第23話 山腹の乱戦 Ⅲ
「ファイアーボール! ファイアーボール!! ファイアーボール!!!!!」
歪な形をした三つの火の玉が眼前の標的を燃やし尽くさんが為飛んで行く。
音を立てながら魔物の集団に飛び込んだ火の玉は意図も容易くウェザーホーク達に交わされてしまう。
それどころか、応戦中だった冒険者達に向かっていく。
「っ!!避けてーー!!!」
エマが咄嗟に叫ぶと、それに気づき冒険者達はそれぞれに回避する。
「うおっ! あぶッ!!」「なんだ?・・・ひっ!!」「ちょっ!?」
ただ一人を除いては・・・
「ふんぬぁっ!!!」
大剣を持った大男がエマの放った火の玉に向かってその剣を横薙ぎに豪快に振るう。
重厚な音と共に振りぬかれたその剣は歪な楕円に作られた火の玉を正確に捉え、
横一線に真っ二つにし消滅させた。
げっ・・・。今あの人魔法を剣で斬っちゃったんだけど!?
確か名前は・・・ナメックさん? だっただろうか。
マークスの護衛で来ている冒険者の一人で、リーダーを務めていたはずだ。
エマは慌てて冒険者達に駆け寄り、ぺこぺこと何度も何度も謝罪する。
文句を返しながらも周りの警戒を解かない辺り、やはりここにいる冒険者全員が凄腕なのだろう。
そしてもう一人、大剣を携えた大男に謝罪する。
「あの、ナメックさんお怪我は「ナジックだッ!!!」 ご、ごめんなさいっ!!」
・・・・ナジックだった。
突然の大声に少し委縮し後ずさったエマを見て、少し困ったように光り輝く程磨かれた頭をポリポリと掻く。
「あー、すまねぇ嬢ちゃん、突然大声出しちまって。」
「い、いえいえ! 私の方こそごめんなさい! 危険な目に合わせた上に名前まで・・・・あの、本当にお怪我はないですか?」
「おぉう! 全く問題ないぜ! 魔法なんぞこのパワーでいちころよぉ!!」
そう言うと黒光りするほど日焼けした自慢の腕を上げグッと力こぶを作る。
「う、うへぇ~・・・」
「漢なら一にパワー! 二にパワー! 三、四もパワーで五もパワーだ!!」
にかっと真っ白な歯を見せながら次々にポーズを取っていく。
さながらボディビルダーのようだ。
なぜだか他の冒険者からも歓声が上がっている。
「・・・・・なんじゃこのゴリラは・・・。」
「ちょっとアグニラ!! しーっ!!しーーーーっ!!」
エマが必死にアグニラの口を塞いでいるとナジックが突然キレキレのポージングを解除しエマの顔を覗き込む。
「嬢ちゃんよぉ、俺ぁ、魔力が少ねぇからアドバイスなんてもんはできねぇんだがな、魔法使いつーのはもうちと冷静に周りを見た方がいいんじゃねぇか?」
「すみません・・・・」
「がははッ! 説教しようってんじゃねぇんだ。 いいか? 何でもかんでも一人でこなそうとする必要はねぇ。 俺たちゃチームだ!
自分の出来る事、出来ない事を冷静に判断し、最善を尽くすとしよーや。」
「出来る事と・・・出来ない事・・・」
「おうよ! まぁ、嬢ちゃんはちと筋肉が足りねぇからな、前衛は俺らに任せろよ!!」
そう言うともう一度ポーズをとり白い歯を見せた後、ウェザーホークに向かって駆けて行く。
「ふむ・・・まっ、あのゴリラ男の言う事ももっともじゃな。 エマよ、お主はやれることをやれば良いのじゃ。」
「うん・・・そうだね。少し考えながら戦ってみるよ。」
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エマ達が戦闘を繰り広げている山腹からさらに山頂付近。
何者かの影が一つ動いていた。
山の頂には黒い瘴気が満ちており、尋常ではない魔力の奔流を感じる。
『・・風よ・・・・』
すっと手を上げると新緑色の風が生まれ前方の瘴気を吹き飛ばし雲散させる。
すっきりと壮大な山頂の景色が姿を現すが、それもまた一瞬で新たに生まれた瘴気によってのみ込まれてしまう。
『もう・・・時間がないかもしれない・・・』
そう言うと山腹の方に目をやり首を傾げる。
『人間・・・・来てはいけないのに・・・なぜ?』
『それと・・・炎王?・・・・なぜ?』
困惑した表情をそのままに、もう一度逆の方に首を傾ける。
何か随分と考え込む様子だが、新たに生まれた瘴気に向き直り意識を切り替える。
『浸食が早くなってる・・・?』
瘴気がきたす異常はちゃくちゃくと大きなものになっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ファイアーボール!!」
エマが真っ直ぐに火の玉を飛ばすと、ウェザーホークは滑空しながらも身を捩りそれを掻い潜る。
しかし、待ってましたとばかりに右手にいた他の冒険者がウェザーホークを下から切り上げる。
今度はウェザーホークも避けるすべなく切り裂かれ絶命した。
エマを含む冒険者一行はウェザーホークの反応速度や予想外の動きには今も苦しめられているが、初撃を牽制にした息の合った攻撃でちゃくちゃくと撃破していた。
「へへ、やったな嬢ちゃん!」
「はい! 作戦成功ですね!」
隣にいた冒険者と思わずハイタッチを交わす。
とそこに、交戦中の大剣筋肉男ナジックの後方から別のウェザーホークが今まさに尖爪を振りかざさそうとしていたのが見えた。
「ッ!! ファイアーボール!!」
今までよりも速度の乗った火の玉は、燃え盛る炎の轟音を鳴らしながら突如現れた大剣と共にウェザーホークに直撃した。
ナジックが振り向きざまに剣を振るったのだろう、両の攻撃をまともに受けたウェザーホークは力なく地上に落下しこと切れた。
「う、うわぁー! ごめんなさい!! 余計なことをっ!!」
「ガハハハハッ! そんなことねぇさ! 助かったぜ嬢ちゃん。 それに良く見えてやがる・・・・いい~成長っぷりだぜ!!」
「えへへ・・・ありがとうございます。」
「後は、筋肉だ!!」
「は、はぁ・・・・。」
そう言うとムキッとサイドチェストのポーズを決めニカッと眩しい程輝く白い歯を見せつける。
「ぐっ・・・えぇいもう我慢ならん!! エマよ!!あやつから消し炭にしてしまえっ!!!」
「あ、あはは・・・まぁまぁ、アグニラ落ち着いて」
どうやらアグニラはナジックの事が苦手らしい。
「さぁ、奴らの数も減ってきた。 気合いだ!気合いを入れろ野郎共ぉーー!!!」
「「「「おぉーーーー!!!」」」」
大剣を担いで去ってゆくナジックの後ろ姿を眺めながらまたしてもアグニラが悪態をついているが苦笑いで諭しておく。
「ふふ、ああ見えて彼は冒険者の方々からとても信頼されているのですよ。」
いつの間にかエマの横に現れたマークスがアグニラに語り掛ける。
確かに最前線にナジックがいる事で周りの冒険者も活き活きとしている気がする。
「一種のカリスマ性・・・・っというやつでしょうか?」
「な゛!? ・・・カリスマじゃと!?・・・あのゴリラが!!」
エマとしてもあの筋肉には決して魅了されることはないのだが、頼れる人物である事は確かだ。
他人をどういう風に捉えるかは人それぞれという事なのだろう。
「それにしてもエマさん、魔法の形成スピードが随分速くなりましたね。先程は本当にお見事でした。」
「あはは、ありがとうございます。 っと言ってもファイアーボールだけなんですけどね。 それに精度も悪いですし・・・。」
マークスが言うようにこの戦いで何度も何度も放ったファイアーボールに関しては形成、発射がほぼ一瞬で出来るようになっていた。
実際に何度も放つことにより、イメージがしやすくなったのが大きな要因かもしれない。
「ふんっ! 妾からすると、こんなちまちました戦いは趣味じゃないがの。 どうせなら一気に・・・・・むむ?」
途中で言葉を切りアグニラが上空を見渡す。
「アグニラ? どうしたの?」
目をキョロキョロと動かしながら辺りを見合うアグニラに不信感を感じながらエマも同じように上空に目を向ける。
「エマよ・・・もうどうこう言うとる場合ではないようじゃぞ。 腹を括るが良い。」
「えっ?」
「やさ顔の童! 皆を一塊にするのじゃ!! 一気に叩くぞ!」
アグニラがマークスに向かい指さし指示すると、マークスが無言で小さく頷き
前線に向かって駆けていく。
どうやらナジックの方に向かったようだ。
「ねぇ!アグニラ! 一体何が起こるって・・・えっ・・・」
エマの表情が驚愕に固まり、周りからも悲鳴と憔悴の声が聞こえる。
一瞬、太陽が陰ったかのように辺りが暗くなり光を遮ったが、その正体は雲ではなく幾百か数えるのも億劫になる程のウェザーホークの群れであった。
「なんで・・・こんな・・・・こんな数・・・・」
エマの体から力が抜けていく。
「ふむ・・・一体どこから沸いてきたんじゃろうな。」
一方、考えるように目を閉じるアグニラは冷静であった。
「まっ、お主がやることは決まっておる。」
そう言い放つと、ゆっくりと目を開け魔物の大群を睨む。
遠くから慌ただしく大小様々な足音がこちらに向かってくる。
「畜生! どうなってやがんだ!!」
「あの数はさすがにヤバイです。ナジックさんここは一度撤退を・・・」
「馬鹿野郎! 麓の村の連中はどーすんだ!! 見殺しにする気か!あぁ!」
ナジックと冒険者達が口々に言い争う。
「それに、この数では逃げ切る事も容易ではないでしょう。」
少し息を苦しそうにしながらマークスも話に参加する。
どうやら全員の招集をかけてここに合流してきているらしい。
少し遠くにレイナとキリカ、マールがこちらに走ってきているのが見えた。
「レイナ!よかった無事で!」
「じゃがエマよ、このままだとここにいる全ての者は全滅、村にもたくさんの被害がでるじゃろな。 クク・・・果たして何人生き残る事ができるかの。」
「そんな・・・!?」
「なーに、それも一つの運命じゃ! 変えられぬのなら受け入れるしかなかろう。」
「くっ・・・・駄目だよ・・・そんな・・・」
「ならどうする? 力があるのにまだ迷うかエマよ! あのゴリラも言っておったぞ? 出来る事を考えて最善を尽くせとな!! 」
まるでエマの心を奮い立たせるように熱を帯びるアグニラはいつにもまして真剣な顔をしていた。
「・・・そっか・・・そうだよね! 出来る事をしよう! アグニラ、力を貸して!」
「うむ! ガッテンなのじゃ!! (くふふふ! 作戦成功なのじゃ!! これでエマに大炎魔法を使わせてあの筋肉ゴリラ男といけすかんちびっこの度肝を抜いてやるのじゃ!! くふ・・・・くふふふふ。) 」
なんだかアグニラが不敵に笑ってるような気がするが・・・。
「エマ! よかった無事ですね!」
レイナが駆け寄りそのままエマの隣に立つ。
「うん。レイナも無事でよかったよ。」
「ですが、この数は一体。」
困惑しながらもレイナが上空のウェザーホーク達を見上げる。
大地を覆い隠すほどの影を作ったその群れはぐるぐると上空で旋回行動を続けている。
「おいおい、どーすんだよこれ・・・。」
「流石に万事休すかしらね。」
同じく合流したマールとキリカも上空を見上げながら呟いていた。
「それなんですけど、「くふふ・・・エマが全て倒すそうじゃ!」ちょっ!!」
「「「えっ」」」
エマを遮ったアグニラの言葉に三人の目が点になる。
「ちょ、ちょっとアグニラ、まだ倒せるかどうかわかんないから」
「何を言う! 妾のくれてやった大炎の加護がこんな鳥なんぞに後れをとるフゴッ!?フゴフゴ!!!!!」
突然ややこしくなりそうな話をぶっちゃけようとするアグニラの口を反射的にエマが塞ぐ。
「(アグニラ~~!! その話はしちゃ駄目って言ってるでしょうが!!)」
「(あ、そうじゃったか。フハハ、すまんすまんー。)」
全く反省していないアグニラと慌てるエマに疑問の視線をぶつけるキリカとマールだが、レイナだけは少し違った。
「エマ、もしかしてまた危険な事をしようとしてるんじゃ!?」
「えっ!? あーいやー・・・あはは、大丈夫大丈夫~・・・たぶん。」
「そうじゃぞ! 大丈夫じゃ問題ない! 全て任せておくが良いぞ! ・・・クハハッ。」
「アグニラ様・・・・顔が緩んでいます!! また良からぬ事を考えていますね!」
「そっ、そんなわけあるはずなかろう!! 全く!! 何を言うのかお主は! 全くー!!」
言いながらアグニラは自分の小さな頬を両手でパチンッと叩く。
緩みきっていた顔が少しだけ真剣な表情に戻ったが、なんだかとても胡散臭い。
「エマも・・・・本当に大丈夫なんですね?」
「う、うんうん。あ、そうだアグニラ、あの魔法は使わないよ。」
「な゛!?」
「だってヘルファイアなんか使っちゃったらとんでもないことになりそうだし、二次災害とかちゃんと考えてる? 山崩れとか起きたらそれこそ大変でしょ?」
思ってもみなかったエマの発言に、珍しくアグニラが驚愕し口をパクパクと開け閉めしている。
「ちょっと待つのじゃ!! じゃが、それではどうやって奴らを倒すと言うのじゃ!!」
「ふふん。ちょっと考えてる事があってね。上手くいくかはわかんないんだけど・・・・」
そう言いながらも少し自信がありげなエマを見てアグニラは一層困惑する。
(一体何を考えているのじゃこやつわ・・・・このままじゃ妾の思惑が全てパーではないか!! 何とか、何とかせねばーっ!!!)
そんな焦りを抱えたアグニラを肩に乗せたまま、エマは今なお旋回するウェザーホークの大群の輪に向かって歩き出した。
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