第15話 商人ギルド

朝になり宿の食堂で軽く朝食をとりながら今日の予定を三人で確認している。

フカフカのベッドで熟睡出来た今日は目覚めが最高にいい。

昨日のように寝起きざまに頭上から固く分厚い本が高速落下してくることはなかった。


「アルトとオーヴは・・・もう街を出ちゃったのかな。」

朝食のパンを齧りながらなんとなく言う。


「お?なんじゃ、お主あのわっぱ共がそんなに気になるのか?愛い奴よのー」

五個目のパンをぺろりと平らげ口周りにパン屑を大量に張り付けたアグニラがいつもの悪戯っ子のような表情を浮かべてからかってくる。


「何言ってんのアグニラ。ほら口、行儀悪いよ。」

アグニラの冗談を適当に流しながら口のパン屑を布で拭い取る。

毎食毎食こうやってふき取るしいくつか清潔な布も買っておこう。

着替えも必要だし、洋服屋さんがあればいいな。

そんな事を考えていると隣でカチャンと金属音がした。


「そ、そそそそうだったんですかエマ!? どっちですか!? アルトさんですか!? オーヴさんですか!?」

顔を赤面させながら興奮した様子でレイナがグイグイと顔を寄せてくる。

先程の金属音は驚いて朝食のスープを啜っていたスプーンを落とした音だったのだろう。

テーブルにスープが少し零れてしまっている。


「近い近い!違うから、勝手にアグニラが言ってるだけ! 早朝に出るって言ってたからもう出たのかと思っただけ!」

どんどん身ごと寄せてくるレイナを引き離しながら反論する。


「そ、そうですか・・・・。」

すると今度はスッと大人しくなり元居た場所でスープを啜りだす。

「エマが言うならそういう事なんでしょう。」

なんて事を言っているが少し残念そうだ。


昨日5人で夕食を取った時に分かったのだが、レイナもエマと同じ14歳だった。

なんとなく近い歳だと思っていたし、聞きそびれていただけなのだが。


エマの元の世界でも同級生達は恋愛話が大好物だった。

レイナも年頃の女の子、そういうガールズトークをしたいのかもしれないが、

エマとしては元の世界では両親に変わって家事をこなしながら学校へ通う毎日、忙しくって恋愛の事なんて考える余裕もなかったし、実はまだそんなに興味もないのだ。


どうかレイナにガールズトークができる友達が沢山出来ますように。

心の中でそう願うばかりだ。


「コホン! で、レイナ馬車なんだけど、どこで手配してもらえるのかな?」

話の筋を大事な部分に戻す。

そう、今日の予定は必要な物の買い出しと、王都行きの馬車の手配をする事が目的だ。


「あ、その事なんですが、さっき女将さんに聞いたんですけどこの街から王都に向かう乗合馬車なんてものがあるそうですよ。」


さすがレイナ。仕事が早い。

「乗合馬車は価格も低価格でお財布に優しいのですが、ここから王都までのすべての街に立ち寄りますし、何よりも大人数乗り込むのでスピードは普通の馬車に比べると随分と落ちるんです。」


なるほど、それでも歩いて行く事を思うと随分楽だし早いと思うのだが・・。


「そこで!商人ギルドで馬車を手配して頂くというのはどうでしょう?」

「商人ギルドってそんな事もできるの?」


レイナが言うには冒険者ギルド同様、商人ギルドの仕事もその内容は幅広い。

商人達の仕事の仲介、斡旋はもちろんの事、一般の商店等への人材の派遣、土地や建物の買い取りや販売、また今回の事案のように一般からの相談にも幅広く対応しているらしい。



「もちろん乗合馬車よりは金額は相当上がってしまうと思うのですが、路銀にはかなり余裕がありますし、何より早く王都に着けると思いますよ。」

報酬の事もあり、お財布事情はかなり温かい。



昨日露店で夕飯を買い物している時に知ったのだが、

この世界での通貨は、金貨、銀貨、銅貨に分かれており。

銅貨10枚=銀貨1枚分 銀貨10枚=金貨1枚分 っとなっている。


ちなみに今食べている朝食は、お代わり自由のパンとスープ、スクランブルエッグがついて銅貨5枚。

かなりお安い。

昨日アグニラが大量に買い込んだ露店のご飯代は全部合わせると金貨1枚と銀貨5枚分。

こちらは少し高く感じるが、量が量なので、寧ろ安く済んだ方なのかもしれない。

このことからも分かる通り、昨日貰った報酬はかなりの高額だったということがわかる。


レイナの言う通りかなりの余裕があるので馬車は商人ギルドに頼む事にする。


「そうと決まれば、さっそく行こうか商人ギルド。」

「はい!」



お世話になった女将さんに軽く挨拶し宿を出ると目の前に広がる露店街は今日も朝から賑わっていた。


「むぅ!昨日の串に刺さっておった甘辛いのが食べたいのぅ」

肩に乗ったアグニラが鼻をヒクヒクさせながらそんな事を言う。

「今朝ごはん食べたばかりでしょ。」

適当に流しながら三人で露店街を抜けていく。



「あの、アグニラ様」

レイナが歩きながら肩の上のアグニラに不思議そうな視線を向ける。

「ん~?なんじゃ?」

「精霊様はみんな、人と同じような食事をするんですか?」

そういえば昨日アルトも言っていたんだった。

後でアグニラに聞こうと思っていたけどすっかり忘れていた。



「んー?別にせぬぞ~。お主らは物を食わなければ死んでしまうようじゃが、妾ら精霊は魔素あれば動けるしの~。」

退屈そうに肩の上で足をプラプラさせながら答える。

「えッ!?必要ないのですか!?」

「ちょっと待って!! 昨日からあんなに大量に食べてたじゃん!!!」

今だって露店の食べ物をおねだりしていたくらいだ。

精霊は余程燃費が悪いのかもしれないと思っていた。


「ふっ!お主らが食べるのに妾だけ食べぬというわけにはいかぬじゃろ?」

肩の上にシュッタっと立つと腕を組みながらドヤ顔でそう言う。

その姿に少しイラっときてアグニラを掴み目の前に持ってくる。


「ぬっ!?何をする!!」

「答えになってないよ!!それならあんな量必要なかったでしょ!」

「それは妾の鼻をくすぐるあの良い匂いがわるいのじゃ!!! 妾は何も悪くない!!」

「限度ってものがあるでしょうが!もう、罰として今日はご飯抜きだからね!!」


聞き分けのないアグニラについつい声が大きくなってしまう。

「なっ!?なん・・・・じゃと・・・!?」

食べなくても必要ないなら罰にはならないんじゃないかと思い言ったのだが、これが意外にもアグニラにダメージを与えたようだ。

顔を青くし、両手両足を力なくぷらーんと下げている。


すると、

キッとエマを睨めつけると小さな拳に力を入れ、ブンッという風を切る音と共に全力のパンチをエマに向けて繰り出す。

もちろん当たるはずもないのだが・・・・。

何発も何発も繰り出すそのパンチはぶんぶんと空振り音をならしている。


「ふんっ!少しは反省しなさい!」

「ぬおおおおおぉぉぉー!!!! 精霊虐待じゃああああああああ!!!」


「あ、あはは・・・なんだかエマがお母さんに見えてきました。」

精霊を叱りつけるエマを複雑そうな表情を浮かべたレイナがそう感想を呟いた。








――――――――――――――――――――――――――――――――――


商人ギルド

昨日訪れた冒険者ギルドのすぐ近くにあるここは、まだ早朝にも関わらずガヤガヤと賑わいをみせている。

冒険者ギルドのようないかつい、いかにも戦士という風貌の人はここでは見当たらないが、皆せかせかとギルド内を移動している。


「なんだか、冒険者ギルドとは随分と雰囲気が違うんだね」

「そうですね。なんだか皆さん忙しそうです。」

レイナと二人でその慌ただしい雰囲気に唖然としてしまう。


「ようこそ商人ギルドラグジュ支店へ。本日はご依頼でしょうか。それともお仕事の斡旋でしょうか?」

不意に横から職員であろう女性に声を掛けられる。

冒険者ギルドの職員ラナとは違い、淡々とした実に事務的な対応の職員だ。


「あ、あの、あの・・・」

レイナが少し口ごもってしまう。

「・・・・。お客様、申し訳ございませんが、少し入口から逸れて頂けますでしょうか?」

またしても淡々とした声音で指摘されてしまう。


どうやら入口近くで立ち止まってしまっていたらしい。

二人そろって慌てて謝罪し横に逸れる。

するとすぐに

「ゴホンッ。」

っと小さく咳払いをし、こちらに不快感を表した顔を向けながら男が一人中へ入っていく。




「商人は時間が命と言いますからね。 しかし・・・・いつ自分のお客様になるかわからない方にあのような態度を取るとは・・・三流の証ですね。」

っとやはり淡々とした声だが、今度はニコリとこちらに優しく微笑んでくる。

「すみませんっ」 「ごめんなさいっ」

再びその女性職員に二人で謝罪する。


「いえいえ、それでお二人は・・・・商人の方ではないようですが・・・・ご依頼でしょうか?」

そうだった。思わず雰囲気に飲まれていたけど馬車の事を相談にきたのだ。


「おや?エマさんとレイナさんではありませんか。」

突然前の方から声を掛けられる。

声がした方を向くとマークスがこちらに歩いて来ていた。


「いやー。調度この後、宿の方にお伺いしようと思っていたところです。」

これは手間が省けたと笑うマークスに朝の挨拶と宿のお礼を改めて言う。



「あ、マークスさん昨日はありがとうございました。本当にいいお宿でした。」

「そうですか!それはよかったです。あそこの主人は私の幼馴染でしてね。きっと彼も喜ぶ事でしょう。」

マークスが嬉しそうに笑う。

それにしても、実は昨日一瞬だけ見かけた宿のご主人は結構な歳のように見えたんだけど・・・・。

マークスは幼馴染という。

見た感じマークスの方が随分と若くと思うのだが・・・。

一体いくつなんだろう。



「マークス様のお知り合いでしたか。」

女性職員が恭しくマークスに頭を下げながら聞く。

「えぇ。それはそれは大事なお客様です。 何と言っても昨日街を救って頂いた英雄ですからね。」

その言葉にエマとレイナが慌てて謙遜していると、「フッと」小さく女性職員が笑いながらどこかを見ていた。


視線を追ってみると、先ほどの男がもうギルドでの用を済ませたのか先程入ってきたばかりの入口の方でこちらを向き固まっている。

そして職員が改めてその男に向き直り

「お客様、入口は塞がないように宜しくお願い致します。」

っと淡々と告げる。


「う゛っ・・・。」

声にならない声を上げた商人の男はそそくさと出て行ってしまった。


「ふふ、商人は耳が早いですからね。貴方達の噂はこの街の商人ならもうみんな知っていますよ。あの方はチャンスを一つ棒に振ったわけです、やはり・・・三流商人ですね。」


淡々と中々ひどいことを言う女性職員は口の端を少し吊り上げ不敵な笑みを浮かべている。


「で、お二人はどうして商人ギルドに?」

マークスが話の本筋を戻してくれる。


「王都までの馬車を手配して頂こうかと思いまして」

「おお!私も調度そのことでお伺いしようと思っていたのです!」

なぜかマークスが話に食いつく。


「では、ここはマークス様にお任せしてもよろしいでしょうか?」

マークスが短く了承すると、女性職員は丁寧にお辞儀をした後、せかせかと奥に戻って行った。



「ここは慌ただしくていけませんね。どこかお茶でもしながら話しましょう。」

いつもの愛想の良い笑顔を作ると早速マークスは外へと歩き出した。

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