第六話 遊びに本気になる魔術時ほど大人げない人種もいない
あれから五年が経ち、俺は九歳になった。
そして、そんな俺はなぜか草原の真ん中で追われていた。
一体何が原因なのだろうか。
俺が魔導書を読み始めてから早五年。その間に覚えた魔法のことが外部に漏れでもしたか。
それとも単純に男爵家の三男を狙った誘拐事件なのか。
一番あり得ないが、俺が転生者だということがばれたのか。
……と、仮説を並べ立ててみたがどれも違うことを俺は知っている。なぜなら……
「クライス君、待ってー」
「ごめんね、マリー。さすがにそのお願いは聞けないかな」
「クライス君、そろそろ捕まってあげれば」
「無茶言うな、いくら君の言葉でもその要求は呑めない」
なぜなら……俺を追っていたのは俺と同い年の少女だったのだから。
「クライス、高々おにごっこにそんなに真剣になるなよ」
「・・・・・ たかが鬼ごっこ、されど鬼ごっこだ」
「何一つ、かっこよくないぞ。そのセリフは……」
そして草原にはもう二人いた。
その二人の少女と少年は、俺が逃げ回る場面を見ながら苦笑していた。
簡単に言おう、俺は友人たちと鬼ごっこをしていたのだった。
「待ってよー、クライス君」
「……なあメリー。俺じゃなくて他の奴を捕まえればいいんじゃないのか」
「……そっか。全然思いつかなかったよ」
俺の言葉に反応した少女はそのままのもう一人の少女の方に走っていった。
「ふう、何とか撒いたか。……にしても精神年齢が三十八歳なのに、こんな遊びにむきになるとは……やばい、ちょっとクソ恥ずかしいな……」
そのまま鬼ごっこを続けている三人の少年少女を見ながら俺は三年前のことを思い出していた。
三年前のある日
朝から晩まで書庫にこもり続けている俺のところに珍しく父がやって来た。
いや、正確には来ることはよくあったのだが、俺に声をかける程度ならともかく、話しかけていくことは滅多になかったから割と驚いていた。
「クライス」
「な、なんですか、お父様」
「かしこまらなくても構わん。大した話をするわけではないからな」
「は、はあ」
俺はこの時、気が気ではなかった。ひょっとすると俺の異常性に気づかれたのではないかと思ったからだ。
まあ、いろいろとやらかした心当たりがあるから、いまさらという気もするが……
「そ、それで何の話でしょうか」
「うむ、お前が勉強熱心なのはいいことだ。事実、家庭教師のコーラルもとても7歳とは思えないと言っておったし、お前の魔法のおかげでわが領の財政が上向きになった事実もあるからな……」
覚悟を決めて聞いた俺だったが、父の顔を見るにどうやらそこまで悪い案件ではなさそうだ。
「ああ、あのときのことですか。まさか、あの農場の土質に何か問題が……」
「いや、だからそういう話ではない。それにあの農場はとてもうまくいっているから安心して聞きなさい」
「ふう、それなら良かったです」
さて、俺が貢献したと言われている農場だが別に善意で作ろうとしたわけでは決してない。幼少期はなるべく目立ちたくはないのに、そんな大それたことを堂々とやる訳がない。
要は、俺が魔法でやらかしてしまったということだ。
それは俺が5歳の誕生日にもらった中級魔道教本に書いてあった火魔法第五階位の<
まあ、ともかく中級の魔法となると街中でやるには威力が高すぎるので俺は町の外の草原で試そうとしたのだった。
「よし、ここまで来ればいいだろう」
俺は誕生日の翌日に、街から5キロほど離れた場所にある草原に向かった。もちろん歩かず移動系の魔法を使ったが、それでも5キロは安全マージンを取りすぎたかなあと思ってはいた。だが今になって思うと本当にそれだけ離れていてよかった。
「よし、じゃあ火属性は攻撃の象徴だし、ちょっと魔力を大盤振る舞いでいこうかな。……<
その言葉を唱え切った瞬間、一キロほど前方に赤い光点が光ったのが見えた。そしてその瞬間、その点が爆発的に膨張した。
魔法自体は大成功だったのだが、注ぐ魔力の量を(たぶん)桁1個分ぐらい間違えて3キロ四方を更地にしてしまったのだった。俺は嫌な予感がして光魔法第六階位の<
「……あっ、これやっちゃったやつだな」
上空からところどころから煙が吹き上がっている草原を見ながら俺はかなり反省した。そしてそれをごまかす方法を考えた。
土魔法が使いこなせていれば良かったのだろうが、このころの俺は土魔法はこれだけの土地を瞬時に完璧に戻せるものなどなかった。
仕方なく、怒られることを覚悟で両親に告げると、その反応は意外なものだった。
「クライス、町の西側の草原を更地にしてしまったというのは本当なのか」
「はい、申し訳ありません。どんな罰でも受けます」
「罰、何のことだ。むしろお前にはご褒美を上げなければならないよ」
「はい、すみま……へっ、それは一体どういう意味ですか」
「ああ、西の草原は土地が固く、農業ができず困っていたんだよ。お前は3キロ四方を掘り起こしてくれたんだろう」
「一応、魔法の失敗ですが」
「失敗でもあなたが怪我をしないで、きちんと家に帰って来たのよ。それ以上のことはないわ」
父も母も笑顔を浮かべていて、俺はほっと胸をなでおろした。と、そのタイミングで父が質問を投げかけてきた。
「うむ、ミレニアの言う通りだな。しかし、あの固い地面を3キロ四方も掘り起こすなんてどんな魔法を使ったんだ」
「ちょ、ちょっと、火魔法第三階位の<
実際にはこの時点で全属性の魔法が第四階位まで使え光魔法だけは第6階位まで使えていたが、もちろん騒がれたくない俺は黙っておくことにした。ちなみにこのときの俺の年だと魔力が制御できるだけでもすごく、第三階位の魔法を使えることすら異常でしかないらしい。本当に魔術に疎い両親で助かった。
ちなみにその後、穀物の生産量が増え、子供たちにも臨時のおこづかいが出て、兄達や領民にはとても感謝された。やっぱりお金って偉大ですね。
「はあ、でも財政が上向いてくるのはいいことだと思うのですが、何か問題があったのですか」
「いや、お前は勉強ばかりでなく、もう少し同世代の友人たちと関わり合いをもち、同時に体を鍛えるべきだと思ってな」
「はあ」
確かに体を鍛える必要性は感じていた。いくら魔術師といえども近接戦闘能力皆無だと、魔物なんかも出現するこの世界では危険だし。でも、同世代の友人とはどういう意味だろうか。
「それで、どうされるんですか」
「うむ、それはな。三人とも入ってきなさい」
父のその言葉の後、書庫の扉が開いて3人の男女が入ってきた。
「おまえが、クライスか。俺はフィールダー男爵家の従士長家の次男アレクスだ、よろしく」
「あっ、ああ…よろしく」
一番最初に声をかけてきたのは三人の中で唯一の男、アレクスだった。髪は赤っぽい茶色でワイルド系の美少年だった。ちなみに俺の顔は両親と同じ茶色い髪に黒目で顔は普通だ。まあ、前世よりは日本人基準で見るならかっこいい気もするが。
「ちょ、ちょっと、アレクス君。主家の子供さんにおまえってさすがに失礼なんじゃ……」
「いや、俺は気にしないから大丈夫だよ」
「そ、そうですか。ああ、自己紹介が遅れてすいません。代々フィールダー家の財政を担当してますコルド家の長女マリーです」
おどおどしながら自己紹介をしていたマリーは銀色のストレートヘアの美少女だった。詩帆がいなかったらなびいてたかもしれないレベルの。
「マリー、慌てすぎ。家内の使用人家の統括をやってるファート家の次女、リサ」
最後に物静かに自己紹介をしたリサは青い髪で眠たげな眼をした美少女だった。
「クライス、彼らと遊んできなさい。ずっと、勉強していないでもいいから」
そこで俺はようやく納得した。きっと、父は俺がずっと書庫にこもっていることを心配していたのだろう。まあ、俺も周りから見たらただの子供だし、父は俺をかわいそうに思ったのだろう。まあ俺は中身が大人だし、魔法が楽しすぎて、人恋しさなど欠片もなかったのだが。
だけど、まあ
「お父様、お心遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えて遊んできます」
まあ、基礎体力をつけるのも大切だし。それに今は普通に遊んでみるのもいいかな。異世界という特殊な環境なんだし。
詩帆のことを気にしないわけでもないが、まあ彼女も割とそこらへんのメンタルはしっかりとしているので、異世界を満喫している気もするし……
「じゃあ、行ってきます」
俺は三人を連れて笑顔で玄関を出た。
そんなこんなで、3年たった今も彼らとは毎日のように遊んでいる。体が子供になっているせいか、感性も一部が子供に戻っているようで、こういった遊びでも割と楽しく感じるし。
「クライス、ほんとに魔法は使ってないんだろうな」
「当たり前だろ。今でさえ余裕なのに使う訳がない」
「お前、言ったな。絶対捕まえてやるからな」
実は一月ほど前までは、無意識のうちに体に魔力を流して、身体能力を強化していたのだが。そのことを、つい最近教わったので、ある意味それまでは魔法を使っていたと言える。まあ、基礎体力をつけるのが目的なので教えられてからはもちろん使わないようにしているが。
「待ちやがれ、クライス」
「アレクス、ガラ悪い」
「そうですね、悪役にしか見えないですね」
「二人とも、好き勝手言いやがって」
「クスッ」
「こら、クライス笑うな」
そんなこんなで彼らは仲良く遊んでいた。
今日もフィールダー男爵領では平和な時間が流れていた。
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