第三話 4年間で得た知識

「ええっと、<魔法>に対応する言葉がこれになるのか。つまり、この文章に書かれているのは……」


 俺は、2日ほど前からフィールダー男爵家の書庫にこもっていた。


 その二日前というのは、俺の4歳の誕生日だ。


「クライス、今日がお前の4歳の誕生日だ。と言うことで、ささやかだがパーティーを開いた」

「クライス、お誕生日おめでとう」

「ありがとう、お父さん、お母さん」


 俺は家族に囲まれて誕生日パーティーを開いてもらっていた。去年や一昨年は、まだ俺や兄たちが小さかったので、これがこの世界に来てからの、と言うか人生初の誕生日パーティーだ。

 前世では親からプレゼント代だけをもらい、自分でプレゼントを買いに行くという誕生日を過ごしていたからこういう経験もいいものだな。


「クライス、お前がもっと大きくなったら俺が剣を教えてやるぞ」

「じゃあ、僕は勉強を教えますよ」

「うん、ありがとう。セリア兄さん、シルバ兄さん」


 俺の二人の兄は、長男セリア10歳と、次男シルバ7歳だ。二人とも優しい兄で、よくおれにかまってくれている。


「お兄ちゃ、おたんじょうび、おめでとう」

「うん、ありがとうね、リリア」


 舌足らずな話し方をしているのは、妹のリリア2歳だ。リリアは大人になったら美人になること間違いなしのかわいい黒髪の女の子だ。


 なぜだか彼女を見ていると何か違和感を感じるのだが……何が原因なのだろうか。



「さて、では誕生日の記念に何か贈ろうと思うのだが……。クライスは何か必要なものはあるか」


 一通り全員からのお祝いが終わって、父カルディアは俺に欲しいものを聞いてきた。本当なら憧れていた魔法杖やローブなんかを頼みたかったのだが、まだ俺は魔法を使えない。そこで俺はこんなものを頼むことにした。


「では、文字を覚える本をください。それから書庫に入る許可を」

「そんなものでいいのか。それなら他に別のものを頼んでもいいのだが……」

「いえ、それがいいんです」


 実は以前、家の中に置いてあった書籍を読もうと思ったのだが、全く読めなかったのだ。まあ、当然と言えば当然なのだが……


 だから、この世界の情報を集めるのにしろ、魔法を学ぶにしろ字が読めなければ話にならないので、この選択をしたという訳だ。


「まあ、お前が良いというのならそうしよう。それぐらいなら、すぐにでも用意できるはずだ。それから書庫はいつでも入っていいぞ、ただし本を汚してはいけないぞ」

「(すみません。勉強熱心なんじゃなくて、ただ魔法が使いたいだけなんです)ありがとうございます、お父様」

「まあ、勉強も大切だが、今は祝いの時間だ。思う存分楽しみなさい」

「はい」


 このあと、俺が眠る時間までパーティーは続き、翌朝から俺は文字の勉強を始めた。

 そして、たった1日でこの世界の言語をマスターした。割合、言語体系は日本語に近かったので読みやすかったし。まあ、ひとまず覚えたのは日本語で言うひらがなに当たる部分だけだが。


 そうは言っても家族には驚かれた。なんでも、長男のセリアなどいまだに自分の名前が書けるだけらしいし。


 地球では四歳でひらがなを読めるぐらいの子なら普通にいるのであまり違和感はなかったが、前世の中世の貴族とかだと自分の名前ぐらいしか書けない人も普通だったらしいし、この世界が前世の中世ヨーロッパ風の世界なので違和感はない。前世で情報を集めた時に大体、文化や教育、技術レベルもそのぐらいだと出ていたからな。


 もっともこの世界の貴族の子供はある程度の規模以上の町に住んでいるなら、具体的に言うなら我が家のような地方領主であるなら、たいていその街にある学院に通うことになるので、セリア兄が勉強していないせいな気もするが。


 さて、そんな訳でひらがなが読めるようになった俺は辞書を片手に百科事典の解読を行っていた。


 ところで俺は四年間もこんな風にのんびりと日常を過ごしている。すぐにでも詩帆を探しに行こうかと思ったのだが、結局そうすることはなかった。


 なぜなら詩帆の実験の成功の可能性がかなり高まったからだ。



 俺が三歳の時に母さんが話していた話の裏付けが取れたからである。




「クライス、少し話を聞く気はあるかしら」

「何のお話ですか」


 三歳になってから、俺は母の話はおとなしく聞くようにしていた。母の話から王都の話などが聞けることもあるからだ。


 まあ、関係ない話も多いのだが面白いのでそう苦にはならない。ただ、完全に面倒でなかったかと言えばそうでもないが。


「あら、聞きたくなかったかしら……」

「い…いえ、そんなことはないですよ」

「いや、いいのよ。王都の伯爵家のお嬢さんがあなたとちょうど同じ日に生まれたという話だったのだけど……」

「詳しく聞かせてください」


 その話を聞いた瞬間、俺は母に詰め寄った。きっと仏頂面をしていた俺の顔が急に変わったせいだろう、母がビクッとなって後ずさりした。


 俺がその時興奮したのも無理はないと思う。だって詩帆の話だとしか思えなかったからな。


「あっ、あら……珍しいわね。私の話にこんなにあなたが食いつくなんて」

「お母さま、早く続きを」

「はいはい」


 この体が幼児である以上、簡単には情報が集まらない。そんな今は、不確実でも少しでも詳しい情報を得ておきたかった。


「その子は王都の軍務大臣を務める伯爵家の長女らしいわよ」

「(伯爵家、可能性が高くなってきたな)母上、その子がどのような子なのかの話はありますか」

「そうね……、そうそう今のあなたのような三歳とは思えないほど口がたつ賢いお嬢さんだそうよ」

「そうですか。他には」

「ほんとに珍しく聞き返すわね。確か名前はユーフィリアちゃんっていったかしら。後、話すことがあるとしたらは……ああ伯爵の女癖のわ……。これはあなたに話す話じゃないわね」

「聞かせてもらって、ありがとうございます、母上」


 この後、父からも情報を得たり、その他の使用人からの話や新聞の情報から一応ではあるが結論づけた。まあ、実際に現地に行って確認したわけじゃないから本当に何とも言えないけど。


 まあ、仕方ないだろう。この世界の情報伝達速度は遅く、王都での情報などうちの領地に届くのは二か月、三か月遅れなのだから。


 ちなみに通信をするような魔法を使った道具はないらしい。正確には「魔道具」と呼ばれる物のなかに似たようなものはあるらしいが、どれも性能が低く使い物にならないらしい。



「まあ、ともかくまずはこの世界の基礎知識だな」


 この世界に転移する前にある程度のことは次元の裏の量子データで確認したが、さすがに時間がなくて詩帆の転生先に関わる情報しか確認できていない。という訳でひとまずは魔法についての話を置いておいて、この世界の基礎知識を得ることにした。




「ふう、これで一通りは分かったかな」


 約半日、必要な本を取り出して解読するのに思った以上に時間がかかってしまった。それでも今日一日でかなりこの世界の文字が読めるようになったのでその点は良かったのだが。


 まずこの世界で知られている大陸はこの人類が住んでいる、ここテルル大陸のみ。


 この大陸は東西に長いそろばんの珠のような形状をしており、その大陸の南西部に広がるルーテミア王国の南部の地方都市フィールダーが俺のいる場所で、王都までの距離はおよそ1000キロほどだ。


 政治は封建制度で国王を最高位として、王の直系、その他の王族、貴族の順でならんでいる。


 貴族の階位は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、士爵となっていて、父の階位は下から2番目の男爵である。


「まあ、だいたい予想通りってところか。まあ、科学の発展具合は事前情報通り、中世ヨーロッパレベルだな。まあ、だからこそ魔法が発展しているのか」


 ちなみに独り言はこの世界の共通語ラーグ語ではなく、日本語を使うようにしている。下手に前世のことをしゃべると危ないので。


 ともかく基礎的な情報は手に入ったし、さらに細かいことは家を出るまでに覚えれば良いだろう。時間はたっぷりあるだろうし。



 ……と言う訳でいよいよお楽しみの時間だ。


「じゃあ、いよいよ魔法の勉強といきますか」


 そう言いながら俺は踏み台に乗って、棚の上の方にある魔法の教本に手を伸ばした。

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