第九話 超越級魔術師の魔法
誕生日から一週間後……
「ク、クライス君早すぎ」
「急ぐぞ」
「クライス君、顔が怖いよ……ちょっと、聞こえてるの」
「ああ、ごめん。……頼むから二人とも無事でいろよ。たっく、一体なんでこんなところにあんな巨大な魔物が……」
俺は、リサを背中に抱えて都市近郊の森の中を水魔法の<
「それよりクライス君、いったい何を感じたの」
「巨大な魔力だよ」
「魔力……でも、最近この辺りに魔物の報告なんて……」
「だから訳が分からないんだよ」
俺は半分怒鳴りながら森の中を駆けていく。
……なぜ、こんなことになったか。その理由は3時間前にさかのぼる。
俺がいつものように書庫で本を読んでいると、妙に笑顔なアレクスがやって来た。にしても、アレクス達って領主館にフリーパスで入れてるけど、我が家の警備体制は大丈夫なのか。まあ子供だしいいのか。
「なあ、クライス。久しぶりに森に行かないか」
「面倒くさい」
「そう言わずにさあ、コリウスの花の咲く時期だしさあ」
「コリウスの花かあ、うーん」
「お前も、もうすぐ王都に行くんだしさあ。ちょっとぐらい、いいだろう……」
俺は読んでいた「氷合成魔術上級編」を閉じて床に置いた。そして一つ理由が思い当たったのでアレクスに聞いてみた。
「じゃあ、一つだけ教えろ。そうしたら付き合うから」
「おお、クライスにしては珍しいな。いっつも研究の途中だとか言って、絶対動かないのに」
「余計なことを言うなよ、全く。……で、渡したいのはマリーなのか、それともリサ」
「お前、そこまで察してるならすぐ同意しろよ」
コリウスの花というのは初夏に咲く花で先端がオレンジがかった白い花である。この花は町からほど近い森の中にしか生えていない。そしてこの花にはフィールダー男爵領のとある伝統と深い関わり合いがある。
「で、どっちなんだよ」
「…………マリーだよ」
「へー、やっぱりか」
「どこに気づく要素があったんだ」
「お前の行動の全部」
「………」
この地域ではこのコリウスの花を好きな人に渡してプロポーズするのが古くからの伝統となっていた。花が咲いている森は狐や兎が大半でとても安全で子供でも簡単に行けるため、とてもポピュラーな行事となっている。
ちなみに他人の恋愛には基本的に興味を示さない俺がなぜこの話を知っていたかというと、この伝統を始めたのがフィールダー男爵家の六代前の当主だからだ。そのことが書庫内の資料にのっていたのでその由来まで頭に入っている。
「うーん、協力してやる代わりに、明日の昼飯はアレクスのおごりということで」
「……分かったよ、そのかわりちゃんと手伝えよ」
「おっ、アレクスがその条件を素直にのむとは思わなかった」
「バカ、俺だって真剣に告白したいんだよ。そのためにお前の力を借りれるなら昼飯のおごりぐらい安いもんだ」
「了解。そこまで言うのなら俺も本気出してやるよ」
これでも詩帆の心をつかむために恋愛に関する知識だけ・・・・は豊富なのだ。本気でアレクスが恋を成就させたいというのならば、手伝わない義理はない。
「よし、それじゃあ作戦を立てるぞ」
「そ、そんなものを立てるのかよ」
「当たり前だ。女をおとしたいなら感情面からアプローチして論理的に一切矛盾のない計画を立てろ」
「お、おう……」
ちなみに前世で告白前に入念な計画を立てていた計画書が詩帆に見つかって、「なんかね、気持ちはわかるんだけど……気持ちわ……怖い」と言われて三日ほど口を利いてもらえなくなったことを俺はすっかり忘れていた。
三十分後、完璧な計画を立てた俺たちはマリーとリサの家を回って遊びに行くと言って連れ出した。
「今日はどこにいくの」
「ちょっと森までな、急にアレクスが行きたいって言いだして」
「この時期の森かあ、フーン」
「何かありましたっけ」
「ケリの実を取りに行くんだよ」
「ああ、そうでしたか」
リサは何かに気が付いたようだったが、肝心のマリーは気づいていなくて何よりだ。
そのままマリーを誤魔化しつつ、町の門を出ようとしたとき見張りをしていた門番が声をかけてきた。
「お前ら、子供だけで外は危ないから気をつ……ああ、クライス様でしたか」
「ああ、ラムスか。今日は異常なしかな」
「今日というか、いつも異常なしですけどね」
「まあ、それが一番だろ」
声をかけてきたのは先日の魔法騒ぎの時に後始末を丸投げしてしまった警備隊長のラムスさんだった。
「クライス様はこれからどこに行かれるんですか」
「ああ、ちょっといつもの森にね」
「ああ、コリウスの森ですか。まあ、あそこなら安全でしょうけど……コリウスの花ですか」
「言っとくけど俺じゃないぞ。アレクスがマリーにな」
「へー、アレクスの坊主が……頑張れとは言っておきましょうか。成就するかどうかは怪しいですけどね」
「それは本人には言うなよ。じゃあ、そろそろ行きます」
「はい、お気をつけて」
ラムスさんは顔は怖いが、剣の腕は確かで、確か元C級冒険者だったと思う。その上、人当たりもよく従士長のアレクスの父にも重用されている人だ。あの人が今日の門の守護担当なら、何かがあったときすぐに対応してくれるだろう。まあ、コリウスの森で何かが起こるはずもないのだが。
ラムスさんとの話を終えて20分ほど歩くと森が見えてきた。
「じゃあ、ここからは二手に分かれよう。その方が効率良いしな」
「どう分けますか」
「うーん、じゃあ俺とリサ、アレクスとマリーで行こうか」
適当に選んだように見せかけて、事前の計画通りに組み合わせを分けていく。
「じゃあ、1時間後にこの場所でな。アレクス、ミスるなよ」
「おう、分かった(……ありがとうなクライス)」
「(気にするな。ただ、ここまで計画立ててやったんだから絶対に成功させ……)」
「何を話してるんですか」
「いいや、何も。じゃあ1時間後にな」
マリーに気づかれそうになりながらも何とか誤魔化しきることができた。そのままアレクスを見送ってから出発しようとした時、周りを見渡してからリサが話しかけてきた。
「クライス君、やっぱりアレクス君の本命はマリーちゃん?」
「ああ、やっぱり分かってたか……うまくいくと思うか」
「それは、私からは言えない。コリウスの花を渡しても……マリーは鈍いから」
「そうか…… まあ、俺たちが気にしても仕方がないし、ケリの実を探そうか」
ちなみにケリの実は栗みたいな木の実だ。俺たちはそのままアレクスの告白成功率について話しつつ、ケリの実を手際よく拾っていった。
1時間後、もって来ていたかご一杯にケリの実を詰め込んだ俺たちは集合地点に戻っていた。魔法を使わずに運んできたのでかなり疲れたけど。
「あれ、まだ来てないな。コリウスの花を見つけたらすぐ戻って来てると思ったのに」
「ちょっと遅れているだけだと思う、案外ふられて落ち込んで帰ってきているのかも」
「そうかもな………んっ、なんだ、これ」
そんな風にのんびりと話しながらアレクス達の向かった方向に魔力を向けると、かなり大きな魔力を感じた。それはだんだんとアレクス達の方へ向かって行った。
次の瞬間
「きゃー」
森に少女の悲鳴が響いた。
「今の声って……」
「……マリーの声」
「くっ…… 行くぞ」
俺は体に<
魔力を追って森の中を駆け抜けると、何かが爆発してできたような開けた場所に出た。そこには、マリーがうずくまって震えていた。
「マリー、大丈夫か」
「ク、クライス君、リサちゃん。た、大変なの。アレクス君が、アレクス君が」
「落ち着け、マリー、いったい何があったんだ」
「そ、それは……」
マリーが何かを言おうとした瞬間、何かが吹き飛ばされてきた。それは……
「グッ、ゲホッ」
「……アレクス」
「キャアッ」
そこに吹き飛んできたのは右足を何かに食いちぎられているアレクスだった。
「ひっ。ア、アレクス大丈夫なの?」
「ゲホッ、そんなわけあるか。ク、クライスいるよな」
「なんだ」
「俺はもう動けない、だから二人を連れて街から応援を呼んできてくれ」
「却下だ」
「なんで、お前、あれは」
「上級の魔力持ちの魔物でその噛み跡。そんな生物なんて……竜しかいないだろ」
その瞬間、俺の読み通りに茂みから大型の生物が出てきた。赤い鱗を身に纏い、体長は5メートル弱、間違いなく討伐ランクAの凶暴なモンスター、赤竜だ。
「だから、早く逃げろって、言ってるんだよ」
「知り合いを置いては逃げられるか。物語とかのこんな状況でも数秒で諦められる奴はホントすごいと思……」
「無駄話してないで早く逃げましょうよ。クライス君、早く」
「ああ、確かに……いや待て。三人とも動くな」
俺がそう叫んだ直後、赤竜は俺たちに向かってブレスを吐きつけてきた。俺はとっさに防御魔法を展開する。
「<
「は、はい。リサちゃん、アレクス君早く行こ……」
「くそ、やっぱり30秒も保たないか……全員、やっぱり俺から離れるな」
咄嗟に放った土魔法第五階位<
「……<
「す、すごい、赤竜が凍ってる」
「感心してる場合じゃない。長くはもたないから早逃げるぞ」
水風合成魔法第五階位<
「もたないって、どれくらい……」
「赤竜ならもって数秒だな。みんな俺の周りから離れるなよ。<
普通なら赤竜には効かない<
「アレクス、今治療するからな」
「お前、そんな簡単に……こんな傷、王宮の治療魔術師でも呼ばなきゃ」
「説明は後だ。<
「うそだろ、足がもとに……」
光魔法第七階位の<
「クライス、お前、本気の実力を隠してたのか、でも……お前この間光は使えないって」
「あんまり騒がれたくないとも言っただろう」
まあ、合成魔術や光魔術の上級をポンポン使ってたら、いくら子供でも異常だと思うだろうな。
「悪いけど、家族にも言ってないし、このことは黙っててくれ」
「別にいいけど……、それより赤竜はどうしたんだ」
「魔法はもう解けてるはず」
「そっ、そうですよ。もう、こっちに向かってきてるんじゃ」
「ああ解けてるよ。ただ、大丈夫。こっちにはきてないよ」
その言葉に三人が一瞬安堵する。だけどね……
「だけど俺たちを見失って人が、まあ正確に言うと魔力が多い街の方に向かった」
三人の顔が再び凍り付く。
「やばいじゃん、それ」
「ま、町に戻らないと」
「落ち着け、今お前らが戻っても危険なだけだ」
「でも、このことを伝えないと」
「俺が行ってくる。さっきも見ただろうけど、転移魔法使えば早いからね」
「でも……」
「分かった、二人のことは任せとけ。ただ、お前が戦う気なら絶対に死ぬなよ」
「大丈夫、あんな魔物には殺されないから……じゃあ、行ってくる」
どうやら、俺が赤竜と戦おうと思っているのはバレバレだったようだ。三人に心配そうな目で見つめられながら俺は<
「絶対に帰って来いよ」
「死んだら私が怒る」
「リサちゃん、死んだら怒れませんよ。でも……とにかく無事に帰ってきてくださいクライス君」
残された三人は、ただクライスの無事を祈っていた。
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