3話 気づけば無双前夜
異世界とはいっても、通行人は人間ばかり。都市なのに少し大通りを外れれば、貧民街のような雰囲気になる。そこには、気怠げな老人がたくさん居て、彼らはこの場所にそぐわない格好をした俺を睨みつける。
30分も歩かないうちに、この都市を囲んでいると思われる大きな塀の場所まで来た。門があり、そこから手押し車が出たり入ったりしている。
この都市を観光していると、いつのまにか辺りは暗くなっていた。夕食を食べるため、近くの店に寄って、メニューにあるシュカというものを頼んだ。
運ばれてきたのは、紫色のスープに得体の知れない肉が浮かび、砂利のような小さなものが沈んでいて、食欲を失くすようなもの。
勇気を出して一口食べると、思わず叫んでしまった。舌が焼けるような感覚がしたと思えば、激甘キャラメルを食べているような感覚に襲われる。その刺激が何故か心地よくて、くせになりそうだ。
周囲の目を気にせず、スプーンと口を動かした。粘着力のある肉と辛いスープと底に沈んだラムネのような物が、独特かつ美しいハーモニーを奏でる。気がつけば、皿の上には何も残っていなかった。
とても満足した後、寝る場所の確保をしようと、通行人に聞いてみたところ、すぐ近くに宿があった。
風呂に入り、テレビを......と思ったが、そんな物は存在しなかった。仕方がないのでベットに横になる。
天上に吊るされている明かりは何なのだろうかと考えているうちに、俺は深い眠りについていた。
***
「どうして......」
友恵(ともえ)は龍輝が突然の行方不明になったせいで、夜も眠れない状態になってしまった。お腹の中にいる赤ちゃんも心配で、どう養うか熟慮しているが、いい方法は思いつかない。親に頼ることは出来ないし、友達も自分のことで精一杯だろう。
龍輝に負担をかけた自分のせいで、どこかへ逃げてしまったのだろうか。しかし、彼はそんな人じゃない。何か、事件や事故に巻き込まれたのだろうか。そんなことを考えても、証拠は無いし、結論も出ない。彼のことを疑い始めた頃には、自己嫌悪に陥ってしまっていた。
「あぁ......。私のせいだ......」
もうどうしたらいいのかわからない。彼を見捨て、新しい男性を探すのは容易いことだろう。彼の帰る場所を埋めてでも、自分のことを考えるべきか。
いっそ、赤ちゃんも自分も消えてしまえば、悩むこともないのに。塵のように、天に溶けていくことが出来るならば、どれだけ楽だろうか。
憂鬱な夜は日が昇るまで続いた。
***
朝日が顔に直撃し、目がさめる。
「やべっ! 寝過ごした! 早く仕事行かねーと......あ......」
いつも日が出る前に出勤していたため、すごく焦ったのだが、目を開けても見慣れた部屋は無かった。
そう、俺は昨日、異世界に召喚され、そのままここで生きていくのだと決意したのだった。慈悲のない、理不尽な世界を逃げ出したのだ。
ギルドのことを思い出し、急いで支度した。目的地へ向かっている途中、朝食のためにパンのような物を食べる。見た目通りパンのようなものであった。
昨日と同じ大きな建物に入ると、やはり、たくさんの人で賑わっている。受付のとこで、昨日の店員とミルが会話しているのを見つけた。
「お、いいところで来たじゃねーか、異常能力者が」
「え......? もしかして、彼ですか?」
「そうだよ。ミルちゃんの新しい相棒として、最適なのは彼だよ」
何の話をしているのか理解できず、話に置いていかれた。
「何の話をしているんですか?」
「あんたの新しい相棒だ! パーティーというには人数少ないが、おまえの能力があれば、2人で十分だ。むしろ、多かったら邪魔になる」
「......そういうことなら、引き受けます」
やはり、俺のような最低なやつは嫌いなようで、店員に言われたから仕方なく、というような顔で手を差し出す。
「これからよろしくお願いします」
「あぁ、よろしくお願いします」
出された手を握ると、暖かくて、柔らかい。久しぶりに感じる女性の手の感触に感動を覚え、俺の時間は停止した。妻の友恵と付き合うことになった時、こんな感じで手を握り合ったなぁ。
「もういいですか」
触れている手を懐かしげに見ていると、ミルが早く離せと催促する。
「ご、ごめん」
慌てて手を引っ込める。ミルと友恵を重ねてしまった自分はどうかしてる。
「甘い恋が蕾を開く前にお願いがある。早速で悪いが、星8モンスターを狩ってきてほしい」
昨日、ある程度調べた情報によると、ここへ来てすぐに戦った怪物はこの世界で一番といってもいいほど強いモンスターらしい。ちなみに、星10である。星の数はモンスターの強さだが、大きさ、戦いやすさ、ステータスで決まるんだそう。
初心者は星1のモンスター以外と戦うなという決まりがあるのだが、俺の能力は有能らしく、いきなり星8モンスターを依頼された。
「その依頼、引き受けます」
「俺も引き受けます!」
ミルは曇った表情で言う。それに対して、俺はやる気満々に答えた。だって、これからゲームのようなことを、実際に体験出来ると思うと楽しみでうずうずする。発売日間近のゲームを楽しみにする小学生のようだ。
この感情は妻の存在を忘れさせ、この世界での未来を描く引き金となり、俺の全てを狂わせた。
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