第17話 馬車の旅

「昨日は本当に・・・・すみませんでしたっ!!」


夜が更けてまだ間もない早朝。

いつもは人々の賑わうこの街もまだシンと静寂につつまれている。

そんな中エマの謝罪の声が街に響き渡った。


「いえいえ、最初は何事かと思いましたが、街は無事、皆さんも無事、何も問題はありませんよ」

そう言ってマークスが優しく微笑む。



昨日、収納魔法を教えてもらった後アグニラに火魔法も教えてもらったのだが、全てアグニラの言う通りにすると、その魔法は想定外の火力を生み出し、魔法から発せられた轟音が街にまで影響を及ぼしてしまった。


既に昨日のキングウルフの出現で警戒中だったラグジュの街は、急遽冒険者ギルドから偵察部隊派遣の依頼をし、結果エマ達はその冒険者達に取り囲まれるという事態にまで陥った。


「しかし、魔法の練習であんなことになるなんて、なかなかすごいですね。」

エマとまだ眠そうにエマの肩の上でこくんこくんと首を上下しているアグニラを交互にマークスが見る。


「あ、あははは・・・・その、まだ魔力の制御がよくわからなくて・・・」

苦笑いで交わすしかなかった。


「魔力を制御できるようになるとあなたはとんでもない魔法使いになれるかもしれないわね。」

ふとマークスの後ろにある馬車の影から一人の女性が歩み寄ってくる。


旅人のような軽装の服に茶色のマントで身を包んでいる。

歳は20代前半くらいだろうか、少し紫がかった髪をひとくくりにしポニーテールの様にしている。

キリっとした顔つきをした真面目そうな女性だ。


「私はキリカ。マークス様とあなた達の護衛よ。よろしくね。」

そう言って握手の手を差し出してくる。

エマとレイナも自己紹介しアグニラも眠そうな声であいさつする。


「それとこっちがマー・・・・っていない!?」

突然誰かを探す様にキリカがキョロキョロ顔を動かす。


「ああ、マールさんならもう馬車の中にいますよ。」

「なぁ゛!?既に馬車に・・・・」

マークスの言葉に驚きと共に顔を少し紅潮させ怒りを表している。

ツカツカと馬車に歩み寄り閉じられた客室の扉を勢いよく開く。


「マール!!依頼主より先に馬車に乗り込むなんっ・・・・て・・・・」

突然言い淀むとそのまま固まり、据わった目を向けながらその場に立ち尽くすキリカ。



その後ろから馬車の中を覗き込んでみる。

そこには馬車に設けられた客席のベンチのシートを丸々一つ使い豪快に寝そべっている少女の姿があった。

「くかー。くかー。」っと可愛げもないイビキをかき、開けた服の下に見えた白いお腹をポリポリと掻いている。


見た目は、かなり幼く見える。もしかするとエマやレイナよりも年下ではなかろうか。

体もかなり小さいように見える。

そして何より特徴的なのが頭に生えたフワフワそうな耳、そしてベンチからプランと垂れ下がった細長い尻尾だ。

こちらも耳と同じく柔らかそうな毛並みだ。



獣人族。

しかもレイナと同じ猫族のようだ。

肩口まで伸びた髪は綺麗な銀髪をしており、その綺麗な色とは正反対に無造作にバサバサと跳ねている。

なんとなくアグニラが初めて人化した時の雰囲気に似ている。

服装はキリカとよく似た軽装で、これまた同じくすっかり開けてしまっているが茶色のマントを纏っているようだ。


この人も護衛だろうか。


銀髪の猫少女を見ていると、目の前で固まっていたキリカが肩をプルプルと震わせている。

これは相当お怒りのようだ。


「マールぅぅぅぅぅう!!!!!」

これも何かの魔法かと思うくらい大きな声でキリカが叫ぶ。

「・・・ぅーん・・・・ん?・・・・・くか~。」

自分の名を叫ぶ声に反応し、眠たそうな目をチラっとキリカに向けると再び眠りに落ちてしまう。


それを見たキリカは、今度はジト目で先程とは違い冷静な声で「ミスト」っと呟く。

するとどこから現れたのか馬車の中に霧のような靄が立ち込め銀髪の少女を包み込む。

心なしかそこからひんやりとした冷気を感じる。



「アイス」

次にキリカが続けてそう呟くと、立ち込めていた霧が一気に一点に収束していく。

幸せそうに寝ている銀髪の猫少女の調度顔の上。

まるで吸い込まれているかのようにそれは集まると、一瞬で辺りにあった霧が消えパキンっという固い音と共に薄い氷が出現し、少女の顔を覆うように張り付いてしまった。



「わッ!!」 「ひぃ!」

後ろで見ていたエマとレイナがそれぞれ短く悲鳴を上げる。


そのまま数秒経ち、やっと体の異常に気が付いたのか、だらしなく寝ていた体を一気にガバッと起こし顔を覆いつくした氷の膜をはがそうと躍起になっている。


「ムゴゴッ!!ゴ!?ンンンンンンンンンーーーー!!!!・・・・・・・・・ンゴオォォォ!!」

どうやらなかなか外れるようなものではないらしい。

これ、相当危ないような気がするけど・・・・・。


「ンフーーーーッ・・・・フー・・・フー・・・・」

やっぱり!?なんか息がやばそう!!

銀髪の猫少女は肩で大きく息をしながらヨロヨロと立ち上がるとそのまま馬車から出ていく。


そしてゆっくり地面にしゃがみ込むと、勢いをつけてそのまま地面に頭突きする。


「ン――――――・・・・・・・ンバ――――――――――!!!!!」


ゴン


鈍い音が響き渡ると続いてピキピキと聞こえ、やがてパリンッと顔を覆いつくした氷が一気に割れる。


「ぷはぁっ!!!! ふー・・・ふーー・・・・ってめえぇぇぇぇキリカ!!もうちょっとで死んじまうとこだったじゃねぇかぁあああああ!!!」

やっと補給できた酸素で少し息を整えると反転してキリカに詰め寄る。


「だってあんたが寝てるのがいけないんでしょう? さっさとあんたも依頼主さんに挨拶しなさいよ」

物怖じせずキリカがかわす。


「あ?依頼主だぁ~?依頼主はマークスのおっさんだろ?」

そう言いながらこちらをギロリとマールが見る。


「この方達も一緒なのですよ。よろしくお願いしますねマールさん。」

先程のキリカとマールの行動を見てもニコニコ顔を崩さないマークスがそのままこちらを紹介する。


「ふーん。まぁいいけど、あたしはマールだ。よろし・・・・ん?」

一人一人をジロリと眺めながら話していたマールが不意その視線を止める。


「おぉ!? ご同輩じゃねーかっ!!なんだー先に言ってくれよ~!あたしも猫族でさ! あんたどこから来たんだ? なんで王都に向かってんの? 出稼ぎか? 何歳? 兄弟いる? 」


突然とレイナの手を握るとブンブンと振り回し目をキラキラさせながら質問責めにしている。

「あ、あの、その、えと」

レイナが答えるより早く次々とくる質問に答えられなくてあたふたしている。


いつもならこういう時みんなアグニラを見て驚くのだが、今回の対象はレイナだったので、急に詰め寄られたレイナは相当焦っているようだ。



「ま、まぁ自己紹介も済みましたし、そろそろ出ましょうか。 旅は長いですし質問は道中にしましょう」

そう言ってマークスが先に馬車に乗り込む。


今回馬車は2台で王都に向け旅立つ。

前を先行する馬車には、マークス、エマ(肩にアグニラ)、レイナ、キリカ、マールが乗り込み。

すぐ後ろを後行する馬車には、マークスの使用人やラグジュの冒険者ギルドから護衛として派遣されている冒険者達が乗り込んでいる。



馬の嘶きが静かな朝の街に響き渡り、ゆっくりと馬車が動き出す。

エマにとってはこの世界に来て始めて訪れた最初の街。

たったニ日間の滞在だったが、濃いニ日を過ごしたこのラグジュの街に思い入れもある。


ここが異世界ではなく、元の世界なら・・・・またいつかゆっくり来たいな・・・。



異世界であるのに変わりはないのだがそんな事を思ってしまう。









――――――――――――――――――――――



街道を進む馬車の旅はガタガタと大きな車輪の音を立てながらも順調だ。

途中何度か休憩を挟みながら今日の目的の場所を目指す予定である。



相変わらず護衛のマールはレイナに質問責めだ。

「あの、お二人は冒険者さんなんですか?」

護衛として同行しているキリカとマールに質問する。


「あぁ、このお二人は私の知人でしてね。王都から来ているのですが、調度帰るところだったので護衛という事にして同行してもらっているのですよ。」


「へぇー。王都から来たお知り合いでしたか。」

でもそんなので本当に護衛は大丈夫なのだろうか確かに後ろの馬車には冒険者ギルドから派遣された護衛が乗り込んでいるが、こっちの馬車には冒険者が乗っていないことになる。


「ふふふ、大丈夫ですよ。むしろこのお二人のがいるので安心してください。」

エマの不安そうな顔を察したのかマークスが言う。


「私、これでもちょっと魔法には自信があるのよ。あなた達は責任を持って王都まで連れて行くわ。」

エマの目の前に座るキリカがこちらに軽くウィンクする。

そして続け様に

「それにしても、さっきから気になってたんだけどあなたの肩にいる子、アグニラちゃん?だっけ?その子は一体?」


あ~・・やっぱり来たかこの質問。

もうこの後の展開は読めている。

きっといつものようにアグニラが自分を主張するのだ・・・・あれ?


いつもならここで全力で自分をアピールするはずのアグニラが「フンッ」っと一息すると、キリカを一瞥し不機嫌そうに馬車から流れる風景に目を向ける。


「あ、あれ~?私なんかその子に嫌われちゃってる?」

キリカがおもわず苦笑いしてしまう。

「(ちょっ!ちょっとアグニラ!何でそんな態度取るの!キリカさん困ってるよ!)」

アグニラにだけ聞こえるように小さい声で注意する。


「・・・・そやつ、さっき水魔法から氷を作ったじゃろ? 余程、水精霊との繋がりが深いとみえる。妾は水の奴が嫌いじゃ!大っ嫌いなんじゃ!!!」

エマとは逆に馬車中に響き渡るほど大きな声でアグニラが叫ぶ。


以前にもチラっとそんな事を言っていた気がする。

やっぱり火精霊と水精霊って仲が悪いのかな。


「水魔法が嫌い?」

キリカ、それからレイナとのおしゃべりに夢中になっていたマールがその大きなアグニラの声に反応し頭の上に「?」を浮かべている。


「あぁ!ち、ちがうんですこの子、いろいろ水にトラウマっていうかなんて言うか・・・えっと」

エマは咄嗟に言い訳をしようとするがなかなか出てこない。

レイナを見るとすごい勢いで首を横にブンブン振っている。


「あぁ!!そうだ!お、溺れたんです!もうほっっっんとめちゃくちゃ溺れたんです!!ね?ねっ!アグニラ!ね?」

焦り過ぎて余計怪しくなってしまう。

首を横に振っていたレイナは今度は縦に激しくぶんぶん振っている。


「はぁー?妾、泳ぎは得意じゃし! というかそもそも水なんぞに上級精ぐぎゃぁ!!」

アグニラの講義の途中、問題発言寸前だったので慌てて止めようとすると勢い余ってそのまま突き飛ばしてしまう。


小さくて軽いアグニラは肩から突き飛ばされるとそのまま馬車の窓にぶつかりへなへなと落ちていく。

「ん?何してんのお前ら?」

マールが不思議そうにこちらを眺める。


「は、はは。いや、今そこに虫がいて・・。」

「いや、虫ってお前、そこの小さいのがぶっ飛んで」

「虫がいたんです!!」

「お、おう。そうか」

マールに苦しすぎる言い訳を返す。


ぴくぴくと体を震わすアグニラを見ながらキリカも少し困惑した表情で

「そ、そう。トラウマがあるのね。で、でも大丈夫よ。私は水の他にも」


ヒヒ―――ン!!!


キリカの話を遮るかのように突然大きな馬の嘶きがしたかと思うと、馬車が急停止し、その衝撃で車内が大きく揺れる。


「なに!?」

いち早く状況確認をするためキリカが動く。


「マークス様!前方より魔物の群れです!! 街道を真っすぐこちらに向かって来ています!!」

御者席から大きな声が届く。


「わかりました。あなたは安全な所へ避難してください。キリカさん、マールさんお願いできますか?」

「はい!」 「しゃーーー!!やってやるぜ!!」

キリカとマールが二人で馬車から飛び出す。


冷静に御者に避難を促すとマークスがニコリといつものように微笑みこちらに向く。

「お二人は私が守りますので、良ければ見学しませんか?」

見学なんて何を呑気な事をっと思っている間にも魔物はどんどんこちらに向かってくる。


「リーフブルね。数は・・・5・・・8・・・12・・・15頭ってとこかしら?」

すごい勢いで向かって来る猛牛のような魔物を冷静に数えるキリカ。

「うっしゃーーーー!!今日は肉だぜえーーー!!」

魔物を前に怖気づくどころか俄然みなぎるマール。



「肉じゃと!!!!」

そしてマールの発言に激しく反応するアグニラ。



後方の馬車からも護衛の冒険者達が駆けつけてくる。

しかし、マークスがそれを手で制止させる。

「あなた方は待機していなさい。 逆に魔法に巻き込まれてしまっては大変ですよ?」

駆けつけた冒険者も皆困惑しながらもマークスの指示に従う。



「マール、調子に乗って怪我しないでよ?」

「は?あんな雑魚あたし一人で十分だつーの! そっちこそカチンコチンに凍らせないでよね!今晩のごはんになるんだから!」

「あーはいはい。・・・・じゃ、火魔法でじっくり蒸し焼きにしようかしら?」



なんか前方で待ち構える二人から場違いな会話が聞こえる。

「ロースト・・・ビーフ?」

その空気にあてられてエマも思わず料理名を口に出してしまう。



そして場違いな人物がエマの肩にもう一人

「な、なんじゃそれは!?ろーすとびーふ!?うまいのかっ!?うまいのじゃな!?そこの小娘!ろーすとびーふじゃ!!ろーすとびーふにするのじゃ!!」



何はともあれ、猛牛の魔物リーフブルの群れから放たれた獰猛な咆哮を皮切りに戦いが始まった。

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