第十三話 突然の進路転換と旅立ち

 俺はようやく痛まなくなった体を少し引きずるようにしながら戦後処理の指揮を行っている父のもとへと向かった。そして、父の指示がひと段落したところで声をかけた。


「お父様、お話することがあります」

「うむ、なんだ」

「実は先週言っていたプレゼントを決めました」

「そうか……今言うことではないと思うのだが……まあいい。それで何にしたんだ」

「王都の魔法学院への入学をやめさせてください」

「はあ、お前は一体何を言って……」


 もちろん俺が父にこう言ったのには訳があるのだが……




「やはり、魔神の復活……ですか」

「ああ、魔神の魔力を1000年近くトレースしている私が言うんだ。間違いない」

「そうですか……防ぐ方法はないんですか」

「基本的にはね。ある程度、時期を遅らせることはできるだろうが」


 俺は魔神復活の話を聞いて、割と冷静に何か食い止めるための策がないかを考えていた。俺みたいに魔法に染まっていないからこそ、新たに出る意見もあるだろうし。


「じゃあ、封印し続けるよりは討伐した方が安全ですし、そういう方向性で動くということでいいですか」

「まあ、封印できたのも偶然だったから、正直に言ってかなり難しいとは思うが、そういうことだね」

「分かりました。それで、俺に教えると言っていましたが、俺は何を教えてもらえるんですか」

「まあ、高位魔法理論だね。私に分かることは全て教えよう」

「本当ですか。でも魔法学院の件、どうするかなあ……」

「まあ、そのことを考えるのもいいが……その前にこの状況をなんとかしようか」

「えっ、何かありま……すね」


 マーリス先生の言葉に周りを見渡すと、そこには……


「本当に倒してしまわれるとは………」

「ク、クライスがあんなに魔法が使えるとは……」

「男爵様、ご存じなかったんですか」

「レイス、確かに中級魔法が使えるという報告は受けていたよ。ただ、あのレベルの魔法が使えるとは聞いていなくてな」


 まずは街から出てきていた、父、ラムスさん、従士長のレイスさんが兵士を引き連れて背後に立っていた。

 そういえば、戦闘が終わる直前に門にかけていた<地神要塞アースフォートレス>も魔力不足で解除してたわ。当然援護のためにやって来てるよね。


「ク、クライス君すごすぎです」

「せ、赤竜を一人で……」

「あいつ、本当に俺たちと同い年なのか」


 続けて、戦闘の音が無くなって、不安になったのか近くまで来ていたアレクス達。危ないから近寄るなって言ったんだけどなあ。


「クライス、これはお前がやったのか」

「はい、その通りです。まず、魔法の実力を過少申告していてすみません。あまり騒いでほしくなかったんです」

「ああ、それはいいのだが……」


 父が若干、顔を引きつらせながら状況の確認に来た。まあ、10歳の息子がいきなり上級魔法連発して、赤竜を狩ってるところを見たら、困惑するよな。


「別に、過少申告に関しては怒っていないが、この赤竜は私が預かっても問題ないのか」

「はい、僕が持っていても使い切れませんし」


 全長5メートル、体重数トンの赤竜なんて売り払うぐらいしか今の俺には使い道がないしな。別に今は特にお金に困っていないので、父に渡しても何の問題もない。ちなみにあの赤竜クラスの個体一匹で30億アドルはするらしい。まあ、ほんとに今は金に困ってないからいいけど。


「分かった。レイス、ラムス。赤竜を切り分けてひとまず倉庫に搬入してくれ」

「「了解いたしました」」


 そうして、赤竜の切り出しが始まり父の手が空いたところで、俺は再度父に話しかけた。


「お父様、お話したいことがあるのですが」

「うむ、なんだ」

「実は……」





 俺の突然の発言に父はとても困惑しながら、聞き返してきた。そりゃするだろ。前世で言うなら、高校に受かったのにやっぱり行きません、と親に言うようなものなのだから。


「お前の要件はわかったが……一体なぜだ。学費のことならお前が狩った赤竜があるので今まで以上になんの心配もないぞ」

「いえ、そういったことではなく……」

「フィールダー男爵、ここから先は私が」

「コーラル先生。そういえばどうしてここに」


 いきなりの俺の魔法学院への進学をやめるという話にまったくついて行けなくなった父に、マーリス先生がフォローを入れてくれるようだ。これは助かっ……


「まず、身分を偽っていたことをお詫び申し上げます。私の本名はマーリス・フェルナー。七賢者の生き残りです」

「へっ。…………け、賢者様」


 ……てなかった。余計に混乱させてどうするんですか、先生。


 結局、父を落ち着かせるために30分ほどの時間を要した。ひとまず落ち着いた父はひとまず先生に場を離れてもらって、俺だけから話を聞くと言った。



「なるほど、ひとまずお前がなぜ断ろうとしたかは分かった。それで問題はコーラル先生、いやマーリスさんが賢者だという確証があるのかどうかだ」

「一応は。まあ、確証とまでは言いませんがそれなりの信用材料はあります」


 俺の転生の事実に気づかれた点と、魔神討伐の話の具体性など、確証には至らないがある程度の信頼材料ならそれなりにある。さっき俺を助けた点から少なくとも殺そうとはしていないだろうし。


 まあ、調子に乗って物理学の知識を教えちゃった以上、目を離すわけにはいかないというのもあるが。ああいう学問はこの世界にはない概念だからな。


「わかった。要するに、お前は学院ではなく賢者様の下で魔法を学びたいということか」

「おおまかにはそうです。賢者様の下に行きたい理由は他にもあるのですが、今は言わないことにさせてください」

「そうか……」


 まあ、魔神復活の話とかは今、下手に煽っても不安になるだけだしな。


「そうか、それで準備期間は」

「できるだけ早めにとは思っています」

「そうか、まあ王都に行く必要がない以上は服を新調する必要もないしな。全くいつからこんなに弁が立つようになったのやら」

「まあ、本もかなり読んでましたから。それに、荷物も特になくていいそうですから」


 言ってしまえば俺としては今の格好のままで連れていかれても全然いいぐらいだ。多少、自身や赤竜の血がついていたり、街の外壁の破片がついていたりもするが洗えば済むし。正直言ってこれ以上目立つ前に逃げたいというのが本音ではあるのだが。


「男爵様、そろそろ行かせてもらってもよろしいでしょうか」

「もう行くのですか、いやもう少しゆっくりと準備をしても……」

「いえ、あまり素性を詮索されたくありませんし、準備と言っても行くのは私の家ですから」

「そうですか」


 いろいろと考えていると先生が父に話しかけた。父が驚いているが俺もだ。行き先が先生の家だって初めて聞いたし。まあ、別に問題はないけど。


「分かりました。期間はどれほどに」

「5年後、クライス君が15歳になった日にお連れします」

「そうですか、どうか息子をよろしくお願いします。……クライス」

「なんでしょうか」

「お前の実力に気づいてやれなくて済まない。これが私にできる精一杯だ」

「お父様、気にしないでください。お父様にもらった魔法の本がなければ、今、僕はここにいませんから」

「クライス……」


 まあ、魔法には疎い家族だったけど、とても優しい家族だった。この10年間はとても穏やかな日々を過ごせたし。


「お父様、母様とセリア兄さま、シルバ兄さま、リリア、アレクス達にはよろしく伝えてください」

「わかった。クライス、体に気をつけてな」

「はい」

「別れ話は済んだようですし……では男爵様、また5年後に」

「楽しみにしていますよ」


 その言葉を最後に、先生が<転移テレポート>を使用して俺たちは街の外に飛んだ。



 街の外に出た瞬間、マーリス先生は先ほどの口調が嘘のようにフランクに話し始めた。


「さて、クライス君。今から私のことは師匠と呼んでくれ」

「なんで、いきなり呼び方変えるんですか」

「一度、呼ばれてみたかったんだ。そうだなあ、あえて理由を挙げるなら……気分かな」

「はいはい、分かりましたよ、師匠」


 どうやらマーリス師匠は気分屋らしい。結構真面目な人だと思っていたんだけどな……。


 詩帆を探しに行くことも優先すべきことだけど……ちょっと5年ぐらい趣味の研究に走っても許されるよね……きっと。まあ、もし怒られたら一発ぐらいは殴られようか。まあ、今回の件で王都にも情報が流れるだろうし、それで詩帆ならきっと察してくれるだろう。


 とりあえず、言えることは……


「さてと、クライス君。迎えを待っている間に合成魔法の原理について話そうか」

「合成魔法の原理。師匠、ぜひにお願いします」


 これから、気分屋の師匠と研究バカの俺の5年間の生活が始まるということだけだ。

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