2話 この世界で


 怪物が倒れているからといって、腹の方から地面まで10メートル近くあるだろうか。そこから足を滑らせて落ちたなら、ひとたまりもない。


 俺はすぐさまミルの元へ走り出す。人間の走る速度では到底無意味だが、俺はどんな人よりも早く走っていた。そのせいで、勢いあまって俺も宙に放り出される。


 あ、やっべ。これは......。


 自分もミルと同じ状況になり、焦る。自分より少し下の方を、ミルは垂直落下中。金色の髪が太陽を乱反射し、綺麗に輝く。


 冷静で怖いイメージだったミルは、叫ぼうにも叫べないという表情をしていた。彼女の怯えた表情は、ハムスターのような可愛らしさが含まれているように感じた。


 せめて、彼女だけでも助ける方法はないものか。魔法......。どんなものがあのかわからないが、もしかしたら、空を飛べる魔法があるかもしれない。


 目の前に表示されている自分のアイコンが開き、使用可能である魔法の一覧が出てきた。その中に『空中浮遊』というものがある。


 空を飛ぶことが出来るのならば、彼女を助けられる。そう思い、彼女に手を伸ばす。


「ミル! 掴まれ!」


 ミルはその言葉に反応し、細長い綺麗な指をこちらに向ける。その手を掴み、一安心した。これで彼女を助けられたと。


 しかし、体に当たる下からの風が止むことはなかった。そう、まだ落下中なのだ。ようやく、肝心なことに気がついた。


 俺、魔法の使い方わかんねぇ......。


 地面はもう、目と鼻の先にある。


 詠唱かなんかすんのか? 魔法陣が必要とか? 空中浮遊って叫べば使えるのか?


 俺は、恐怖に耐えきれず、目を閉じた。


「......あれ?」


 気がつけば、空中にある透明の地面に横たわっていた。それなのに、地面の感触は全くない。よく考えれば、ミルの手の感触も無い。


 バサッ......。


 自分の真下から、嫌な予感を掻き立てる音が聞こえた。


 恐る恐る目を向けてみると、地面にミルが倒れている。仰向けの状態で口と頭から血を流していた。


 血をまともに見るのが初めてだったからだろうか。俺は意識を失った。




***




 目を覚ますと、木造の建物にいた。


 俺の寝ていたベットの隣にある窓からは青白い光が差し込んでいる。


 ここに至るまでの出来事を回想し終えると、ベットの仕切り越しに声が聞こえた。


「目、覚めた?」


 その声はミルであった。


「あ、あぁ。それよりも、ミルは大丈夫なのか?」


 記憶が途切れる原因になったあの光景を思い出した。


「あなたのおかげで死なずに済みました。治療を受けたので、もう大丈夫です」


 俺が空中浮遊したとしても、それは俺自身だけに効果があるため、彼女はそのまま落ちていったらしい。しかし、落ちる時に手を握っていたおかげで、上への力が加わり、勢いが弱まったとのこと。ちなみ、肩を脱臼したり、背骨が折れたらしい。


「全部治ってますので、心配はいりません。本当にありがとうございます」


「そっか......よかった」


 ここまで素直に感謝されたのは初めてかもしれない。


「調子に乗らないでくださいよ。私は、あなたが怒らせたせいで落ちたんですからね?」


「は、はい......」


 可愛らしい女性ほど、矛を持った時の圧が強いのだと知った。


「おぉ、目が覚めたか。龍輝(りゅうき)と言ったか。具合はどうかね」


 今にも倒れそうなほど、足元が不安定なおじいさんが部屋に入ってきた。


「だ、大丈夫です」


「なら、おまえさんは帰って良いぞ」


「わかりました。ありがとうございます」


 とはいえ、行くあてなど無い。


「ミル。その......俺はどうすれば」


 この世界のことは全然知らない。生きるためには何かしらの仕事をすべきだろう。しかし、この街を知らないので、誰かに聞くしかない。元の世界へ戻ることを推し進めたミルにこんなことを聞くのは卑怯だと思う。答えない可能性もあるのに、どうして俺はミルに訊いてしまったのか。


「ここを出て左に大きな建物があります。そこへ行けば生きていけると思いますよ」


 彼女は親切だった。なんだかんだで、怖い人なのかと思っていた。


「ありがとう。じゃあ、お大事に」


 そう言い残し、この病院らしき建物から出た。すると、左の方に、馬鹿でかい建物があった。


 周りは、人で賑わい、都市のような感じであった。家はだいたい木造で、通行人は洋服ではなく、着物や鎧といったものを身につけている。


 ミルに言われた建物に入ってみると、中は酒場のような場所であった。


「お、いらっしゃい! ギルドの申請なら俺に任せな!」


「ギルド、ですか?」


「あぁ、ギルドだ。イーストランドから侵入してくる怪物やら魔物やらを、退治するのさ! ギルドに入れば、武器や防具の貸し出しもしてるぞ」


「なるほど。申請って具体的に何をすればいいのでしょうか?」


 店員の男性は俺をじっと見つめた。


「おまえさんなら、大丈夫だな。武器と防具、それから補助金をやる。ほれよ」


「え......?」


 武器や防具は手渡されたのではなく、店員さんの合図で、俺の体にしっかりと装備されていた。俺のステータスの隣にある持ち物のカテゴリには、所持金1万円と表示されている。


 今さら気がついたことだが、この世界は日本と同じ言葉、同じ文字、通貨の単位も同じ。ここまで偶然なことがあるだろうか。


「こっちでメンバー探しておくから、明日また来てくれ」


「わかりました。では」


 この際だから、自分の能力を知りたいなぁ。なんて考たら、俺のアイコンからさまざまな情報が出てきた。


 それらの情報でわかったことは、俺がこの世界で最強だということだ。

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