今日から世界は異なる世界

青葉 千歳

1

『明日の1月22日0時0分に、世界をつくり変えます』


 

 そんなツイートが、タイムラインに流れてきた。それを見た瞬間、俺は目を見開いた。


 真っ暗なアイコンに、訳の分からない言語で書かれたユーザー名。全くもって見たことのない言語だった。とはいえ、俺が世界の言語のどれだけを知っているのかと言えば、まともに知っているのは日本語と英語くらいなものなので、これ自体は別におかしな話ではない。ツイート本文に至っては日本語で書かれているので、不思議も何もない。僕が目を引いたのは本文でもユーザー名でもなく、その異常なRT数だった。


 RT数は1億を超えていた。それは今もなお増え続けている。普通に考えてあり得ない。今まで見た最高RTでも10万がいいところだ。だと言うのに、さらにその一千倍。これで目が止まらないわけがない。


 しかもツイートされたのが今から5分前だ。仮に1億RTされる可能性のあるツイートだったとしても、僅か5分で起こりえるものではない。もはや物理的に不可能な時間だ。そもそも1億RTなんて可能なのかさえ分からない。


 だから最初に俺は、アプリがバグったのだと思った。流石にこの数値はあり得ないと、何かの間違いだと、その不思議な現象を否定した。


 だがしかし、タイムラインを見てみると、その不思議な現象を目の当たりにしているのは俺だけではないことが分かった。他の人たちもこの謎のツイートについて話していた。スクリーンショットの画像を見ても、同じ現象を目の当たりにしているのは間違いなかった。



『RT数1億の謎のツイート発見!』


『俺のとこのタイムラインにも流れてきてる。何これ』


『つーかこのユーザーなんなん?意味不明』


『1億RTとかありえねーだろ。絶対なんかあるって』


『やばいwwwアプリバグったwww』


『これすげぇやばい感じするの俺だけ?普通に怖い』


『世界をwwwつくり変えますwww』


『マヤ文明の世界滅亡かよ(笑)』


『アプリつくった会社の悪ふざけか?こういうのはエイプリルフールにやれよ』



 皆口々に語っている。だが共通しているのは、誰もこの現象を正面から受け止めていないことだった。


 誰もが皆、信じていない。


 何かの間違いだと、そう思っている。


 もちろん、俺も。


 ・・・・・。


 タイムラインのツイートを見ていると、気になるツイートがあった。


 

『これの英語バージョン見てみろ。日本語の比じゃねぇRT数いってるぞ』


 

 それを見て、1億RTされているユーザーのアイコンをタップする。そのユーザーのホーム画面には、本文が様々な言語で書かれたツイートが何件かあった。その中の英語のツイートを見てみると、軽く10億RTを超えていた。確かに、日本語の比じゃない数だ。1億が可愛く見える。


 トレンドを見てみると当然というべきか、一番上に『1億RT』というのがあった。このアプリを使う日本人が、いや、世界中の人が今この瞬間、あれよこれよと語っている。何がなんだか分からないという恐怖を、みんな抱えているようだった。


 だけど、俺には分かっていた。みんなあれこれ言いながら、内心楽しんでいることを。この不思議を、不可思議を、非日常を。結局みんな、こういうものが好きなんだと、改めて思った。


 などと斜に構えて語っている俺ではあるが、それは自分自身にも言えることだった。俺も単純に、楽しんでいた。手品のタネがなんであれ、その過程を楽しめるのは幸せなんだろうと、みんなの反応を面白がって見ていた。


「明日の1月22日0時0分に、世界をつくり変えます・・・か」


 世界をつくり変えようだなんて、秘密結社かテロリストか、はたまた宇宙人の陰謀か。その内容からは、昔から一歩も成長していない人類の姿が見て取れた。しかしそれをみんな面白がって信じたように話をしているのだから、結局やる方もやる方だし、のる方ものる方だ。


 ・・・それとも、心のどこかで願っているのだろうか。


 本当に、世界をつくり変えてほしいと。


 ・・・・・。


 まあ、俺はそこそこ思ってるけどね。




 次の日大学に行くと、どいつもこいつも例のツイートの話ばかりしていた。


 と。


 言うのは嘘である。


 もうみんな一夜明けて飽きてしまったのか、どうでもいい話をしているだけだった。俺らのグループも、ゲームしたり飯食ったりで講義が始まるまでの時間をしょうもなく過ごしている。ちょっとだけ寂しく思ったので、いつもつるんでいる三人に話を切り出した。


「みんなちゃんと大学来てんだね」


「どゆこと?」


「だってほら、今日で世界終わっちゃうじゃん」


「でた!」


 みんなで爆笑する。俺が昨日のツイートの話をしていると察したみんなは、俺の会話に乗ってくれた。


「いやどうするよ、世界つくり変わったら」


「そもそもつくり変わるってどんな風になの」


「モンファンの世界にしてくれねーかな」


「それ最高。俺大剣使いな」


「いやそれいいな!俺もモンファンの世界で暮らしてー。俺やっぱ双剣だな」


「じゃ俺マジシャンで」


「ゲームちげぇぇぇ!」


 ぎゃははははと笑う。こういうノリで話せるのは本当に楽しかった。


「レイヤは何にする?」


「いや何にするって言われてもな」


 俺はモンファンをやっていないので、言われたところで分からない。


「レイヤは・・・まあ、素手でいいんじゃね?」


「モンファンで!?やってなくても流石にそれはおかしいのは分かるからね!?」


「あーパーティ組んで狩りとか行ってみてー。絶対楽しいでしょ」


「正直まじ最高だと思う」


「な、な!」


「俺はやっぱFFみたいな世界がいいなー。それだったら絶対マジシャン選ぶのに」


「お前本っ当に遠距離好きな」


「いやそれなら俺は弓使い選ぶわ」


「いや一人くらいヒーラーいろよ!」


「絶対つまらんてヒーラーとか」


「それな」


 世界がつくり変わるならどんな世界がいいかで盛り上がってしまった。妄想を展開するのは何故こんなに面白いのか、いつか論文にしたいくらいだ。


「まあそれは置いといてさ、どう思う?あれ」


「どーせエイプリルフールネタをこの時期に持ってきただけだろ」


「でもそれって意味分からなくない?エイプリルフールネタならエイプリルフールにやればいいじゃん」


「知らんがな」


「もし本当だったらやばいよな」


「今日だっけ?世界つくり変わるの(笑)」


「今日の0時0分ね。なんで今日なのよって感じだわ」


「あーまじで起きねーかな。もうすぐ就活だからまじでつくり変わってほしいわ」


「はーいただの現実逃避〜」


「でも別世界とか生きていけねーよな絶対。今の状態で」


「かはははは!初期装備弱すぎて笑えるわ」


「むしろ何も装備してないのでは」


「でもなんかあれじゃなかった?別の世界にいろいろ持ち込めますよ〜っていう、説明書いてあったじゃん」


「え?まじで」


 初耳だった。見落としていたのか、それとも今朝新しく情報が更新されたのか。


「説明ってどゆこと?」


「いやだからほら、異世界ハウトゥユースみたいな」


「異世界ハウトゥユース」


 またもぎゃはははと笑う。笑いながら、俺はアプリを開いてそのツイートを探した。


「あ、先生来たわ」


 と、ちょうどそのタイミングで講義の時間になった。騒がしかった講義室が静かになる。俺は椅子に座り直しながらも、ずっとスマホを弄っていた。


 説明、説明・・・あった、これだ。


 カズキが言っていたであろうツイートを発見した。そこには確かに、世界がつくり変わる上での様々な説明が書かれていた。俺は講義そっちのけで、スマホを弄る。


 

 1、世界がつくり変わるのは1月22日の0時0分です。

 2、つくり変わった世界には、ものを持ち込むことが可能です。

 3、持ち込めるのは、世界がつくり変わるときに身に付けているもの、手に持って

   いるもの、背負っているものなど、自身の体に触れているものに限ります。

 4、この世界の住人全員が対象です。

 5、つくり変わった世界にルールはありません。

 6、もとの世界に戻ることは可能です。ですが簡単に戻ることはできません。

 7、よく準備を済ませておくことをおすすめいたします。



 ・・・・・。


 悪戯にしては手が込んでいる、と言うのだろうか。まあ仕事でも遊びでも、真面目にやるからこそ面白い。そういう意味ではこの文章を打っている人物は、どこどこまでも大真面目だろう。しかしここまでくると逆に羞恥を感じてしまう。馬鹿馬鹿しいことを真面目にやるのは確かに面白いのだが、それは当人たちに限る。端から見てると痛々しいことがほとんどだ。だから俺もこのとき、面白いとは思いつつも読んでてどこか恥ずかしさを感じていた。


 恥ずかしさを、感じている。


 それは何故か、答えは単純。


 信じていないから。


 人は誰しも、非日常を望んでいる。


 だと言うのに。


 それを信じられないのは、病気なんだろう。


 現代に蔓延る、現代病。


 もしくは。


 生まれながらの、人類病。

 


 

 バイトが終わって家に帰ってきた俺は、部屋着に着替えて寛いでいた。買い置きのスナック菓子を食べながら、テレビを見る。こうしている今は、この世界も悪くないと思えた。


 アプリを開いてタイムラインを見ると、ちょっとしたお祭りになっていた。


 

『後5分で世界がヤバイ!』


『異世界に行っても仲良くしましょー!電波届くのカナ・・・』


『こんなの信じてるとか、どいつもこいつも馬鹿ばっかで草生える』


『世界変わっていいから可愛い彼女くれ』


『むしろ世界つくり変わるくらいしないと彼女とかできねーからまじ頼むわ』


『自由に世界つくっていいならハーレムおねしゃす。もちろん男俺一人で』


『彼女いないやつ必死すぎwww世界変わってもお前らに彼女とかできねーよwww』


『リア充は絶対死ぬ世界で』


『俺が魔王倒す勇者です。あ、皆さんはその辺の村人だから僕に任せてね(笑)』


『〈アンケート〉異世界にひとつだけ持ってくとしたら?1、武器 2、食料 3、スマホ』


 

 ・・・みんな楽しそうだなぁ。


 チラリと、時計を見る。時刻は11時55分だった。


「そーだなぁ、じゃあ何か持ってくか!」


 ツイートを見てるうちに説明に書いてあったことを思い出し、俺は立ち上がった。もちろん世界がつくり変わることなんて全く信じちゃいない。「そうだったらいいな」程度の心持ちだ。それでもちょっとだけこのお祭りに乗っかり、この馬鹿馬鹿しさに付き合うことにした。


「そうだな・・・お、これなんかいいな」


 押し入れから取り出したのは、木刀だった。高校の修学旅行で買ったはいいが、一度たりとも出番がなく、そのまま押し入れの奥深くに眠っていた代物だ。当然新品同様である。果たしてこんなものが使えるのか甚だ疑問であるが、やっぱり男としては闘いに剣は欠かせない。・・・いや、闘うかどうかなんて知らないけど。


「後は・・・やっぱサバイバルには食料だよな」


 割と真面目に考える辺り、俺も物好きである。空のペットボトルに水を汲み、買い置きしておいた菓子パンを手に持った。


「よし!準備完了!いつでもこいや!」


 全く準備できてない。木刀と水とパンで、一体どんなサバイブをするつもりだと言うのか。服装も部屋着のままである。


 が、何度も言うように心から信じていないので、そこまでやるのは「めんどくさい」のだ。なんとなく、やっただけ。


 信じてないから。


 なんとなく、それっぽく。


 済ませただけ。


 0時を過ぎれば、きっと1分もしないうちに、俺はいつものようにゲームを始めるだろう。


 ま、現実そんなもんか、とか言って。


 11時59分。


 55秒、56秒。


 それとも眠いし、今日はもう寝てしまおうか。


 57秒、58秒。


 そういえば明日までに出すレポート、まだ書いてないや。


 59秒。


 まあいいか、本当に世界がつくり変わってくれるなら、レポートなんてやったところで、無・・・・・・・


 0。


「        」


 瞬間。


 暗転。


 突然、明かりが消えた。驚いたというよりも、どうしたんだ?という疑問が先に来た。


 上を見上げて、蛍光灯を確認する。しかしそこに、蛍光灯はなかった。


 ついでに言えば、天井がなかった。


 目に入ってきたのは。


 満点の、星空だった。


「・・・・・・・・」


 一息、二息。


 白い息が漏れる。


 三息、四息。


 体が震え出す。


 五息目で、ようやく脳が状況を理解し、俺に信号を与えた。


 寒い。


 めちゃくちゃ、寒い。


 特に、足が。


「・・・・・・・・・・・っ!?」


 その寒いという感情を押し退け、驚愕が俺を支配する。辺りを見回すが、何も見えない。当然だ。だって今は、真夜中なのだから。


 真夜中。


 外。


 ここは、外だった。脳がようやくそれを処理してくれた。何故外にいるかまでは処理してくれなかったが、それでも自分が外にいることだけは分かった。だから寒い。死ぬほど寒い。


 そりゃそうだ、だって部屋着なんだから。


 部屋にいたんだから。


 靴、履いてないんだから。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 「ここは何処だ?」なんて、そんな台詞を吐く気にもなれない。俺は本能的に察していたから。ここが、何処であるか。なんであるのかを。


 風が、匂いが、僅かに見える景色が。初めて感じるものであることを、体は俺に伝える。間違いなくそれは、に、ないものであると。


 それを察した瞬間、真っ先に俺を襲ったのは。


 後悔だった。


 そして、理解した。


 ここで。


 この世界で生きていけるのは。


 非日常を、信じることができたものだけだ。


 不可思議を、受け入れることができたものだけだ。


 ・・・・・。


 人は非日常を求めながらも、それを信じられない病気に罹っている。


 何か不可思議な現象が起きても、気のせいだとか、何かの間違いだとか言って、その不可思議を認めようとしない。


 人類誰しも、この俺も。


 また、後悔が押し寄せる。


 どうして俺は、世界が変わることを願いながらも。


 それを、心から信じることができなかったのだろう。


「・・・・・」


 両手を見る。


 その手に握られていたのは。


 木刀と、僅かな食料だけだった。


 この過酷な世界で生きていくには。


 あまりに頼りない初期装備だった。

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