2

 寒い。


 寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い。


 死んでしまう。


 一切の冗談抜きで、死んでしまう。


 どこかも分からない暗闇の中で、俺は体を震わせていた。考えたいことは山ほどあったけど、そんなことに思考を裂く余裕が、今の俺にはなかった。ただ寒くて寒くて、この寒さをどうにかできるのなら、それ以外のことなどどうでもよかった。


 俺が今着ているのは、薄手のTシャツにジャージだ。どちらも非常に通気性がよく、動きやすい。だからこその部屋着である。つまり裏を返せば、外出するときに着るようなものではない。だというのにそれを着て、俺は極寒の地に立ち竦んでいる。


 何より最悪なのは足だった。つい数分前まで家の中にいたので、当然靴など履いていない。無論靴下もだ。おかげで凍てつく大地を素足で踏みしめることになる。これで寒くない訳がない。指先の感覚など、あっという間になくなっていた。


「は、ははははは、1月ならこの寒さも当然か」


 果たしてこの世界に暦という概念があるのかは知らないが、少なくとも元々の世界では、今日は1月22日のはずだ。真冬も真冬。全く、ふざけやがる。どうしようもなさすぎて、笑えてくる。


 俺は少し歩いて、腰を下ろせそうな場所を探す。真夜中とはいえ、何も見えないほど真っ暗という訳ではない。むしろ星がよく輝いているせいか、それなりに明るいと言ってもいい。が、それ故に俺を必要以上に絶望させてくれる。


 辺りはほとんど荒野のようで、とても雨風を凌げるようなものはありそうになかった。ぽつぽつと木々が立っているのは見えるが、それ以外に語れるようなものはありそうにない。分かりやすい言葉で言うなら田舎も田舎。いや、そう言うと田舎に失礼と言えるくらい、文字通りなんにもなかった。


 それと同時に誰かいないかと、人影を探す。別に俺一人がこの世界にやってきたわけではないのだから、近くに誰かいてもおかしくはない。いや、むしろいるべきだ。70億人近い人間が同時にこの世界にやってきたのだから、いなければおかしいとさえ言える。


「って、別に異世界に来た訳ではなかったな」


 世界がつくり変わっただけ、か。まあそんな細かいことはこの際どうでもいい。異世界だろうが世界がつくり変わっただけだろうが、この世界にいるのは俺だけではないはず。なら、きっと誰かがいるはず。


 何度か歩きながら大声を上げてみるが、残念なことに応答する者はいない。ごうごうと風の音が鳴るだけだ。その寂しさに、酷く孤独感を覚える。


 それでも歩き続けていると、木々が増え林のような場所に出た。さらに進んでいくと木々もさらに増え、気づけば森と呼べるくらい辺りは木々でいっぱいになった。


 木々が風を防いでくれて、幾ばくかはマシになり(それでもほんの僅かだが)、そこで俺はようやく腰を下ろした。何か行動を起こすにしても、こう暗くてはどうしようもない。とにかく朝になるのを待ち、全てはそれからだ。それまではただひたすら考えよう。一体何が起こったのかを。


 俺は膝を抱え、できる限り小さく丸まった。ジャージの裾を引っ張り、それを踵に引っかける。たかが布一枚だが、素足で地面を踏むよりは全然よかった。両手は服の内側に入れ、胸の前で重ね合わせる。襟から出したその両手にはー、と息を吹きかけると、白い息と共に瞬間的な熱を感じることができた。それを何度も何度も繰り返す。焼け石に水だと分かってはいたが、それでも焼け石に水ほどの効果を自分にもたらしたかった。


 できることならこの寒さを忘れるために寝てしまいたい。だがこんなところで寝てしまっては凍死確定なのは目に見えているので、俺は必死に目を見開いていた。まさかこんな命懸けの時間が訪れるなんて、ほんの少しも考えていなかった。命が懸かった場面なんて、そうそうあるものじゃない。特に俺みたいな普遍的な人生を送っている人間からしてみれば。もちろんそれは、俺だけじゃないだろうけど。


 昨日まで文明の保護を受けてきた人々が、突然こんな過酷な環境に放り出されて生き残れるかと言えば、当然無理だ。少なくとも死人が出るのは間違いない。もしかしたら俺よりも過酷な環境にいる人もいるかもしれない。そんな中である日突然生きてくださいと言われたって、無理に決まっている。


「・・・みんな、大丈夫なのかな」


 自分のこと以上に、みんなのことが気になった。カズキも、トウジも、コウキも、大丈夫だろうか。お母さんは?お父さんは?兄貴と妹はどうしてるだろうか。高校の友達も中学の友達も、俺と同じような状況にいるのだろうか。それともあのツイートを心から信じて、しっかりと準備していたのだろうか。


 無事だといいけれど。


 それを確認する術もない。


 スマホだって置いてきてしまったし、持ってたところで多分意味なんかない。

 果たして俺は、もう一度、みんなに会うことはできるのか?


 ・・・・・。


 考え始めると、怖くなってくる。でも、考えなければいけないことは山ほどある。怖いからって逃げていては、本当に俺は、もうみんなに会えないだろう。


『世界をつくり変えます』


 あれは、本当だった。本当に1月22日に、世界がつくり変わった。でなければ俺が今こんな苦境に立たされている理由が説明できない。突然テレポートしてアメリカの未開拓地に連れてこられたと言っても、結局非現実的な話にしかならない。それなら素直に、あの話を信じた方がいいだろう。


「はっ、信じる、か・・・。起こってからじゃ遅いんだよ、馬鹿が」


 自分に向かって毒を吐く。そう、起こってからでは遅いのだ、何もかも。テストを受けた後で勉強したって、テストの点は増えないのだ。結果が出てからじゃ、意味がないのだ。


 目を閉じると、寝てしまいそうになる。そこまで歩いたわけではなかったが、この気温も相まって体力を奪われているようだった。必死に頭を振ったり頬を抓ったりして眠気を振り払う。しかしそれも限界があった。後何時間耐えればいいのだろう。それに日が昇ったからと言って、何をすればいいというのか。朝になれば解決するわけでもないし、眠れるわけでもない。何を頑張ればいいのか分からないし、頑張ったところでどうなるのかも分からない。一体、どうすればいいと言うのか。


 そんなネガティブな思考に支配されていくと、より眠気が酷くなる。「もう寝てしまってもいいんじゃないか」そんな風に思い始めるともう止まらない。元々忍耐力のある人間ではないし、この状況では忍耐力があったからと言ってなんだという話でもある。


 少しずつ意識が遠のき、やがて限界が来る。が、そのとき。


「誰かーーー!」


「!?」


 霞がかった意識が覚醒する。遠くからだが、間違いなく誰かの声がした。俺はすぐさま立ち上がってその声がする方に走った。


 声には余裕が感じられなかった。「誰か」と叫んでいるところをみると助けを求めているのは明白だった。木々の合間を全速力で駆け、俺は声の出所を探す。


「いやっ、やめ、て」


 すぐ近くから声がして、その方向を見る。暗闇ながらも、誰かが倒れているのが見えた。そしてその人の上に、よく分からない「何か」がのし掛かっていた。「グルルルル・・・」と低い唸り声をあげるそれは、倒れている人に向かって口を開いた。


 やばいと思った瞬間、俺は頭で考えるより早く右手に握っていた木刀をそいつ目がけて振り抜いた。


「おぉあ!」


 ドッ、と鈍い音と感触が腕に伝わる。そいつは「ギャン!」と鳴いて地面に突っ伏した。再び立ち上がろうとするそいつに、俺はもう一度木刀を振り下ろした。


 生まれて初めて、鈍器で生き物を叩いた。しかも一切の手加減なしに本気で。多分周りがちゃんと見えるくらい明るかったら、できていなかったと思う。この暗闇のおかげで、それがなんであるかも、飛び散った液体も、見なくて済んだ。


 二撃目を食らったそいつは、一度目以上にふらふらとした動きで立ち上がる。流石に抵抗を感じた俺は木刀を構えたまま様子を見た。するとそいつはさっきまでの敵意を見せず、逃げるように森の中へと駆けていった。まあ駆けていったとは言ってもそんな元気はないようで、立ち上がったときのようにふらふらと歩いていった。


 今起こったことと自分がやったことにいまいち現実感を持つことができなかったが、それでも人を助けたのは間違いなかった。俺は倒れている人に手を差し伸べる。


「大丈夫ですか」


「あ、ありが、とう」


 困惑しながらも、その人は俺の手を取って立ち上がる。どうやら女性のようだった。


「あなた一体何者?」


「え?いや、ただの大学生ですよ。今のは・・・なんでしょうね、俺もよく分からない」


 剣の才能があったのか、はたまた偶然か。


「・・・そう、何か知ってるわけではないのね」


「多分あなたと同じく困惑の渦中ですよ」


「そう、ね。そうかもしれない」


 その女性はすぐさま冷静さを取り戻す。見た目から分かる大人の雰囲気からして、俺より年上だろう。金髪ロングの高身長で、日本人ぽくない。しかしこの暗がりでも分かる美人さんだった。


「改めてお礼を言わせてもらうわ、ありがとう」


「お役に立てて何よりです」


「そんなもの、持っているのね」


 彼女は視線を木刀にずらす。


「闘いに必要なものと言ったらこれかな、と。貧困な発想ですよね」


「そんなことないわ。おかげで助かったもの」


「いえ、もっといろいろあったんじゃないかって、後悔してます」


「十分よ、私に比べたらね」


 彼女はそう言って両手を見せる。何も持ってないということを伝えたかったんだと、俺は察した。


「ミーナよ、よろしくね」


 握手を求め、手が差し出される。その手を俺は迷いなく握った。


「レイヤです。よろしく。ミーナさんは日本語喋ってますけど、日本人ですか?」


「アメリカ人よ。でも生まれてからずっと日本で暮らしてきたから、心は日本人ね」


「そりゃ助かりました。英語、喋れないもので」


「私もよ」


「なんてこった」


「見た目だけよ、アメリカ式なのは。後は全部日本人と変わらないわ。朝はよく卵かけご飯して食べてるわよ?」


「お寿司はどうですか?」


「生魚でも何でもいけるわよ」


「納豆は?」


「それは普通に嫌い」


「はっはっは」


 こんな絶望的な状況だと言うのに、笑えてしまう。人に会えたことが、ここでは最高のオアシスだった。


「ずっと探してたわ、私以外の誰かを」


「俺もです。寂しくてたまりませんでしたよ」


「会えてよかった」


 そう言ってミーナさんは俺を抱きしめる。お互いひんやりとした体だったけれど、とても暖かかった。ついでと言わんばかりに、ミーナさんは俺のほっぺにチューをする。


「ち、ちょっとミーナさん」


「いいじゃない、これくらい」


「アメリカ式なのは見た目だけじゃなかったんですか」


「これは日本式の挨拶よ」


「そんな日本式ありませんよ!」


「堅いこと言わないの」


 ほっぺに何度もチューをして、またも強く抱きしめる。彼女の豊満なバストを顔全部に受け、俺はもう死んでもいいんじゃないかという多幸感に見舞われた。


 ただの変態である。


「あと、ミーナでいいからね、レイヤ。敬語もいらないわ」


「いやでもミーナさん多分年上でしょう?俺二十歳ですけど・・・」


「確かに私は25で年上だけど、そんなのいいのよ。これから一緒にやっていくパートナーなんだから」


「パートナー、ですか」


「ええ、そうよ」


 そこまで言って、彼女は俺の体を離す。ちょっとだけ名残惜しく思う俺はやっぱり変態だ。いや、男として正常か?


「これからこの世界で、生きていかなきゃならないんだから」


「・・・・・」


「一人じゃ生きていけないわ。着るものも食べるものも、住むところもない。だから、協力していかないと」


「そう、ですね。その通りです」


「きっと他にもたくさんの人がいる。その人たちを見つけて、協力して、また人を探して、協力して。そうやって生きていかなきゃだめ。じゃないと、生きていけない」


「・・・・・」


「その第一歩が、あなたよレイヤ。私を助けて。もちろん、私もあなたを助けるわ」


「・・・もちろん。ミーナみたいな人に出会えてよかった。こんな世界でも、生きていく希望が沸いてきたよ」


「私もよ。不安で仕方なかった」


「ミーナはなんだか一人でもやっていけそうな気がするけどね」


「失礼ね、私をなんだと思ってるの?」


「いえ、俺なんかよりずっと強いなって思って。俺はもう、心が折れかけてましたから」


「そんな弱気じゃだめよ。私は会いたい人がいるわ。それはレイヤ、あなたも同じでしょう?」


「・・・ええ」


 その通りだった。家族に、友達に、会いたくてたまらなかった。


「私はみんなを探しに行きたいの。私と一緒にいてくれた、みんなを。きっとこの世界にやってきて、辛い思いをしてる。だから、助けにいかなくちゃ」


 自分のことよりも、自分の周りの人たちのことを大切に思っている。そんな彼女を、とても素敵に思った。俺と少しだけ似ている、とも思った。もちろん、スケールは彼女の方が圧倒的に大きかったけれど。


 彼女のような人に会えて、本当によかったと思った。俺はこの世界でも、生きていけるような気がした。


「だからレイヤ、私を助けてほしいの。さっき助けてもらったけど、この先も」


「お安い御用です」


 そう言うとお互いふふっ、と笑う。


「もちろん、レイヤの大切な人も探しに行きましょう。どこにいるのかは分からないけれど、きっと会えるわ」


 希望を語る彼女の話は、どこにも嘘はないように思えた。本当に、彼女の言う通り、会えるような気がする。


 全てが、彼女の言う通りになる。


 そんな気がした。

 

 


 やはりこの時間帯に行動を起こすのは無理なため、二人で朝になるのを待つことにした。さっきと同じように木の横に腰掛け、少しでも寒さを凌げるよう手を施す。


「レイヤ、もっとこっちに来て」


 ミーナが俺の手を引いて抱き寄せる。手を握り肩を寄せ合うと、不思議なほど暖かくなった。


「人ってこんなに暖かいだね。今の今まで知らなかった」


「こんな状況にでもならなきゃ分からないことだね。でも、それでもやっぱり足は冷たいかも」


 ミーナもまた、何も準備をしていなかった。服装は俺と同じで部屋着のままで、とても寒さを凌げる服装ではなかった。特に下はショートパンツという、足を露出するためにあるような服装である。ホットパンツよりはいくらかマシだが、そこまで大きな違いはない。靴も履いておらず、多分俺以上に寒さを感じているだろう。アメリカ式なら家でも靴を履いていただろうが、残念なことにその辺はしっかりと日本式だった。


「ミーナは、何も持ってきてないんだよね」


「うん、こんなことになるなんて思わなかったから、なんにも。唯一持ってるのは、これくらい」


 そう言ってミーナはポケットからスマホを取り出した。確かにこんなもの、ここでは何の役にも立たないだろう。


「レイヤはその木刀だけ?」


「いや、一応水とパンをね。本当にちょっとだけど」


「わ!すごい、食料を持ってきてるなんて。流石だね」


「流石ってなんかおかしいけどね。飲むかい?」


 俺は水を差し出す。


「じゃあ、一口だけ。ちょっとだけ疲れちゃったから」


 ペットボトルを受け取った彼女は、本当に一口だけ、水を口に含んだ。もはや減ったか減らないか分からないくらいに。


「そんだけでいいの?」


「そりゃ、命の水だからね。おいそれと飲むわけにはいかないよ」


「ま、確かにな」


 現状、このペットボトルの水が俺らの生命線だ。本当に雀の涙ほどだけど、持ってきてよかった。これさえなかったら3日と持たずに、俺らは野垂れ死んていただろう。


「レイヤは一応、信じてたんだ。あの話」


「・・・いや、信じてたって言えるほど信じちゃいなかったよ。ちょっと面白がってただけ。本当に心から信じてたら、もっといろいろ持ってきてたよ」


「そっか、そうだよね」


「ミーナは、全く信じなかった?」


「うん、全くだね。私そーゆーの全然信じない人間だから。非科学的なことなんて絶対に起こるわけないって、ずっと思ってた」


「それが、起こっちゃったわけだよね」


「もう、本当にどうなってるんだろ。世界がつくり変わるって、何?」


「さあね。それは分からないけど、ただ一つ言えるのは、それが事実だってこと」


「・・・そうなってしまえば、過程も理由も必要ない、か」


「うん、この現実を受け入れるしかない。意味や理由を求めても答えが返ってくるわけじゃないし、答えが返ってきたところで、それこそ意味がない」


「私、まだ夢を見てる気分。情けないな」


「仕方ないよ。きっとみんなそう思ってる」


 眠らないように、俺らは途切れなく会話を続ける。


「じゃあ、この世界はなんだと思う?どんな世界だと思う?」


「少なくとも、俺らがもといた世界の技術が存在する世界ではなさそうかな」


「魔法とか、ファンタジーとか?」


「別世界と言われると、そういうのを思い浮かべるかな」


「じゃあ、この世界にもともと生きている人はいると思う?」


「分からない。別世界とは言ったけど、世界がつくり変わっただけだからね。結局俺らしかいないって言うのも考えられる。でも人以外の生命体はいるみたいだから、なんとも言えないけどね」


「さっきの、私を襲ってた犬みたいなやつね」


「犬に似てたけど、多分犬じゃない。俺らの世界にはいない生物だったと思う」


「・・・・・」


「ま、俺が世界の生き物のどれだけを知ってるかって話だけどね。もしかしたら中国の山奥に住む生き物だったりして」


「でも、私は異形の生き物に見えた」


「俺もだよ。だからやっぱり、本来の世界にはいない生物だったと思う。だからこの世界はもう、未知の惑星だと思って生きていくべきだろうね」


「未知の惑星、か・・・」


 少しだけ、どんよりとした気持ちになる。しかし彼女は明るく話す。


「でも、ちょっとだけ楽しいね」


「え?」


「誰も知らない時間を、私たちは生きてる」


「誰も知らない時間?」


「もとの世界には、不思議なんてなんにもなかった。生活の中にある疑問は全部誰かが解決してて、調べればなんでも分かる世界だった」


「・・・・・」


「それがここじゃ、何にも役に立たない。すごい人がつくった理論も、偉い人がつくった法律も。この世界にはまだ、何も生まれてない」


「何も生まれてない、か」


「それって怖いことだけど、でも、やっぱり楽しいなって。私は思うの。誰かが歩んできた道を歩くんじゃなくて、私が道をつくるの」


「すごいね、ミーナは」


「レイヤはそういうこと、思わない?」


「楽しいっていうのは分かるよ。でも俺は、魔法が使えたら楽しいだろうな、とか。そんな程度にしか考えてなかった。剣を振るって敵を倒して、強くなれたら楽しいだろうなって、そんなことばかり」


「あはは、男の子だね」


「男はいつまで経っても、子供のままだ。いくつになっても、成長しない」


「でも私は好きだよ。そういう人」


「ほんとに?」


「子供心を忘れないって、すごく大事だと思うから。それに今この状況じゃ、そういう人ほど強いはず」


「確かになぁ。あの話を心から信じた人は、きっとありとあらゆる準備をしていただろうからね」


「周りからは馬鹿にされたかもしれない。でも、実際にそれが起こってしまった以上、その人のしていたことが正しかった」


「『ざまあみろ』って思ってるかも」


「違いない」


 あはは、と笑い合う。果たして70億人いる人々の中で、どれだけの人が世界がつくり変わることを信じただろう。信じて、生きていく準備をしただろう。


 彼女の言う通り、そういう人は馬鹿にされただろう。「何を言っているんだ」「あんな話を信じているのか」と。もちろん馬鹿にする方の気持ちも分かる。実際俺だって信じていなかったのだから、むしろそういう人を馬鹿にする立場にいたはずだ。だけどどうだ、いざ蓋を開けてみれば、馬鹿なのはこちらの方じゃないか。絶対に起こらないというのなら、備えあれば憂いなしという諺なんて、生まれやしないのに。


「生き抜こうね、絶対に」


「ああ、まだ魔法のひとつも使ってないからな」


「ふふ、せっかく未知を味わうことができるんだから、この世界を堪能しないとね」


「ずっと、もとの世界に飽き飽きしてた」


「何か不思議なことが起こってほしいと、いつも思ってた」


 だから、


 だから。


「生き抜こう」


 生き抜いて、生きていこう。


 俺たちはぎゅっと手を握る。


 生きるために。


 この世界を楽しむために。


 俺たちは必死に寒さに耐え、朝が来るのを待った。


 それが、希望に溢れた朝であることを願って。

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