大好きなぬくもりのなかで

ちきん

 

 僕は、幸せ者だ。

 今もこうして、大好きな人の中で眠りにつこうとしている。

 今まで迷惑かけてごめんね。でも、楽しいときもあったでしょ?


 僕は顔を上げて、鼻先で彼女の頬をつついた。

 彼女の表情は変わらない、顔をしわくちゃにさせたまま僕を一生懸命に抱き抱えている。


 彼女の言葉は理解できる。だけど、僕には彼女の言葉を喋ることはできない。

 伝えたいことは山ほどあるのに、それを伝えられないのがちょっとだけ寂しいかな。


 僕が初めて君の家にきたとき、君は僕のこと怖がってたよね? 遊んで欲しくて近づいただけなのに、すぐ逃げちゃうんだもん。

 でもすぐに仲良くなって、たくさん遊んだよね。

 

 あの頃はまだ赤ちゃんだったのに、僕はすぐに君の年齢を追い越しちゃった。


 僕と君は成長する早さが違う。本当はね、もっと君と遊びたい。もっともっと君の側にいたい。

 まだ……、お別れなんてしたくない。


 でも、仕方ないよね。僕の意思で変えられる問題でもないから。


 僕はもうすぐ、君と一緒にはいられなくなる。

 だけど、忘れないで。僕と一緒にいた思い出を。


 辛いときがあったら思い出して、僕がいつもわんぱくで、いたずらばかりしてたときのこと。


 僕と一緒に遊んでた毎日、楽しかった?

 大変……だった? でも、僕は楽しかったよ。


 あぁ……、なんだか身体から力が抜けていく気がする。

 お迎えが近くまで来てるのかな……、最期くらいそんな顔しないで、笑って見送ってほしいな。


 僕、君の笑ってる顔を見るのが一番好きだからさ……。


「クゥ〜ン」


 僕は最期の力を振り絞って、顔を上げた。

 そして、彼女の頬を伝う涙をそっと舐めた。


 ――泣かないで。


 「……うん、もう泣かないよ」


 言葉は通じなくても心は通じあってる……、彼女は涙を袖で拭うと、しわくちゃな顔を一生懸命笑顔に変えた。


 ありがとう、僕のために、最期までわがまま聞いてくれて。


 ……力が抜けていくのを感じる。

 

 彼女がだんだんとボヤけてきた、光が、僕の目から失われていくと同時に、彼女の姿もゆっくりと消えていく。


 僕は、彼女の大切な思い出の中に入れただろうか。

 僕がいたこと、忘れないでほしいな。


 僕は君のことずっと見守ってるから。


 あぁ……、また泣いちゃった。

 泣かないでって言ったのに……なぁ……。

 


 

 


 

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