教授からのメールなら確認しておくべきだろう。家族関係か、大学関係か分からないし。


「ええっと、宛先が洲川君になってるから大学関係だな、何々」


 メールを開いて確認する。


「洲川君、ゴメン。

 俺のミスだった。というか、要は勘違いなんだが、12月末日提出の書類があったんだけど提出が1月だと思ってて、出し忘れた。

 1月1日は大学でイベントがあって事務室が空いていて、手続きが滑り込ませられるそうなので、悪いけど明日の9時ごろに出しに行ってくれないか。研究室のカギは俺が持っているので、鍵の貸し出し許可はきちんと事務室で取ってくれ。

 ちなみに俺は今、妻の実家にいて大雪で帰れませんので、よろしく。


 P.S公私混同になるが、家族大切にしろよ。義叔母さんが帰って来いって言ってたぞ」


「………想像以上にめんどくさいな、この件」


 よりにもよって正月に大学に行ってきてと頼まれるとは思っていなかった。この後は徹夜で麻雀する気だったし……


「まあ、行くしかないか。どうせ30分圏内だし」


 断れるわけもないので、俺はそのまま部屋に戻った。


「洲川、良かったな。酒が切れる前に戻って来れて。後、今から麻雀で買い出し役決めるから」


 部屋に入ると残りの3人は麻雀卓を囲んで準備完了していた。


「はあ、俺、明日の朝に湊崎准教授の勘違いのせいで大学行かなきゃならないんだけど」

「それがどうした。もちろん徹マンやるからな。まあ、やらないならやらないで……」

「俺に行けって言うんだろう。分かった、俺もやるよ」


 その後の一戦の後、買い出し役が買って来た酒を飲みながら5時まで麻雀は続いた。ちなみに俺は一位で上がったので買い出しに行かずに済んで、その時間を仮眠に当てさせてもらった。





「……うう、頭痛い」


 三時間ほどの仮眠でスマホのアラームに起こされてアルコールと寝不足で痛む頭を押さえつつ、俺は大学へ向かっていた。


「今日は一体何のイベントがあるんだろう。なんか妙にカップルが多いけど」


 周りの話を聞くと、「K大学の中心で正月から愛を叫ぶ」というイベントらしい。俺には関係のない話だな。まあ詩帆従姉ねえが元気だったら湊崎夫妻も、注目カップルの一つとして出ていただろうがあくまでだったらの話だしな。


「従姉さんの余命って……確か後、半年ぐらい、だったけな……」


 俺にとっての詩帆従姉さんは、本当の意味での姉に近い。従姉さんの両親は従姉さんが四歳の時に亡くなって、その時に俺の両親が従姉さんを引き取ったからだ。だから俺にしてみれば実の姉を無くすような辛さがある。だけど、あの捻ひねくれている詩帆姉を、溺愛していた雅也義従兄にいさんの悲しみは俺の比ではないだろう。


 それなのに、周りから見ると痛々しいぐらい、なんでもないように装っている湊崎准教授を見るたびに、俺は泣きそうになってしまう。一度ぐらい心情を吐露してくれたら俺を含めた周りの人間はどれだけ楽か分からない。詩帆従姉も義従兄さん以外に弱音を吐かないから、あの二人の辛さは俺たちには想像を絶するほど深いのかもしれない。


「そういえば、義従兄さんの口癖思い出したな。確かいつも、詩帆はとにかくツンデレだからなあ。外では意地悪な女王様にしか見えないだろうけど、俺の前ではお姫様のようで無茶苦茶かわいいんだよ。ねえ、聞いてくれよ、この前さあって……」


 独り言を言いながら、思わず言葉が止まった。


「あの時は、のろけだとしか思えなくて腹が立つだけだったけど。でも、あれだけ仲の良い二人に残ってる時間はもう……ヤバイな、ちゃんと覚悟はしたはずなのに、涙が…」


 周りにいるカップルを見ていると余計に涙が止まらなくなってきたので俺は、変質者に見られる前に速足で大学の中をかき分けて理学部の管理事務室にたどり着いた。


「すいません、どなたかいらっしゃいますか」

「はいはい、あら学生さんね。正月から来るなんて実験、それとも忘れ物かしら」


 涙が止まったことを確認してから、事務室内に声をかけると事務員のおば……いや、お姉さんが出てきた。


「あの、湊崎研究室のマスターお借りしたいんですけど」

「ああ、洲川君ね。湊崎准教授から話は聞いてるわ。確か提出しなきゃいけなかった予算報告書よね。どこにあるか聞いてたら私たちで回収したんだけどね」

「あれ。じゃあ、なんで僕が呼ばれたんですか。事務室に話は通ってたんですよね」


 今思うと、事務室に電話ができるなら書類の回収も頼めたはずだ。その仕事をわざわざ俺にやらせる意味があったのだろうか。


「いやね、回収しましょうかとは言ったらしいんだけど。機密研究資料とかが多いから、あまり研究室のメンバー以外に触られたくないからって」


 確かに、研究と詩帆従姉に命を懸けているあの人ならそう言ってもおかしくない。


「はあ、分かりました。じゃあ、マスターキーお借りしますね」

「ええ、一応昼までに返しに来てくれれば多少は遅れてもいいから」


 そのまま、マスターキーをもらって、理学部棟の最上階にある、湊崎研究室に向かう。


「全く、湊崎准教授も面倒なこと押し付けてくれるよな。実家に帰れって言っても……帰ると母さんが早く結婚しろってうるさいし」


 彼女もいたことないのに、結婚もくそもないと思うけど。


「さてと、さっさと探し出して帰りますか」


 たどり着いた部屋の扉に、鍵を挿して回した。


「あれ、鍵が開いてない。って、ことは開けっ放しだったのか。いや、それはない。まさか、窃盗…」


 鍵が開いていないことに慌てた俺は、慌てて鍵を逆に回して部屋に飛び込んだ。





「金庫とパソコン……は見た限り無事だな。後は応接室の書類保管庫か…」


 研究室に入ってすぐのところにあった辺りは幸いなことに異常はなかった。後は、研究室奥の応接室を確認するだけだと思った時、俺は妙な違和感を感じた。


「あれ。こんなに部屋、狭かったっけ。って、何だこの機械」


 俺の右側には壁一面を埋め尽くす本棚ではなく、壁一面を埋め尽くす機械群が埋まっていた。


「な、なんだよこれ。んっ、なんかケーブルが応接室に繋がってる。なんか……人影。こいつが寝落ちしたのかな」


 そう言いながら応接室に入るとソファーに二人の男女が座っていた。その二人の顔に俺は猛烈に見覚えがあった。いや、というか……


「あれ、雅也義従兄。実家に帰ったんじゃなかったんですか。もう、研究室にいるなら僕を呼ばなくても……んっ、雅也さん」


 そこにいたのは湊崎夫妻にしか見えなかったのだが、どうも様子がおかしい。


「ふ、二人とも。ね、寝てるんですよね」


 二人の頭にはいくつかケーブルからつながった電極パットのような物がついていて、湊崎准教授の膝の上には「遺書」と書かれた……


「遺書……。ほ、本当にふ、二人とも息してなくないか。じ、自殺ってことか。とにかく、は、早く救急車と警察を……」


 と、慌てていたそのとき、ふと遺書が二通あることに気づいた。いや、おそらく気づかされてしまったのだろう。そして、そのうちの一通の表書きにはなぜか……


「水輝くんへ、ってなんで俺だけ指定なんだよ。もう一枚は遺書としか書いてないのに。んっ、裏になんかメモがついてる」


 封筒を手に取ると、裏にメモが付いていた。


「水輝君、悪い。おそらくこの君宛の遺書を読んだら、俺の研究の全てを知ることになる。この世界の根幹を揺るがす話だ。多分だが、君にも危険が及ぶようなものだ。

 その事を理解した上で俺の研究の全てを知り、後始末を頼めるのなら、読んでも構わない。

 その気が無いなら、今すぐこのメモと君宛の遺書を燃やして捨ててくれ」


 どうやら、湊崎准教授は俺達の想像をはるかに越えた研究をしていたらしい。その書き方に俺も一瞬そうしようかと思った。でも、この人が託してくれたんだ。命を懸けた研究の全てを。


「俺も研究者です。世界の真実が知れて、なにより義従兄のあなたの生涯を懸けたものを放置するわけがないでしょう」


 俺は、スマホをポケットにしまうと、研究室の鍵を閉めた。そして、明らかに全員宛のものより分厚い俺宛の封筒を開いた。


「読んだら、本当に戻れないよ。それでもいいなら、進めてくれ」


 一枚目にはそれしか書かれていなかった。だけどもちろん、もう答えは決まっていた。


「まったく、准教授はしつこいよな。もちろん読むに決まってるでしょう。さてと、まずは<この場の処理について> もう、まずそこからですか。まあ、重要ですけど。ええっと……」


 そうして、意気揚々と半分やけくでそ読み始めた俺は、全てを読み終えた2時間後にとてつもない後悔をすることになるのだが……その時の俺は、もちろんそんなことを考えもしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る