II; The High Priestess



<正位置; 知恵 天啓 正確な判断>




「だって、怖いじゃない。いきなり襲い掛かってくる意味の分からない槍男も、その槍男を殺そうする吾妻くんも、わたしはどっちも怖いもの。ちゃんと殺しておかないと安心できないもの。そうしないと、次に殺されるのは自分かもしれない。これってそういうルールのゲームでしょ? だったら、殺せそうなうちにちゃんと殺しておかないと危ないよね」


 金ピカの大きなトロフィーを恭しく両手で持って、どこかうっとりとした口調で、嶋中優子は言う。


「なに言ってるの。そんなルールどこにもないよ。そんなルールなんかありもしないのに、ただわたしたちが、そういう風に思い込んでしまっているだけで」


 震える声で、わたしはなんとか言い返す。それを言うなら、いま平然と「殺してしまおう」なんて言い出している嶋中優子だって、わたしには充分怖い。


「ルールなんか、なんだってぜんぶただの思い込みなんだよ。守る理由なんか別にないのに、守らないといけないと思い込んでいるだけなの。みんながそう思い込んでしまっているのなら、それはそういうルールがあるのと同じことじゃない」

「だからそれは、毎週木曜日に誰かが死んでしまうせいでみんながそういうルールだって思い込んでいるだけで、誰も死なないままで木曜日が終われば、実はそんなルールは存在していなかったんだってことにみんなが気付くから、それでこの馬鹿げたルールは終わるんだよ」

「睦深ちゃん、本気でそんなこと思っているの?」


 嶋中優子はわたしの位置からだと、ちょうどヘッドライトの灯りを背負うようにして立っていて、逆光で影になってしまっているから、表情がよく見えない。でもたぶん、笑っている。声に含まれている気配で、なんとなくそれが分かる。


「終わるよ……。このまま、もう少しすれば異常に気が付いた警備員がやってきて、それで頭のおかしい槍男を捕まえて、怪我をしたリヒトも病院に運んで手当てをして、それでもう、今日は終わるんだから」

「警備員なんか来ないよ」


 嶋中優子が言い切る。その言葉には、なんの裏付けも根拠もないのに、わたしも「ひょっとしたら本当にいつまで待っても警備員なんかやってこないんじゃないか?」と、思ってしまっている。そして事実、いつまで待っても警備員はやってこないし、あれだけ派手な音が鳴ったはずなのに、外の誰かが気付いた様子もない。まるでこの夜の校舎だけが、わたしたちの元いた世界からスッパリと切り離されてしまったかのようだ。


「誰かがわたしを守らないといけないの。でないと、弱いわたしは死んでしまうから。いまにもこの槍男が立ち上がって、再びその槍を手にしてわたしを殺そうと襲い掛かってくるかもしれない。だから、睦深ちゃんはわたしを守るために、その槍男の息の根をしっかり止めてしまわないといけないのよ」


 誰かを守るって、そういうことでしょう? と、嶋中優子は笑う。

 わたしの手には、ナイフが握られている。


「ねえ、睦深ちゃん。睦深ちゃんは一度はわたしのことを守ったじゃない? 一度守ったなら、ちゃんと守り通さないと意味がないでしょう? それが守った人間の責任ってものでしょう? ねえ、捨て犬や捨て猫を拾ってきて飼いたいって言ったときに、お母さんにそう言われたりしなかった? 最後まで面倒を見るつもりがないのなら、半端な情けなんかかけちゃいけないんだよ。拾った以上は最後まで守る責任が発生するの。だから、睦深ちゃん、そのナイフで槍男の息の根を止めるのよ」


 嶋中優子の言っていることは滅茶苦茶だと、わたしは思う。ひとつも道理が通ってない。


「なに言ってるの。そんな責任なんかないよ。誰かが危なくて、自分に守ることができるなら守るけど、別にそのことで未来永劫その人を守り続ける責任を背負わないといけないなんて、そんなことはない」

「睦深ちゃんは、そんな軽い気持ちでわたしのことを助けたの? ただ、そのときちょっと可哀想だと思ったっていうだけで、なんの覚悟もなく、なにを背負う決意もなく、ちょっと守ってみただけなの?」

「そうだよ! 人助けなんて余力でやることで、自分自身を削ってまでやるようなことじゃないでしょ!」


 わたしは手に持ったナイフを強く握りしめる。怖い。わたしはいま嶋中優子に恐怖している。


「そうね、むっちゃんはいつだってそうよね。なんの覚悟もなく、その場その場の軽い気持ちで人助けをしているだけなの。幸田義男を助けたのだって、別に幸田義男を助けたかったわけじゃなくて、ただリヒトとキミヤが平然とお互いを信頼し合っているのが羨ましくて、そこに仲間に入れてほしかっただけなのよね。けれど、それがどんな結果を招いた? あなたのその軽い気持ちの気まぐれのせいで、結果的にキミヤは致命的に踏み外してしまって、もう戻れないのよ」

「ちがう……! そんなことない!」


 嶋中優子が一歩、わたしのほうに歩み寄ってくる。相変わらずわたしの足は萎えていて、立ち上がれない。なんとか這って、嶋中優子から離れようとする。


「むっちゃんにはお父さんがいなくて、そのお父さんを滅茶苦茶に悪く言うお母さんにも幻滅していて、固い信頼で結ばれた関係に憧れていたのよね。リヒトとキミヤがお互いを認め合って信頼しあっているのに嫉妬して、自分もその仲間に入れてもらいたかったの。リヒトとキミヤが誰かを助けようとしているところに自分も割って入りたかっただけで、当の助ける対象である幸田義男自身になんて、なんの興味もなかったの。だから、幸田義男が再びむっちゃんの前に現れたときも、むっちゃんは咄嗟にはそれが誰なのかすら分からなかったのよ」


 マウストゥマウスで人工呼吸までしたのに、その顔もろくすっぽ見てなんかいなかったのね。どうでもいい相手だったから。助けたかったんじゃなくて、人助けをしている自分を見てほしかっただけだから。自分を認めてほしかっただけだから。リヒトとキミヤの仲間に入れてもらえるのなら、幸田義男が死のうが生きようが、そんなことはどうでもよかったから。


 違う。違うと思う。けれど、わたしの口からはそれを否定する言葉は出てこない。わたしはただ、嫌だと思う。これ以上、この話を聞きたくない。


「むっちゃんは、対等の立場で、仲間として信頼してもらいたかっただけなのよね。けれど、リヒトもキミヤも、むっちゃんのことを守ろうとするばっかりで、対等の仲間として背中を預けてはくれなかった。信用してはくれなかった」


 仕方ないわよね。実際にむっちゃんはそこまで信頼できるほど、頭が良いわけでも力があるわけでもないんだもの。ただただ自分が一番大事で、自分が一番可愛くて仕方がない、弱くて弱くてか弱い、普通の女の子に過ぎないのだもの。


「わたしとリヒトの、無条件にお互いを信頼し合っている家族愛に憧れていたのね。むっちゃんは誰かの特別になりたかったのね。そのくせ、キミヤがむっちゃんに特別の好意を寄せてくれていることに気付いていながら、それに気付かないふりをして、体よく利用していたわね。可哀想なキミヤ。むっちゃんを守るために人まで殺したのに、むっちゃんはキミヤのその気持ちにも報いようともしない。そんな風に、どこまでも性根が自己中心的だから、誰にも心の底から信頼してはもらえないのよ」


 わたし? わたしって誰のことだ?

 わたしのことをむっちゃんと呼び、リヒトと無条件の家族愛で結ばれていると自認する、いまわたしに喋りかけているこの声は、嶋中優子のものじゃない。


 リオンだ。その人影は、さっきまではたしかに嶋中優子だったはずなのに、いつの間にかリオンに入れ替わっていて、わたしの欺瞞を指摘している。リオンが、わたしの醜い性根を糾弾している。


「闇に心を奪われないで」と、背後からもリオンの声がする。

「それはわたしじゃない。わたしの姿を借りているだけの邪悪な影。わたしはそんなこと、思っていないわ。だからむっちゃん、勇気を出して。立ち上がって。むっちゃんが怪物を殺し、物語を終わらせるのよ」


 わたしの背後にもリオンが来ていて、そっちのリオンはわたしのことを励ましてくれている。わたしを受け入れてくれている。わたしは嬉しくなって、振り返ってリオンの姿を見たいと思う。


「ダメ、振り返らないで。わたしの顔を見てはダメ。むっちゃんにはちょっと、刺激が強すぎるから」

「どうして振り返らないの? その目で確認してみればいいじゃない? わたしがその槍男にどれだけ酷い目に遭わされて死んだのか、むっちゃんだって知っているんでしょう? 原型も留めないほど顔をむちゃくちゃに殴りまわされて、美しさを徹底的に棄損されて、口の中に糞を詰められて窒息して死んだのよ。そんな惨い殺されかたをして、犯人を恨まないなんてことがあるわけないじゃない」


 ねえ、むっちゃん。わたしたち友達でしょう? だったら、その目でその槍男がわたしにしたことを確認して、ちゃんと憤って、その手でわたしの無念を晴らしてよ。ねえ、むっちゃん。どうして振り返ってくれないの? どうしてわたしの顔を見てくれないの? もう美しくないから? 棄損されてしまったから? むっちゃんはわたしの綺麗な顔が好きだっただけなの? わたしの顔が綺麗だったから友達になろうと思っただけなの? ボコボコに殴りまわされて変形してすっかり醜くなってしまったわたしにはもう価値がないの? 綺麗じゃなければ意味がないの? むっちゃん。振り返って。こっちを向いて。わたしを見て、むっちゃん。



「こっちを見ろ!!!!」



 地の底から響いてくるような恐ろしい声で、リオンが叫ぶ。

 わたしは耳を塞いで、俯いて、身動きひとつできないでいる。

 もう、なにも見たくないし、なにも聞きたくない。


「むっちゃん、偽りの影の声に耳を貸してはだめ。あなたは怪物を殺し、英雄となって、この物語を終わらせるのよ。あなたが殺すべきドラゴンは、その槍男じゃない。そいつは、ただの頭のおかしい異常者に過ぎない。殺すべき本当の怪物を見極めて」

「あはは、ずいぶんと優しいけれど、当たり前よね。そっちはむっちゃんが幻想で作り出した、わたしの偽りの影なのだから。槍男に顔のかたちがすっかり変わってしまうくらいにボコボコに殴られて、めちゃくちゃにレイプされて、口に糞を詰められて醜く悲惨に死んだわたしのことまで、そうやって自分を肯定して甘やかすだけの綺麗な幽霊にしてしまうんだわ。むっちゃんに、物語の主人公たる資格なんてあるわけないのに、どうしても自らが何者かでありたいのね。なんて自己中心的で、なんて愚か。でも、むっちゃんのその愚かなところがとてもかわいいわ」


 ああ、愚か愚か。なんて愚かでかわいいのかしら。


「むっちゃんは誰かの特別になりたくて仕方がないのに、幻想の誰かばかりを夢想していて、現実に身近で自分に特別な好意を寄せてくれている人を大事にできないの。キミヤのことも、嶋中優子のことも、内心では自分より格下だと見下していて、自分の特別になるには足りないと切り捨ていて、だから平気で無碍に扱うことができるのよ。なんて傲慢なのかしら。嶋中優子は、ただむっちゃんと仲良くなりたかっただけなのに」


 もうすでに完成している完璧なものを横から掠めとることばかり考えていて、ゼロから自分で特別な関係性を築き上げていくことができないの。いまある完成形だけに憧れて、他の人が自分で地道に積み上げてきた過程を見ようとしないから、憧ればかりでないものねだりをするばかりで、結局はなにも手に入れることができない。なんて矮小で愚かな子。むっちゃんは愚かでとてもかわいいわね。


「むっちゃんはそのまま、なにも背負わず、なにも決断せず、なにも行動せず、なにも手に入れられないまま永遠に彷徨うのよ。可哀想な子。愚かで哀れでかわいい子」

「悪霊に負けてはダメ。むっちゃんは立ち上がり、そのナイフで化物を殺し英雄となるの。むっちゃんならできるわ。わたしを信じて。さあ、立ち上がって」


 わたしを挟んで、前と後ろでリオンが言い争っている。

 どちらのリオンが本物なんだろう? わたしは、どちらのリオンの言うことを信じればいい? このままここで耳を塞いでいればいいの? それとも、やっぱり立ち上がって、このリオンのかたちをした亡霊をナイフで刺し貫くべきなのだろうか。


「悪霊はどちらかしら? わたしだって苦痛を与えられれば恨みもするし、美しさを棄損されれば憎みもする。そうやってわたしの人格を無視して、勝手に神格化して、そんな思ってもいないような綺麗事を言い連ねる綺麗な亡霊を作り出して。そちらのほうが、よっぽど醜悪な悪霊じゃない」

「立って、むっちゃん。あなたが物語を終わらせるのよ」

「むっちゃん、顔をあげてわたしの顔を見て。わたしがその槍男にされたことを確認して。槍男を恨んで。ちゃんと槍男を憎んで。あなたがわたしの復讐をなし遂げて」

「見てはダメよ、むっちゃん。わたしは復讐なんて望んでいない。あなたはそんな小さなことのためじゃなく、みんなのために、この物語を終わらせなければならない」

「わたしを信じて、むっちゃん。わたしを見て」

「こちらを見ないで。立ち上がって。物語を終わらせるためには、象徴としての死が必要なの。そのナイフで、化物を殺すのよ」

「さあ、誰を殺すのか、選ぶのよ」

「むっちゃんが誰を殺すのか、なにを殺すのかに依って、この物語の結末が変わる」

「選びなさい。むっちゃんの物語を」

「選べ! 殺しなさい!!」

「殺すのよ!!!」


 わたしはナイフを強く握り直し、足に力をこめて、立ち上がる。


「そうよ、むっちゃん。そのナイフで、化物を殺すのよ」


 化物……? 化物ってなんのことだろう? 目の前で、わたしの醜い性根を糾弾してくる、このリオンの姿をした亡霊が化物だろうか? これを殺せば、すべてが終わるのだろうか?


「あら、わたしを殺すの? その結末を選んだの? そうやって、無念のうちに死んだわたしを幻想の中で綺麗にして、醜いわたしをまた殺すのね。綺麗なわたしだけを見て、汚く黒い復讐の炎に燃えるわたしのことは偽物として葬り去ってしまうのね。ああ、最後の最後までなんて愚かな子。でもいいわ、わたしはむっちゃんの、そういう愚かでかわいいところが好きだったんだから」


 だから、わたしはむっちゃんを受け入れてあげる。

 そう言って、ナイフを構えるわたしに両手を広げるリオンのことが、わたしはたまらなく憎らしい。好き勝手に知ったような口をきいて、わたしの価値を貶めるこのリオンの亡霊を、わたしは心の底から憎んでいる。


 恐怖はすでに去った。

 手は、ナイフを力強く握りしめている。

 わたしの脳裏で渦巻いている、このどす黒く醜い感情は、殺意だ。


 わたしはいま、明確な殺意を持って、目の前のリオンの亡霊を殺してやろうと思っている。圧倒的な偏見でもってすべてを否定し、ぶちのめしてやりたくなっている。


「なるほどね。こういうふうしてに喋りかけてくるんだね、は」


 わたしが俯いてそう呟くと、背後でリオンが「むっちゃん……?」と、不安げな声をあげる。


 はこんな風に、人の心が弱ったところで、その脳裏に囁きかける。こうなったら面白いのに、こうなったら楽しいのにと、人が極端な選択に走ることを望んでいる。出来事を物語にして、人を物語の登場人物にして、安全な場所から人が苦しむのを覗き見ては、話の筋がめちゃくちゃになって物語が予想もしない方向にひっくり返ることを期待している。


「どうしたの、むっちゃん? わたしを信じて。そのナイフで、化物を殺すのよ」

「いいのよ、むっちゃん。わたしを殺しても。わたしはむっちゃんのその醜く歪んだ感情も肯定して、受け入れてあげるから」


 前からも後ろからも、リオンの声がする。けれど、そのどちらもただの幻だ。ちゃんと目を開いて現実を見てみれば、わたしにリオンのふりをして喋りかけてきているのはリオンではなく嶋中優子だ。嶋中優子が、リオンの言葉でわたしを責めたてている。


 なんで、わたしが嶋中優子なんかにそこまで言われなきゃならないんだと、わたしは憤っている。わたしは嶋中優子の身体に、確かな殺意をもってナイフを突きつけている。わたしは嶋中優子を殺したくなっている。


 いいよ、ムルムクス。あなたの期待に応えてあげる。わたしはこの確かな殺意で、物語をあなたが予想もしなかった方向に転がしてあげる。

 

 わたしはナイフの切っ先をスッと嶋中優子に向けて。

 

 渾身の力を込めて振る。




 自分の頭のうしろ目がけて!




「ああああああっ!!!!!」


 わたしの振るったナイフが、なにかに、ずっぷと突き刺さる。ナイフの刃だけでなく、手首を過ぎて肘のあたりまで、ズボズボと粘性の液体に突っ込んだような手ごたえがある。背後から悲鳴が聞こえて、わたしの手にはなにかを突き刺した確かな感触が伝わってくる。


「やめて、むっちゃん。痛い……、痛いわ……酷い。物語にこんな選択肢は用意されていない。そうじゃないわ。あなたが殺すべきなのは、わたしじゃない」と、嶋中優子がリオンの言葉で言う。

「そうだね。わたしが殺すべきなのは、リオンじゃないしリオンの亡霊でもない。リオンのふりをしてわたしに喋りかけてきている、だよ」と、わたしは答える。


 どちらのリオンが本物なのか? じゃない。リオンはもう死んでしまった。いなくなってしまったのだ。それがわたしの憧れが作り上げた幻想なのか、邪悪ななにものかが作り上げた幻影なのかは知らないけれど、どちらにせよ、リオンがいなくなってしまった後でリオンのふりをして喋っているものは、なんであれ全て偽物だ。


 わたしはナイフをさらにねじり込む。なにかの肉に刃がさらに食い込む。


「ああああああいい痛いたあああいい痛いああああああっ!!!!」

 そいつはまだ、リオンの声で悲鳴をあげている。リオンのふりをし続けている。けれど、わたしはそれがリオンではないことを、もう確信している。


 


 それはこの物語を見るための覗き穴。物語と現実を繋ぐ暗い洞。

 なにかを覗き見るためには、穴が繋がっていなければならない。

 

 わたしは自分の目では見ることのできない、頭のうしろで渦巻いているはずの黒い穴に腕を突っ込み、ナイフを捻じり込む。


 それは概念的な黒い化け物のあぎと。そいつは喉の奥深くまで突き入れられたわたしの腕を、反射的に噛み千切ろうとする。わたしの一部は概念的に引き千切られ、影となってに飲み込まれる。けれど、わたしは怯まない。さらに奥深くナイフを突き入れ、穴の奥深くに固い感触を捉える。手首を返し、刃先をねじ込み、渾身の力で引き戻す。


 ベチャッ!! と、暗い床になにかの黒い塊が落ちる。それは床の上で身もだえ、転がりながら、不意に身体を突き刺された痛みに苦しんでいる。




 わたしの頭の後ろでグルグルと渦巻いていた黒い影から引きずり出された、意味の分からない黒い塊。これこそがわたしが殺すべき化物。わたしたちみんなを貶め、苛み、苦しむ様を見て喜んでいたもの。物語を終わらせるための死すべき象徴。


 見つけた。



 


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