第四話 賢者の素質

 

 重そうな魔導教本は、書斎の中の一番高い踏み台の上に背伸びをしてやっと届くところにあった。


「こんなに重そうな本を、こんなところに置くなんてなんだか悪意を感じるよな。さてと、よいっしょっと……」


 そして、俺の指先が魔道教本に触れた瞬間



 ……部屋中があふれんばかりの白い光に包まれた。


「うわあ、なっ、いったい何が」


 そう叫んだ瞬間すぐに光が止んだ。取り落してしまった本の表紙のエンブレムが光っているところを見ると、どうやら本の仕様らしいが、一体なぜこんなことに……


「クライス様どうかされましたか」

「うわっ、ああなんだフィーリアか。なんでもないよ」

「しかし、何かが光っていたと聞いたのですが……」


 本が光った理由を考えていると部屋に傍付きメイドのフィーリアが入ってきた。まあ、尋常じゃないくらいの光だったし心配にもなるか。


「ただ普通に魔導教本に触ったらそのエンブレムが光っただけだから」

「ああ、魔力測定の光でしたか。それなら納得です」

「魔力測定って、どういうこと。俺はあの本に触っただけなんだけど」


 どうやらあの光にはきちんと意味があったようだ。しかし、いくら魔力測定と言っても本を持っただけであれだけ光ると危ないよな。まさか欠陥品とかじゃないだろうな。


「初めて、魔導教本に触ったときは必ず魔力測定が行われるんです。エンブレムから発生する光の量が測定された魔力量ですね。ああ、詳しいことは中に載っているのでお読みしましょう……いえ、クライス様は文字をもう読めるのでしたね」

「ああ、読めるけど」

「そうですか。それなら私がお読みする必要はなさそうですね。では、仕事に戻らさせていただきます」

「ああ、ありがとうフィーリア」


 そして、フィーリアが部屋を出るときになって何かを思い出したかのように言った。


「実は、庭から書斎を見ていた新人の子が書斎からあふれ出しそうな光が出ていたと聞いて慌てて来たのですが……」

「ああ、そういうことか。確かに部屋中に光が広がってたなあ」

「少し大げさですよクライス様。今代の王宮筆頭魔導士様でも精々自分の周りに白い光が広がる程度ですよ」

「いや、でも……」

「おそらく、少し大げさに見えたのでしょう。まあ、クライス様に何もなくてなによりです。それでは」


 そう言ってからフィーリアは部屋を出て行った。俺は即座に教本の一ページ目を開いた。


「ええっと、エンブレムから発生する光の量は本人の魔力量と比例して増加する。エンブレムが光れば最低でも初級魔術一発程度は放てる程度の魔力はある。光の量と魔力量の関係は下図参照……」


 その下に載っている図解には分かりやすく光の量と魔力の量の関係が書かれていたが……


「部屋からあふれんばかりの光……っていうのは……無いか……、いや、あった、けど……」


 ちなみに教本によると、この世界の魔力量や魔法の種類は初級、中級、上級、超越級に分類されており、さらに第一階位から第十二階級という細かい区分がなされているらしい。


 しかもこの世界の人間は生まれた時に必ず魔力を持って生まれるが、多くの人は魔法など使えず、生命維持以外の目的には運用できないという。ちなみに初級の第一階位程度の魔術師だと百人に一人ぐらいの割合でいるそうだがそういう人たちは日常生活の中で少し魔法を使える程度だそうだ。


「さっき、フィーリアが言ってた王宮筆頭魔導士ですら魔力量は上級、第八階位か。で、俺は……」


 最初に十二階位まであると聞いたときはしょぼいと思ったが、第八階位でも一千万人に一人ぐらいの割合なのでかなりすごいらしい。にしても王宮筆頭魔導士でも第八階位とは、俺は一体……


 と、思いながら教本を目で追っていると自分に近そうなものを見つけた。


「ああ、これか。部屋中に広がる光。んっ、でもこれって……」


 教本には確かに、部屋にあふれんばかりの光が発生する場合の魔力量が載っていた。ただ……


「……超越級、第十二階級以上・・、過去の賢者並みって、……どういうことじゃあーー」


 俺は書斎のど真ん中で叫んだ。だって教本には千年前に実在した賢者たち以来、そもそも超越級自体ほとんど存在していないと書かれていたから。後に細かい情報が載った書籍によると超越級の魔導士はリアルに千年に一人の逸材らしい。すなわち数千億人に一人の確率と言う訳だ。


「いくらなんでも規格外すぎるだろうが。そりゃあ、詩帆を迎え入れるためにかなりの魔法の実力は欲しいと思ったよ。でも、ここまで行くとさすがに……」

「クライス、いきなり叫んだりなんかしていったいどうしたの」

「お、お母さま」


 自身の規格外さを嘆いていると真横に母が立っていた。なんか今日は人に驚かされてばかりだな。


「あら、文字が読めるようになって早速、魔法教本を読み始めたの。それで、魔力量はどうだったの」

「ちょ……中級、第四階位でした」

「まあ、すごいじゃないの。それだったら早速魔導士の先生を雇いましょ……」

「お、お母さま大丈夫です。もう少し魔法が使えるようになってからでいいです」


 危なかった。どうやら中級でもすごいらしい。お世辞にも貴族家としてはあまり裕福とは言えないうちの家で、即座に給金の高い魔導士の先生を雇おうとするとは……。まあ、そうはいってもうちの家は母がまともな財政管理をしているので、食うに困るようなことはないのだが。


「そう。それなら、いつからなら頼んでもいいのかしら」

「自分で良いと思ったら、いつでもお話しします」


 少なくともこの魔力量を、魔導士相手にごまかせるようになるまでは絶対にそんなもの雇えない。最終的には詩帆と結婚するために、戦果を挙げて名誉を得なければならないが、今この時点でばれて自由に動けなくなるのは悪手だからな。


「まあいいわ、あなたがそう言うのなら。先生が欲しくなったらいつでも言いなさい」

「はい、分かりました」


 そう言って、なんとか母は部屋を出て行ってくれた。俺は一息ついてからもう一度ページをめくる。


「さて、この本に書いてあることは、ええっと魔法の基礎知識、魔法の基礎練習法、第三階位までの魔法。ほんとに基礎教本だな」


 ひとまず超越級の魔力の隠蔽法は置いておこう。そもそも基礎が分からなきゃ話にならないし。


「ええと、まずは順番通り魔法の基礎知識の項から行きますか」


 魔法の基礎知識では魔法の属性についてと原理についての項目があった。


「魔法の基本属性は火、水、土、風、光、闇、の六種類。それと、へえ複数属性を掛け合わせた合成魔法か。これは面白そうだな」


 火と水と風を組み合わせて氷炎竜巻を作るとか、向こうの世界では互いに打ち消し合ってできそうもないこともできるようだし興味深い。


「なんせ、魔力は最高階位を超えてるってことだから、基本的にすべての魔法が扱えるよな。……ということはバリエーションも無限大か。夢が広がるな」


 ある意味、前の世界で修めた物理学と相反するような学問だ。楽しむなという方が無理がある。物理学と魔法学の研究ができるのはおそらくおれぐらいだろうし。


「まあ、詩帆と再会したら物理学と魔法学の関係性を研究するってのもありだな。原理については……」


 次に原理の項目には、魔法を起こすには並行空間上にある魔法情報をこの世界に引き出し、その情報が事象として発現するためのエネルギーを注ぐというプロセスが必要だと書いてあった。実際にはとてつもなく小難しい書かれ方をしていたから、おそらく前世の俺の同類でも意味が分かる人は少ないだろう。だが、俺には一つ心当たりがあった。


「まさか……そういうことなのか。だとすると魔力ってまさか、次元層の狭間の量子データのことなのか……」


 そう、世界を欺かなければならないほどの危険な研究に染まっていた俺の研究テーマだ。

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