第18話 宮廷魔法師と副団長

風を纏った猛牛、リーフブルは巨体にも関わらずその大きさからは考えられないほどのスピードで群れをなして突撃してくる。


「まずは足止めね。」

キリカが左手を正面に構え、「アイスフロア」っと呟く。


辺りに霧が立ち込めたと思うと一瞬でそれが消え、リーフブルの進行方向である地面に氷の膜が張り付いた。

先程までは何の変哲もなかったはずの草原がその部分だけ氷の床となってしまった。


勢いよく駆けていたリーフブルが突然現れた氷の床に足を取られ何頭かは転倒し、また他の何頭かはあらぬ方向へとツルツルと足を滑らしている。

群れの隊列が完全に崩れてしまった。


「はっ!余計な事を!見てろ!身体強化!!」

叫ぶと身体強化を唱えグッと腰を落とし構える。

氷の床をなんとか抜けたリーフブルの一頭が鼻息荒くマールに向かって突進してきている。

今にも衝突する!そう思ったその瞬間


「くらえ!マールゥゥゥゥー・・・・・・・猫パンチ!!!」

真っすぐに突っ込んで来るリーフブルに真正面から正拳突きを繰り出す。


何とも言えないネーミングを付けられたその正拳突きはゴオオっという音を立てながらリーフブルの顔面にクリーンヒットしその大きな巨体を何メートルも後方に弾き飛ばす。


ぐるぐると草原を転がりやがてゆっくりと止まったリーフブルはそのままピクリとも動かなくなった。

どうやら今の一撃でこと切れてしまったらしい。


「っしゃあああ!! まずは1つ!!」

右腕を高々と上げガッツポーズをするマールを後方に控えている冒険者達が口をあんぐりと開けてみていた。


猫パンチなんてそんなかわいらしいものではない。

一体あんな小さな体からどうすればあの威力のパンチが繰り出せるのであろうか。


「なんだよ今の・・・・」

「リーフブルを素手でぶっ飛ばしやがった・・・・」

冒険者達が口々に今の光景について話す中、


「相変わらず、品がないわね。これだから脳筋は・・・・」

キリカだけが驚きもせず、リーフブルに目を向ける。


「んだとぉ!!今のは愛と友情を織り交ぜた正義の猫パンチなんだぞ!!」

「ばっかじゃないの? どこのヒーローよあんた」

マールがぷんぷんと抗議しているが、キリカは適当に流すと再び正面に手を構える。



「さっさと終わらせるわよ。 サンダーレイン。」

キリカが魔法を呟くと上空からビリビリと音を弾かせながら小さな雷が出現し、リーフブルに目掛けて降り注ぐ。

逃げる場もなく降り注がれた雷によって複数のリーフブルが直撃し、バタンバタンっと次々倒れていく。


「んなぁ!?ずるいぞキリカ!!」


複数の獲物を取られて少し焦ったマールが一気に群れの中へと飛び出す。

「あたしにも残して置いてくれよ。」

そう言うと何もない空間に手を伸ばし、収納魔法から大きな斧を取り出す。


マールの倍以上はありそうな大斧だ。

見るからに重そうな大斧を細腕一本で軽々持つとそれを横なぎに一気に振りぬく。


「おらぁああ!!」

ズバババッ

一閃。 それだけで巨体なリーフブルは3体まとめて真っ二つに斬られてしまった。



キリカとマール、この二人の圧倒的な力により群れをなしたリーフブルは瞬く間に数を減らし、ついには2頭のみとなった。


「2頭いれば十分ね。マール、そこどきなさい丸焼きになるわよ? ファイアーサークル!」

突如2頭のリーフブルの足元に円を描くように火柱が現れる。


「ちょっ!?アチッ!!アチチチチ」

円の中にいたマールが慌てて後ろに飛びながら退避する。


「バカ!!先に言えよ!危ないだろっ!」

「あら?だから言ったじゃない。丸焼きになるって。」

そうこうしている間にも火柱はどんどん大きくなり、やがてリーフブルを包み込むように覆い隠した。

これではさすがに生きていられないだろう。


こうしてあっという間に猛牛リーフブルの群れは壊滅した。





「マークス様、討伐完了しました。」

キリカが後方待機していたこちらに駆け寄り討伐完了の報告をマークスにする。

「えぇ、お見事でした。さぁ、皆さん、後の処理をお願いしますよ。」

マークスがニコリと微笑みながら、まだポカーンとしている冒険者達に声を掛ける。


ハッと我を取り戻した冒険者達が各々魔物の解体や、街道の整備に向かい駆けていく。


「私。宮廷魔法師をしているの。どう?これで少しは安心してくれた?」

先程まで魔物と戦闘を繰り広げていた人とは思えないぐらいの爽やかな笑顔をこちらに向けながらキリカが言う。


「きゅ!宮廷魔法師!?」

その言葉を聞いて隣にいたレイナが驚きのあまり卒倒しそうになる。

前方で作業をしていた冒険者達も一度手を止めてぎょっとした顔をしている。


「んで、あたしが王国軍、白鷲の騎士団の副団長をしているマール様だ! あ、間違えても子供扱いすんじゃねぇぞ! あたしは立派な大人だからなっ!!」


「しっ!白鷲の騎士団!?」

今度はついに力なく倒れてくるレイナを支える。


そして冒険者達も

「宮廷魔法師に白鷲の騎士団だと!?」

「おいおい・・・・俺ら・・・・いらねぇんじゃね・・・?」

そんな反応を口々に出している。


この世界のことをまだまだ知らないエマだが、この様子を見るに物凄い二人が護衛についているという事が理解できた。


エマからすると自分達よりも子供に見えるマールが大人だったっという事が一番の驚きなのだが・・・。



二人の正体に驚きの声を上げている中、ずっと無言で戦局を見ていたアグニラが急にエマの肩からぴょんとキリカの肩に飛び移る。


「娘よ!!・・・・その、すまんかったのじゃ!! まさかお主が火魔法まで使えるとは思わなんだぞ!最後のあれは中々良い魔法じゃ!」

キリカの頬を小さな手でぺしぺしと叩きながら言うアグニラにキリカが率直な疑問をぶつける。


「えーと、あなたは火魔法が好きなのかしら?」


「うむ!好きというよりか火魔法こそ最強!そして至高じゃ!!お主も水魔法なんかより火魔法の鍛錬に精を出すのじゃぞ!」

偉そうに胸を逸らしながらアグニラが答える。


「あら、私、火と水、それから雷も使えるんだけど、どれも特徴が違うし、使い分けるといいものよ?」

そういえばさっきの戦いでも3つの魔法をそれぞれ使い分けてたっけ。

という事は三属性持ちという事になる。


確かレイナはニ属性持ちだけど、かなり珍しいと言っていたしかしそれ以上の三属性持ちとなると相当希少なのではないだろうか。


「しゃ、しゃんぞくしぇ・・・・い・・・」

「レ、レイナ!?」

やはり驚いたのかエマに体を預けていたレイナがぐるぐると目を回している。




「ちょっとレイナしっかり!ていうか・・・・もう・・さすがに・・・お、重いぃぃぃ・・・」

先程からレイナをずっと支えてきた腕に限界が迫り悲鳴を上げる。

ビリビリと電気が走っているかのように腕が痺れ感覚がなくなっていく。

なんとかしないと

そう思った瞬間、ふっと力が完全に抜けそのままレイナを落としてしまった。


「しゃんぞくせふぎゃ!?」

支えを急に失ったレイナはそのまま頭から地面に叩きつけられるとぐるぐると目を回したまま動かなくなった。


「あ、ごめんレイナ。 ・・・・レイナ?レイナあああああああああ!?」

声を掛けるが返事はない。

どうやら気を失っているようだ。

戦闘での負傷者はゼロだったのにこんなところで負傷者が出てしまうなんて。



「ちょっ!大丈夫?」

キリカが心配そうに駆け寄る。

「あーよいよい、この娘らは毎度毎度こんな感じじゃからの。」

アグニラが呆れたように小さく息を吐きながら返す。


「そうじゃ!そんな事よりお主、ろーすとびーふっとやらは完成したのかの?」

倒れたレイナはそっちのけでじゅるりっと涎を出しながら訪ねる。


「ろーすとびーふ?蒸し焼きの事かしら?」

料理名は元の世界とこちらでは違うのかキリカが首を傾げる。


「おお!そうだったぜ!今日の夕飯の肉!!」

マールも思い出したようにキリカに駆け寄り、アグニラと二人で目をキラキラさせている。


「ああ、それならあそこに・・・・・あ・・・・・」

期待の目を向けられながらキリカが良い具合に出来ているだろう所に指を指し固まる。


そこにはもう何かも分からないほど消し炭になった物がぷすぷすと煙を上げながら転がっていた。


「あちゃー。ごめんごめん。やりすぎちゃった・・・・・テヘッ」

ペロっと下を出し愛嬌を振りまくキリカ。


「ぬうおおおおおおおおおぉぉぉぉ夕飯がああああああああああ!!!!」

この世の終わりかというくらい悲壮な表情をしながらマールが叫び、そして


「ロストビーフじゃああああああああああああああああ!!」

っと同じような表情でちょっと上手いこと言いながらアグニラも叫ぶ。



そんな二人をニコニコと笑顔で見守っていたマークスが宥める。

「まぁまぁ、まだまだ素材は沢山ありますし、今夜はもう少し進んでから野営になりますが、豪華な食事に致しましょう。」



「豪華・・・じゃと!?・・・・フフっ良かろう!!ささ、皆の者さっさと馬車に乗り込むのじゃ!!」

キリカの肩からぴょんとエマの肩に飛び乗り、作業をしている冒険者にアグニラが檄を飛ばす。



マールはというと、いつの間に乗り込んだのか既に馬車の中だ。

なんという素早さだろうか


「おいお前ら!!ちんたらしてんじゃねぇ!!!時間は・・・有限だぞ!!!」

っとかっこよく決めている。

あれで口の涎さえなければ、本当にかっこよく決まったのかもしれない。


「ははは・・・・では、私たちも行きましょうか。」

苦笑いで言うマークスにキリカとエマが申し訳なさそうに頷く。


「はぁ・・・マールったら・・・・」

頭を抱えるキリカを見ているとなんだかすごく共感できる気がした。



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