第七話 変人家庭教師
さて、さすがに子供とは言っても貴族の子である以上ある程度の教養は必要だ。と常日頃から俺は父に言われていた。俺も特に違和感なくそれを受け入れていたわけであるが。
なので貴族の子弟の学力は平民に比べるとかなり高い。まあ、セリア兄さんのように脳き……武力方面に力を発揮する貴族の子弟もかなりの割合でいるらしいが。
「さて復習だよクライス君、魔物のランクは何段階に分かれているといったか覚えているかい」
「S、A、B、Ⅽ、Ⅾ、E、Fの7段階です」
「そうだね、ではその決定の方法は」
「たしか……冒険者ギルドの過去の該当魔物の討伐データとその個体に対するこれまでの戦闘実績からその魔物が発生した地域のギルドマスターが判断します」
午前中、4人でさんざん遊んだあと、俺は午後から家の専属治療術師であり家庭教師のコーラル先生からこの世界に関する講義を受けていた。もっとも最初からこのような講義であったわけではないのだが。
「魔物に関することは、まあ基礎知識ならこれぐらいでいいか。じゃあ、次は貨幣について。この国の通貨は」
「ルーテミアドルです。ですが市場では略して、アドルと呼ばれていることが多いです」
「正解。では種類と価値は覚えていますか」
「鉄貨1枚が1アドル、鉄貨10枚で銅貨一枚10アドル、銅貨10枚で大銅貨1枚100アドル、大銅貨10枚で銀貨1枚1000アドル、銀貨10枚で金貨一枚10000アドル、金貨100枚で
「うん正解だ」
ちなみにこの世界での1アドルは日本円に換算するとだいたい10円ぐらいだろうと思っている。まあ、家の収入や農民の平均月収、後は販売されていた物品の日本での値段を考えた本当の意味での予測値ではあるが。
「相変わらず、何を聞いてもスラスラと答えるね。じゃあ、次は何を聞こうかな」
「一般常識なら大体教わりましたから分かりますよ」
「いや、結構高度な話もしてるからね」
コーラル先生は最初は俺に読み書き計算を教える予定だったのだが、俺がそれらを独学でほぼマスターしていると言うと、この世界の社会学や魔法学について教えてくれるようになった。先生はとても博識で基本的に聞いた質問には即座に返答してくれた。個人的には賢者か何かじゃないかと思っている。
「君は、本当に頭がいいね」
「先生にはかないませんよ」
「先生として君には負けるわけにはいかないからね」
先生の授業の中でも魔法の基礎知識に関しては特に分かりやすく、そのおかげで俺は第8階位までの全ての魔法を使えるようになったといってもいい。ちなみにそれ以上の階位は専門の先生につかなければ教えてもらえないらしい。最も超越級魔術に至っては賢者ぐらいしか教えられないらしいが。
「さて、じゃあ今日の授業も終わったし、賢者たちの魔神討伐の話を聞かせてあげよう」
「お願いします」
コーラル先生は治療術師をやっていたり、俺の家庭教師をしていたりするが、本職は魔人討伐の文献を解析する学者らしい。俺は、この賢者たちの話の臨場感に余計に先生が当時から生きている賢者でないかという疑いを強めている。
「さて、どこまで話したかな」
「魔神が遂にこの世界に現界したところまでです」
「そうか、じゃあそこから話そう」
魔神というのは1000年前に存在した負の魔力の集合体のことらしい。魔力の海の中でたまった魔力が形を成して、この世界に配下の魔王や魔人を召喚して世界に大きな被害を与えたらしい。その後、負の魔力エネルギーがこの世界で増加した影響で魔神が現界してそれに七賢者が立ち上がったということは聞いた。
ちなみに七賢者というのはこの世界の英雄的存在らしい。なんでも膨大な魔力を持ちながらかなりの人格者たちだったらしくこの世界の危機を幾度も救っただけでなく、人類を豊かにするための研究も行っていたらしい。後、7人には序列があって最高位の一位の大賢者様はその中でも圧倒的に強かったらしい。
もっとも1000年前の話であるし、脚色された話が多すぎるので正確な史実はほとんど残っていないらしいが。
そして俺はこの道の研究者の一人であるコーラル先生からの話を結構毎週楽しみにしていた。
「さて……その当時、賢者と呼ばれていた超越級の魔導士たち7人は魔王や魔人を減らすことで、この世界の負の魔力エネルギーが減少すれば、魔神はこの世界に現界できなくなると考え、先にそれらを討伐しようとしたんだ」
「でも、元凶が魔神ならそれをたたいた方が」
「魔神はそれだけ人智を超えた存在だったということだよ」
「賢者たちですら勝てなかったということですか」
「いや、勝てただろうね。最も賢者たちの大半が死ぬか、魔法なんて使えない体になっていただろうけどね」
「それでも、それで魔神に勝てば……」
「勝てなかったら、残った人々は死ぬのを待つだけだ」
「・・・・」
先生の話の通りだとは思う。でも……
「でも、それならなぜ魔神討伐といわれているんですか。それだと魔王と魔人討伐なんじゃ」
「そのまま、最初の作戦がうまくいっていればよかったんだが、生憎そうはならなかった」
「なにがあったんですか」
「魔神は世界の濃い負の魔力エネルギーで大陸中を破壊して回り、その速度は想像を絶するほどだっただった」
「そこで、賢者たちは魔神討伐に動いたんですか」
「ああ、大陸の半分が破壊されたころにね」
俺が絶句する中、先生はそこで一息ついて続きを語り始めた。
「賢者たちは6人の魔力を集めて巨大な攻撃魔法を練り上げた。全属性合成魔法第十五階位<
「なぜ、7人全員じゃなくて6人なんですか」
「一人がサポートに回って全員の魔力量と生命力を見て、賢者たちをなるべく死なせないようにした、と伝わっているけど、実際は一人だけ魔力のコントロール力が不十分で外されていたっていう説の方が濃厚かな」
「でも、その一人がいた方が安定するんじゃ」
「かもしれないが、実際には過去のあの魔法はあと一人いても変わらなかっただろうね」
「なぜ、言い切れるんですか」
先生の投げやりな言い方に熱くなった俺はとっさに言い返したのだが、あっさりと先生に返された。
「賢者たちの作った魔術は発動直前に魔神に察知され、コントロールを乱された。賢者たちは暴走する魔法によって魔力と生命力を完全に吸い取られ、発動に関わっていた全ての魔導師が死亡した。そして魔神は、その反動でできた空間のひずみに飲み込まれ、一応封印された」
「つまり、討伐されてないってことですか」
「ああ、そこに残っていた最後の賢者が確認しているからね。魔神も空間のひずみの中で力が戻ればまた復活するだろうという考察が彼の資料に載っていた」
俺は違和感を覚えた、最後の賢者の視点から語られている部分が他の史実や資料として出てきた1000年前の話にしては妙にはっきりしていたからだ。
「最後の賢者はその後どうしたんですか」
「残った魔王や魔人の大半を討伐してから忽然と姿を消したと言われている」
「最後に一つ聞いてもいいですか」
「なんだい」
「最後の賢者って、ひょっとして先生なんじゃないですか」
一瞬、先生の顔が固まって、やがて
「そんな訳がないだろう。私は一介の学者だよ」
「でも」
「私はあのときなにもできていないからね…………おっと、今の言葉は忘れてくれるかな」
「先生。今、なんて……」
先生がボソッと何かを呟いてから、表情が固まった。いや、これって本当に図星なんじゃ……
「先生、少し休憩時間を取られませんか。ちょうど、お菓子が焼けたので」
と、先生の顔が歪んだ瞬間、母が部屋に入ってきた。……まさかずっと張ってたわけじゃないよな。
「ああ、ありがとうございます。それじゃあクライス君、いったん休憩としようか。」
「あっ、はい」
「そうですか。それでは私は失礼しますね」
「はい、クライス君のことはお任せください」
そう言う先生の顔にはもう先ほどの表情は全く残っていなかった。
「じゃあ、ここからは地理のお勉強としようか。ではクライス君、ルーテミア王国の位置関係はどうなっていたか覚えているかい」
休憩後の先生は何事もなかったかのように話を再開した。俺はさっきの続きを聞きたいところではあったが、先生の言うなという雰囲気を読んで追及することはしなかった。
さっきの言葉は思わず油断していて出てしまった言葉なのだろうし。聞かなかったことにしよう、案外そのうち話してくれるかもしれないし。……その時は賢者様に弟子入りしてみるのもありだな。
「……クライス君、聞こえているのかな」
「あっ、はい。すみません、ちょっと別のことを考えていて……えっと、ルーテミア王国の位置関係ですよね」
どうやら、集中して考え込みすぎて意識が飛んでいたようだ。で、王国の位置関係は
「……テルル大陸の最南西で南北に2000キロ、東西に100キロの国土を有しています。西部と南部は海に面しており、北部と東部に面している国は……すみません、ど忘れしました」
「まあ、そんな時もあるよ。北部は多数の民族が小さな村を多数形成している無政府地域。南東部はエルフたちの住む森林国家、そして、我が国と停戦状態にあるレードライン帝国。その他小国がいくつか東部の国境に面しているけど、そこまで覚える必要はないかな」
「いや、気になるんでちょっとした特色とかは教えてください」
「そうだなあ、じゃあ北から順に行こうか、国境沿いの最北端にあるノーブル王国は……」
授業からだんだんと雑談に入っていき、夕方ごろ先生が話を切り上げた。
「おっと、そろそろ時間だ。最後に聞いておくことはあるかい」
「じゃあ、一つ」
「珍しいね、君が最後の質問をするのは。それで、なんだい」
「はい、魔神はいつ復活するんですか」
それは俺の人生に関わるような時期に復活するかどうかの確認と、先生が賢者であるかどうかのかまかけでもあった。
「うーん、そうだね。僕は専門じゃないから分からないけど、もうすぐらしいということは言えるかな」
「先生……、いえ、ありがとうございます」
「ああ、じゃあこれでね」
そう言って先生は部屋を出ていった。その瞬間、俺は思わず笑ってしまった。だって……
「誤魔化したかったのは分かるけど、魔神討伐のころの文献を解読している先生が専門じゃないと言っているのは無理があるよなあ。まあ、別の部門だという言い方にも取れるけど」
まあ、多分間違いなく正解ではあると思うが何も言わないことにしよう。せっかくの賢者である魔法の先生を逃すのはもったいないしな。
にしても、次回の授業から俺は何も言わずに乗り切れるのだろうか。前世のころから気になったことには口を出さずにはいられない性分だったからなあ。
しょうもない悩みを抱えながら、授業を終えた俺は書庫に入って再び本を読み漁るのだった。
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