第十二話 賢者と物理学者による考察

「そろそろ、驚きは十分かな」

「いや、驚いてませんけど」

「乗るんだったら、最後まで乗ってくれよ」

「そんな我儘な、っ、うっ」

「そういえば、限界まで魔力を使っていたね、<快癒ハイキュア>」


 突然のコーラル先生、いやマ―リス先生の賢者発言に若干寒い空気が流れたが、まあ予想できるような話をする先生のせいなので俺は悪くない。


 俺に治療魔法をかけて、容態が落ち着いたタイミングでマーリス先生が話を続けた。


「まず、私の過去はとりあえずのことは以前話したから、君の過去の話を聞かせてくれないか」

「まあ、あまり話したくないですけど。 ……俺は魔法と相反する学問、科学が発展していた世界の地球という星に住んでいました。科学に関する細かい説明は省きますが、俺はその科学という分野の中の一つの物理学という分野を研究していた学者です」


 おそらく、完全にばれているのだし、正直に言ってしまった方が得だろう。どうせ隠し通せないし。


「ほう、それでそれはどういった学問なのかな」

「簡単に言うと、この世界にあるすべての物質を構成している素粒子の構造や成り立ちを調べたり、物体の運動の法則や規則性を探したりといったことなのですが……まあ様は現象からその意味や法則を探し出す学問です」

「ほう、まさに魔法と対を成す学問だ。魔法は世界にある知識を利用して現象を起こす学問だからね。今度、そのことについても聞いてみたいが、まあ今はいいか。ああ、一つだけ聞かせてくれ。いくら強度の弱い赤竜の口の中と言っても、さすがに狂乱状態の時に刺さるような魔力はこもっていなかったと思うのだが……」


 マーリス先生が赤竜の口から突き出ている杖を指して言った。


「まあ初歩的な、向こうの世界だと、この世界で言う中等教育ぐらいで習うことなんですが。簡単に言うと、質量をもった物体が加速するとそれがエネルギーになるんです」

「それはどういう意味だい。もう少し、詳しく」

「質量×加速度=力、ma=Fという公式があるんです。つまり質量をもった物体に加速度を与えれば力が発生する……ということなんですが。まあ、いいです実際にやってみせましょう。


 俺の理論もあくまでこの世界の物理法則が俺の世界と同じという前提だ。最も魔法がある以上、全く同じな訳はないけど。


 まあ、重力もあるし、空気抵抗や摩擦抵抗は普通にあるから、仮にその数値が違ったとしてもこの説明をする上で問題はないだろう。


「よく見ておいてくださいね。<土球ストーンボール>」


 幸いなことに話している間に回復した魔力で、第一階位土魔法<土球ストーンボール>を発動し、それでできた岩玉を手の上に置く。


「まあ、細かいことを言わなければこの石にエネルギーは加わっていません」


 重力や抗力、後は風にも若干押されてるけど、つり合ってる力や微細な力は無視だ。話も計算ややこしくなるし。


「で、この石には重さがありますよね」

「ああ、当然あるね」

「これを、このまま落とすと……地面にくぼみができましたよね」

「なるほど、質量のある物体を加速させると、力が加わる。確かに道理だな」

「ちなみに石を加速させているのは、星が物体を、星の中心に向かって引き付ける重力という力です」


 俺が赤竜にやったこともそう難しいことではない。簡単に言うと赤竜がこちらに向かってきた時に発生した運動エネルギーをそっくりそのまま杖の一点で受け止めて、反作用で口の中に突き刺したという訳だ。大がかりではあったが、やったことは高校生の科学実験と同レベルだ。


 まあ、あの時は本当にドキドキしたけどね。だってこの世界なら反作用のエネルギーは全て魔力に代わって意味がない、なんてことも考えられたし。とにかく、この世界が前の世界と一部でも物理法則が同じで良かった。


「なるほど、つまり高速で走って来た赤竜の力を杖の一点で受けることで、その力を一点に集中させて赤竜の口内に突き刺したと。なるほど、確かに面白い学問だ」


 さすがは賢者様だ。俺の超適当な説明を理解してくれた。でも、なんでこんな話になったんだったっけ。


「いや、こんな話をしたかったのではない。君はどうやってこの世界に来たんだい」


 そうそう本題はそっちだった。あれ、でも次元間の情報データについてなら賢者様の方が詳しいのでは。


「僕が研究していたことの実験の一つで、魔法の素にもなっている次元間の情報データを発見したんです」

「それで」

「その、細分化された情報の中からこの世界の情報を得て……」

「なに、やはり次元の狭間には魔法以外でアクセスする方法があったのか……少し興奮してしまった、続けてくれ」

「はい、それで得た情報をまとめて、最終的に自分の記憶や精神、要するにこの世界での魂と呼ばれるものを集束させて固定化したものを、この世界の座標に送りこみました」

「なんということだ……」


 あれ、マーリス先生の顔が青ざめてる。なんかまずいこと言ったかな。


「要するに君は得た情報を使って自力でこの世界へ転生したということか」

「そうですね」

「まったく、神の禁忌に触れるような世界間の移動をやるとは、いったいなぜそんな事をしたんだ」

「大切な人を守るためです。不治の病に侵されていた彼女を助けるにはそれしか方法がなかったので」


 それだけは嘘偽りのない本心だ。社会倫理とか准教授の名誉とかを捨てても詩帆を救いたかった。ただそれだけだ。ただ、神の禁忌は想定外だったな。何か罰とか喰らうのかな。


「その人は君の愛する人か」


 想定外ですよ。禁忌の話じゃなかったのか。まあ……その答えは当然


「そうですけど、それが何か」

「そうか、昔の私と同じような選択をしたのか……」

「先生も似たようなことをしようとしたんですか」

「君ほど、大それたことをしてはいない、いやどうだろうなあ。まあ、あれは俺の魔法じゃ……ごほん、それでその人は」

「まだ確定ではないですけど、王都の伯爵家で平和に暮らしています」

「そうか、実験は成功したのか。……だが、この世界にしたのは失敗だったね」


 過去の恋人らしき人の話をしていた時とは一転して、マーリス先生の顔が急に厳しいものになった。


「な、何が起こるって言うんですか」

「簡単な話だよ。だがこの話を聞いたら君まで巻き込むことになる。それでもいいのかい」

「構いませんよ。どのみち、そんな不安要素のあるままじゃ彼女とのんびり生きられませんから」

「わかった。せめて君は死なないよう強くしてあげよう。とても伸びそうだからね」

「死ぬ、ってことはやっぱり」


 この世界で死に直接結びつくワードと言えばこれしかないだろう。


「魔神が復活するんだ。約5年後にね」

「やっぱり……そう、ですか」


 異世界生活10年目の年に、この世界の絶望の未来を知ってしまうとは……


 早めに知れて運が良かったのやら、それとも……知らずにいれば平和だったのやら……

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