第八章 10歳の誕生日
俺は薄暗い魔法の明かりのもとで、二つの同じぐらいの大きさの赤い石を光に透かして見比べていた。
2、3分じっくりと見た後、右手に持つ石を箱の中に戻した。そして、前に座っていたお姉さんに声をかけた。
「すみませんお姉さん。これ、何アドルですか」
「ああ、これね。ここにある魔石は全部500アドルよ」
「じゃあ、これにしてください」
10歳の誕生日を迎えた俺はアレクス達と街で買い物をしていた。アレクス達が俺へのプレゼントを買いたいと言ったからだ。
「じゃあ、アレクスからはこれをもらっておこうか」
「これでいいのか、もうすこし高いものでもいいぞ」
「じゃあ、その隣の魔石にしてもらうか」
「これ、1万アドルもするじゃねえか。払えるわけないだろう」
「冗談だよ。で、この火の魔石は買ってくれるのか」
「そっちの小さいほうな、でかい方の魔石は俺の兄貴たちでも簡単には手が出ないぞ」
そんな訳で領内にある数多くの店の中から魔道具屋を選んだ俺は、例年通り魔石をプレゼントしてもらった。
ちなみにこの世界での1アドルは日本円に換算すると10円程だということがはっきりした。ある意味これもアレクス達と遊びに出かけることによって得た成果だろう。
「クライス君、私たちからの贈り物も今年も魔石を選ぶんですか」
「ああ。じゃあマリーにはそっちの水の、リサにはそっちの風の魔石をお願いしようかな」
「分かった。でも、本当にそれだけでいいの」
「ああ、いいよ」
1アドルを10円とすると一人当たり5000円ほどということになる。この世界の庶民の年収が平均10万アドル、男爵の年収が250万アドルほどと言われているので、貴族家の家臣家の次男以下が贈るものとしてはとしては若干安い程度だろう。まあ、個人的には気持ちだけでうれしいので別に主家への儀礼的に高価なものを贈ってもらおうとは考えていないし。
三つの魔石を包んでもらってから店を出ると、それを待っていたかのようにリサが話しかけてきた。
「そういえば毎年、クライス君は魔石が欲しいって言うけど何に使ってるの」
「そうだよな、そういえば魔法も見せてくれたことないよな」
「確かにそうですね……」
「案外、魔法が使えなかったりして」
俺が誕生日ごとにプレゼントしてもらっている魔石は、簡単に言うと魔物の核である。魔物は魔神を構成している濃い負の魔力が生物に流れ込むことによって生まれたと言われている。ちなみに今回もらった魔石はEランクモンスターのオークのものである。
この魔石というものは全ての魔物の中に存在し、その大きさは魔物のランクが上がれば上がるほど大きくなり、同時に加速度的に価格も上昇していく。また大きさだけでなく光や闇の属性を秘めた魔石は希少価値が高く、同じ大きさでも十倍近い値が付く。
だから魔物を狩れるレベルの冒険者たちはこの魔石を主な収入源にしている。まあ、魔物によっては他の素材の方が高く売れたりもするらしいが。
「リサ、失礼なことを言うなあ。一応、普通に使えるぞ」
「じゃあ、見せて」
「いや、あまり見せびらかすようなものでもないしなあ」
ちなみに俺が魔石を利用しているのは魔法の習得時だ。魔道教本には書いていなかったが、コーラル先生が魔法を覚える際に使うことを教えてくれた。なんでも同じ属性の魔石から出る魔力を混ぜ込んで魔法を発動しようとすると発動しやすくなるそうで、その話を聞いてから自分でも魔石を買って来て利用している。
「えー、そう言ってないで見せろよ」
「クライス君、一回だけ」
「証明できるなら信じるから」
「……はあ、分かったよ。じゃあいつもの草原に行こうか」
正直言って気乗りはしない。だって、この世界では10歳だと中級魔術が数秒コントロールできれば人外扱いされるんだぞ。そんな状況でポンポン魔法を連発したくはないが……まあ一発だけならいいか。なにより嘘つき扱いされるのに疲れてきたし。
「で、どの属性の魔法がいいんだ」
いつも遊んでいる町の郊外にある草原に着いた俺は三人にどの魔法を見たいか聞いてみた。
「うーん そうだな……強いて言うならなんでもいい」
「よし、アレクス。お前は見なくていい」
「いや、ちょっと待ってください。そもそもクライス君が何の属性魔法が使えるか分からないんですけど」
「ああ、言ってなかったね。すべ…………火、水、風の三属性だよ」
もちろん最初の測定の通り、俺は六属性全ての魔法が使える。しかし、そんなことを言っては完全に人外扱いされるので、公的にはこのように申告している。もっともこの年で三属性も使えるなら立派に人外な気もするが……
ちなみに光、闇の属性は魔石と同様に使える人間はかなり希少らしい。全部扱える俺っていったい……。
「なら、その中で一番得意な属性は何」
「うーん、それなら水かな」
実はあの三属性だと一番得意なのは風属性なのだが周辺被害を考えると水属性を選択するのが妥当だろう。
「じゃあ、水属性でお願いします」
「了解。じゃあ行くよ、みんな俺から離れるなよ。……<
もちろん街から離れているところとは言え、攻撃魔法を使う訳にもいかないので俺は広範囲に霧を作り出す水属性第四階位魔法の<
「うわあ、いっ、いきなり霧が広がったぞ」
「魔法が完成するの早すぎませんか」
「すごい」
なるべく、霧の濃さや範囲を通常より抑えたのだが……まあ、びっくりするよね。一応抑えたとは言っても、半径200メートルぐらいの範囲の視界が1,2メートルぐらいしかないし。
「これがお前の最大規模の魔術なのか」
「…ああ、そうだよ」
「こんな大規模な魔法が使えるのか……」
「まあ、範囲は割合広い部類の魔法だな」
「私、もうクライス君が同じ10歳だとは思えなくなってきた……」
いや、ホントは合成魔法の第8階位までできるんです。とは言えない、いや言う訳がない。
しばらく思い思いに歓声を上げていたが、ふとマリーが俺のもとに寄ってきた。
「クライス君。一つ気になったことがあるんですけど……」
「何、なんかおかしなところでもあったかな」
「いえ、この魔法って確かにすごいですけど……一体何に使うんですか」
「ああ、そこか。この魔法はね、人を通らせたくない所に使ってそこから先に進めないようにさせるんだよ」
「あー、なるほど。そういう魔法なんですか」
マリーに対してはかなりマイルドな言い方をしたが、コーラル先生の話によると実際には戦場でこの魔法を使って視界を失わせた後、闇魔法第二階位<
まあ、さすがに10歳児に話す内容じゃないよな。でも俺が先生にこの話を聞いたのは9歳ぐらいのことだったような気がする。先生は俺のことをなんだと思っているのだろうか。
30分後、そろそろ頃合いだと思った俺はみんなに声をかけた。
「それじゃあ、そろそろ消すぞ」
俺はそう言うと同時に風魔法の<
「き、消えた……なあクライス、夢じゃないよな」
「ああ、魔法だ。そんなことは良いから早く……」
「疑ってごめんなさい」
「私が悪かった」
「別にいいよ。怒ってないから。それより早くこの場を動こう、な」
考えてみれば当然のことだが、30分以上も停滞していた霧の周りには野次馬から通りすがりの行商人、更にはうちの家の警備兵や門番までが集まっていた。
「あの、クライス様。これは一体……」
「ごめんなさい、ちょっとした魔法の実験だったんだ。危険はないから集まっている人にも離れるよう言ってくれるかな」
「それは良いですけど……、そんなに慌てなくても」
「前にも言ったけど、俺は目立ちたくないんだよ。じゃあ、俺はこれで」
俺は集まっている兵の中から顔見知りの門番を見つけると事後処理をすべて投げて、その場からすっと抜け出した。貴族としては問題ないのかもしれないが、中身が現代日本人の俺としては少し罪悪感を感じる。
「クライス、なんで逃げたんだ。むしろお前の魔法の腕を広めてしまえばいいじゃないか」
「今は目立ちたくないんだよ」
確かに最終的には俺は大々的な活躍をする必要があるだろう。しかし、幼少期に騒がれると自由に動けなくなるのは確実だ。だからこそ圧倒的な力をつけるまでは目立つわけにはいかないのだ。
「ふーん、やっぱりクライスって変わってるよな」
「お前には言われたくない」
「まあ、確かにアレクス君も変ですけど、クライス君って考え方が特殊ですよね」
「確かに」
どうやら三人の中では俺が変人だということは確定事項のようだ。まあ、確かにこの世界の人と比べると俺の思考パターンは異常だろうけど。
「ほらな。三対一でお前の方が変人ということだな」
「うるせえよ。……ほら、もう遅いし帰るぞ」
「なんか今、間が開かなかったか」
「気のせいだ」
最初に買い物をしていたこともあり、街に着いた時にはわりと時間が遅くなってしまったので、俺たちは急いでそれぞれの家に帰った。決して美少女二人に変人と言われたからさっさと帰ったわけじゃないからな。
「ただいま、戻りました」
「ええ、お帰りなさいクライス。今日はあなたの誕生日パーティーよ」
「ありがとうございます」
家に帰ると食堂にはいつもよりも少し豪華な食事が並んでいた。そこには家族全員が待っていた。
「クライス、お誕生日おめでとう。お前は魔法が得意だからこれを選んだ、使ってくれ」
「僕も魔法関係の品ですね、兄上ほど立派な代物ではありませんが」
「うれしいです。ありがとうございます、セリア兄さん、シルバ兄さん。大切にしますね」
16歳となり去年から領軍に入った上の兄セリアからは中級魔術師のローブを、経理の仕事を勉強し始めたシルバ兄さんからは魔力を注ぐとその量によって色が変わる魔石をもらった。特にローブは魔法攻撃を多少軽減する結構いいものだ。
「お兄様、私からこれです」
「ああ、ありがとうリリア。とっても嬉しいよ」
8歳になって、ますます美人になったリリアからは花束と手紙をもらった。男が花束をもらっても、(相手が美人なら)結構うれしいもんだな。
「じゃあ、これは部屋に飾っておくよ」
「お兄様、ありがとうございます。あっ、手紙は読んでくださいね」
「あっ、ああ分かったよ」
なんだか最近リリアの押しが強くなった気がする。なんかコーラル先生のような雰囲気に圧倒されるというか……
兄達やリリアとの話にきりがついたタイミングで母が俺のところに来た。手には何か長いものを持っている。んっ、あれはまさか
「クライス、私からはこれよ」
「これって」
「ええ、あなたに合わせて作った魔法杖よ」
母が贈ってくれたのは俺の身長に合わせた長さの魔法杖だった。おそらく上級魔術を何発かなら打っても問題ないくらいの性能だ。しかしこの性能だとそれなりになるだろう、値段が。
「結構、高いのでは」
「そこは気にしないで。あなたはもうすぐ王都に行くのだから」
「ですから余計にです」
実は俺は来月から王都の魔法学院に進む予定だった。そこで中等部5年、高等部3年の実習を受けてから竜などのSランク級の魔物討伐などの大きな功績を挙げて、うちの家とは独立した貴族に叡爵されるつもりだった。
「やっぱり学費も高いですし」
「でも、あなたは魔物狩りで生計を立てると言っていたけど」
「それでも入学金が」
「親の懐具合を子供が心配しなくてもいいの」
「はい」
まあ、母がそういうのだしありがたくもらっておこう。
「クライス、毎年聞いていることだが何か欲しいものはあるか」
「うーん、そうですね……今は少し思いつかないので一週間ほど考えさせてください」
「まあ、ローブや杖はセリアやミレニアが贈っておるし…分かった、一週間後に決まったら伝えてくれ」
「はい、分かりました」
こうして、夜中まで楽しいパーテイをやっていた時には考えもしなかった。
まさか一週間後にあんな大事件が起こるなんて……
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