3話 噂

 澤たち三人の女子は、それから学校を休学した。欠席ではないことに、クラスのみんなはただ事ではないと思った。

 自習となり、勉強している生徒なんて隅に座っているガリ勉しかいない。僕はいつものようにど真ん中の席で小さく丸まっていた。

 教室の右側で集まっている女子のグループは、澤たち三人が可愛い女子を痛めつけている噂を語りだした。

「先輩だって構わないんだから。うちの部の三年生が澤に殴られたって泣いてたもん」

「あっ、それマジかも。他のクラスの娘も、腕の骨折れて病院行ったって。交通事故じゃあんな怪我しないよ」

「うわ怖っ。嫉妬? 今頃、鏡見て絶望してんじゃね。アハハハッ」

「なにそれ?」

「澤の頭、ハゲたんだって。しかも頭皮ごと」

「うわっ、キモ! ざまぁー」

 よくそんな話を面白がられるな。まるで恋バナみたいにだべっている神経がわからない。


「あいつらの服破れてたって? 超やばくない?」

 だから、日本語で話せよ。いつもいつも後ろのビッチグループは、会話を理解するのに間が必要だ。そのくせ、顔とスタイルはイケてるギャルなんだから困る。

「ざまみろってんだよ。あたしらに散々嫌がらせしてさ」

「彼氏に相談してぇ、プロボクサーの先輩連れてきてくれて、シメてくれたからさ。うちらはもう何もされてないけど、他でもやってたっぽいよ」

「ぽいぽい」

「響子、オジサマとまたヤルの? スマホいじりすぎ」

「上手くてお金くれて、しかもゴムってくれるって、最高っしょ」

「おっさんとヤルなんてマジないわー」

「そう?」

 これ以上聞いていると心が汚されそうだ。でも、お願いしたらヤラせてくれそうなんだよな。いや、いかんいかん。俺の清らかな童貞は清らかな乙女にこそ捧げるべきだ。


「京谷くん」

「うわ!」

「どうしたの、そんなに慌てて」

「いや、別に。何か用?」

「自習なんだよね?」

「ああ、雪村は転入してきたばかりだっけ。みんな好き勝手に遊んでるでしょ? ここは普通科だし、勉強するのは物好きだけ」

「じゃあさ、京谷くんとおしゃべりしていい?」

「なんで? クラスの女子いるじゃん」

「ん……。輪の中に入れなくて」

 確かに。初見お断りになっている。かくいう僕も、男子のグループに入りそこねたからボッチになっているわけで。

「分かったよ。でも、雪村のことあんまり知らないからさ。前の学校のこととか良かったら教えてほしいかな」

「前の学校……。付き合ってた彼氏と別れたことくらいかな」

「え? ……そうなんだ」

「うん。だから、今私フリーなの」

「ん! ……ととと」

 これは知られはまずい。知られてはいけない。特にこのクラスの男子には、知られちゃいけない。素早く周りを見渡したが、反応があった男子は誰もいない。マジか? てっきり注目されていると思ったが。もしかして、僕と同じように照れくさいのか? 他の男子の視線が牽制しあっているからか?

「どうしたの?」

「な、なんでもないよ。それ、他の人には言ったの?」

「ううん、京谷くんだけだよ。言ったほうがいいの?」

「それは、お勧めしないかな……」

「じゃあ、黙っとく」


「他は? 部活とか」

「声優部に入ってたよ」

「声優部って?」

「朗読とか、音のないアニメにアテレコとか。演劇部と違って、結構本格的に声のお芝居してた」

「へぇ。目指す人多いみたいだし、そんな部もあるのか」

「でも、それもやめちゃった」

「そうなの」

 勿体無い気もする。今や声優は花形職業、ルックスも求められている。雪村ほど可愛ければ、声優だってトップ取れるかもしれないのに。でも、養成所じゃないんだから関係ないか。

「今度は私から聞いていい?」

「いいよ。聞かれて困ることないから」

「じゃあね」

 不意に雨雲が現れ、外はゲリラ豪雨になった。教室の照明が明るさを際立たせた。

 そして、雪村は僕の耳に唇を近づけた。

「どうして、私のこと怖がるのかな?」

「い⁉」

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