第2話 兎人の出会い

必死に逃げても逃げても、村人が追ってくる。善意でしたことがこんな結果になるなんて思いもしなかった。これは、俺がズレているのかあの村がズレているのか分からないが、あの農婦はクズだということは揺るぎない。しかし、追っては巻こうとしても全然巻けない。


「くそっ!何でだよ!」


どんどん距離は縮まっていく。近づいてくるにつれ恐怖が増していく。殺されるかもしれないという恐怖…。訳もわからず、訳のわからないまま殺されたくは無い。そして、俺は決意を固めその場に立ち止まった。


「おい、異端者が止まったぞー!!」


村人は斧や、木の棒を持って俺に突進してくる。鼓動がありえない速さで刻んでいた。俺と村人の間は数メートルもなかった。俺は斬りかかろうとするが、体が全く動かない。自分が殺されるかもというのに、人を傷つけるという怖さから震えが止まらない。


「何でだよ!何で動かないんだよ」


俺は必死に叫んだ。しかし、村人はそんな怖さを抱えているものはいなかった。カマキリのメスがオスを無慈悲に食べるように、この村人は無慈悲に人間を殺しにかかる。

俺は相手を傷つける勇気もなく、また逃げ出した。

しかし、体力もそう無い…。足がおぼつかない。

死力を尽くして茂みの中に入った時、足を滑らせそのまま森の坂道を転がり落ちていった。

何が起こっているか分からない、ただ地面に体が打ち付けられる。痛い…、それだけの感情であった。

そして、意識が徐々に薄れていき目を閉じた。




意識が徐々に戻っていくのがわかった。視界もうっすらと開け、目を開くことが出来た。村人に捕まったのか…。しかし、それにしてはやけに寒すぎる。

目線の先は岩の天井であり、ここが洞窟であることに察しがついた。


「ここは?」


「起きたかい?人間。」


そう言ったのは金髪で兎の耳を垂らした小さい子供であった。兎の人間か…。


「お前は人間か?」


「何といえば良いのか分からないけど、兎だよ!正真正銘の。」


そう言って耳を垂らした。根元から生えていたので、完璧な耳であった。しかし、こんな生物が存在するのか…?


「まあ、そんなことはどうでも良いんだ。僕は君にすごい興味がある。だから、僕は君を助けた。感謝しなよ!」


「ああ、恩にきる。」


「まあ、そんなことはどうでも良いんだけどね。

君は魔王軍の部下を殺したみたいだね。でも、君は襲ってくる人間に対して手も足も出なかった。

同じ命ということは変わりがない、そこに何の差があるのかな?」


「魔王軍は無理やり少女の命を奪おうとしていた。だからそうするしかなかった。」


「でも、君は自分の命を狙ってくる人間には何も抵抗できなかった。それは何で?」


「それは、人間だから…殺さない。そんなの決まってるだろ!魔王軍は人間から搾取している悪じゃ無いのか?」


「じゃあ、君の独断と偏見だよね。その悪は普遍的ではない。人間は下等生物を仕留めて食べる。それと何が変わらない。」


「俺だって分からない!魔王は悪じゃ無いのか?何で人間はのこのこ支配されてるんだ!訳が分からない!

お前は俺に何を求める」


「君は主観的な目線で物事を見過ぎだ。何が悪か悪じゃ無いなんてことは無いんだ。兎人は魔王の食料として狙われるからね。僕は魔王軍をそういう意味で悪と見ている。君は自分を正義としか考えていない。」


俺は何も言い返せる言葉なく、黙り込んだ。全てこいつの言う通りかもしれない。俺のせいで村人の命を奪ったかもしれない、じゃあ俺の職業の勇者という肩書きは何なんだ?誰を何から救えば良いんだ?


「僕が上から言えることでは無いんだけど、世界をもっと旅して見ないか?そうしたら見えてくるかもしれない。君の答えが。」


「お前は旅をしたいのか?」


「うん!」


その兎人の少年は恐ろしく澄んだ瞳でそういった。彼は言った、自分達が食料だと、彼は旅をして何を望む。食べられるかもしれないという運命から何を欲するんだ。


「分かった。でも、俺も頼りない…。いつ死ぬか分からない。」


「それはお互い様さ、僕もいつ死ぬか分からないし、この世界をこの目で見てみたい!」


そう言って兎人の少年は俺の手を掴んだ。

彼の手は柔らかかった。人間で1番恐ろしいものは孤独だ。その孤独を埋める相手ができたということはとても嬉しい。


「名前を教えてくれ!」


「僕の名前は、アルル!君は?」


「ヴィレム・アルクシュタインだ!」


「よろしく!ヴィレム!」


そう言って俺とアルルは光の刺す出口まで駆け抜けた。それは希望の光なのか破滅へと誘う光のなのか分からないが、ただ前に進むことを決めた。

何物にも変えがたい自分の成長の糧になると信じて…。

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