第一章 フィールダー男爵領編

第二話 異世界での覚醒

 


 ……………


 ……………


 ……ううっ、なんか頭が痛いな。


 なんか締め付けるような痛みと、こじ開けるような痛みが重なって尋常じゃないぐらい痛い。


 あっ、だんだん痛みが和らいできた。……うん、もう大丈夫だ。とりあえず生きてるな。


 さて、問題は転生が成功しているかどうかだが、一体ここは、どこだ……






 目蓋の隙間から光が差し込むのを感じて、ふっと目を開けた。


 周りの様子を見るに明らかに病室ではない。まあ、VIPルームとかに入れられている可能性もあるけど……と思ったがどうやら違うようだ。


 とりあえず俺の方は成功したらしい。ということは、俺より丁寧に、なおかつ正確な座標設定をした詩帆が失敗しているはずがない。


 確証はないが、一旦そう考えることにして、まずは周りの状況確認をしよう。どうやら俺は赤ん坊に転生したようだが……さて、ここは一体……



「あなた、クライスが目を覚ましましたよ」

「なに、本当か。術師は心の病はなく、呪いなどもないと言っておったのが、3日も目覚めなかったときはどうしたものかと思ったが……そうか、ひとまず良かった」

「旦那様、奥様、まだ予断を許しませんがともかく無事でよかったことです。今夜は少しお祝いをいたしましょう」


 俺の前には、茶髪で身なりの良い男性と女性、それとメイド服を着た若い女の子がいた。


「クライス、あなたの名前はクライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーよ」

「うむ、フィールダー男爵家を支える強く、賢い子に育っておくれよ」


 どうやら身なりのいい方の男女が俺の両親らしい、そしてどうやら貴族のようだ。俺が得ているこの世界の知識通りなら、この家の爵位は男爵なので、詩帆が生まれ変わっているであろう伯爵家と比較すれば、伯爵家の方が各位が上だったはずだ。


 まあ、それでも農民に生まれ変わるよりは、はるかに詩帆と再会できる確率は高いだろう。


「では私は執務があるのでな。フィーリア、ミレニアとクライスを頼んだぞ」

「はい、かしこまりました」


 しばらく俺を眺めた後、父親は部屋を出て行った。そういえば、彼らの話している言語は明らかに俺の知っている言語とは違うが、はっきりと意味が分かる。それを考えるとやはり実験は成功したとみていいだろう。


「しかし、クライスは泣きませんね。なぜでしょうか、フィーリア」

「奥様、心配されるお気持ちは分かりますが、治療術師は身体に問題はないと言ったのですよね。でしたら今は見守っていくことですよ。泣かない子も中にはいらっしゃいますし」

「そうね。でも……、やっぱり心配だわ」


 どうやら、母ミレニアは俺が泣かないことが心配らしい。そりゃあ、自分の息子が生まれてから、全く泣かなかったら不安になるよな。よし、少し泣いてみるか。


「オッ、オギャア オギャア オギャア」

「奥様、坊ちゃまが泣かれましたよ」

「そうね、安心したわ。しかしどうして泣いているのかしら」

「おしめは変えたばかりですし、先ほどまで寝ていましたし…… ああ、きっとおなかが空いて起きたのに、ミルクが飲めなかったからではないしょうか」

「そうね、じゃあ、あげましょうか」


 そろそろ泣き止もうかと思っていたのだが、なんかだんだん雲行きが怪しくなってないか。


「フィーリア、背中の紐をほどいて頂戴」

「はい。奥様はやはりご自分で授乳なさるのですね」

「そうね、この時が一番子供を育てていると思えるから」

「でしたら、お兄様たちの時に使っていた授乳用の服を出しておきましょうか」

「そうね、お願いするわ」

「かしこまりました」


 俺の目の前で、ミレニア母さんは服を脱ぎ始めた。いや、何をするのかは分かってるよ。確かに3日も眠っていたせいか、おなかも減ってるし。ただ俺は詩帆に禊みそぎを立てているので、いくら母親といえどもさすがに女性の裸は……


「オギャア、オギャ(やめて、直接じゃなくていいから、哺乳瓶を介して)」

「ちょっと待ってね。今あげるからね」

「オギャアーーーーーー」


 こうして俺はミレニア母さんの豊満な体に包まれ、転生後30分で詩帆への誓いが破られるのであった。





 授乳後、俺は詩帆への懺悔をしだした。まあ、赤ちゃんだから仕方ないことは分かってるんだけど……喜んでた自分もいるからやっとかないと罪悪感がすごかったし……

 などと俺が真剣にくだらないことを考えていると、ミレニア母さんが笑顔で俺を抱きかかえながらこんなことを言いだした。


「この子はどのように育つのかしらね」

「そうですね。セリア様は武の道に、シルバ様は領政の道に進まれました。しかし、クライス様には別の才があるようですよ」

「別の才、どういうことかしら」

「奥様は、痛みを軽減するために半分意識を落としていましたから御存じないのですね」


 どうやら、俺には二人の兄がいるらしい。しかし、好都合だ。跡取りでないほうがより自由に動ける。


 しかし、痛みを和らげるために意識を落とすか……魔法だけどなんか現代医学のようだな。まあそれなりに学問が発達している世界を選んではいるので、そうでなくては困るけど。


「治療師のコーラル先生がクライス様を抱き上げた際、この子はかなりの魔力を秘めていると」

「コーラル先生が、それなら確かね。そうなると、この子は魔導士になるのかしら」

「そうなっていただければ何よりですね」

「ええ、この家ではこの子の行く先を探すのは難しいですから。魔法の才を持って、魔導士として暮らしていければ、私たちよりもいい生活ができるかもしれないし、上位の貴族家のご令嬢とも結婚できるかもしれないわ」


 なるほど、優秀な魔導士というものは、実入りも社会的地位も高いようだ。その方面に挑戦するのも悪くない。


「ただその前に、我が家の財政に寄与してくれると嬉しいのだけど」

「奥様、それはそうですが、さすがにそれは坊ちゃんがかわいそうですよ」

「フフッ、冗談よ」


 使用人と雇用者が冗談を交し合える家か。よかった、この家は住み心地がよさそうだ。

 うう、安心したら急に眠くなってきたな、まあ体は赤ちゃんだし、仕方がないところではあるか。


「あら、クライス眠くなってしまったの。ゆっくりおやすみ」


 早く、詩帆を探しに行きたいところだがこの体ではそれも無理だ。だから、今はここでもう少しの間、情報収集に努めよう。そう思いながら、ゆっくりと自分の意識は落ちていった。

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