第十話 赤竜襲来
____同時刻フィールダー男爵領 領主都市 南門
「な、なんだよ、あれは」
「落ち着け。とりあえずお前らは領主館に行って、男爵様に報告だ。残りは従士長に援軍要請だ」
「ラムスさんはどうするんですか」
「ここに残って、少しでも足止めしといてやるよ」
「相手は赤竜ですよ、無茶です」
「だったら俺が死ぬ前にさっさと援軍連れてこい」
「はっ、はい」
俺の名前はラムス、十年前からフィールダー男爵領の門の守護を任せられている。
「しかし、Bランク程度ならまだしもAランクの赤竜とは俺もつくづく運がねえなあ」
今までにも魔物が攻めてきたことはあるが、せいぜいがⅮランクのモンスターの群れ程度だ。それもほんの一度。それぐらいこの領地は安全だったと言う訳なんだが。
「Aランクレベルといっても数分抑えるだけなら何とかなるだろうが……確実に周囲に被害が出るな」
こう見えても昔は近衛騎士団に誘われたこともある。ただ俺個人の技量じゃAランクのモンスターに対抗するのには程遠い。んなことは分かってる。でもな……
「門番が戦いもせずに逃げたら、門番の意味もねえしな。よし……いくか」
せめて、住民が避難する程度の時間は稼いでやらねーとな。さてと来やがったか、
俺が覚悟を決めたと同時に赤竜は俺を見つけたのか、門に向かって突っ込んできた。俺は赤竜に対して剣を構え、突っ込んでくる巨大な頭部を腕力だけで右へそらす。
完全にそらしきれなかったが、それでも赤竜の足は止まった。そして、俺の方を見つめている。
「男が見つめられてうれしいのは、かわいい女の子だけだよ、全く」
その瞬間、赤竜が再び俺に突っ込んでくる。今度は位置を誘導して、町とは逆方向へと向かわせる。すれ違う瞬間に物は試しと前足に切りかかったが、
「堅え、さすがは竜の皮膚ってところか」
全く傷がつかなかっただけでなく、むしろこっちの剣が折られそうだ。しかも、こっちが態勢を立てなおす前に赤竜はこちらへ向かってくる。後ろは街だ。
「早すぎるだろうがよ……畜生、終わりか。こうなりゃ、せめて一撃だけでも……」
「ラムスさん、下がって」
俺が諦めて、せめて一撃でもと赤竜の正面に立ったとき、上から声が響いた。その声に赤竜以上の危険を感じ、俺は反射的に後ろに飛びのいた。
次の瞬間。
巨大な氷の槍が、赤竜の前足を消し飛ばした。
「ラムスさん、もう少し離れてください。……<
今度は巨大な氷を纏った竜巻が赤竜を包んでいく。異常な威力の魔法の発動者を目で追うと、そこには…
「ク、クライス様……」
そこには、まだ10歳の男爵家の三男がいた。
「急がないと、かなりまずいよな」
アレクス達と別れた俺は<
「よし、まだ町の外だ」
街が目に入る距離になってようやく赤竜が見えてきた。町との距離はおよそ3キロ。赤竜なら5分ほどで街にたどり着くだろう。
「まだ、間に合うな。<
俺はいっぱいまで魔法に魔力をこめて、一気に町の中心部へ飛んだ。ふらつきながらもそのまま領主館へ飛び込む。
「クライス様。そんなに慌ててお戻りになられて、どうされたんですか」
「お父様はいるか」
「はい、いらっしゃいますが……それがなにか」
「実は……」
「大変です、町に赤竜が近づいています」
俺がフィーリアに事情を説明しようとするのと同時に、兵士が駆け込んできた。様子を見るに、あれは門の守護隊だな。
「何、それは本当か。すぐに兵の増員を」
「今、門の兵はどうなっている」
「そ、それが、各部署への伝令で、今はラムス隊長しか」
「早く増員の兵を、それから住民を領主館へ避難させろ。後、誰か王都に救援要請を」
おそらく、今のうちの領にAランクのモンスターと戦闘できる能力はないのだろう。だが、王都からの救援を悠長に待っていられる状況ではない。おそらく、それまでは……
「レイス、すまんが……」
「分かっていますよ、男爵様………お前ら、死んでも家族や女、子供を守りぬくぞ」
「「「おーーー」」」
父と従士長の発言は、要するに兵士たちが体を張って赤竜の進行を食い止めるということだ。それしか方法がない領地なら話は別だが、今は俺がいる。だから……
「せっかく赤竜と対抗できる超越級の魔術師がいて、簡単に兵士たちに命、捨てさせてたまるか」
そのまま俺は自室に入り、クローゼットの中からローブと杖を取り出してローブを纏うと窓から外に飛び出した。
「<
空中に風魔法で足場を作り、水魔法で身体能力を強化をして、保険で自動治癒までかけて上空を駆け抜ける。本当なら闇魔法を利用した隠蔽魔法ぐらいかけたいところだが、あいにく今はその分の魔力が惜しい。いくら全身を目立つオーラで纏っているとはいえ、もう目立つことは諦めるしかないだろう。
「全く、戦闘前にこんなことを考えられるとは余裕があるのか、それとも余裕が無いからそんなことを考えているのかな」
俺は妙に緊張していた。別に対魔物戦闘の経験がない訳ではない。母さんに言ったら卒倒されるだろうが、わざわざ領地の北の方にある魔物の出やすい草原にまで行って、魔法の威力を検証したりもしていたのだから。まあ、高位の精神魔法なんかは危険すぎて人では試せないからという理由もあったのだが。
「まあ、ある意味初めての魔物戦闘とも言えるしな。こうなっても仕方ないか……でも、一旦落ち着こう」
こんな緊張は詩帆に告白した時以来かもしれない。いや、それほどでもないか。
「まあ、魔法の実践実験だと思って気楽にいこうか」
そんな風に頭の中を纏めきると、俺は速度を上げて領地上空を駆け抜けた。
門の上空にたどり着くと、すでに戦闘は始まっていた。
「やっぱり、ラムスさんだけか……。でも、十分に赤竜の攻撃を受け流せてるし、ならこっちは」
俺は両手で別々の水風合成魔法、要するに氷魔法を準備する。両方の魔術に十分な魔力を込めて……今だ。
「ラムスさん下がって」
その言葉でラムスさんが後方に動いたのを確認してから、俺は赤竜の足に氷魔法第八階位<
この魔法は水魔法第七階位<
「よっしゃあ、まずは足一本」
容易にAランクモンスターである赤竜の前足をもぎ取るほどである。
そこから、高度を下げてもう一発。
「ラムスさん、もう少し離れていてください。<
今度は氷魔法第七階位の極大の氷の竜巻で赤竜を吹き飛ばす。赤竜は町から大きく吹き飛ばされ、その距離が500メートルほど開く。
「まあ、ダメージはそうでもないよな。じゃあ、もう一発……<
さらにさっき使った魔法にさっき以上の魔力を込めて完全に動きを止める。その隙をついて俺は一気に地上に降り立った。
「とりあえず、先制は決まったか。じゃあ、次は……」
「す、すごい、ホントにクライス様ですよね」
「ああ、ラムスさん。無事でよかったです」
「ええ、私は無事ですが……いったい、いつの間にクライス様がこんな魔導士様になってたのやら」
そこに駆けてきたラムスさんはかなり興奮しているようだった。まあ、あのレベルの魔法なんて一般人は滅多に見られないしな。
っと、談笑している場合じゃなかった。そろそろ魔法の効果が切れるはず。
と思って赤竜の方をうかがうとゆっくりと動き出そうとしている様子が見えた。
「後で話すよ、それより今は」
「ええ、気を抜いてちゃまずいですねえ」
その瞬間、俺達二人に向かって高温のブレスが広がる。俺は闇魔法第七階位<
「それ、闇魔法ですよね……クライス様いったい何属性使えるんですか」
「だから、その話は後だ」
「はいはい、分かりましたよ」
前世で、手負いの獣は恐ろしいと言うが、あれは正気を保ってないから限界以上の動きを出せると聞いたことがある。
つまり……
「明らかに、逝った目をした赤竜さんは確実に強いんだろうな」
「ええ、あれは完全に狂乱状態に陥っていますね……こうなると王国騎士団でも何人、犠牲者が出ることやら」
ブレスによる煙が晴れた先には、明らかに正気を保っていない赤竜がいた。ラムスさんの話を聞くにどうやら討伐はかなり大変なようだ。まあ、ともかく……
「来いよ赤竜、第二ラウンドの始まりだ」
赤竜の巨大な咆哮が聞こえた。瞬間、赤竜が俺たちに突っ込んでくる。
「うおう、危なっ……<
さっきとはけた違いの速さに一瞬反応が遅れたものの、なんとか右前方に脱出する。
「ふう、危なかったわ。あれ……ラムスさんは」
辛くも脱出したものの周囲にラムスさんの姿が見えない。辺りを見渡すと赤竜の正面、南門の前にラムスさんを見つけた。
「ただ、今の一撃で完全に気を失ってるな、あれは」
そう、彼は地面の上に大の字になってあおむけに倒れていた。
「……これで、一対一か。さてどうするかな」
一人きりとなった俺は不思議と冷静に自身の魔力や、ラムスさんと門の距離を測りつつ再度作戦を立て直していた。自分の中では何時間にも思えた一瞬が過ぎ、俺は普段は隠蔽している魔力を解き放った。
「さてと赤竜、仕切り直しだ。……お前は俺が沈めてやる」
その言葉の意味が分かる訳もないが、魔力を開放して挑発した俺に向かって赤竜は再び突っ込んでくる。俺はそれを避けながら、そのままラムスさんのもとに向かった。
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