第十一話 初陣は死闘

 

 俺に避けられた赤竜がそのまま突進しながら、街から離れて行くのを確認して、俺は転移でラムスさんのもとに向かった。


「グオウ、ゲホッ。ガハッ……」

「ラムスさん、しっかりしてください」


 地面に倒れているラムスさんの体からはかなりの量の出血があった。後、胸がへこんでいたり腕が曲がっているところを見ると全身のいたるところが骨折しているようだ。おそらく前世の大病院に即座に運び込んでも生死は五分五分といったところだろう。

 ……だが、この世界には魔法がある


「ガフッ、ゲホッ……ク、クライス様逃げてください。あんなものに、勝てるわけが……」

「静かにしろ。すこし、痛みますよ……<快癒ハイキュア>、<組織再生ハイリカバー>」

「ウッ、グフォッ……クライス、様、な、なに、を……」


 内科治療用の魔術で体の自然治癒力を向上させ、ついでに免疫能力を上昇させる。そして、外科治療の魔術をかけて骨折と体内の欠陥の修復を同時に行うと、痛みが消えたせいかそのままラムスさんは意識を失った。


「ふう、これでひとまずは大丈夫だな。で、赤竜は………ちっ、もうそこまで」


 ラムスさんの容体が落ち着いたのを確認して後ろを振り向くと、赤竜は既に真後ろにまで迫っていた。


「……<大地障壁アースウォール>。くそっ、強度が中途半端すぎるか。……って、やばっ。破られ、る……」


 こちらに向かってきた赤竜を土魔法第五階位<大地障壁アースウォール>で防ごうとしたが、さっきとは違い、とっさに作った石造りの魔法壁では狂乱した赤竜をほぼ抑えきれず、俺はわずかに稼いだ時間でラムスさんを抱え咄嗟に後方に転移する。


「ラムスさんは……無事だな。さてと、とりあえず安全な場所に……ああ、あそこなら一石二鳥か」


 容態が安定してきたラムスさんを転移で門の中へ飛ばして、門の前と周辺を土魔法第七階位<地神要塞アースフォートレス>で塞ぐ。<大地障壁アースウォール>ではだめでも、鉄の数十倍の強度を誇るこの土魔法の要塞なら何とかなるだろう。

 ……などと一瞬、気を抜いたのがまずかった。


「これで、いったんは大丈夫。……あれ赤竜はどこに…後ろか……<テレ…>……グアアッ…」


 赤竜から一瞬目を離したすきにすっかり見失った結果、気が付くと視界の端から飛び出してきた赤竜に直近まで寄られており、俺は魔法を唱える間もなく吹き飛ばされた。


「ゲホッ、ガハッ……」


 吹き飛ばされた先は街の外壁だった。見ると半径2メートルぐらいの衝撃痕ができているが、まだ<地神要塞アースフォートレス>の方でなくてよかった。まあ、どちらの壁に突っ込んでいてもあの速度だと<身体能力強化ステータスアップ>と<自動回復オートリジェネーション>がかかっていなかったらこの一撃でトマトのように潰れて死んでいたことは変わりないが。


「……<快癒ハイキュア>、<組織復元グランリカバー>。よし、回復は、こんなもんで、いいだろう…」


 激痛が走る中、自身の体を治療魔法で回復させる。おそらくこの魔法だけだと完全に回復はしていないだろうが今は魔力が惜しい。たぶん後、上級魔法2,3発で俺の魔力は尽きる。だったらある程度の体の痛みは我慢するしかない。


「ハアハア……魔力使いすぎたな。次で決めるしかないか……<転移テレポート>」


 俺を探して周りを見渡している赤竜の背後に転移で回り込む。そこから、もう一度上級魔法を叩き込む。


「<氷神の氷結槍ランス・オブ・ブリザード>」


 相手の心臓に向けて、背中側からもう一度赤竜の弱点である氷魔法を叩き込む。多少は魔力の温存のために魔力をケチったが問題はないはずだ。事実さっきはこれと同程度の魔力量で通ったのだから。だが、俺は赤竜が部位ごとに強度が異なることを失念していた。


「しまった、背中は硬度がかなり高いんだった」


 狂乱前に通った魔術は赤竜の皮膚にあっさり弾かれた。どうやら狂乱している状態では皮膚の強度がさらに上がるらしく、弱点属性でもあるにもかかわらず俺の放った魔法はまったくダメージを与えられていない。


「くそっ、動きが早すぎないか。後、氷の破片が……ちっ……<転移テレポート>」


 即座に来た尾での反撃と自身の魔法の残骸を避けつつ、なんとか短距離の転移でやり過ごし、<空中歩行ウィンドウォーク>で上空に逃げる。だが、これで大半の魔力は使い果たしてしまった。



「無駄使いしすぎたかな……魔力が圧倒的に足りない」


 いくら膨大な超越級魔術師の魔力といっても、さすがに今日の<転移テレポート>の連続使用や高威力の上級魔法を連発すればもたない。先ほど、赤竜のブレスから取った魔力もさっきの一撃にすべて使ってしまった。さすがに、今の魔力量では上級の合成魔術は発動できない。


「普通の上級魔術なら発動できるけど、威力的に決定打にならないし……仕方ない、少し時間を稼いで魔力を回復させるか」


 残った魔力でも体に魔力を流して、身体能力を強化する程度ならもつ。そしてその間にある程度は魔力が回復するかもしれない。それに背中側よりは腹側の方が柔らかいから、下に回り込めれば勝機はあるかもしれない。これでも前世の運動不足な文系青年時代よりは遥かに運動能力は高いだろうし。


「よし、いくぞ。<身体能力強化ステータスアップ>」


 杖に氷魔力を纏わせ、一気に赤竜の懐に入る。頭部と足の打撃はうまく土魔法の障壁を張って回避していき、魔力を全開にして胸部に杖を突きたてる。だが、中級魔法1発分以上の魔力をこめた杖はあっさりとはじかれた。


「くそ、やっぱりダメか。中級魔術1発程度の魔力じゃ貫通するには足りないか。けど、これ以上は、魔力がもたない」


 俺は再び上空に逃げるが、滞空している限り永続的に魔力を消費するし、俺から興味が外れれば赤竜が街に行きかねない。それを考えると状況はジリ貧だ。


「いちばん、柔らかいと言われる胸の部分はさっき刺さらなかったし……たぶん上級魔法なら刺さるだろうけど、それを発動できるだけの魔力は残ってないし……」


 しかも狂乱していてもブレスが吸われていることは理解したのか先ほどから使ってこない。<魔力喰らいマジックイーター>は魔法攻撃を吸い取って、自身の魔力に変換する魔法なので、赤竜の攻撃だとブレス以外は吸収できない。


「畜生、このままだと<空中歩行ウィンドウォーク>すら維持できなくなるぞ。魔力が無くなった状態で赤竜と相対したら、一秒も持つ気がしないし、後は……ん、しまった」


 戦略に思考を割きすぎて、赤竜が俺から離れて行っていることに俺は一瞬、気づけなかった。そして、その一瞬が致命的だった。赤竜は俺を無視してそのまま魔法によって強化されていない外壁に突っ込んでいく。


「こうなったら、もう一度……<地神要さアースフォー……だめだ。これを防いだところでもう魔力が残らないんじゃ、とどめが刺せない」


 俺の魔力は少し回復した分も合わせて、ちょうど上級魔法一発分程度だ。土魔法第七階位の<地神要塞アースフォートレス>を使えば、その瞬間に俺はしばらく行動不能になる。どんな人間であっても魔力が一定水準以下になれば気絶するし、0になれば死亡するからだ。


「くそっ。もうあの速度じゃ、転移以外はもう間に合わないし、しかも使っても俺が死にに行くだけじゃないかよ。何か、方法は……待てよ、速度か」


 この時、俺の頭の中では10年ぶりに懐かしい公式群が巡っていた。そしてその中の本当に単純な式の一つに数値を代入する。


「いや、強度が分からないと無理……って、測定してる暇もないし、仕方ない。まあ、実験してみるか」


 そう言いながら俺は、つい前世の癖で眼鏡を直す仕草をしつつ、<転移テレポート>を唱えた。




 転移した先は街の外壁から10メートルの地点。そこに向かって赤竜は猛烈な速度で向かってくる。


「この角度でいいな。はあ、一学者である以上、実験なんて失敗の方が多いけど、こればかりは失敗しないでくれよ。……<身体能力強化ステータスアップ><物質硬度強化ハードネスアップ>」


 俺は自分の心を落ち着けてから、手と足と目になけなしの魔力の大半を注ぎ込んで、極限まで身体能力を強化する。頭は痛いし、全身からの激痛が増した気がするが自身の魔法の影響なので文句は言えない。それと同時に杖にも魔力を流し込み硬度を上げる。


 そして最後の力を振り絞って俺は杖を前に構え、叫んだ。


「赤竜、俺に突っ込め」


 何を言われたかを理解しているかどうかは分からないが威嚇していることは伝わったのか、赤竜は俺の常軌を逸した発言の通り、大口を開けて俺の方に向かってくる。


 これを知らない人が見たら、か弱い子供に赤竜が襲い掛かっているようにしか見えなかっただろう。だが、その子供は超越級魔導士であり、人格は前世で天才と呼ばれた物理学者である。赤竜が押し続けていた力関係は彼の言葉に乗った瞬間、完全に彼の方に傾いた。そして彼の口が呟いた言葉が赤竜をさらに死へと近づかせていく。彼の眼にはもはや研究者としての興味の色以外、宿していなかった。




「氷魔法第四階位<氷装束アイスオーラ>」


 俺は最後に、生命維持に必要な最低限の魔力を残して、残りを杖に注ぎ込み氷魔法を纏わせる。そのまま、俺は赤竜の口の中に氷で覆われた杖を若干上向きにして、突き立てた・・・・・。本来なら何の影響も為さないはずのそれは、いとも簡単に赤竜の口内に突き刺さる。


「ウッ、グッ……杖、耐えろ」


 そう、体重5トンはあろうかという赤竜が自動車並みの速度で突っ込んできたのだ。その暴力的なエネルギーは俺を5メートルほど押し戻した。

 しかしそのエネルギーは同時に赤竜本体にも反作用としてかかる。ましてやそれが強化された杖の先端のという一点にかかったのだ、その暴力的な力の奔流は俺に対するダメージになると同時に奴へのダメージにもなっていく。


 それだけのエネルギーが加わる俺の体にも少なくないダメージが入るが、通常の身体能力強化魔法にさらに魔力を重ね掛けして強化された俺の手足は何とか耐えてくれた。腕や足から嫌な音がしているが、同時に杖も赤竜の口内により深く突き刺さっていく。


「もうひと押し、……<氷装束アイスオーラ>……」


 最後に俺は杖から放出する氷魔力を増加させた。それによってギリギリで保たれていた両者の均衡は簡単に破れ、杖の先端が赤竜の口内を貫通して脳に達した。


 その瞬間、赤竜は暴力的な断末魔の悲鳴を上げ……やがて、沈黙した。


「お、終わったー」


 魔力の大半を失い、体力を使い切った俺はその場に仰向けに寝転がった。体中傷だらけで、全身から激痛が走っているので早く治療したいところだが今はその魔力すら残っていない。


「まあ、しばらくしたら回復するだろうし、ああ、その前に父さんたちが来るかな。どっちにしてもそれまでゆっくり休んで……」


 そんな風に戦闘の余韻に浸っていた時だった。突然、巨大な赤竜の死体の陰からゴブリンが飛び出してきた。下手をするとただの成人男性でも倒せてしまうようなザコモンスターだが、今の俺にはどうやら勝てそうもない。そして、助けを呼ぼうにも周りに人はいない。


「ち、くしょう。せっかく勝ったのに、こんなところで人生、終わるのかよ……ごめん、詩帆……」


 俺が諦めて目をつむった瞬間、


「……<岩石弾丸ストーンバレッド>」


 土魔法の詠唱と、ゴブリンの断末魔の悲鳴が聞こえた。


 その声にゆっくり目を開くと、そこには


「コーラル先生、なぜここに」


 そこには俺の家庭教師のコーラル先生が立っていた。


「赤竜が現れたと聞いてね、しかし一足早く討伐されていたようだね。これは君がやったのかい」

「はい、そうです」


 今日はどのみち多くの人に俺の実際の魔法の実力は知られた訳だし、今更、治療術師でもあるコーラル先生にごまかすのは無理だろう。俺は口に杖が突き刺さった赤竜を指さすコーラル先生の言葉に素直にうなずいた。


「では、先ほどの第八階位魔術も」

「……はい」

「そうですか」


 第八階位魔術なんて異常者の象徴みたいなものだけど、まあ見破られているならば正直に言った方がいいだろう。ん、ちょっと待てよ。第八階位魔術、ましてや合成魔術でなんてこの世界だと俺以外に使える奴なんていないはずだ。じゃあ、なんでコーラル先生は断定できたんだ。まさか……


「先生、前にもお聞きしましたが……」

「君の質問には答えよう、だがその前に私の質問に答えてくれ。<真実の眼トゥルーアイ>」


 コーラル先生が使った第三階位光魔法<真実の眼トゥルーアイ>は相手の言った言葉の真贋を確かめる魔法だ。まあ、誤魔化す方法もなくはないが今の魔力が空の俺には無理だ。……ところで、先生は俺に何を聞こうとしているんだ。


「私の質問に正直に答えてくれればいい、……君はまだ魂だけの状態の時に魔力の海を通らなかったかい」


 この質問が出るということは、この人は俺が転生していることに気づいている。勘で言えるような質問じゃないしな。まあ、予想はできているが一応話の流れに乗っておこう。


「……それはそうですけど。なんで、そのことを知ってるんですか」


 そう言うと、コーラル先生は悪戯っ子のようにニヤリと笑って言った。


「いつかは否定したが、改めて名乗ろう。古代に生きた7賢者の生き残り、マーリス・フェルナーだ。あらめてよろしく、クライス君」

「でしょうね」

「君、もう少し驚いてくれてもいいんじゃないかな」


 とてもシュールな空気感が死闘の終わった荒野に流れた。

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