8話 本当の自分


「君ー、わたすに特大魔法を打ち込んでくれないかーな? 腹ペコで泣きそうなんだーよ」


 大地を焦がすような声が頭上から聞こえるが、その声の持ち主はもしかして......。


「リント=ヴェルムート?」


 俺は思わず呟いてしまった。


「そだーよ。わたすリント=ヴェルムートと言いまーす。それよりも、魔法ちょうだーい。君の魔力、強くて美味しそう」


 そんなこと言われても、魔法を使うことが攻撃であるという認識である以上、俺は魔法を使えない。こんな巨大なバケモノに攻撃を仕掛けるなんて、死ぬのとさほど変わらないと思った。こいつは俺たちを挑発しているのだろうか。


「ふー。もう限界だーよ。ふぃあー」


 空に浮かぶ大きな黒い影は風船の空気が抜けたように縮んでいき、皮膚の色も真っ黒からオレンジに近い色になっていった。そして、最終的にはぬいぐるみくらいのサイズになった。それは、ほんのり赤い体の小さなドラゴンという印象で、ザラザラの肌にこれから鋭くなりそうな目、これから先大空を駆ける時に使われるであろう強靭な羽。


 さっきの個体とは打って変わって可愛げな表情を浮かべる。小さくなったリント=ヴェルムートは俺の側へ寄ってきて、お願いを連呼する。


「ねー、イフリート魔法でもベルモウ魔法でも何でもいいからーさ」


 こいつと距離を取って、何をされても対応できるように構えていた。


「私の魔法じゃダメですか?」


 ミルが火の玉を手に浮かべながらリント=ヴェルムートに問いかける。リント=ヴェルムートは少し不満げな目を向け、まぁそれでもいいーやと呟いて火の玉をミルの手から吸い取った。


「うーん、まだ物足りないーな」


「では、あとどのくらい食べさせてあげたら満足しますか?」


「あと威力換算で30万くらいあれば、とりあえず満足かーな」


「え、さ、30万⁉︎」


 ミルは冷静にドラゴンと会話するが、ドラゴンを満足させるには相当な魔法を食べさせる必要があるらしい。一応、俺たちを襲うことはないと思うからいいのだが、威力換算で30万という数字は頭がおかしくなりそうな数字だ。威力換算というものは、簡単に説明すれば人間1人が出せる魔法の最大出力である。


 ミルとユカノの威力換算はどちらも300くらいで、俺は1500......は? なんでミルたちよりも高い数値なんだよ。てか、それでもドラゴンの希望には全然届かない。俺1人ならば、最大出力で3分20秒も出し続けなければならない。それ以前に、俺は最大出力を出したことがないので、どれほどの反動があるのかわかっていない。


「あたいとミルの最大出力じゃダメっすかねー」


「まぁそれでもいいーよ。でも、どうして彼を出そうとしないのかーな?」


「......」


 ユカノとミルは急に黙り込んでしまい、お互いに目を見合わせる。どうしてそんな反応をするのだろうか、俺には理解できなかった。


「やっぱり、異端者だからかーな。この世界を異色に変えるという伝説がある、あの異端者で、それだけじゃあなーく、大抵の人間が持ち得ない能力を持っているからなーあ。最大出力なんて出させたらどうなるか予想もできないからーね」


 リント=ヴェルムートに言われて気がついた。そうだ、俺はもともとこの世界の住民ではない。そして、どういう訳か、俺には超人的な能力が備わっており、この能力が成長していることも考えれば、俺の強さは未知数で脅威的な存在にもなりかねないだろう。


 それでも、異端者という表現をするのは酷いのではないだろうか。俺はこの世界に害を与えようだとかは微塵も思っていない。ということは、俺自身の意思に反して、暴走する可能性があるってことなのだろうか。


「それ、どういうことだよ」


 リント=ヴェルムートに言及してみるが、彼は満面の笑みを作って高尚な笑い声を上げるだけで何も応えてくれない。


「やっぱり、君たちは何にも言ってないんだーね。そして、君も自身のことは何にも知らないんだーね」


「あたいたちがあんたを召喚した時、この世界における多くの禁忌を犯し、たくさんの代償を払い、あんたに力を授けた。このこと自体初めてのことだし、この世界に滞在するっていう人もあんたが初めてなんだよ」


 リント=ヴェルムートは急に何かに反応して飛び上がった。小さな羽をバタつかせ、そのまま宙を漂いながら元の巨大なドラゴンへと姿を変える。


「わたすは、もう行かないといなーい。最後に1つだけ言っておくーね。君はここにいるべきではなーい。さっさと帰ることをおすすめするーよ」


 そう言い残して、リント=ヴェルムートは空の彼方へ消えてしまった。


「龍輝......」


 ミルが今にも消えそうな声で俺の名を呼ぶ。しかし、俺はその言葉に反応したくなかった。理由はあまりにも単純で、子供染みていて、アホらしいことなのだが、俺にとってはとても重要なことであった。いいや、これは単に殺人衝動に駆られたというのか。なんらかの理由をつけてミルを殺したい、殺したくて仕方がないのだ。


「今ミルが何を考えてるかは知らないけど、おまえ、俺がこの世界をめちゃくちゃにしないための保険をかけたのか?」


「そんなわけないじゃないですか!」


「じゃあ、どうして怖がった。俺が最大出力を出して、自分の強さに気づき、この世界の頂点に立とうなんて考え始めるとでも思ったんだろ?」


「違います......」


 俺は許せなかったのだ。自分が信用されていなかもしれないと思うと、今朝放った彼女の言葉が心にもないことであるように感じる。そうすると、俺は数え切れないほどの感情が湧き上がり、自分を抑え切れなくなる。


「どうして俺を騙すようなことをした。俺はただの戦力だとしか思っていないのか!」


「違います......」


「その根拠を言えよ。違うという根拠を言えよ!」


 俺は本当に最低なやつだ。たった1人の女性の愛が、自分に向いていないかもしれないと感じただけでこんなにも感情的になってしまう。そして、このままミルを追い詰めていくのだろうか。


「あなたを召喚する時に、戦闘特化の能力を付与した影響で、毎日戦闘を重ねないといけないということだったんです」


「そうか、それでなんだ? 俺の力を恐れているのは事実だろ?」


 どうしてか、彼女の心のうちが読めた。彼女はいつでも俺の能力に怯えており、今でさえ警戒している。俺はそのことが気にくわなくて、ミルなんていなくてもいいんじゃないか。むしろ、いない方が邪魔も少ないし、何かに依存することもなくなるのではないかと思った。


「......恐れているのは事実です。正直、今でも警戒しています。ですが、あなたが好きであるという気持ちに嘘偽りはありません!」


 彼女は素直で可愛い。しかし、今の俺には素直という性格が妬ましく感じた。


「もしも、龍輝が私のことを嫌いになってしまったのならば、私のことを殺してください。あなたに嫌われて生き続けるなんて......そんな生活、絶対に送りたくありません!」


「だったら殺してやるよ。ほれ」


 俺が作り出した鋭利な風が俺とミルの間の約3メートルを駆け抜ける。それは一切動こうとしないミルの体に向かって一直線に走り、止まることを知らない。


 刹那、地に赤い雨が降り注ぎ、俺は本当の自分に戻った。

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