第10話 大炎の加護

剣を構え黒髪の青年アルトが

「エンチャント風刃」っと呟くとどこからか風の気流が生まれ構えた剣に収束されていく。

そして立て続けに身体強化を唱え

目にもとまらぬ速さでキングウフルに肉薄していく。


それと同時にもう一人、

バチバチと雷を携えた槍を持った青年オーヴが同じく身体強化を唱えアルトに続く。


まずは敵を正面に捉えたアルトが飛び出した勢いのまま風を纏った剣を振りぬく

「ラァッ!!!」

短く気合を入れて振りぬいた斬撃は見えない程の早さだったが寸前で後方に跳ねながら回避され

キングウルフに有効打を与える事が出来なかった。


「チッ! オーヴ!!」

悔しそうに顔を歪めながらそう叫ぶと

すでにキングウルフの着地地点で待ち構えていたオーヴが真っすぐにその槍を刺突する。

ガンッ


「なっ!?まじっすか!!」

渾身の力を込めて打ち込んだ刺突はキングウルフに見事に直撃したが、その皮膚を貫くこともなく

鈍い音を立てながら槍を弾き返す。


そして体勢を崩してしまったオーヴに向かってキングウルフの鋭利な爪が襲い掛かる。

グオオオォォォ

大きな咆哮を放ち目の前の敵を今まさに屠ろうと腕を伸ばす


「ロックシュート!」

レイナの声と共に無数の石礫が出現し、一斉にキングウフルの腕に飛んでいく。

ガン ガン ガンっと直撃しては消えていく石礫は、傷を負わせる事は出来なかったが、伸びた腕のその軌道を逸らすことには成功した。


オーヴを捉えるハズだったその爪は大きな空振り音と共に草原を抉えぐり、深く地面を掘り起こした。


その隙に体勢を立て直したオーヴは十分に距離を取り冷や汗を拭いながらレイナに向く

「あ、あぶねー!たすかったっす!」


先程からアルト、オーヴが前衛、レイナが後ろから攻撃、フォローをこなしているのだが、

キングウルフには傷一つつけることが出来ず、危険な状態が続いているのだ。




『あのわっぱ共もなかなかやるようだが・・・時間の問題ぞ。』

依然戦いを冷静に見ているアグニラがそうつぶやく。

エマにだってこの戦況が全く良くないことは見てとれる。

しかし打開策がないのだ。



「くそっ!キングウルフってこんなにつえーのかよっ!」

ギリッと奥歯を噛みながらアルトが言う。

「この状況じゃ退散することもできなさそーっすね」

遠くの方に見える街をチラっと見ながらオーヴがそれに答える。


突如参戦したこの二人の青年もレイナと同じ考えを持っていたらしい。


その時


風切り音と共にキングウルフが一瞬でアルトに肉薄する。

さっきまでとは比べ物にならない何倍もの速さで近づいたキングウルフは大きな腕を振りかぶる。

「くっ!!」

回避が間に合わないと咄嗟に判断したアルトが剣を体側面に立て攻撃に備える。


瞬間

ガンッという大きな音と共にアルトが大きく飛ばされ、草原をゴロゴロと転ぶ。


「ア、アルトォォォォ!!」


叫びながらアルトに駆け寄ろうとするオーヴだが、そこに再度キングウルフが大きな腕を振るう。

「どけえええええええ!!」

振るわれた腕を槍の柄で受け流しながらそのまま倒れこんだアルトに向かって駆け抜ける。


「アルト!大丈夫か!」

ぴくりと小さく動くアルトを見ながら少しばかり安堵し肩を貸しながら起き上がらせる。


「グっ! だ、大丈夫だ。それよりオーヴ、なんだ今の、無理すんじゃねーよ。」

「はっ!アルトに言われたくねーっす!!」

そんな冗談を言いながら立ち上がるアルトだが、足元が少しふらつき、攻撃を受けた腕からも大量に出血している。



これでは次に攻撃を交わすこともできないかもしれない。

全員の顔に緊張の色が色濃く出てくる。


『ここまでじゃな。』

冷静に戦いを見ていたアグニラが冷酷に告げる。


『エマよ、このままでは数刻の間に皆、死ぬじゃろう。』


そんな・・・


『あのわっぱ二人も、レイナも、もちろんお主もな』


分かってる。 でもどうすれば!


『皆、勇敢じゃった。じゃが、ちと足りんかったの。』


みんな頑張った。 でもかなわなかった。 でも私は・・・また何もできなかった。


『この窮地を打開するにはただ一つ』


私には力がない。 戦う力も、守る力も。ただ見ているだけだ。




『エマよ、妾の加護を受けて見ぬか?』

戦況を見つめたまま冷静にそう呟く。


アグニラの加護?


『うむ。お主になら与えても良いぞ!さすればこの窮地乗り越えられるかもやしれぬ。・・・むふふ』

冷静な声から一転、悪戯っ子のような声音で言うアグニラ


この危機を乗り越えられるなら、迷う必要なんて一つもなかった。



「わかった!!私に加護を頂戴!」

『あい、わかった!・・・・でわ。』

アグニラの返事と共に赤い光が現れ体中に纏わりつく


「わわっ!?なにこれ!!」

『大丈夫じゃ!そのー・・・・あれじゃ、儀式的な?うむ、そう儀式的なあれだからーむふふふふ』

適当に答えるアグニラに不安になる。


その間にも赤い光がどんどん大きくなっていく

「ほ、本当に大丈夫?」

『大丈夫ったら大丈夫なのじゃ!!静かにしておれ!・・くふ・・・くふふ・・』

いや、なんか笑ってるし!


そんなアグニラに不信感を抱き始めていると


さっきまで本から聞こえていたアグニラの声が今度は頭の中に直接響く


『炎王アグニラの名において、其方に大炎の加護を与える、

       其方が死せるその時まで見守り続ける事をここに誓おう』



いつもの悪戯っ子のような声音とは違い、一段と真面目なアグニラの声だった。


大きく光り続けていた赤い光がだんだんと小さくなり、やがて消えていく。

なんだか体が暖かい。

それに危機的状況には変わりないのに心が少し落ち着くようだ。



『よし!終わったぞ!!』

「えっもう?」

今度はいつもの声音に戻っている。

終わったというが特に変化はない。

しいていえば体が少しポカポカするくらいだろうか。

そんなことを考えていると



グオオオオオオオオオオオォォ――――!


キングウルフが大きく咆哮しグッと足に力を入れ、今にもレイナに飛び掛かろうとしていた。


「レイナ!!」

エマがそう叫ぶ隣でもう一つの声が


『やかましいわ犬っころ!!! 大人しくしておれ!!』

するとフワフワと浮遊している本の前に4本の炎の杭のような物が出現する。


『まっ、これくらいは良いじゃろ?』

何かに問いかけるように呟くと一斉にそれがキングウルフに向かっていく。



グガアアアアアアア――!!!!


咆哮とは違う、魔物の叫びが辺りに響く。


放たれた炎の杭はキングウルフの4本の足にそれぞれ突き刺さり、地面に食い込んだ。


『くふふ。これでよし! エマ!お主の出番じゃ! わっぱ共そこを離れよ』

突如現れキングウルフの動きを封じた炎の杭に唖然としていた三人は、アグニラの声で一斉に距離をとる。


「アグニラ?私どうすればいい?」

『大丈夫じゃ。いきなり実践じゃが、妾にまかせよ!』

まかせろというアグニラにこくんと一つ頷きを返す。



『そうじゃな・・・まずは火の玉をイメージせよ!』

火の玉・・・・火の玉、火の玉・・・・


頭の中で火の玉のイメージを作り上げる


『そしたら、魔力を集めるのじゃ!』


魔力を集める・・・・魔力を・・・

「いや!!わっかんないよ!!!」

『む!うーむ!!なんかこう・・・・ギューッと!!』

うわ・・・また適当な・・・


とりあえず目を瞑り集中し、さっきから体に感じる暖かいものを集めるイメージを作る。

体中から手の方にゆっくり

あ、なんとなく集まってる・・・・・気がする。

これが魔力なのかな。


『よし!では妾に続き詠唱するのじゃ!!』

「う、うん!」


ん?詠唱?



『我に従えし炎の眷属よ!!』

「わ、我に従えし炎の眷属よ!!』

『くふっ・・・・我にあだなす愚のものに紅蓮の・・・・ッぷふ』

「え?何?」

『あ、や!すまんすまん! 我にあだなす愚のものに紅蓮の業火で塵にせよ! はい! 』

「わ、我にあだなす愚のものに紅蓮の業火で塵にせよ!」

『よし、シメじゃ!もう一度、火の玉をイメージし魔力を集めるのじゃ!!』

「うん!」



掌が熱い。 やはりこれが魔力なのかもしれない。


『エマ!思いっきり放てよ! 穿て! ヘルファイア!!!』

「穿て! ヘルファイア!!」


その瞬間視界一面に大きな炎が出現し、動けなくなって身もだえするキングウルフに向かって勢いよく飛来していく。



ゴオオっと激しい音を立てながら飛来していった炎は自分から離れる事でようやくその形が火の玉だとわかるくらい大きなものだった。


火の玉はキングウルフに直撃し、ズドーーーンっという大きな音と共に爆発し、

吹き飛ばされそうになる程の暴風を生んだ。


チリチリと何かが焼け焦げるにおいと、白い煙が辺りに立ち込める。


シーンと静まり返ったその場で、魔法を放ったエマ自身も驚いていた。


「な、ななななんか、すごいの、出たんだけど!」

濃い白煙で姿は見えないのだが、隣にいるであろうアグニラの方に向き声を震わせながら言う。

『くくく・・・・くはははは!上出来だ!上出来だぞエマ!!』

そんな高笑いが返ってくる。


「そうだ、魔物は!」

『うむ。反応は感じん。跡形もなく消滅したようじゃの。』



だんだん白煙も収まり、徐々に視界がはっきりと草原をうつし始める。

キングウルフがいた場所にはもうその姿が残っておらず、かわりに大きなクレーターのような穴が草原を抉り、その下の土を掘り返していた。


その光景を見て先程の魔法の威力にゾッと背筋を凍らせる。

しかし、キングウルフを倒す事ができた。

一歩間違えば、確実に最悪の自体に陥っていたことだろう。

そう思うと緊張から解き放たれた一安堵からか、一瞬で足の力が抜けへなへなとその場にへたり込んでしまう。



「エマ!」

こちらに駆け寄ってくるレイナの姿がある。

「レイナ、よかった。無事・・・ちょ!」

言いかけた途中でレイナが体中をペタペタと触る。

いつにもなく真剣な表情だ。

「ちょっとレイナ、 どうしたの?」

「いきなりあんな魔力を使って! エマ、どこかおかしいところはないですか?気分が悪いとか、ここが痛いとか!」


さっきの魔法、そんなに魔力を使うものだったのかな。

あまり魔力の事を理解していないので、どれだけ使っているのかもいまいちわからない。


「えっと、特になにもないよ。ちょっと安心したら力が抜けちゃっただけ」

「そ、そうですか。それならいいんですが・・・」

レイナが少し驚いた顔しながら続ける。


「さっきのは火属性の初級魔法、ファイアーボールですよね? ですがあの大きさと威力は一体?どんでもない魔力量を込めたファイアーボールに見えましたが・・・」


初級魔法?のファイアーボール?確かアグニラの詠唱で出現したあの魔法は・・・

「えーっと、あれはヘルファイア『ぷふぅ!!!!』」



言い切る前にアグニラが何故か笑いを噴出した。

『くくくく・・・・ぷはははははははッ! わ、我に従えし・・・ぷふッ炎の眷属を!!じゃて!・・・ぷふふふふ 』

「えっ?」

さっきの詠唱を思い出しているらしい。


「あ、あの、魔法というのは明確なイメージと、魔力量が大事ですよね。」

「う、うん」

『我にあだなす愚の者くひひひひっ』



気まずそうにキョロキョロと視線を外す様にエマが言う。

あ、なんか嫌な予感がしてきた。

「そ、その、詠唱とかは特に・・・その・・・」

「えっ!?」

「私もああいう詠唱とかしたことないですし。」

『ぐ、紅蓮の業火で―――ぷぷぷ』


そういえばレイナが魔法を使うとき名称だけ叫んでいたけど詠唱なんかしていなかった。

アルトやオーヴもそうだ。


「名称は、イメージを作りやすくするために使う事が多くて、え、詠唱はその・・・」

やめて!もうわかったから!それ以上は言わないで。


急に顔が熱くなる。 さっき魔法を使った時よりも数倍熱い。


『う、穿て!!!ヘルファ!!!くふふふふふッ!い、いかん。は、腹が・・・妾の腹が壊れてしまう!』

本の表紙がくの字に曲がりながら小刻みに動いている。

相当楽しい思いをしたのだろう。


「ア、アグニラァァァァアアア!!!」

キングウルフに負けないくらいの大きな声で真っ赤に染まった顔をしながら叫んだ。




そしてその少し後方には未だ口をあんぐりと開けて茫然と立ち尽くす少年二人の姿があるであった。

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