第14話 晩餐とお別れ

マークスに案内されたのは本当に豪華な温泉宿だった。

一泊いくらくらいするのだろう。

全員分の宿泊費を出してくれたマークスに申し訳なく思うほどだ。


夕食は希望すれば宿で出してくれるのだが、せっかくだしみんなで数多くある外の露店を回ろうということになり、部屋で一息つくとすぐに外に出た。


時刻は夕方を少し過ぎ街に提灯のようなランプの明かりが灯される。

露店街にはその優しい光がところどころ灯されており、昼とはまた違った風景だ。


相変わらずそこかしこから、いい匂いが漂っていて、肩に乗るアグニラはきょろきょろと落ち着きがない。

「なっ!なんじゃ!あの串にささっておるのはッ!!エマあれじゃ、あれを買うのじゃ!!それと、あれもじゃ!!」

さっきからずっとこんな調子なのだ。

「食べきれないでしょ!これ食べて足りなかったらにしようよ。」

そう宥めるが全く聞く気はない。

もうエマの両手いっぱいに露店で買った食べ物が溢れている。


冒険者ギルドでもらった金貨400枚は4人で100枚ずつ分けることにした。

最初三人は自分達は何も出来なかったから受け取れないと断ってきたが、そんなわけにはいかない。

この三人がいたからこそ生き延びる事が出来たのだ。


アグニラはそんなものもらっても仕方がないっと言うので計算から抜いた。

もちろんアグニラの食費なんかはエマ持ちだ。



「何を言うか!!食べている間に売切れたらどーすのじゃ!!!」

このままだと皆との集合時間に遅れてしまう。

無視して目的地に歩き出す。


「聞いておるのかっ! はっ!?そうじゃ!先ほどの金貨!やっぱり金貨を妾にもよこすのじゃ!」

うん。アグニラはやっぱり抜いて正解だと思う。

無駄遣いで使い果たしそうだし。


そうこうしていると前の方で手を振るレイナの姿が見えてくる。

「エマー。ってえぇ、エマ!?そんなに食べるんですか!?」

両手に抱えた大量の食べ物にレイナが目を丸くする。

「違う、違う。 アグニラが言う事聞いてくれないんだよ」


露店街には机と椅子が丁寧にもいくつも用意されてある飲食スペースが所々に設けられており、そこの一角に各々好きな物を買い、落ち合うことになっていたのだ。


露店で購入した大量の食べ物を落とさないように慎重にテーブルに置いていくと、ぴょんと肩から飛び降りたアグニラが早速手をつけている。


「あっ!こらアグニラ!まだアルトとオーヴが来てないのに!」

「いーよ。気にしなくて。」

注意していると調度アルトとオーヴがやって来た所だった。


「うっへー!そんなちっこいのによく食べるっすねー。これは・・・負けられねぇっす!!」

同じくらい大量に買い込んだオーヴがメラメラと闘志を目に灯しドッカっと椅子に腰を下ろし勢いよく食べ始める。


「ほぅ・・・わっぱ、妾に勝負を挑むか! よかろう!!身の程を思い知らせてくれるわッ!!」

っと既に口をべったりと汚したアグニラが宣言し、同じく勢いよく食べ始める。


やれやれとアルトとレイナが静かに腰を下ろす。

「私達も食べましょうか。」

「そうだね。」

レイナがそう言うと前の二人とは違いゆっくりと食べ始める。


「なぁ、一つ聞きたいんだけど・・・」

周りに聞こえないようにアルトが小さく耳打ちしてくる・

「精霊ってさ、こんな風に俺達と同じ飯を食う物なのか?」

あれ・・・確かに・・・

昨日は何も食べてなかったなアグニラ。


「さあ、どうなんだろう?」

あとで改めて本人に聞いてみよう。





露店の食事を堪能しながらアルトに今更ながら彼らについて教えてもらった。


どうやら、アルトとオーブはこの国の出身ではなく、隣国、ハルルド共和国の出身だという。

なんでもこの国リールザルン王国が運営する、王立リーズ魔法学校の入学試験を受けるため王都に向かってているらしい。


試験までまだ日にちがあるので、修行を兼ねて途中訪れた各街のギルドから依頼を受け、旅をしながらゆっくりと向かっているんだとか。


「へぇー魔法学校か、じゃあ、アルトとオーヴは学生なんだね。」

「はは、まぁ受かればだけどな、俺もオーヴも今年15だから受験の制限ギリギリでな。ラストチャンスってやつだよ。」


聞くと魔法学校は13歳~15歳までなら誰でも受験する事ができるらしい。

しかし、リーズ魔法学校はかなりの難関校らしく受験突破もなかなか難しいらしい。


どこの世界でも受験というのは大変らしい。

「で、そっちはこの先どーすんだ?行先は同じみたいだが」

王都という行先は偶然にも一致しているののだがアルトやオーヴのようにゆっくりと向かう予定ではない。


「そうですね・・・頂いた十分すぎるくらいの報酬もある事ですし・・・・エマ、明日この街から王都に向けて出ている馬車を探しませんか?」

っとレイナが提案してくる。


馬車が出ているのならそれに乗るにこしたことはない。これは予定よりもだいぶ早く着くかもしれない。

日用品も馬車探しのついでに買いに行くことにしよう。


「そっか。まっ、その方が早く王都に着くしな。無事元の世界に帰れるといいな。」

アルトは笑顔を浮かべながらそう言うと椅子の下で仰向けに倒れているオーヴに目を落とす。


苦しそうに大きくなったお腹をさすりながら顔を青くしている。

どうやら大食い勝負はアグニラの圧勝に終わったらしい。

あんな小さな体のどこに吸収されているんだろう。


全ての料理を平らげたアグニラは顔色一つ変えず余裕の表情で

「うむ!満足じゃ! そろそろ宿に帰るとするかの?」

っと再び肩に飛び乗る。


「そうだな、そろそろ帰ろうぜ。ほら、オーヴさっさと立てよ。」

未だ苦しそうにしているオーヴをアルトが肩を貸しながら立たせる。

キングウルフの戦闘中に見た光景と全く真逆の図だ。


「ア・・・アルト、ちょっと待つっす・・・・う、動かさないでうぷっ!!」

慌ててオーヴが口に手を当てる。


「うわああ゛!!!て、てめぇ!!それだけはやめろ!!!」

こちらも慌てて飛びのくアルト。


「うっ・・・・う゛~~・・・」

フラフラと青い顔のまま口に手を当ててオーヴが歩き出す。


「ダ、ダメですオーヴさんこんなところで! せめてこのバケツを!!」

オーヴが今にも失態を起こしそうなところでレイナが収納魔法から大きめのバケツを出しオーヴの元へ駆け寄る。


「オーヴさん!これを使ってくだぶへッ!?」

勢いよく駆け出したレイナは固定された椅子に盛大に躓きバケツを抱えたまま体制を崩してゆく。


そしてその勢いをころすことなく大きく膨れ上がったオーヴの腹目掛けてレイナの頭が真っすぐに突っ込んで・・・・。

「グフォァァァアアア!!!!!!!」

見事な・・・・弾丸の様なレイナのヘッドバットが決まってしまった。

その時起こったオーヴの失態は言うまでもない。


こうして、賑やかながら大惨事を生んだ晩餐は終わっていった。





――――――――――――――



明日の早朝にこの街を旅立つというアルトとオーヴに宿の入り口で別れの挨拶をする。

女性陣と男性陣はマークスが部屋を別で取ってくれているので、顔を合わすのはこれが最後かもしれないからだ。


この二人の青年には本当に感謝している。

アグニラの正体をオーヴに隠しているのはなんとなく一人だけ仲間外れにしているようで心苦しいので、アルトに説明しておいてっと耳打ちしておく。

どのみちこの二人が言いふらすことはないだろう。


死線を共にくぐり抜けたからだろうか。

エマにも不思議だが、この二人は心から信頼できる気がした。






二人の青年と別れた後、レイナとアグニラを連れだって宿の温泉に行き、現在は部屋のベットに横になっている。


温泉は、そこは流石に高級宿、広々とした浴場は開放的な露天風呂形式になっており、程よく濁った白湯は源泉かけ流しだった。

浸かっているだけで、その温かさと雰囲気の良さに体の疲れがすーっと抜けていくようだった。

湯の中でついウトウトしてしまいそうだったので入浴もほどほどに部屋に戻ったのだ。



隣のベットではいつの間にかレイナがもう寝てしまっていた。

エマも昨日の野宿とは違うフワフワのベットの感触にすぐに目が重くなる。

優しい光が灯された明かりを消しベットの布団を被りなおすと、今日の日を思い返す間もなく眠りへと意識が落ちていった。










小さな寝息が二つ聞こえ始めた頃、部屋に設けられた窓からは月明かりが指していた。

そして、その月明かりの下で寝息とはまた違うペラリ、ペラリと本を捲る音がする。


開かれた本は、フワフワと浮遊していたあの青い本、精霊王の本だ。

うつ伏せに寝ころびながら自分よりも大きなその本を嬉しそうに目を細めながらアグニラが眺める。

昨日まで白紙だったそのページは小さな文字で埋め尽くされていた。


その一文字一文字丁寧に読み進めていく。

しかし数ページ捲ると昨日と同じ白紙のページが続くだけであった。


「エマよ、お主の物語はどのような結末を迎えるのかの?」

アグニラは隣で眠る二人の少女を起こさぬようにこっそりと呟くと、優しく微笑みパタンっと本を閉じた。


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