第21話 山腹の乱戦 Ⅰ


「うぉおらぁあ !!」

マールの霞む様なスピードで繰り出される大斧がブンッと大きな空振り音をあげる。


「チッ!ちょこまかとうっとうしい!!・・・・っと!!」

マールが悪態をついたその時、ちょうどその背後から鋭利な鎌のように曲がった足爪が勢いよく振り下ろされる。


マールはいち早く反応し、身を返すとそのまま大斧を横なぎに振るう。


ガキンっと鈍い音を上げて大斧と足爪が交錯する。


「マールの反応速度も正直異常だけれど・・・それよりもこの魔物達の錯乱様はもっと異常ね。」


キリカが冷静に周りを観察し、劣勢になっている護衛の冒険者の方に手を向ける。


「ファイヤーウォール!」

短く叫ぶと今にも冒険者を襲おうとしていた鷹の様な魔物と冒険者の間に地面から真っ赤な炎の壁が出現する。


「っ!!」

冒険者は、突然現れた炎の壁に一瞬驚愕の表情を作りながらもすぐに自分の得物を構えなおし鷹の魔物に向かっていく。


彼もまた、本来は腕利きの冒険者なのだろう。


「確かに、本来あの魔物、ウェザーホークはここまで好戦的ではないはず。それにあのスピード、私が知っている物よりも数段早いですね。 

動きも何か違和感を感じます。 これでは何か・・・・」


キリカと同じく冷静に今置かれた状況を判断するマークスが途中で言葉を切る。


「ふむ。ま、何かに操られているっというところかの。」


「「えぇ!?」」


エマとレイナがほぼ同時に声を上げるが、危機的状況にも関わらずつまらなさそうにアグニラが答える。


「そこの魔法師は気が付いておるようじゃが、この山のてっぺんに強大な魔力を感じる。おそらく術者はそこじゃろうな。」


チラっとキリカを見ると、顔を強張らせながら山の頂を見ていた。

魔法初心者のエマから見てもかなりの実力者であるとわかる程のキリカがこんな顔をするなんて。

それだけこの山の頂にいる存在が強大な力の持ち主ということだろうか。



「じゃあ作戦はもう決まってるな! こいつらを一匹残らずぶっ倒して、山頂に走るぞ!!」

大斧を息もつかせぬ速さで振りながらマールが叫ぶ。


「で、でもこの数ですよー?それに一体一体が早くて魔法が・・・・ウォーターカッター!」

レイナがおどおどしながらも無数の水の刃を出現させ高速で放つ。


が、ウェザーホークは尋常ではないスピードでその全てを交わしていく。

「ひぃぃ。や、やっぱり当たりませんよー!! ス、ストーンシールド!!」


そのままの勢いでレイナに向かって突撃しようと飛来するウェザーホークの眼前に岩の壁が出現する。


衝突するその瞬間ウェザーホークはそれを逃れるようにほぼ直角に向きを急転させた。


「ナイスよレイナちゃん! そこ!!サンダーショット!」

キリカが叫ぶとビリビリと雷の音がしたかと思うと線のような物が急転したばかりのウェザーホークに向かって飛んでいき、見事命中した。


感電したように小刻みにウェザーホークが震えると、そのまま地上に落下し、ぴくりとも動かなくなってしまった。



「はぁはぁ・・・・あぶなかったぁ~・・・・」

「いい足止めだったわよレイナちゃん。」

力なくその場にへたり込むレイナにキリカが近づき労いの言葉をかける。


「でもまだまだ、これからよ。」




キリカの言葉通り、ウェザーホークの数はまだまだ多く。

各個撃破しているがこのまま長引くと非常に危険な状態であり、まさに乱戦模様だ。


「今みたいにペアを組んで確実に一つづつ倒して行くほうが良いかもしれないわね。こちらの魔力も無限ではないし、無駄撃ちはできないわ。 それに・・・・・」


言葉の途中でキリカがたった今まで登ってきた山道を見下ろす。


「そ、そうでした。この麓にはハグリダ村が・・・。この魔物達をこのまま捨て置くわけにはいきません!」


そういうと力なく座り込んでいた足に再び力を入れなおしレイナが立ち上がる。


「えぇ、その意気よ。大賢者様の弟子の力、見せてもらうわよ?」

にこりと冗談めかしてキリカが笑う。


「は、はい!」

対するレイナは、緊張した表情でそれに返すと二人で標的を定め駆けて行く。



他の冒険者達もキリカ達にならい3、4人のチームを組み、それぞれウェザーホークに対峙する。






「クククっ。 エマよ!そろそろ妾達も行くとするか!!」


さっきまでつまらなさそうにあくびまでしていたアグニラが今度はエマの肩に立ち、目をランランと輝かせながら標的と決めたウェザーホークの一体を指さしている。


「えっ!わたしもやるの!?」


「む?何を言っておる?あんな魔物など妾のさずけた炎で消し炭じゃ! まっ、灰すら残らぬかもしれんがの。 」


またそんな物騒なことを言う。




「では、エマさんと、アグニラさんは私と組みましょうか」

未だ冷静に戦況を分析していたマークスがいつもの笑顔を向けながら横に立つ。


「マークスさんも戦うんですか!?」

護衛もたくさんついているくらいなのでなんとなくマークスは戦闘は苦手なのかとエマは思っていたのだが・・・。


そんなエマの考えに気が付いたのか、マークスが相も変わらずエマに微笑みかける。


「ははは、ご心配なさらないでください。 私も嗜み程度ではありますが、少々心得ておりますので。」


そういうと空間収納から取り出したのか、いつの間にかマークスの手の中にレイピアが握られていた。


細く美しいそのフォルムもさることながら、その刀身(エッジ)はガラスの様に透明でグリップにも細かい細工がされており、ついつい見惚れてしまいそうになる。


なによりも刀身の周りにうっすらと青白い光の靄を纏っているがエマの目を引いた。


「うわぁー・・・・・きれい・・・・。」

そんななんのひねりもない感想が思わず口から出てしまう。

こんな時、一瞬で気の利いた言葉が出るほどエマはエマは器用ではないのだ。



「ほう・・・宝剣のたぐいかの?」

何か思うところがあるのかアグニラが目を細めながらマークスを見るがいつもの笑顔でかわされてしまう。



「はは、大した物ではございませんよ。 何はともあれ、これで少しはエマさんのお手伝いができると思いますよ。 さ、私達もいきましょうか。」


その一声でレイピアに見入っていたエマもハッとして為すべきことを思い出す。


「よ、よろしくおねがいしますマークスさん!!」


「えぇ、こちらこそ。では、参りますよ。」


「ククッ・・・まぁよい。 エマよ!我らの炎で奴らを存在事消失させてみせようぞ!!!」


さっきよりも一段と物騒な事を言うアグニラに軽く注意を入れてウェザーホークに向かって駆け出した。












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エマ達がウェザーホークと戦う山腹から下った麓ハグリダ村では、一人の老人が祈りを捧げていた。


「あぁ、マークス様・・・・皆様・・どうか・・・どうかご無事で・・・・」


マークス達への祈りを呟く老人、この村の村長であるリドドの顔には大きな後悔が浮かんでいた。


そして、今より数時間前の事を思い出す。




旧知の仲であるマークスを見つけたリドドはすがるような思いで彼に駆け寄った。

マークスは優しくリドドを諭し、落ち着かせ、ゆっくりと説明を促す。



事は一ヶ月前に遡る。


最初はいつでも起こりうる些細な出来事からであった。


王都からハグリダ村を結ぶ山道に落石が起き山道が使えなくなったのだ。


しかしこの出来事は村の青年や村に滞在していた冒険者達の手も借りてすぐに解決された。


しかしそこから三日と経たぬ間に今度は歩くこともままならない程の異常な山風が吹きすさび、王都とハグリダ村の往来が困難になった。



そして極めつけは山道に潜む魔物達の錯乱状態だ。


山麓にあるハグリダ村にも数体の魔物が下りてき、村の若い者や滞在を余儀なくされている冒険者等の手を借りてその対処をしていたのだ。


しかしその魔物の強さたるや、日々、魔物相手の稼業をしている冒険者達の中にも幾人か怪我人が出てしまう程であった。


普段は滅多に人を襲うことのない魔物までもがその猛威を振るい、これにより王都に続く山道ルートは魔の道となり、完全に封鎖状態になった。



溜息を交えながら話すリドド村長の話を皆静かに聞き入った。


エマからすれば、魔法の力でなんとかならないのかな?なんて考えたりもしたがそうそう簡単な話でもないのかもしれない。



「しかし、山向こうの街でも同じことが起こっているのでは? なぜ王都は動かないのでしょう?」


マークスが静かにリドドに疑問を投げかけるとリドドは困惑した顔で答える。


「・・・それが、不可思議な山の異変、魔物の錯乱化に加え、現在この村では重大な問題を抱えています。 その為、王都方面、ラグジュ方面に村に滞在していた腕の立つ冒険者それから村の若者達に依頼をしそれぞれ使いに出て頂いたのですが・・・・。」



「連絡が・・・・途絶えたのですね?」


「・・・はい」


力なく答えるとリドドはまた一つ大きく落胆の溜息をつく。


「冒険者の方々はともかく、この村の住人である若者が連絡もなく行方をくらますというのは少し妙ですね。 何か問題が起きたのかも・・・・」


「っ!!」


キリカの冷静な分析にリドドが顔を歪める。


「それにここに来るまでいくつか街に寄ったけどよ、こんな話初めて聞いたぜ

?」

マールの言いように護衛を含めたマークス一行はうんうんと首を縦に振る。


「そんな・・・・・そうですか・・・・・一体何がおこっているじゃ・・・・」

リドドの雰囲気がまたもやどんどん暗いものになってゆく。

その空気に思わずのまれてしまいそうなくらい重い。

一気にその場がシーンっと静まり返ってしまった。




「あ、あの! それで、村の重大な問題って何なんでしょう?」

広がる静寂の中、レイナが問いかける。



「クク、エマよ、相変わらずこういう時にこの童は強いのぉ。 ま、妾はそう言うの嫌いじゃないがの。」

「そうだね。レイナは本当にいい子だよ。」

こっそりと話しかけてくるアグニラの意見に心から賛同する。


人の為に一生懸命になれるレイナは本当にすごいと思う。

でもそれ故にエマには少し気になることもあるのだが・・・・。





「おそらく滞在する冒険者、旅行者の増加による、食料物資等の不足、それに加え宿泊施設の不足ですね。 近辺の町まで徒歩だと数日は掛かりますし、使いの者達の消息等を考えるとこの村を動かない者が多くなるのは必然でしょう。」



マークスが全て言い当ててしまったのかリドドは目を丸くしている。


そういえばこの村に入る前に、ハグリダ村は山道に入る前の休憩場所のような所と言っていたな。

こんなにも多くの人が一気に滞在することは想定していないのかもしれない。




エマが考えを巡らせているとマークスがさらに続ける。


「滞在する者達にも少し苛立ちが目立つようです。 もしかすると小さな小競り合いなんかはもう起きているのでは?」


「は、はい・・・」


「村人にしても、先の使いに出された若者達の消息といい、不安が広がってきているのでしょう。 この先、再度の使いや、山道の調査等の要請は引き受けてくれるのかすら怪しいのでは?」


「す、全てマークス様のおっしゃる通りでございます。」





それを見てエマとレイナが顔を寄せ合ってひそひそと話す。

「(おぉーほんとに全部当てちゃったよ!すごいね!マークスさん。)」

「(えぇ、さすがラグジュの領主様です! キレッキレです!)」

「(でもさ、あそこまでいくとなんか若干怖くない? なんかいつもの笑顔も嘘っぽいというか。)」

「だ、駄目ですよそんなこと言っちゃ失礼です! ・・・あっ・・・なんかリドドさん平伏してます・・・なんか危ない宗教の教祖みたいに見えてきました・・・。)」


「(おぬしら、ああいう男には気をつけよ。 ああいう奴ほどおなごをあれよあれよと・・・・ごにょごにょ・・・)」

「(・・・・はわぁ!!??)」

「(ちょ、アグニラさすがにそれは)}

「(いいや、時にはおなごをこんな事にもごにょごにょ・・・そしてこう・・・・・ついでに男であろうと・・・・ごにょごにょ・・・・)」

「(ひゃ!?ひゃわぁぁあー!????)」

「な゛、な゛・・・・)」


アグニラが加わった三人のヒソヒソ話はどんどん進んでいく。

エマは驚愕に固まり、レイナはなぜか湯気が出そうなくらい顔を赤くし、アグニラが楽しそうに話す。




コホンッ!!

「お三人方・・・・全て聞こえていますよ?」


ハッとして三人でマークスを見るといつもの笑顔のままこちらに向いているマークス、そしてその後ろには笑いを必死に堪えているのかぷるぷる肩を震わせるマールと、レイナに引けを取らないくらい真っ赤に顔を染め上げたキリカが立っていた。


「ひぃぃぃ~」

「だ、大丈夫です! そ、そのなんというか、趣味は人それぞれっていうか・・・その・・・」


アグニラが悪戯で作った事実でもなんでもない話をエマが必死にフォローしようとすると珍しくマークスが大きなため息を漏らしながら大きく首を横に振った。




「ぶぶっ。ドンマイだなマークスの旦那。 で、これからどーすんだ?」

マールがポンっとマークスの肩に手を置き同情するとこの先の予定を再確認する。



ここを抜けると王都までは馬で数日なのだけど、山道が通れない今の状況を考えると・・・・。


全員がマークスの答えを待つ。



しかし、その答えはマークスよりも早く別の者が出した。


「あ、あの!! その山道の調査! 私と、エマにやらせて頂けないでしょうか!!」


レイナがグイっと一歩前に出て言う。

もう先ほどまで、赤らめていた顔はそこにはなく真剣そのものだった。


「って!?えええええええ!? わ、私も!?」

ポカーンとレイナを見ていたエマもようやく理解し驚く。


「だって、エマも王都を目指してるんですよね!迂回すると相当時間掛かっちゃいますし、それに・・・・村の人たちもほっとけないじゃないですか・・・。」


「確かにそうだけど、腕利きの冒険者もやらちゃうくらい強い魔物がいるんだよ? 危ないよ!」


正義感の強いレイナのことだし、リドドの話の途中でこうなるんじゃないかと多少は考えていたエマだが、正直二人ではどうしようもないと思う。


「うっ・・強い魔物は・・・怖いですけど・・・でもっ!」


こうなるとレイナはきっと引き下がらない。

キングウルフに一人で向かっていった時のように、レイナはこういう時にはとてつもなく頑固になる。



エマがどうにか思い留まらせようと頭を巡らせていると意外にも助け船はすぐに出されるのだった。


「ではその調査、私達もお手伝い致しましょう。」


マークスが一歩前に出て、レイナの隣に立つ。

「え?」

「マ、マークス様・・・」

マークスからの申し出にリドドも驚いているようだ。


「し、しかしマークス様、危険でございます! 山の魔物もどれ程の数が異変をきたしていることか! そんな所にマークス様を行かせるわけにはっ!!」


「それに関しては、問題はないかと。 宮廷魔法師に白鷲の騎士団副団長、大賢者エインの弟子それに・・・」


そこで言葉を止めチラリとアグニラを見るマークス。


やはりこの人は何か知っているのかもしれない。


「フフッ・・。もしかすと王都へ救援依頼を出すよりも頼もしい面子かもしれませんよ?」


「宮廷魔導師様に・・・白鷲・・・・大賢者のお弟子様・・・そんな方々でしたかっ!!」


希望の光を見出したかのようにリドドの顔がどんどん明るくなっていく。


「マークス様、それに皆さんも、本当によろしんですか?」


「えぇ、最初からそうするつもりでしたので。」


マークスはいつもの笑顔をリドドに向けると軽くうなずく。


どうやら話はまとまったようだ。


魔物は怖いけど、またレイナ一人に無理をさせるよりずっといい。

エマも少しだけ不安が和らいだ気がした。







「うっし! んじゃぁ、この後の予定は決まりだな! 各自準備をしたらすぐに出発だ。 あー・・・・・・あと、必要ない分のリーフブルの肉は村の食事処にでも分けてやってくれ。 集合場所は山道入り口だ。 散れ!」


流石は副団長っといったところだろうか。

普段は適当に見えるマールもテキパキとした指示が飛び各々慌ただしく行動に移っていった。



「ほーお。 なかなか見直したぞちびっこ! じゃが! 妾の食事はちゃんと用意するのだぞ!!」


相変わらず上から目線なアグニラがマールの肩に飛び乗る。


「だれがちびっこだこらぁぁ!! いっそてめーも素揚げにして飯屋に引き取ってもらうか? あぁ?」


「なんじゃと!? 折角妾が褒めてやったと言うのに!! やはり貴様は消し炭じゃ!!」


「上等じゃねーか!!山の魔物の前にぶっ潰してやる!!」


こうして物騒ではあるが、ある意味賑やかさを取り戻した一行は山道へと向かって行ったのであった。










村にある祈りの場、今一度リドドは思う。

この村に生まれ育って80年余り、今までこんな事は一度も無かった。


今や遠くに見える山の頂には生まれつき魔力が少ないリドドにも感じるくらい不穏な魔力が満ちている。


これは呪いか天災か・・・・。


「精霊様・・・どうか・・・どうか彼らをお守りくださいませ。」




































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