第3話(1/2)「からかわれる木村くんと、」
二年生に進級しても、机を挟んで僕の目の前に座る彼女――
一年生のときに一緒に文芸部に入部して、何度も言ってるのに態度を改めようとしないまま、二年生になってしまった。
現在部員は、残念ながら二人だけ。もちろん僕と佐藤さんだ。三年生は卒業してしまったし、新入部員はどういうわけか一人も来なかった。一人くらい興味を持ってる人がいて、仮入部くらいしてくれたっていいのに、それさえなかった。
闇結社とか裏組織的ななにかが僕の知らないところで暗躍している気がしてならないけれど、現実にそんなことはありえないととっくに学んだから、たまたまだろうと割り切るしかなかった。
まだ部員を確保することは諦めたわけではないけれど、これから佐藤さんと二人きりで活動していくと思うと不安は尽きない。不安ばかりだ。不安しかない。
半ば強制的ではあるけれど、部長になってしまったからにはしっかりとした文芸部にしたいと思っている。
とは言ったものの、これといって大きな仕事はない。学校を挙げての行事があるまでは、本を読んだり書いたりが主な活動になる。
だから僕はいま、本を書くために本を読んで、知識を深めている。
だと言うのに――、
「ねえねえ
「…………」
どこからどう見ても真剣に読書している僕に声をかけてきた。
はっきり言ってこの時点でかなりの無神経だけど、無視を決め込んでもキリがないことを僕はこの一年でよく学んでいる。それに、大抵はどうでもいいことばかり言ってくるけれど、そうじゃないことだって稀にある。今回がそうかもしれないので、渋々ながら反応するしかなかった。
「……なんですか佐藤さん」
文字を追いかけることを一時中断し、落としていた視線を持ち上げる。彼女は両手で頬杖をつきながらニッコリと笑って、こちらを見ていた。
読むなり書くなりしようよ文芸部員。佐藤さんが真面目に部活動しているところを見たことなんてないけどさ。
「二人っきりになっちゃったわね」
「そうですね」
ちょっとぶっきらぼうな言い方になってしまったけれど、佐藤さん相手にはこれくらいがちょうどいい。
人が少ないというのは読書をする上では好都合。だけど、部活動としては少々寂しいものがあるかもしれない。そこは否定しない。
それに、人手が必要になるタイミングだってある。去年までは三年生がいたけれど、今年は僕たち二人だけ。とてもじゃないけど順風満帆とはいかないだろう。
「うちの学校って二人でも部活動は成立するのかしら? ほら、普通は最低五人からとかじゃない?」
頬杖をつきながらわずかに首をかしげる佐藤さん。
「二人でも成立するから、こうして部活動できてるんですよ」
もちろんこの学校も佐藤さんの言う通り、例に漏れず『部員数最低五人』が条件である。
だけど文芸部は特別。いわゆる例外というやつだ。
さっきも言った通り、学校行事があるまで大きな仕事はない。逆を言えば、学校行事がやってきたとき、文芸部は忙しくなる。
修学旅行のしおり。文化祭のパンフレット。体育祭のプログラム。その他諸々のチラシやらポスターなどなど。それら書類系の作成に文芸部は学校側から依頼を受けて駆り出されるわけだ。
つまりは、文芸部が廃部になってしまうと学校側は困ってしまうというわけ。
猫の手も借りたいときに、一番暇そうな部活が文芸部だったってだけだと僕は思っているけれど。
「わたしとしてはありがたいけれど、放置してていいのかしらね?」
相変わらずなにを考えているのかよくわからない笑顔を顔面に貼り付けて、佐藤さんは唐突にわからないことを言う。放置してていいのか、とは。
「なんのことですか?」
「ほら、わたし木村くんのこと好きだから」
「ぶっ!?」
条件反射的に吹き出してしまった。慌てて口元に手を持ってくるも、本を持っていたことを失念していて、霧状に飛び出した唾を思いっきり吹きかけてしまった。本当に申し訳ない。
知らぬが仏ということで、このことはここだけの秘密にしておこう。
それに本で顔を隠せる。自分がどんな表情をしているのかわからないけれど、きっと真っ赤にはなっているはずだ。こんな顔見せられない。
「好きな相手と部室で二人っきりって、なにか起こりそうじゃない?」
「起こりません!」
引き続き本で顔を隠しながら言い返す。本で遮られて見えないけれど、ニコニコ――いや、ニヤニヤと笑っているに違いない。佐藤さんはそういう人だし、聞こえてくる声はそんな感じの調子だった。
「いつもいつも、そういう冗談言って困らせる!」
校長先生は実はカツラだとか、住宅街に幽霊屋敷があってオバケが出たとか、流星群の情報もないのに流れ星がたくさん見えただとか、微妙に真実味のありそうなところばかりを攻めてくるから反応に困る。
「あら心外。これでも結構勇気を振り絞ったのよ?」
「嘘です!」
「嘘じゃないわ。酷い……女の子からのなけなしの勇気を
「い、いや! 決してそんなつもりは……!」
椅子を膝裏で蹴飛ばす勢いで立ち上がり、必死に取り繕おうとして、失敗したことに気が付いた。
本を置いて見えるようになった佐藤さんは……ニンマリとした笑顔を浮かべて、変わらずに頬杖をついていた。
だ、騙された……! 泣きそうな声を出すものだからてっきり……!
これだから佐藤さんと二人で部活とか不安でしょうがないんだ。
僕はなるべく平然を装って静かに椅子に座り直す。
なんだか、とてもいたたまれない雰囲気になっているのをどうにかしてほしい。でも文芸部には二人しかいないから、この空気を壊してくれる者は存在しない。
ほんの僅か、部室に静寂が舞い降りた。僕はこの静けさに『冗談タイムは終わったんだ』と安心を抱く。
「それで、返事は聞かせてくれないのかしら?」
「って冗談じゃなかったんですか!?」
静寂をぶち破ったのは先ほどの話題の蒸し返し。
「一言だってそんなこと言ったかしら?」
……確かに冗談なんて一言も言ってないけども。そういうことは時と場所と場合を選ぶものじゃないの? 女子は特にそういうことにうるさいものだとばかり……。
いやいや、落ち着け僕! いっつもこんな感じで佐藤さんに遊ばれてるんだから! どうせ今回も佐藤さんのお遊びに付き合わされているに違いない。惑わされてはいけない!
「だいたい佐藤さんは本気かどうかわからないんですよ」
唐突に突拍子もないことを言い出すから、なにを信じていいのかわからなくなる。冗談ばかり言っていては、何も信じられなくなってしまう。まさに狼少女だ。
「だってこうでもしないと言えないもの。恥ずかしくて」
今度は困ったような笑みを浮かべている。
恥ずかしい気持ちはわからなくもないけれど、それにしたって言い方というか、もう少し他の方法はなかったのだろうか。
いきなり告白されたら、誰だって困惑するに決まってる。
「…………」
……というか、じゃあ僕は告白されたのか?
佐藤さんはこんな性格だけれど、クラスでは結構頼りにされている。面倒見もいいし頭もいいから他の人に勉強を教えている場面はよく見かける。普通に可愛い――と言うよりは美人な部類に入る人だし、見た目は悪くない。
でもでも、何故か
あれこれ考えていたら、佐藤さんと目があった。めちゃくちゃニヤニヤしていた。
「なに笑ってるんですか!?」
「可愛いと思って。顔真っ赤にしてあれこれ考えて、いろんな顔してるから」
「からかってますよね?!」
「あらバレた?」
「ほらやっぱり!」
「嫌いになっちゃったかしら?」
「そうやっておちょくって遊ぶところがね!」
「でも好きなのは本当よ」
「~~~~!!」
もう本当になんなんだこの人はぁ!
なんと返せばいいのかわからなくなってまごまごしていたら、余計に彼女のニマニマした笑みが色濃くなっていく。
また遊ばれている。僕の貴重な読書の時間が彼女に奪われている。
無自覚に頬を膨らませながら、僕は読書の続きを強行した。
けれど、佐藤さんの告白の言葉が脳内をリフレインして離れない。ちっとも本の内容が頭に入ってこない。そのくせ、たまたま開いていたページの『好き』やら『告白』やらの文字だけがいやに目に焼き付く。
断崖絶壁に追い詰められた犯人が犯行動機を自白しているだけのはずなのに。
「で、返事は?」
「……まだその話するんですか」
「だって終わってないもの。勝手に終わらせちゃダメよ」
意外なことを言われたような反応を見せる佐藤さん。じっとこちらを見つめる瞳からは、感情を読み取ることはできない。
「本気かどうかもわからないのに返事なんかできないです」
それに、付き合うっていうことは恋人同士になるってことで、それはとても重要で重大で大切なこと。適当に決断していいはずがない。自分のためにならないし、何より相手に失礼だ。
「じゃあ本気で告白したら返事してくれる?」
彼女は頬杖をつく体勢から背筋をしゃんと伸ばし、両手を膝の上へ。姿勢だけ良くしても無駄だ。
「僕が本気だと判断できない限りは――」
「好きよ」
衝撃が突き抜けていった。
不変的な時間が本当に一瞬止まったかのような、そんな錯覚を覚えた。呼吸も、瞬きも、鼓動も、全てが置き去りになるような、圧倒的ななにかが押し寄せる。
遅れてやってくる心臓の脈動は全身に血液を必要以上に送り出し、息が詰まったかのように胸が苦しくなる。
見れない。
佐藤さんの顔が見れない。
1メートルと少ししか離れてないのに。
ちょっと顔を上げれば、視線を持ち上げれば、それだけで視界に入るけれど、それさえもできない。
なにか。出ろ。声!
「ぼ、僕は別に佐藤さんのことは嫌いでは――」
「ぷすすー」
「……は?」
ようようの思いで絞り出した声を遮って聞こえてきたのは、人を馬鹿にしたような笑い声。
固まっていた体が動くようになって、気の抜けた声に変わった。顔を上げて見れば、佐藤さんは口元に手を当てて目を細めていて。
「まんざらでもないのね♪」
「もうホント嫌い!」
またやられた! どうしてこんなことするのか理解できない! なにが面白いのかちっともわからない!
盛大に混乱する頭を落ち着けていると、佐藤さんはいつものポーズ――両手で頬杖をつく体勢に。
「返事はまた今度でいいわ。このままだとなんだか無理やり言わせちゃってるみたいだから、わたし待つことにする。木村くんの口から言ってくれるのを」
僕は本を顔の前で構えて、文字を睨みつける。
佐藤さんはなにがしたいのかよくわからないけれど、僕をからかって遊びたいのは確かだろう。
では僕は?
仮に佐藤さんの言葉が本気だったとしたら? 本音を言っていたとしたら?
僕は、なんと答えるだろうか? そもそもさっき、僕はなんと答えようとしていたっけ?
頭が真っ白になっていて、なんと言ったのかよく覚えていなかった。
「木村くん」
「……な、なんですか」
「本、逆さまよ?」
「えっ」
全然気が付かなかった。本当だ。
「~~~~!! 今日はもう帰ります!」
鞄を引っ掴んで読みかけの本を中に突っ込み、乱暴に席を立つ。
今日はもう調子を狂わされっぱなしだ。これ以上ここにいると、自分すら見失ってしまうような気さえした。
「あぁちょっと待って! 一緒に帰りましょうよ♪」
「もう勝手にしてください!」
そのまま部室を後にすると、佐藤さんは楽しそうに後ろから追いかけてきた。
そういえば
追い付いた佐藤さんが隣に来る。
「はぁ……」
ごくごく自然にため息が出てしまった。
推理ものは集中して読まないといけないからどうしても時間がかかるのに、後戻りする羽目になるとは……。一度読んだところだから多少は楽できるとは言え、二度手間は時間がもったいない。
今度からはもう少し考えて読むものを決めた方がいいか。
「ため息つくと幸せが逃げちゃうわよ?」
聞こえてしまったようで、僕のことを見上げながら、わざとらしく囁いた。
「誰のせいですか、誰の!」
「少なくともわたしではないわね」
「少なくなくても佐藤さんのせいです!」
しれっと責任逃れしようとしているよこの人!
前途多難な学校生活になりそうな予感が拭えない。
早いとこ、新入部員を確保しないとな……。
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