第3話
翌日、俺は終業のチャイムと共にそそくさと教室を出た。もちろんそのまま真っ直ぐ帰るつもりだった。なのにそれを読んでいたかのように、ハルノ先輩が俺の前に立ち塞がる。
「やっ、トーサキ君」
「フユサキです」
「さーさー、部活行こ! ヤツキちゃんも待ってるよー」
有無を言わさず先輩がぐいぐいと背中を押し、俺は意志とはかけ離れたところに誘導されて行く。
「待って下さい、先輩。俺は入るなんて一言も……」
「明確な意思表示なんて必要ないわ! 私と会話を交わしたそのときから、あなたは部員なのよ!」
なんつー強引さだ。
「そうは言っても先輩。入部届けも書いてないわけですし」
「そうは言っても、部活として認可がおりてないわけですからそんなの要らないわけですし」
待て待てぃ。
「じゃあ異世界転生『部』って詐欺じゃないすか! 単なる怪しい集いじゃないすか!」
「む、全然怪しくないわよ」
「怪しいから認可降りないんですよ」
「そんなことないわ! 申請に行ったとき、先生は優しい笑顔でぽむって私の肩に手を置いてくれたわ!」
それは憐れまれてんだと思います。
「なんでそんな憐れむような目をしてるの、トーサキ君。ウチは至ってフツーの部よ。ほら、漫画研究部とかあるじゃない、アレと同じよ。所謂ライトノベル研究部よ」
「じゃあその名前にすればよかったじゃないですか。そしたら認可降りましたよ」
「そんなの普通すぎてつまんないでしょ!」
そこは普通でいいと思う。異世界転生部なんて名前はキワモノすぎるだろう。それに。
「大体、活動内容だって、こないだのを見るになんか研究してるようには見えないんですが」
「そんなのどこも同じでしょ。我が部はちゃんと研究してるし、研鑽も重ねているわ」
「異世界に行くために?」
「そうよ!」
そこまではっきり断言できるのはある意味凄いが。
「なんだってそんな異世界に行きたいんですか」
問うと、ハルノ先輩は意外そうに俺を見た。
「トーサキ君は行きたくない?」
シンプルな質問に、ドキリと胸が脈打つ。
「……ないですよ。てかそんな幼稚なこと考えたことないです」
「でも、トーサキ君、あのラノベ……」
「頼まれて買いに行っただけですよ。だからもう俺に構わないで下さい」
「ヤツキちゃんは? 昨日彼女と話したんでしょ? 彼女を元の世界に返してあげたいと思わない?」
なおも取りすがる先輩を見て、俺は呆れたように溜め息をついた。
「そんなこと思うの先輩だけですよ」
「どうして。こっちじゃ誰の記憶にも残れないのよ。そんなの辛いじゃない」
「じゃあどうして先輩は覚えてるんですか。週末休みや長期休暇だってあるんだ。先輩だっていつも会ってるわけじゃないでしょう」
「大体会ってるわ。一緒に住んでるから」
「……家族や、生活費は?」
「わたし一人暮らしだし、お金たくさんあるからヤツキちゃん一人くらい簡単に養えるわ」
両手を腰に当て、胸を逸らしてハルノ先輩は簡単に答えた。
「そのお金はどこから……」
「別に危ないことでも楽しいことでもないわよ。親がマンション買ってくれたの」
「俺にとっちゃ先輩がライトノベルです」
お金持ちお嬢様。
異世界美少女。
怪しげな部活。
なんか知らんが巻き込まれた俺。
先輩だけじゃない。今俺に起きてることそのものが出来の悪いラノベそのものだ。
「あれ? トーサキ君、頼まれて買ってただけにしてはラノベに詳しいのね?」
意地の悪い先輩の微笑みに、俺はついカッとなった。
「だから、俺は……!」
怒鳴り声は突然の背後からの衝撃に掻き消された。
「トール、部活行こ――ッ!」
急に後ろから抱きつかれて、さっきとは別の意味でカッと顔が熱くなる。しかも周囲からはどよめきが起きている。授業が終わったばかりでまだ生徒達が残っているのに、美少女二人に詰め寄られる俺。しかも俺はどっちかというとクラスじゃ地味な存在だ。スキャンダルにならないはずがない。
絡みついてくる視線から逃れるように、慌てて小走りに教室を離れる。
「おっ、部活行く気になった?」
「ヤツキ、お前、ほんとはこの学校の生徒じゃないんだろ? あんな目立っていいのかよ」
「だってどーせすぐ忘れられちゃうもの」
「あんなに大勢に目撃されてるのに全員が綺麗さっぱり忘れるってのかよ? 誰かが何かしらの痕跡を覚えてるだろ」
「どんな痕跡があっても、私という存在が全く記憶から消えていたら、私には繋がらない。おかしいなって思うことくらいはあるかもね。でも結論が出ないんだから、いつかは勘違いで片付けられちゃうわ。幽霊と同じよ」
確かに、そう言われると彼女の存在は幽霊に似ている気がした。だがまだオカルト部の方が異世界転生部よりはマシだ。
「だったらもういっそ幽霊になってオカルト部にでも入れよ」
「トールは、異世界人は駄目だけど幽霊ならいいの?」
「そりゃ、オカルト部は認可降りてるからな」
ふとヤツキが黙りこみ、改めて彼女の方を見ると、あの寂しげな表情で彼女はじっと俺を見ていた。そんな目で見られると、悪いことを言った気になる。
でも、元はと言えば、異世界だの転生だのと非現実的なことで俺を振りまわす彼女や先輩がいけないんだ。俺は正論しか言ってない。……はずなのに。
なのになんで、俺は罪悪感なんて覚えているんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます