第11話 小さな火精霊

キングウルフと戦闘した場所から少しだけ移動し、レイナがアルトの腕の怪我を治療している。


「いきますよ。少しみるかもしれませんがちょっとだけ我慢してくださいね。」

手に回復薬の入った瓶を持ちながらアルトに言う。

アルトの傷は思ったよりも深く見ているだけでも痛々しい、すぐに手当てが必要だった。

その為、昨日レイナが自身に使った物よりも高級な上回復薬を取り出し、治療をするところである。


「お、おう。頼む。」

今から来るであろう痛みの感覚に少し緊張しているアルト。

「でわいきます、ほ、ほんとにかけますよ。・・・・あ、カウントいります?」

ゴクリっと生唾を飲み込んだあとそんな事を聞くレイナ。


「いいからさっさとやってく「えいっ!!!」~~~~~~~~~ッ!!!!」

アルトの抗議の途中でレイナがドバドバと瓶から液体を腕に振りかける。

一瞬心の準備を解いていたアルトは突然の痛みに苦悶の表情を浮かべている。


『くふ。なかなか鬼のようじゃのレイナよ』

うん。さすがに今のはちょっとひどいかも。


「へ?さっさとやれとおっしゃったので?」

っときょとんとしている。

天然でやっているというところが少し怖い。


しかし、みるみるアルトの傷は消えてゆき、痛みも完全に引いたようだ。

効果は抜群だったらしい。

やっぱりすごいなこっちの薬。


「あ、ありがとう。痛みがなくなったよ。それに悪かったな、上級薬まで使わせてしまって。」

アルトが申し訳なさそうにお礼を言う。

「いえ、こちらこそ危ないところを助けて頂いて、感謝するのはこちらの方です!」


そうだった。

レイナの危機を救ったのは何を隠そうこのアルトという青年だった。


レイナとアルトが何度もお礼の言い合いをしている現在、オーヴは街に向かっていた。



キングウルフの出現と討伐の報告のためだ。

森の奥深くにいるはずのキングウルフが街の近郊にまで出てきたのだ。

念のため早急に報告しようということになった。 


アルトは怪我の治療を最優先にするということでここに残り、身体強化を使え、獣人で足が速いオーヴが一人街に向かったのだ。


大きく抉られていた地面はレイナの土魔法で埋めてもらった。

その時に大きく開いたクレータ―の中に2m程の透明の岩のような塊を見つけた。

キラキラと水晶のように透き通ったその塊はは魔石と呼ばれる物らしく、高値で取引されるんだそうだ。


キングウルフともなればその素材も高額取引されるようだが、魔石以外は跡形もなく消滅してしまった。


「よし!オーヴもまだ時間かかるだろうし、飯にしないか?」

傷も癒えて元気になったアルトがそう提案する。

そういえばもう正午をとっくに過ぎている頃だろう。

ぐーっとお腹が鳴る。


『ほう、ええの!妾も食べたいのじゃ!』

いや本じゃんアグニラ。

そうツッコもうとした時。


「なあ、そいやすっかり忘れてたけど、なんでその本しゃべるんだ?」

っと問いかけてくる。

「あ、この本は精霊王のほ「あっーーーーー!!!」」


アルトに説明しようとするとレイナが突然声を上げる。


「そうでした!エマはさっきアグニラ様から加護を頂いたんですよね?」

言葉を遮って質問するレイナに答える。


「うん。そうだよ?」

アグニラから加護をもっらって火の魔法を使ったのだからたぶんそういうことだろう。


「ではなぜアグニラ様はにいるのです?」

「えっと?どゆこと?」

アグニラがいる事が何が不思議なのか。

困った顔をしているとレイナが説明してくれた。



本来、精霊協会で加護を与えた精霊たちはその者の魂に結び付き、一体化するのだという。

一体化した精霊はその者が生命を全うするまで加護を与え続け、その後魂から離れると精霊界に戻っていく。

とされているらしい。


「うーん、あんまり理解できてないんだけど、簡単にいうと、加護を受けて一体化してるはずのアグニラが外にいるのがおかしいって事?」


「そういうことです!」

なるほどー。こっちの世界は少し複雑でちょっと理解できない部分が多いけど、この世界の出身であるレイナが言うんだからおかしいのだろう。


そこで黙って話を聞いていたアルトが声を発する。

「ちょっと待て!そこのしゃべる本、精霊なのか?」

「え?あ、あぁうん。 火の精霊だよ。」

もはや、レイナとエマにとっては当たり前の事だったのだが、初めて聞く事実にアルトは驚いている。


「精霊がしゃべるなんて・・・聞いたことないぞ!」

そういえばレイナも同じこと言っていたなー。


『むふ!よくぞ聞いたぞそこのわっぱ!! 妾は火の上級精霊アグニラ様じゃ!! 崇め奉れ!!』

そう言ってフワフワと浮遊する本が表紙の腹をググっと逸らす。


「上級精霊!?そんなもんが・・・存在するのか・・・。いや、ちょっと待てよ、その名前どこかで・・・・」

驚きも早々にアルトはブツブツと何か呟きながら考え込んでしまった。



『ぬ?おい!わっぱ!!もっとこう、なにかないのか!!妾はすごいのじゃぞ!偉い精霊なのじゃぞ! 』

しかしその声はアルトには届いていないようだ。



話を元に戻そう。

「で、アグニラ、なんで出てきてるの? というかアグニラと一体化って、なんか少し抵抗あるんだけど・・・・」


なんだか何もかも見透かされそうでやだな。


「ははは。こちらの世界では精霊との一体化は普通の事ですから」

っとレイナが苦笑いする。


『なぜじゃ!こんなキュートな妾といつでもおしゃべりできるのだぞ? 役得ではないかっ!』

そう言うアグニラをレイナと二人でジーっと見る。


そしてずっと思っていた一言を突きつける。

「いや、本じゃん。」


一瞬の静寂の後

「エマ! しーっ!しーーっです!!それ言うとちょっと可哀そうです! か、可愛いじゃないですか! 本が勝手に動いて、しゃべるんですよ! 可愛いですよ!ね?ね!」


レイナが必死にフォローを入れているけど、あまり効果はない気がする。


『はっ・・・・!!!!』

っという声を発するとすぐにアグニラが黙り込む。


(『そうじゃった!! そうじゃったわぁーー! 妾今、本に憑依してたんじゃったわー!! あれ?今妾、本の姿でキュートな妾っとか言わなかったか? うぎゃあああーー! 恥ずかしいのじゃ! ああ、やばっ!?恥ずかしさで大魔法勝手に出そう・・・・! 落ち着け、落ち着くのじゃ!! すーーーーはーーーーすーーーはーーーー。  』)



黙ったままの本がプルプルと小刻みに動いている。

『・・・コホンッ』

っと一つ間を取ると動揺したように続ける

『そ、そじゃの。そろそろ妾の真の姿を見せようぞ!』

そういうや否や本から赤い光が溢れ出す、加護をもらった時に出現した光と似ているが、もっと色が濃い赤い光だ。


光の放出が収まると浮遊していた本がバサッと音を立てて落下する。

赤い光は上空に一点に集まり、何か形を成型していく。

そしてそれはどんどん完成していき


「なっ!?」「はわわわ」「でっっか」

ブツブツ考え込んでいたアルトも交えて

三者三葉の反応を煽った。


「くはははは! どうじゃ、これが妾の真の姿よ!」

そこにいたのは5mくらいはある赤い光を纏った少女だった。

真っ赤なショートドレスに身を包み、それと同じく腰まで伸びた美しい程の真っ赤な髪はその綺麗な色とは対照的にボサボサと無造作に流れている。


そしてその声にとても似合っている悪戯っ子のような表情を「ニッ」っと作りながら

「うむうむ、そうかそうか。あまりにも妾が美しくて見惚れておるのか。うむうむ、しょうがないの~-ふはははは」

っと満足そうに笑っている。


「あぁ、それとの、さっきの答えなんじゃが、妾は加護を与えてからエマの魔力を使って顕現しておるんじゃよ」


そんなこともできるんだ。

感心しているとレイナが隣で問いかける。


「顕現ですか? 召喚魔法でも、どんなに魔力量が多い人でも15分出し続けると魔力が枯渇して危険な状態になるとお聞きしたんですが、アグニラ様のような上位精霊を顕現し続ける事なんて可能なのですか?」


召喚魔法!?またも気になるワードが出てくる。

が、話はそのまま淡々と進んでいく。


「うむ。本来なら無理じゃな。 しかしエマの魔力は底がしれん。 先ほどの火魔法も通常の10倍の魔力が込められておったが数ミリも減っておらぬしな。」


「えっ!?」 「なっ!!」

レイナとアルトが同時に驚く。


「なんというか、使った端から魔力が回復しとるような・・・そんな感じかの。じゃからの、妾がこうして顕現するのも問題ないと思うんじゃよ。」


そう言ってチラリとこちらを見る。

別に今現在こうしてアグニラが出てきても体調に変化はないし、この先も大丈夫なら別にいいんだけど・・・・・・でも、


「うーん。ダメかな!」

「えっ!!なんでじゃ!!!」


すっかり了承してもらえると思っていたアグニラは肩透かしをくらい少々慌てている。


「だって、その姿というか、大きさだとかえって目立つし、本になったとしても、しゃべる本なんてこっちの世界の人だって驚いてるんだよ? そんなの連れて歩けないよ。」


会う人会う人に驚かれて一々事情を話すのは面倒だ。

「ぐぬぬ・・・・」

っとくやしそうにアグニラが唸る。


「それに、アグニラ様が上級精霊であるということも伏せる方がいいのかもしれませんね」

レイナがそう言い、そこにアルトもうんうんと頷いている。


この世界の人間である、レイナやアルトですら上級精霊のその存在を知らなかったのだ。

こちらも面倒な事の火種になるかもしれない。

伏せておく方が良いだろう。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」

今度はうっすらと瞳に涙を浮かべながらアグニラが唸る。

「しょうがないよ、アグニラ。その代わり人が居ない時は出てきていいからさ」

少しアグニラに同情し出来るだけ優しく宥める。


しかし


「嫌じゃ!嫌じゃ嫌じゃー!!妾も一緒に旅すんじゃーー!!」

っと両手両足をバタバタさせ子供のように駄々をこね始めてしまった。


はぁっと3人で大きく溜息をついていると急にその動きをピタリと止めボソボソと呟き始める。


「そうか!目立たぬように小さくなれば良いのじゃな! はっ!?待てよ! その方が寧ろキュートなのではないかッ!! むふふふ」


すると再び赤い光が現れ大きなアグニラを包んでいく、やがてアグニラの姿が消えるとその光は今度はどんどん凝縮されるように小さくなっていく。


もやもやと凝縮された赤い光は先程と同じように人型を形成していき、完成するとスーっと消えていった。



そして完成した人型から声がかかる

「むふふ。どうじゃ!これで良いじゃろう? しかも愛らしい!! うむ、完璧じゃ!!」


そこには

全長20cmくらいだろうか、随分と小さくなったアグニラがフワフワと浮遊しながら胸を逸らし、自画自賛している姿があった。


どうじゃ? 愛らしいじゃろ? とレイナとアルトに向かって次々とポーズを取るアグニラ。

二人とも苦笑いで返している。

そんな風景を見ながら一人「ハーっ・・・」っと大きく溜息をつく。


この人は・・・どうして普通の大きさにならないのか!

大きくなったり、小さくなったり、本になったり、何か譲れないこだわりでもあるのか!

そんな風に思えてくる。


「ま、まぁ、妖精族とかもいるし、それで通せるんじゃないか?」

え!?いいの!?

少し引きつった顔で言うアルトの言葉に驚く。

「そ、そうですね。(少し小さすぎる気がしますが・・・・ボソ)」

最後の方何かボソと呟いたレイナだが、一応アルトに同調しているらしい。



「うむ!では、そーいう事で、よろしく頼むぞエマ。」

満足そうに頷くとフワフワと飛行しちょこんっと肩に座ってくる。



「あぁそれとの、わっぱ、さっき言うておった飯じゃが、ちゃんと妾の分も用意するのじゃぞ! エマもレイナもこれから妾の分もちゃんと用意せよ! 出来るだけ極上の物を所望する!」


そう言って偉そうにビシッと音を立てるかのように指をさす。




「ハーっ・・・・」 「ハーっ・・・・」 「ハーっ・・・」


今度は再び三つ同時に大きな溜息が重なった。

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