5話 同居


 インクを垂らしたような赤が世界を埋め尽くし、俺は街のど真ん中に1人で立っていた。枯れた花に腐った周囲の家、足元に転がる肉片。真っ黒な空は今にも落ちてきそうなほど膨らんでいて、怒ったような風が街に八つ当たりする。


 そんな終末とも言える世界に、俺はただ1人立っていた。理由は無いのに自分が恨めしい。自分がいなければという『もしも』のことを考えてしまう。すると、自分がいなくても世界が成り立つという真実を知り、悲しさが上から重なる。


 むしろ、自分がいない方が世界は平和だったのではないか。そう思う他ない。しかし、今だにこんなことを考えている理由を見つけられずにいた。


 燃えるような熱さに全身を覆われる感覚に襲われると、目を覚ました。いつのまにか、ミルの背中で寝ていたらしい。


 集会所から外に出て、病院へ向かっている最中のようだった。


 さっきのは夢......だったのだろうか。嫌に現実味があって恐ろしかった。


「起きましたか?」


 爽やかな声が触れている体を伝って聞こえる。一歩踏み出すたびに揺れる感覚がなんだか心地よく、いつまででもこうしていたいとも思えた。


「あぁ、ごめん、気持ちよすぎて寝てた」


「いや、逆に起こしてしまって申し訳ない」


「いや、まぁ、別に気にすることないよ」


 周囲から変な目を向けられていることに気がついた。こんな大の大人が少女に担がれているなんて、可笑しな話だ。


「あぁ......それより、降ろしてくれない? もう1人で歩けるから」


「ダメです。無理はいけません」


「男としてのプライドが......」


「そんなこと言ってたら体が持ちませんよ? 体は何の強化もされてませんので。恥じらいは一瞬ですが、体の怪我はそんな簡単には治りません」


 説得力のある言葉を素直に受け入れて、自分の弱さを知った。


 元の世界よりも、貧相に見える病院に到着し、中に入ると昨日お世話になったおじいさんがベッドを勧める。


 俺はそこに寝かされ、おじいさんに治療魔法をかけられた。常に感じていた痛みがみるみるうちに消えていく。


「儂はここまでしかぁ治せん。あとは自然治癒を待つことだな」


「わかりました」


 おじいさんが部屋から出た後、ミルはベッドの隣にあった椅子に座った。


「また助けられてしまいました......。私はどうやって、この恩を返せばいいのでしょうか?」


 彼女は自分の弱さを恨むような表情で涙を堪えている。


「恩返しなんていらないよ。俺は、ただ単にミルを守りたかっただけ。ミルが生きてるっていう事実が、一番の恩返しだよ」


 何気にカッコいいこと言ったなと自画自賛した。しかし、自分としては、本当に思ったことを言っただけである。


「そうですか。ならば、わかりました......。私の家を宿代わりにしていいですよ」


「......え?」


 彼女が急に変な話を持ち出すので、驚いてしまった。


「異世界から来たわけですし、家なんてあるはずがありません。なので、私の家に泊まることを許可します」


「いやいや、さすがにそれはマズイって」


 一つ屋根の下、男女が2人きりになるなんて、俺が自我を保てる自信がない。


「何を気にしてるのかわかりませんが、私の親切な提案を拒否するというのですか? どうせ元の世界に戻るつもりがないのでしたら、何も気にすることはないと思いますよ?」


「そうだけどさ......。君に悪いんじゃないかって」


「私は別に、あなたに何をされようが構いません。命の恩人なんですから。身の回りの世話くらいならやってもいいですよ」


「そういう問題じゃないんだけどなぁ」


 結局、俺はミルの家に住むことになった。


 ベッドの上で暇を持て余していると、俺のレベルが95になっていたことに気がついた。それだけでなく、能力も増えたらしい。


 特定の敵に対して攻撃力があがる能力だとか、特定の攻撃を受けたら自動で反撃する能力だとか。レベルが異常にまで上がりやすいのは、俺が最強だからだそうだ。


 ミルは羨ましそうに俺の顔を覗いては、微笑むのだった。




***




 時間も遅くなったようだったので、病院から出ることにした。


 彼女の家は、集会所の前にある通りを5分ほど、流れるまま歩いた先にあった。武器屋の隣にある小さな家が彼女の自宅だ。


 中に入ると、家の中には置物が綺麗に並べられた玄関があり、その奥にはキッチンとリビングがある。リビングにはクローゼットとベッドが一つ。


「そーいやさ、ミルって恋人とかいないの?」


「いませんよ」


「そっか、たしかに、ミルって恋愛とか興味なさそうだしな」


「そうでもないですよ......。先にお風呂入りますね」


 彼女は恥ずかしそうに顔を隠して、そう一言だけ言うと、風呂場へ行ってしまった。何だか、悲しいような、微笑ましいような変な感情を知る。


 あんな、可愛いくて、不器用そうな子が恋してるなんて、想像するとにやけてしまう。どんな人に恋してるのか気になって仕方がなかった。

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