第20話 ハグリダ村

旅は順調に進み早ければあと3日ほどで王都に到着するという。




途中魔物とも何度か遭遇したのだが、その度にキリカやマール、冒険者達が討伐し、なんの被害も出ていない。


さすがにここまでの道のりを歩いて移動する事を考えるとぞっとする。


本当に馬車でよかった。






「この山を越えてあと一つ街を通過すると王都なんですが、今日はこの辺にしておきましょうか。」


ゴトゴトと揺れる馬車の中でマークスが提案する。




時刻は夕暮れ、日が沈むと馬車での移動も危険が伴うのだ。




「それでは、この先の村で今日は宿泊しましょう。」


御者台の方から声が返ってくる。




今日は宿で泊まれるのか。


昨日、一昨日と野営だったので、宿のベッドで寝れると思うと思わず顔が綻ぶ。




馬車の中にいる他の人にもホッと安堵の顔が浮かんでいる。


「して、夕飯はなにかの? そろそろ前の串に刺さったやつが食いたいのぉー」


肩にちょこんと座るアグニラが既に夕飯の事を考えている。




「串ってラグジュの露店のやつか?」


すかさずマールがそれに反応する。


「うむ、あの甘辛いタレを付けた鳥の串焼きは美味であった!」


「あぁー! あれは確かにうまかったよなー!!」




マールもラグジュ滞在中に同じ物を食べていたらしい。


二人して目をキラつかせながらじゅるりと涎が零れる。




「エマよ!村に着いたらすぐさま露店に向かうぞ! 良いな?」


「キリカ! こっちもだ!休むのは飯の後だ! いいな?」


アグニラが真剣な顔で言い、マールもそれに続く。




「はぁ・・・・あのね、あなた達、この先にあるのは小さな村よ?ラグジュみたいな露店街なんてないわよ」


呆れた溜息混じりの声でキリカが指摘する。




「「な・・・・なんだ・・・と・・・」」


アグニラとマールが二人そろって絶望の声を上げる。




「あはは、ラグジュの露店をそこまで気に入って頂けるとは、私も嬉しいですよ。」


ぜひまた来てくださいっと付け加えるとニコリとマークスが微笑む。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




山麓の村 ハグリダ




馬車に揺られる事約10分。 その村は見えてきた。




眼前には大きな山脈があり、村から伸びた道がそのまま山脈の方に伸びている。




王都と観光の街であるラグジュを最短距離で移動するにはこの広大な山脈を抜けるのが最短ルートになるため。


このハグリダ村は行商人や旅人の憩いの場所となっているらしい。




「はーっ!でっかい山じゃのーー。」


アグニラがおでこに手を当てながら山脈を仰ぎ見る。


「それに・・・人がいっぱいです・・」


馬車から降り辺りをキョロキョロと見回しながらレイナが言う。




村の入口と出口がすぐにわかるほどの小さな村だが、それに反比例するかのように村の中は人でごったがえしていた。


何かお祭りでもやっているのかと思うほどの人口密集度だ。






「変ね。私たちがラグジュに来た時もここに立ち寄ったのだけど、こんなに賑わっていなかったわよ」


そういえばキリカとマールは王都から仕事でラグジュに来ていたんだっけ。


以前に来たときはこんなにも人がいなかったらしい。






「村が賑わうには良い事なのですが・・・・確かに少し妙ですね。」


キリカの話を街の様子を伺いながら聞いていたマークスがぽつりと呟く。




「すみませんマークス様。宿をいくつか周ってみたのですが今日はどこも満室だそうです。」


突然やってきたマークスの使用人が丁寧にお辞儀をしながらマークスに事を伝える。




ふむふむっと頷きながら使用人の話を聞いていたマークスがこちらに向き直り少し申し訳なさそうな顔をする。




「すみません皆さん。・・・今日は村の外で野営になりそうです。」


ああ、やっぱりかー。この人の多さだしなんとなくそんな予感はしていたんだけど・・・。




「なぁ゛!? 嫌だ!昨日も!その前も!野営だったんだぞ! そろそろベッドで寝かせろーー!」


その場にいた誰よりも早くマールが反応し子供のように駄々をこね始めた。


「こらマール、文句言わないの。しょうがないじゃない。」




ガミガミと文句を言うマールをキリカが宥める。


なんだか種族は違うが姉妹のように見えてくる。




「そうじゃぞちびっこ!それぐらい我慢するのじゃ。妾のような立派な大人のレディーになりたければいついかなる時も心を乱してはいかぬぞ。」


肩の上にちょこんと座ったアグニラが余裕の表情をマールに向ける。




どの口が言ってんだこの火精霊は!!




「だ!誰がちびっこだ!!!降りてきやがれ!ぶっ飛ばしてやる!!」


ムキ―っと顔を赤くしながら怒るマールをさらにアグニラが煽る。




「ほれ、そーいうところじゃ。 もっとこうお淑やかに・・・うっふ。」


あからさまなアダルティな声を出すアグニラに全員が苦笑いする。




この火精霊がここまで余裕綽々なのには訳がある。




皆が簡易のテントで固い地面を肌に感じながら寝苦しい夜を過ごしている時、実はいつもアグニラだけは気持ちよさそうな寝息を立てながら快適にベッドで就寝している。




そう、ラグジュで買った人形用のアクセサリー、その中で小さな椅子や机、そしてベッドもあったので購入しておいたのだ。




豪奢な天蓋までついたまるでお姫様が使うようなそのベッドはもちろん人形用でとてもじゃないが、人が寝るような大きさではない。


まさにアグニラ専用ベッドなのだ。




このことから、アグニラにとって野営であろうが宿での宿泊であろうが関係なく満足のいく睡眠が確保されている。




初めはおもちゃの家具や食器にあんなに嫌悪を見せていたアグニラも数日経てばおもちゃとはいえその豪奢な作りや、自分専用というところをすごく気に入っているらしい。






「ふんっ! なーにが大人のレディーだ! あんなままごと遊びのおもちゃ使ってるくせに!!そっちのほうがよっぽどガキじゃねーか!」


麗しい表情を作りながら周囲に大人アピールしているアグニラにマールが毒づく。




「なんじゃと!! もう一回言ってみろ!!貴様消し炭にしてやろうか!!」


「はっ!!やれるもんならやってみな!!!!」






未だガミガミと言い合いが続く中、野営の準備を整えたマークスの使用人、そして護衛の冒険者達を連れ立ってぞろぞろと村の外へと歩き出した。








「そうだエマちゃん、後から少し狩りに付き合ってくれない?」


歩きながらキリカが話しかけてくる。




「狩り?ですか?」




「ええ、この前のリーフブルのお肉はまだあるんだけど、食材が随分少なくてね。どっちみち村の様子がこれじゃ今日も自炊でしょうし、近くで調達しようと思ってね。」




「あぁ、なるほどー。」




キリカの言う通り村の人口密度からして小さなこの村での食事を難しいかもしれない。


それにどのみち旅はまだ数日続くしここらで食材の補充は必要だろう。




「それに、昨日教えた魔力制御少し試してみたらどうかなって。」




実は旅の途中、レイナに加えキリカにも魔法を教えてもらっている。


火魔法も使えるキリカなので、説明がかなりわかりやすい。


何と言ってもこの国の宮廷魔法師、魔法初心者のエマにとってこれ以上最上の先生はいないだろう。




アグニラ先生の火魔法教室は少々危険過ぎるでお休みだ。


そのことについてアグニラは大変ご立腹だったのだが・・・・。




「はい!うまくできるかわかりませんけど、よろしくお願いします!」


「うん! いい返事ね!」




「ふん。妾に任せておけば良いものを・・・」


肩の上でプイっとそっぽを向くアグニラ。


アグニラには悪いけど、正直もうラグジュの時のような出来事はごめんだ。




「ふふ。 なんだか良い師弟関係のようですね。」


少し前を使用人を連れて歩くマークスが振り向きながら言う。




「し、師弟だなんてそんな、わ、私はまだ弟子を取れるような人間ではありません。」


「宮廷魔法師様が何をおしゃいますか。」


キリカが慌てて謙遜し、マークスが持ち上げる。




エマとしてもキリカの弟子っと言われて少し嬉しい気分になる。




若くしてリールザルン王国の宮廷魔法師という座についているキリカ。


そんなエリート街道まっしぐらなできる女性にエマも少し憧れに似た感情を持ち始めていたのだ。




「いいなーエマはー・・・私もキリカさんの弟子になりたい・・・」


隣を歩くレイナがぽつりと呟く。




残念そうに俯きながら歩くレイナにキリカが優しく声をかける。


「レイナちゃんは、学生ではないのよね? 我流で魔法を習得したの? それとも誰かに教えてもらったのかしら?」




「あ、はい。私は学生ではありません。 6歳の時から店長・・・じゃなくて、師匠であるエイン・ミラーについてますよ。 っと言っても今はただの魔道具店の従業員みたいな感じなんですけどね・・・・えへへへ。」


照れくさそうに笑いながら話すレイナ。




だが、そんなレイナとは反対に、村の出口間際だと言うのに皆一様にピタリと足を止めて立ち止まってしまう。




「えっ・・・・?今なんて?」


真っすぐ進行方向に向きピタリと止まったままのキリカが質問する。




「へ?えっと、魔道具店の従業い「「そこじゃない!!」」 はわっ!?」




困惑しながら答えるレイナにキリカとマールが声を揃えて食い気味に割り込み、二人してグイっとレイナに顔を近づけて続けざまに質問する。




「ご同輩、今エイン・ミラーって言わなかったか?」


「三大賢者の一人、エイン・ミラー様・・・で間違いないわよね?・・・まさか同姓同名?」




「は、はい。三大賢者のエイン・ミラーです。」




その瞬間共に行動してきた仲間達全員が驚愕の表情を一斉にレイナに向ける。




「はは・・・まじかよ。」


「・・・・・・。」


驚きすぎてまともにリアクションすら取れなくなったマールと口を開けたまま止まってしまったキリカ。




そして同行している護衛の冒険者達とマークスの使用人達がざわざわと口々に反応を漏らす。




「さ、三大賢者の弟子だと!?」 「おいおい、あの猫の嬢ちゃんとんでもねぇな・・・」


「宮廷魔法師に白鷲の騎士団、それに大賢者エインの弟子・・・・。」


「俺達・・・・本当に護衛の意味ないんじゃないか?」




皆相当な驚き様だったが、エマとしてはリメリア魔法堂のエインしか知らないので複雑な気持ちになる。




「そうですか、レイナさんはエインの・・・・」


他とは違い相変わらずニコニコと笑顔を浮かべたマークスが何か考え深げにレイナを見る。






「え、えっと・・・」


まじまじと見られ照れくさそうにしているレイナにやっと気づきマークスが続ける。


「あぁ、すみません。私とエインは旧知の仲でしてね。 彼が向こうの世界に行く少し前から連絡は取っていなかったのですが・・・まさか弟子を育てていたとは思ってもなかったですよ。」






「マークスさんとエインさんは知り合いだったんですか!?」


なんという偶然だろう。


この世界に飛ばされる要因の一つでもあるエインとマークスが知り合いなら何かと色々聞くことができるかもしれない。


思わず期待で胸が膨らむ。




その時だった。






「おや?・・・マークス様!? マークス様じゃございませんかっ!!」




突然村の出口の方からこちらに老人の男性が息を切らせながらバタバタと駆け寄ってくる。




「おぉ、リドドさん。ご無沙汰しております。お元気そうですね。」


マークスにリドドと呼ばれた老人は息を整えながら改めて挨拶する。




「お久しぶりですマークス様。してまた今日は急なご訪問でございますが・・・。」


「実は急遽王都に出向く事になりましてね。この山を通る前にハグリダ村で休もうと思っていたのですが・・・・・盛況のようですね。」




周りを見回す素振りを見せてニコリとリドドに微笑みながらマークスが言う。




「それが・・・・」


何か言いかけて肩を落としながら俯いてしまうリドド。




「リドドさん。大丈夫ですよ。私に話してみてください。」




優しく諭すようにマークスが語り掛ける。


そのマークスの様子に今度は老人リドドが瞳に涙を浮かべながら懇願するような表情を浮かべる。






「マークス様・・・どうか、どうかこの村、ハグリダ村を助けてください。」


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