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「・・・で、道ばたで重そうな荷物持ってるおばあさんがいたから友達と二人で荷物持ってあげたのよ」
「お、偉い!」
「そしたらおばあさんが『ありがとう、これで美味しいものでも食べて』って言うもんだからさ、お金くれるのかなーって思ったの。そしたらさ」
「うんうん」
「ストロー渡された」
「あははははは!」
彼女は爆笑する。
「ストロー!?ストローですか!?って」
「いや〜斬新だね、そのおばあさん」
「食べてっておかしいよね。だってストローだもん。それなら普通『飲んで』って言うでしょ。ストローでどうやって飯食うの。いやそもそもストローがおかしいよって」
「まだそんな面白い話残してたか〜。やるなぁレイヤ」
「はい、じゃあ次ミーナの番」
「んー、もうきついなぁ。ほとんど話し尽くしちゃったし・・・」
二人で一緒に夜を明かすことになった俺らは、眠らないために面白い話大会を開いていた。交互に今までにあった面白い話を披露し合い、相手が笑ったら語り手を交代する。もし笑わなかった場合は連続で語り手をやらなければならないという、意外にシビアなルールだ。だがすごいことに、何時間と話を続けているのに連続で語り手になることは、俺もミーナも一度もなかった。俺らの話が面白いのか、笑いのツボがお互いに浅いのか。それとも単に気を使って笑ってるのか。いや、少なくとも俺は気を使って笑ったことは一度もなかったけど。
「どうしたどうした?出てこないなら俺の勝ちかな?」
「うー悔しい!何か話せること・・・って、あれ?レイヤ」
「ん?どうした?」
ミーナが遠くを見つめる。俺もつられてその視線の先を見る。ミーナはそのまま立ち上がり視線の先へと歩いて行った。
「ミーナ!あれって・・・」
「うん、みたいだね」
二人で森を抜けて、広々とした荒野に出る。するとその荒野の地平線の先に、光が差していた。
「どうやら、ちゃんと朝が来てくれたみたいだね」
「そうね。もしかしたら太陽がないんじゃないかって、ちょっとだけ心配しちゃった」
「俺もだよ」
「しかし、長かったね。こんな環境にいるから、夜が長く感じたのかしら?」
「いや、そうじゃないかもしれない」
「?」
俺は一夜を過ごして、思うところがあった。
「ミーナ、今の時間分かる?もちろん、もとの世界の」
「えーとね」
ミーナはポケットからスマホを取り出す。その画面には「1月22日 11時43分と表示されていた。
「・・・・・11時?」
「・・・もしかしたら、俺らのもといた世界とは一日の時間が違うのかもしれないな」
「どういうこと?確かに夜が明けるのが遅いような気がしてはいたけど」
「もし仮に、俺らがこの世界に来たのがこの世界の0時だったとすると、少なくとももといた世界よりも6時間夜が長いことになる」
「確かに、そうね。もといた世界での12時に日が昇っているんだからね」
「一日のうち、夜の時間を18時から次の日の6時と仮定すると、夜の時間は12時間。それを6時間オーバーしてるってことは、ここでは夜の時間が18時間なのかもしれない」
「そう考えると、昼の時間も長いと考えられるわね」
「もちろんあくまで、俺らがここに来たのが0時だったと仮定した上での話だけどね」
「・・・よく私たち10時間以上も会話していられたわね」
「10時間には感じなかったな。楽しくて」
「ふふ、私もだわ」
俺らはそろって伸びをする。世界がつくり変わって12時間、ようやく行動開始だ。
太陽の光のおかげで、辺りを見渡すことができた。俺らの正面はほとんど何もない荒野で、後ろは森林地帯だ。ぱっと見える範囲に人はおらず、人工物らしきものもない。こりゃ前途多難だ。
「まずは拠点・・・というか、休める場所が必要ね」
「このまま眠らずに過ごす訳にはいかないからね」
「昼間暖かければ、寝ておくべきかもしれないわね。そしてその後は水を探さないと」
「食料もね」
「人も見つけないと」
「やらなきゃならないことだらけだな」
「おまけにどれも、優劣をつけがたいことばかりだわ」
「なんて難易度の高いサバイバルゲームだ」
「ゲームじゃないでしょう?」
「そうだった」
これはリアルだ。残念なことに俺の身に間違いなく降りかかっている、現実だ。
でも。
うんざりなんてしない。
むしろ。
「この現実、楽しむのはアリですか?」
「もちろんじゃない。私はもうとっくに、わくわくしてるわよ?」
「そりゃ気のお早いことで」
不安を抱えながらも、どこかわくわくしている。
もしかしたらこれも。
人類皆、共通なのかもしれない。
「さて、じゃあ何処へ向かいましょうかね」
「人を見つけやすいのは荒野の方ね。道も分かりやすい」
「対して森は視界は悪いが、雨風を凌いでくれる」
「オマケに何かあったら身を隠せるわね」
「何かあったらって?」
「何があるか分からないじゃない」
・・・まあ、その通りだ。
「問題なのは、森は一度深く入り込むと道が分からなくなることだな」
「そうなのよね。でも自然の多いところに水辺はあるもの・・・」
「対して荒野は、干涸らびた地か」
「ええ」
「なら、答えは決まりじゃない?」
「人捜しよりも水探し?」
「俺はそう思うよ」
人を捜すにしても何をするにしても、水なくしては行動なし。
「早くみんなを助けてあげたいけどね・・・」
「そのためには自分だよ。みんなを助ける自分が助からなきゃ、誰も助けられない」
「あなたの言う通りね、レイヤ」
二人の見解が一致したところで、俺らは森の中へと進む決断を下した。冷めた体を奮い立たせるように、俺は大声を出す。
「よし!行くか!」
「OK!」
俺たちは歩み始める。
あるかも分からない、何かを目指して。
歩き始めて数時間、すでに喉はカラカラだった。正確に言えば、歩き始める前から、すでに喉は限界に近かった。それもそのはずである。俺たちは夜通し喋り続けていたのだから。オマケに冬独特の、この乾燥した空気。甘いチョコレートを大量に食べた後のあの感覚と言えば、少しは伝わるだろうか。口の中が水分を、液体を求めて仕方がない。
「ミーナ、喉渇いてない?水、飲むかい?」
「ま、まだ大丈夫よ。レイヤこそ、ちょっとくらい飲んだらどう?」
「はは、俺もまだ大丈夫だよ」
「ほんとかしら」
「・・・・・」
「・・・・・」
お互い、強がっているのは目に見えていた。少し前からほとんど会話がなくなり、辛い感情が体を支配していた。
「いいんだよ、レイヤ。私に気を使わずに飲んでも。もともとレイヤが持ってきたものなんだから」
「何言ってるの。その言い分だとミーナが気を使ってるってことになっちゃうよ。俺の所有物だから、って」
「あはは、確かに」
お互いに、力なく笑う。多分お互い気を使っていると言うよりも、相手を思っているのだろう。
自分以上に。
この人に、幸せになってほしいと。
この人に、辛い思いはしてほしくないと。
そんな風に、思ってる。
少なくとも、俺は。
「なんかおかしいね、私たち」
「何が?」
「自分が辛いのは許せるのに、相手が辛いのは許せないみたい」
「・・・・・」
「優しさって、自己犠牲なんだよね。その人の、その人が、心を削ってくれてるから。削って、みんなに配ってあげてるから」
「知ってるよ、それ。なんて言うのか」
「え?」
「自己満足」
「・・・・・」
「自己犠牲って、結局自己満足のためにやってるんだよね。自分がそうしたいって願望を、自分を犠牲にすることで成り立たせてる。そうすることで自分はみんなに必要とされてるような、社会に必要とされてるような、満足感を得ることができる」
「・・・レイヤも?」
そう聞かれて、俺は薄く笑う。
「優しい人って不器用だからさ、そういう生き方しかできないんだよね」
「・・・分かるよ、とっても」
「だからさ」
俺はくるっと後ろを振り返り、ミーナを見る。
「お互いそんな生き方、やめにしようよ」
言いながら、彼女に水を差し出す。
「・・・・・そうだね」
俺の言葉に、彼女も笑う。
「でもそれなら私に差し出す前に、自分で飲むべきじゃない?」
「あっはっは、その通りだ」
言われて、俺は控えめにペットボトルに口をつけた。疲れ果てた体に、それなりに冷たい水が染み渡る。
「間接キスで、申し訳ない」
「お望みなら直接してあげるけど?」
「ご冗談を」
俺がそう言うとミーナはにやりと笑って、差し出した水を受け取らずに俺に近づいた。そのまま顔を寄せて、彼女は俺の唇にキスをした。反応する暇などなかった。
「・・・・・」
「・・・・・」
口が塞がれ、しばしの沈黙。唇が離れてからも、俺はなかなか言葉が出てこなかった。しかし驚いた表情をしている俺を見て面白がっている彼女をちょっとだけ恨めしく思い、照れ隠しも含めてクールに言い放つ。
「水、落としたらどうするんだよ」
「そんなにびっくりした?」
「もっとタイミングを考えてほしいってことだよ」
「でも今までもしてたじゃない」
「頬にでしょ。まるで話が違いますよ。山と言われて川と言うくらい話が違う」
「それは合い言葉的にかみ合ってない・・・?」
確かに。
意味不明なことを言ってしまった。内心焦ってるのがバレバレだ。
「・・・・・今のも日本式の挨拶ですか?」
「ううん、私がしたかったからしたの」
「・・・・・」
「あっはっは!顔真っ赤だよ?」
くそ。
何枚上手だこの人。
「ごめんね、嫌だった?」
「・・・嫌な男がいるかいな」
正直言って最高です。
「ほら、早く受け取ってよ」
もう恥ずかしさに耐えられなくなった俺は、無理矢理話を終わらせる。彼女の目の前に水を突き出して有無を言わせないようにする。
「あはは、ありがとう」
ようやく彼女はそれを受け取った。水を飲む仕草に、少しだけドキリとしてしまう。それもこれも全部あのキスのせいである。
「でも、本当にごめんね?」
今度は笑ってではなく、真面目な顔でミーナが謝る。
「何が?俺をからかったこと?」
「それもだけど、そうじゃなくて。レイヤに彼女さんがいたら、私酷いことしちゃったなって。そうだったら謝っても許してもらえないよね」
「・・・ご心配なく。その心配は無用の長物だから」
「それはそれは、ご愁傷様です」
「どういうこと!?」
失礼にもほどがある!
「ミーナこそどうなんだよ。昨日今日会ったばかりの男にキ・・・こんなことするなんて、ちょっと身持ちが軽いんじゃなくて?」
「大丈夫大丈夫、今のがファーストキスだから」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そんな馬鹿な話あるか!!
「嘘じゃないよ?」
「嘘じゃなかったとしても問題だよ!大事なファーストキスここで使っちゃったんだよ!?いいの!?」
「うん、私、レイヤのこと好きだから」
「・・・・・っ!!」
め、めちゃくちゃだ・・・。仮に好きだったとしてもいきなりキスはないでしょ・・・。
「レイヤもファーストキスだった?」
「・・・サードキスってところかな」
「へー、そうなんだ。経験豊富だね」
「むしろ25でファーストキスって」
「ん?何か言った?」
バキッ、とペットボトルが変形する音がした。
「イエ、ナンデモゴザイマセン」
水零れるって。
「ま、とりあえずピロートークは置いといて、ちょっと休憩しようか」
「そうだね。ところでレイヤは私のこと好き?」
「ピロートークは置いとくっていう俺の話聞いてた!?」
「冗談冗談」
二人でその場に座り、木によしかかる。途端ドッ、と疲労が押し寄せてきた。
「この菓子パンも、食べちゃおうか」
「そうだね、腹が減っては平和にならずって言うもんね」
「微妙に違いますね」
確かに食料ないと喧嘩になるけども。
俺はパンの袋を開け、中身を半分こにする。
「こしあん?つぶあん?」
「こしあん」
「私つぶあん派なんだよな〜」
「どうやらわかり合えないようだな」
「たけのこかきのこなら?」
「きのこ」
「たけのこ」
「・・・・・ほんとにわかり合えないな」
もぐもぐと、半分のあんパンを食べる。当然めちゃくちゃ腹が減っていたので美味しくてたまらない。
「これ食べたら、完全に食料ゼロだな」
「食料はなくてもとりあえずなんとかなるよ。問題はやっぱり水だね。これだけ歩いても川とか湖とか、それっぽいものが見当たらない」
「できれば水源確保の目処が立ってから、休憩したかったがな」
「仕方ないよ、ただでさえ寒いのにこの服装だし、睡眠もとってない。体力的には、もう限界がきてもおかしくないんだから」
言われて、自分がどれだけ疲れているかを思い知らされる。ここまで疲れてるのは48時間耐久麻雀をやったとき以来だ。あれもしんどかった。・・・いや、そんなのと比べるのはどうかしてるけど。
「そろそろ日も高くなってきたし、今のうちに寝ておくのも手だな」
「だけど森の中だからね。日の光が差し込むような場所じゃないと結局寒くて寝ていられない」
「同時にひらけた場所も探してくか」
「そうだね、そうしよ・・・」
ガサ、と。そのとき、近くで草木をかき分ける音がした。
「!」
俺たちに緊張が走る。人ならいいが、ここは森の中。何が出てくるか分からない。
ガササ、ガササササと、音が大きく複雑になる。何かひとつのものが動いているのではなく、いろんなものがこっちに向かってきているのだと察した。慌てて俺は立ち上がり、不格好に木刀を構える。ミーナも同様だった。そして、蠢くものの正体が俺らの目の前に現れる。そこにいたのは、全身が真っ黒な毛に覆われた、獣の姿だった。
「グルルルルル・・・!」
異様なほど、興奮している。まるで怒りに燃えているかのようだった。
「まさか・・・」
俺もミーナも、すぐに察した。それは、昨日俺たちに襲いかかってきた生き物だと。確かめるまでもなくそいつは、異形の生き物だった。犬のような姿はしているが、目と思われるものが6つあった。そのひとつひとつが、ギラリと輝いている。
そして、そいつの後ろには。
同じ姿をした獣が、たくさんいた。
「逃げて!」
叫んで、俺とミーナは有無を言わずに走り出す。流石にあれを相手にできるほど、俺らはこの世界に染まってはいなかった。
なんてこった。おそらくあのとき木刀で殴ったやつが、仲間を連れてきたんだろう。とどめを刺すべきだったのか。でも、俺にはそこまでの勇気はなかった。それともこうなることが分かっていたら、勇気を出すことができただろうか。
木々の合間をすり抜けるように、俺らは駆ける。その姿を見てすぐさま獣たちも追いかけてきた。逃げる以外に方法がなかったがしかし、これはどう足掻いても必敗の鬼ごっこだった。
人間がどんなに速く走ったところで、4足歩行の生き物に勝てるわけがない。しかも、俺たちは今体力の限界にきている。どころか、そもそも俺たちは裸足だ。森の中をこんな足で、まともに走れる訳がない。当然、あっという間に距離を詰められる。振り返れば、一匹の獣が俺に襲いかかる瞬間だった。
慌てて俺は振り向いて木刀を構える。そして飛びかかるタイミングに合わせて木刀を振り抜いた。
その一撃は運良く獣の姿を捉えた。しかしそいつは呻き声のひとつも漏らさずにすぐさま立ち上がる。
「くそっ!夜はどうにかなったのに・・・!」
あのときは当たり所がよかったのか、それとも獣が弱かったのか。どうも今回は全く堪えていなかった。このままではまずい。怪我の治療もできないこんなところでは、噛み付かれただけでもあっけなく死んでしまう。
チラリとミーナの方を見る。彼女の方にも数匹の獣が迫ってきていた。
「ミーナ!」
「やあぁ!」
ミーナは獣に向かって蹴りを入れる。思った以上にバランスの整ったその蹴りは、素人のものではなかった。まさか彼女は格闘技でもやっているのだろうか。
予想以上の快音が響いた蹴りではあったが、しかしその蹴りでも、獣にはまるでダメージが入っていなかった。これでは、とてもこんな数を相手にはしていられない。
彼女は飛びかかってきた獣の牙をギリギリでかわす。しかしその反動でよろけて倒れてしまう。動けなくなった彼女を、獣たちが取り囲む。
「ミーナァ!」
自分のことなどそっちのけで、俺はミーナの方へと駆け出す。その間に一匹の獣が、彼女にのし掛かった。まるで夜のときと同じ構図だ。
そして、さらにその構図に同じ構図を加えるかのように、俺はそいつ目掛けて木刀を振り抜く。
「おおおおおぉ!!」
瞬間。
得もいえぬ力が沸いた気がした。
「ギギャ!!」
獣は短い悲鳴を上げる。そして普通に殴った程度ではあり得ないくらいに吹き飛び、大木に叩きつけられもう一度悲鳴を上げた。そのままずるずると地面に落ち、ビクビクと体を震わせる。
「効いた・・・!?」
俺が驚いていると、後ろにいた別の獣が近づいてきていた。当然俺は気づいていない。
「レイヤ、危ない!」
「!?」
言われて振り返るよりも速く、獣は俺目掛けて飛びかかる。しかしそれよりも速く、ミーナが蹴りを放つ。倒れた状態から思いっきり足を天高く舞いあげた。
「やぁあ!」
彼女の蹴りが命中すると、ド、ゴォォォォ!という、およそ蹴りではあり得ないような音が響いた。まるで空間に壁があり、その壁を粉砕するかのような音だった。一瞬、時が止まったのかとさえ思った。実際彼女の蹴りは、空間に引っかかったように、一瞬止まった。
「 」
獣は悲鳴を上げる暇さえなかった。天を舞ったそいつはやがて地面に叩きつけられ、すぐに動かなくなった。
「何、今の・・・」
その現象に、当の本人が一番驚いていた。もちろん俺もだった。さっきは全く喰らわなかったはずの木刀も蹴りも、何故か急に・・・。
「あっ・・・!」
考える暇もなく、また別の獣がミーナの腕を掠めた。ほんの僅かに彼女の腕から血が溢れる。
「ミーナ!?」
「だ、大丈夫、これくらい」
「・・・!」
俺は、彼女を傷つけたそいつを見やる。そいつは再び、ミーナに飛びつこうとする。
やめろ。
ふざけやがって。
この人に。
ミーナに。
「触れるなァ!!」
キン、と。音がして。
木刀が光ったような気がした。
自分でも理解できないくらいの速度で木刀を振り抜くと、まるで閃光のように木刀を振り抜いた道に光の跡が残り、そして。
ブシャ!と獣の姿が二つに分かれ、その間から夥しい量の血液が噴き出した。
辺り一面が、赤く染まる。俺の体も、ミーナの体も。
「・・・・・は」
何が起こったのかを理解できぬまま、俺は硬直する。それはミーナも、果てには獣たちも一緒だった。だが野生の勘を宿していたやつらは、本能的にやばいということを察知し、我先にと逃げ出した。気づけば辺りには、俺とミーナと、三匹の死体を残すのみとなった。
「・・・レイヤ、今、何したの?」
「・・・・・分かんないよ、そんなの」
ただ、ミーナを助けたくて。
そう思っていたら、力が沸いてきた。
それだけなんだ。
本当に、それだけ。
「・・・ま、なんでもいいか。いいよね」
彼女は無理矢理に笑う。
「助かったんだから、なんでも」
「・・・・・そうだね」
俺も無理矢理に笑う。
「また助けられちゃった」
「今回はお互い様だろ」
「ねえ、もしかしたら私たちは」
彼女は言う。
「魔法を使ったのかもしれないね」
「レイヤ!こっちこっち!」
あれからまたしばらく歩くと、ミーナが興奮気味に俺を呼んだ。
「ここ、洞窟みたいだよ」
「洞窟?」
言われて、中を見てみる。確かに彼女の言う通り、地面に空洞があった。奥の方は暗くて見えないが、入り口は緩やかな傾斜になっていて、入ることができそうだった。
「入ってみる?」
「もちろん。ここなら雨風も防げそうだし、もしかしたら暖かいかもしれない」
「だよね。何があるか分からないけど・・・」
「リスクを避けてちゃ何も得られないさ。俺が先に行くよ」
「ひゅー、かっこいい!」
「ま、これでも男ですから」
緩やかな傾斜を滑るように中へと入っていく。中に入ると石の地面になり、よりひんやりとした感覚を味わうことになった。とはいえ感覚など、もうほとんど残っていないのだが。奥の方を見てみると、まだまだ先がありそうだった。
「どう?」
「とりあえずは大丈夫かな」
「それじゃ私も」
ミーナも傾斜を滑って洞窟の中に入る。
「うひー、足が冷たいよ」
「我慢我慢」
「奥の方はどんな感じ?」
「進んでみないとなんとも言えないな。暗いから気をつけて」
「じゃ、はぐれないようにしないとね」
「まあ、そうだな」
俺たちは手をつなぎ、壁伝いに奥へと進んでいく。入り口から離れると、それなりに暖かくなった。
「少しだけど、あったかいね」
「本当に少しだけね。大した違いはない」
「ここで寝ても凍死は同じか・・・」
そう思っていたのだが、しかし。奥に進めば進むほど暖かくなってくる。
「どういうことだ?洞窟ってこんなに暖かいものなのか?」
「これだけあったかければ、寝れるんじゃない?」
「うーんしかし、一体どうしてこんな・・・ん?」
ずっと暗闇が続いていたのだが、奥の方で僅かに光が見えた。何かが光っているようだった。
「なんだろう、あの光」
彼女もそれに気づき、声をあげる。警戒しながらも、ゆっくりと進んでいく。
そして、光のもとへとたどり着く。
「わぁ・・・!」
「これは・・・」
「すごい!綺麗!」
俺たちの目の前にあったのは、控えめな光を放つ、キラキラと輝く石だった。
「鉱石?」
「多分そうだと思う。もちろん、もとの世界の言葉で言うと、だけど」
「これが光ってたのね。赤い光がとっても素敵」
彼女が感嘆の声を漏らすのも無理はない。俺も第一印象は「綺麗」しか出てこなかった。赤い光を放つ鉱石が、目の前の壁一面に輝く。もとの世界にいたら、間違いなく見ることのできなかったものだろう。
「しかもミーナ、これ・・・」
「うん・・・!これ、すごくあったかい・・・・・!」
鉱石に触れると、とてつもない熱を感じた。まるでストーブの熱に触れているかのような、心地よい熱だ。失っていた指先の感覚が、戻ってくる。
「洞窟の中が暖かかったのは、これが原因だったのか」
「すごい!すごいすごい!」
興奮を隠せず、彼女は飛び跳ねるようにはしゃぐ。だがそれも無理らしからぬ反応だ。凍えてしまいそうな時間を過ごした俺たちにとって、この温もりは涙が出てしまいそうな発見だった。
「熱を発する鉱石か・・・。こんなものがあるなんてな」
俺はその鉱石のすぐそばに腰を下ろす。ミーナも同様だった。
「拠点としては申し分ない?」
「少なくとも、休む分にはね」
そのまま、地面に倒れ込む。
「何かいたらどうしよう」
「そのときはそのときだ。もう、限界だよ」
「そうだね、私ももう、限界・・・」
鉱石の温もりを感じながら。
ほんの10秒も経たないうちに。
俺たちは息を引き取るように眠りについた。
この世界になって、数十時間。
ようやく訪れた安寧を、俺たちは家畜のように貪った。
今日から世界は異なる世界 青葉 千歳 @kiryu0013
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