第12話 ラグジュの街

「む!なんじゃこれは、パサパサではないかっ!」

そう言いながらも肩の上でちょこんと座ったアグニラは小動物の様にむしゃむしゃと細かくちぎってもらったパンを食べ続けている。


すっかり遅くなってしまった昼食は、レイナが収納魔法に入れていたパンに、アルトが持っていた干し肉を挟んで作った簡単なサンドイッチと、アルトが別の街で買ってこれまた収納魔法に保存していた玉ねぎスープだ。


どちらもホカホカで体も温まるし、十分おいしいのだが、アグニラはずっとこんな調子だ。

その割に、ちぎってもらったパンを何度もお代わりし丸々一つ平らげたのだが・・。


「アグニラ、こぼしすぎ」

先ほどからアグニラが座っているエマの肩には大量にパン屑がこぼれ落ちており少し白くなっていた。

「あぁ、すまんすまん。」

そう言うと溜まったパン屑をぷらんと垂らした足で払いのける。

雑だ・・・・。


「エマ!そのスープを飲ませるのじゃ!」

レイナがコップに注いで渡してくれた湯気が出るほど熱々のスープを

スプーンですくい少し冷ましてから自分の肩に向ける。


あちちっと小さな声を出しながらアグニラがスープを啜る。

またしてもポタポタと肩にスープの水滴が落ちる。


「アグニラ! スープ!スープこぼれてるから!」

「ん? あぁ、すまんすまん」

そう言うと再び足で肩に落ちたスープの水滴を払いのける。

払われた水滴は大きく広がり服に染みを作ってしまった。


これが毎食続くなんて・・・・

早急に対策を練らなければ!


そんなことを考えていると


「おーーーーい」っとどこか遠くの方でこちらを呼ぶ声が聞こえた。

声の方を見ると、街道からこちらに向けて進んでくる2台の馬車が見えた。

先を走る御者席の隣からオーヴが元気よく手を振っている。


やがてその距離が近づくと馬車が止まり、オーヴが駆けてくる。

「スンマセン!遅くなったっす! お?アルト治療は終わってるみたいっすね!」

「あぁ、お陰様でな。オーヴもお疲れさん。」

そう言ってお互いを労う。

この青年二人は仲がいい。



「あれ?なんっすか?そのちっこいの」

エマの肩にちょこんと座るアグニラをじーっと見る。

それに気づいたアグニラが急に立ち上がり、

「自己紹介がまだじゃったの! 妾は上級せッモガモガモガ!?」


隣にいたレイナが慌ててアグニラの口を塞ぎ、こちらにコクコクコクと高速で頷く。


「えっ・・・と、よ、妖精族のアグニラ、だ、よ?」

「妖精?そっっすか。」


おぉ!!通った!!


「うんうん!そうなんだよ!さっきは本に隠れて見えなかったんだと思うよ!アグニラ小さいからさ!」

嘘がスラスラと出てくる。


「なーんだ、腹話術だと思ってたっす。」

そう言って少し残念そうにするオーヴを見て三人がホッと胸を撫でおろす。


というかあんな危険な戦闘の最中に腹話術って、オーヴは私の事を一体どんな人物だと思っているのだろう。

そんなの考えただけでもある意味ヤバイ人なんだけど・・・。



本当は一緒に戦ったオーヴには真実を伝えたかったのだが、そうはいかない理由があったのだ。


「おう!お前さんら、大変だったみたいだな」

そうオーヴの後ろから声を掛けながらこちらに歩いてくる人物達がいたからだ。


声を掛けてきたのは筋骨隆々の大きな体躯に白髪交じりの頭をオールバックに撫でつけた中年の男だった。

そしてその横に華奢な体つきに綺麗なブロンドのロングヘア―をした男がニコニコと笑顔を浮かべながら立っている。横の中年男性よりも一回り若そうに見える。


その二人の後ろには剣を腰に帯剣させ、皮鎧をきた男性が立っている。

こちらは護衛のようなものだろうか。


「俺はそこのラグジュの街でギルドマスターをやっているウゴーンだ。よろしくな。」

白髪の中年はウゴーンと名乗り、豪快な笑顔と共に大きな手を差し出してくる。


「私はラグジュの街の管理を任されております。マークス・エメラルダ。 この度は街の危機を未然に防いで頂き誠にありがとうございます。」

マークスと名乗った男は綺麗にお辞儀をすると再び優しく微笑む。


エマも軽く自己紹介し、レイナ、アルトがそれに続く。


一通り挨拶を済ませるとウゴーンがジーっと何かを見つめながら問いかけきた。

「そこのちっこいのは「妖精族のアグニラです!!」・・・お、おう。そうか」

ウゴーンの言葉に食い気味で答える。


「妖精族・・・少しちいさす「ち、小さいタイプの妖精族です!!!」・・そ、そうですか。」

マークスの言葉にも同じく食い気味で自分でも少し意味のわからない回答をしておく。

二人とも少し首を捻っていたがなんとか誤魔化せたようだ。


肩に座っているアグニラを見ると何か言いたげにこちらをキッと睨んでいたが、

「アグニラじゃ、よろしくの」っとそっけなく挨拶した。


キングウルフと戦った場所まで全員連れだって移動する。

キングウルフそのものの亡骸等は残らず消失してしまったのだが、残った大きな爪痕からウゴーンが間違いないと判断する。



「かーっ。素材は残して置いてほしかったんだがなぁー。」

やはり貴重な素材なのか、白髪をわしゃわしゃと掻きながら残念そうな顔をウゴーンがする。

「ごめんなさい!あの時は必死で!」

っと言ってもエマ自身あんな威力の魔法が出るとは思ってもいなかったのだが。


「がははははっ! 冗談だ気にするな。生き抜いただけでも奇跡なのに、お前さん達だけで討伐しちまったんだ。胸を張りな!」

豪快に笑いながらそういう。


唯一残った魔石は街のギルドで買い取ってくれるというので、みんなで相談し後ほどギルドに訪れることにする。


ウゴーンとそんな話をしているとキングウルフの残した爪痕を見つめながらマークスが神妙な顔つきでつぶやく。

「しかし、なんでこんな所にキングウルフが。」

「ひょっとすると、王都の報告にあった例のアレがこっちにも影響しているのかもしれねーぜ。」

「私もそう思います。ウゴーンさん、念の為街の警備の強化をお願いできますか?」

「おう、帰ったらすぐに手配しておくぜ。」


マークスとウゴーンが何やら真剣な顔で話し込んでいる。

そして、一通り話が片付いたのか、マークスがにこりと笑顔を向けながら、


「さっ、皆さんおつかれでしょう? 街までお送り致しますので、ぜひぜひラグジュの街で体を癒してください。」

そう言って馬車まで先導してくれた。







―――――――――――――――――――――――――



ラグジュの街


この国では比較的に中規模程度の街というが、ワイワイと人で賑わっている。

温泉が有名でそれにちなんだ産業に力を入れているらしく。

観光客が多い。


温泉宿や、露店が多く、地方や王都からも出店する商人も多いらしい。

あちこちにある露店からいい匂いがし、温泉宿からはもくもくと湯気が上がる。

実に雰囲気が良い街だ。



「おぉ~良いの~良いの~! エマよ!あちらから良い匂いがするぞ! おぉ!!あっちからもじゃ!」

馬車からひょっこりと身を乗り出しアグニラがはしゃいでいる。

エマだって本当はゆっくり観光でもしたいところだが、今はいち早く王都に向かい、元の世界に戻るために三賢者に合わなくてはいけない。

楽しそうにしているアグニラには悪いけど、仕方がない。事情が事情なのだ。

「気に入って頂いてよかったです。」

にこっりと嬉しそうに笑顔を浮かべたマークスが言う。




「おう、このままギルドに向かうが、かまわねぇか?」

建ち並ぶ露店を横目に馬車は真っすぐと進んでいく。

どのみちギルドには寄る予定だったので、レイナと二人でウゴーンの言葉を了承する。

ただ一人ぷくーっと頬を膨らませたアグニラがこっちに抗議の目を向けていたが・・・。


後ろの馬車もこちらに続いているので、あちらに乗り込んでいるアルトとオーヴもそのままギルドに立ち寄るのだろう。


やがて長かった露店街地区を抜けると少し落ち着いた雰囲気の広い通りに出た。

「この辺りは観光客は少なく、冒険者ギルドや、商人ギルド、それに役所、精霊協会なんかがございます。それに武器屋、魔法屋、日用品店などのお店もこの辺りの方が多いので、ぜひぜひご利用ください。」


なるほど、マークスの説明通り、露店とは違う建物を構えた店舗が並んでいる。

魔石も買い取ってくれるようだし、その資金を持って日用品店はぜひ寄っておきたい。

王都までの旅に必要な物を揃えておきたいのだ。


「着いたぜ。お前さんらすまねえが、ちと執務室で待っててくれ。」

ウゴーンはそう言うと、馬車から降り早々と建物の中に入って行ってしまった。


「さっ、私達も中に入りましょうか」

先に馬車から降り微笑みながら手を差し出してくるマークス。

なんだかすごく紳士的だ。

そんなマークスの紳士的な行動にレイナがおどおどしているので、

自分も少し緊張しながらも先にその手を借りることにする。


こういうのちょっと恥ずかしいけど、断るのもなんか悪いし・・・。

そう思いながら手を伸ばそうとすると、



「うむ!」

我先にとマークスの差し出した手にアグニラがちょこんと小さな手を乗せる。


いやいやいや、アナタ浮いてるのに必要ないでしょうその手。

マークスの優しそうな微笑みも若干の苦笑いに変わってしまっている。


そんな事お構いなく満足気に手を乗せるアグニラを見て、


「ブフッ!」っと堪えきれない笑いを噴き出すレイナの声が後ろから聞こえた。


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