第5話
翌日は土曜で、学校は休みだった。
俺は遅い朝食を食べるとベッドに寝転がって、積んであった本を読みふけっていた。棚にあるのも、転がってるのも全部ラノベ。家族にはオタク扱いされている。
開き直ればいいのだが、俺はハルノ先輩ほど人間ができていない。馬鹿にされれば傷つくし、人からよく思われたいと思ってる。
自分に嘘をつかなくていい、か。
俺は、これが好きなんだと開き直ることもできず。
かといって、嫌いになることもできない。
「……あー、もう!」
頭をかきむしって起き上がると、読んでいた本を置いて、本棚を漁った。
ヤツキが言っていた、北欧モチーフのラノベ。もう完結してしまったけど、実はスゲー好きだった。
――自分に嘘を。
ヤツキの声が頭を離れない。でも次第にそれも薄れていって、ぼやぼやと霞んで行く。おかしいと思うことがあっても、結論が出なければ忘れていく……これって、なんだっけ。
妙な胸騒ぎがして、俺は立ち上がると部屋を出た。どこへいくの、という母さんの声を背に、私服のまま飛び出した俺が向かったのは学校だった。
土曜で授業はないけれど、スポーツ部のやつらはご苦労なことに練習に励んでいる。だがそれに混じって、もっとご苦労なやつらがいる。
プラカードを下げたハルノ先輩、段ボールに入ったヤツキ。
馬鹿だ。馬鹿がいる。
本気でそう思う。
でも楽しそうだ。俺がぶち破れない壁の向こうにいる、彼女たちは。
「……馬鹿だろ、お前ら」
先輩達に近づいて、本心じゃない言葉を口にする。
こちらを振り向いたヤツキとハルノ先輩は、そんな俺の言い様に怒るよりは、驚いたような顔をしていた。そんな彼女らに、半ば照れ隠しのように顔を背けて怒鳴りつける。
「段ボールじゃ全然リアリティないだろ! それくらいならせめてチャリだろ! だいたいトラックより、森で迷うとか本を開くとかタワーに行くとかトイレで流されるとかの方がメジャーだろ!」
びし、と指差して叫んだ俺を、ヤツキと先輩がきょとんとして見る。ぼとりとヤツキの段ボールが落ちた。
そんな彼女らを引きずって、とりあえずは図書室に向かった。難しい本やら辞典やらを開きまくって吸い込まれないか試したり、それから便所に手をつっこんでみたり、近くの森をさまよったり、一日かけて馬鹿げたことを一生懸命やった。
楽しかった。
やってることは馬鹿だけど、馬鹿やって夢中になるなんて本当に小さな頃以来だった。そう思うと、何も考えずにただ馬鹿げたことに夢中になれたときは確かにあったのに。
「トール、あとは高い所から落ちるだけだね」
二時間ほど森を彷徨った後、くたくたになった体を引きずっているとヤツキがそんなことを言って俺を見上げる。
「それはさすがに死んじゃうんじゃない~?」
「うまく行ったら死なないよ~」
先輩とヤツキが物騒なことを間延びした声で話している。だが、俺もここまできたら試せることはなんでも試したい。
「……プール」
「へ」
「下がプールなら大丈夫だろ」
まだ昼過ぎだ。飛び込み台があるプールに行けば高い所から落下できる。
ぱぁっとヤツキが顔を輝かせ、ぴっと先輩が手を上げた。
「よし、十分後に水着持って集合!」
そしてその十分後、俺達は市営プールに集まっていた。
先輩はピンクでひらひらのワンピースみたいな水着、ヤツキはオレンジのビキニ。
美少女二人とプールという、全国の男子が涎を垂らして羨ましがりそうな状況だが、それに気付かないほど俺は燃えていた。
「今度こそ行けるといいね!」
飛び込み台を前に先輩がわくわくした声を上げる。
「でも、一緒に飛び込むのは危なくない?」
「多少危なくないとやっぱ駄目だろ?」
頬に人差し指を当て、迷っていた先輩も、その一言でやる気になったようだった。
「じゃあ、止められる前につっきるぞ!」
まるで壮大なミッションを始めるように俺は叫び、一斉に俺達は飛び出した。
けたたましい笛の音と係員の怒声を貫いて、俺達は中空に躍り出る。
「ねえ、トール!!」
きっとそれは酷く短い時間だったのに、いやにゆっくりとヤツキが叫ぶのが聞こえる。
「これでもう、ワタシのこと忘れても平気だね!」
なんで。
言葉は声にならなかった。それには時間があまりにも短かった。水面がぐんぐん近づいてくる。なのに、ヤツキの声だけが時間とは別のところで響くのだ。
「だって、通じ合えるってわかったから! だから――」
ヤツキの体が光る。
黒い髪が眩い金へと、黒い瞳が燃えるような赤へと変わっていく。
そんなヤツキと迸る光は、まるで真夏の――
八月の太陽。
先輩、なんで八月なんですか?
――だって、八月に出会ったの。
安直!
――でもね、何度ヤツキちゃんを忘れても、名前を聞く度確信できるんだよ。ああ、わたしなら八月って名前をつけたって。
だって、八月の太陽みたいでしょう?
◇
◇
◇
◇
◇
――いつも通りのけだるい朝。
行きつけの本屋の前を通ると、『閉店』の看板がかかっていた。これで四件目。また行きつけを作らないと。もう慣れたことだけど、いつもよりけだるい気分で授業を受けた。
終業のチャイムが鳴って席を立つ。学校を出る生徒の波に乗って門を通ると、見覚えのある顔が見えた。
「ハルノ先輩」
呼びかけると彼女は振り向いたが、さして俺に関心などないような無表情。
「部活には行かないんですか?」
「冬崎君も来ないもの。それにね、あんまり馬鹿やってると内申に響くって言われて。いつまでも子供じゃないし、そろそろ受験勉強しないとね」
重そうな鞄の中には、きっと難しい教科書や参考書が詰まっているのだろう。そう思った後に、だけど俺はそれを打ち消した。
「先輩」
「え?」
「自分に嘘をつくのは駄目ですよ」
頭に弾けた言葉を口にして、俺は先輩の鞄をひったくった。そしてそれを、生徒が行き交う門の前でひっくり返す。
どさどさと、重い鞄の中から落ちて来たのは教科書でも、無論参考書でもない。
「ちょ、ちょっと! 本が傷むじゃないの! 酷い!」
そう言いながら慌てて本をかき集める先輩は、文句を言っているのに、声も顔も明るかった。
「手伝ってよ、トーサキ君! 早く部活に行きたいんだから!」
はいはい、と返事をして、俺は拾ったラノベを先輩の鞄に戻す。
そんな俺達を、八月の眩い太陽が照らしていた。
異世界召喚部 羽鳥紘 @hadorikou
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