第9話 キングウルフ

目的地に向かって歩いている道中、草原から補装された街道が見えてくる。

といっても草が刈られて道になっているだけの土道なのだが、人の手が入っているというだけで少しばかり安心する。


道中、レイナとアグニラから魔法についての講義を受けている。


魔力を有している者なら誰でも使えるようになる無属性魔法は、リメリア魔法堂で見た擬態魔法や、ティーカップや本が移動していた小さな物を移動される物体移動の魔法、部屋に明かりを灯したりするライトの魔法、などなど日常で使う様な生活魔法が主で、攻撃にはあまり向かないらしい。



そして属性魔法は、

適正属性の精霊の加護を受けて初めて使えるようになるのだが、各街に魔法協会が存在し、そこに所属している精霊士に適性の鑑定及び適正精霊の召喚等をしてもらい、精霊の加護を受けるんだとか。


この世界では大体5歳くらいで加護を受けに行くらしい。

各属性魔法、無属性魔法、その全ての魔法においてきちんと扱えるようになるのは相当な鍛錬がいるらしく、小さな頃から練習していくんだそうだ。


また、属性魔法は無属性よりも魔力の消費が大きく、精霊の加護を受けても魔力量が少ない人は初級魔法しか使えないなんて人達も多いんだそうだ。




「なるほどー。じゃぁ私はまず、その魔法協会ってところに行かなくちゃいけないんだね」

「そうですね。まずはエマの適正を知って加護を頂かないと」

一通りの説明をのどかな風景を楽しみながら歩きながら聞き、そんな事を話している。


適正が何なのかもそうだけど、自分の魔力量はどうなんだろう。

全然なくて魔法が使えないっとかなると少し残念だな。



『あぁ、それなんじゃがの。 妾はわかるぞ、エマの適正』

「えっ?」「うん?」


さっきの説明では精霊士に鑑定してもらうのでは?

そんな疑問をレイナがつく


「えっ?アグニラ様、適正属性がわかるんですか?」

『うむ。だって妾、上級精霊じゃし。』



そういうのは早く言ってほしい。

まったく、アグニラは少し抜けている所があるようだ。

今だってレイナに

『妾は偉いのだぞ!もっと崇めるのじゃ!!』

っとか言ってるし。

見た目が本だから全く説得力がないんだけど・・・・。


「それでアグニラ、私の適正って?」

「うむ! 聞いて驚くな、エマよ!お主の適正はの・・・・・・なッ!?」


言いかけたアグニラは言葉を急に詰まらせ、止まってしまう。


「どうしました?アグニラ様?」

不思議そうにレイナが首を傾げながら訪ねる。


『ここからは反対方向じゃが・・・大きな魔物の反応が先の街に向かっておる・・・』

「えっ!?」

「今向かってる街に?」

『うむ。この反応は・・・あの森の主、キングウルフか?」


キングウルフ、昨日戦った狼の魔物のボスであり、森の主であるという。

知能がとても高く普段は森の奥深くで過ごしており、人里に降りてくる事はまずないらしい。

他の狼よりも戦闘能力はずば抜けて高く、討伐隊を組んでようやく倒せる程度っという危険な魔物なんだそうだ。


「キングウルフ!?そんな・・・なんで・・・森から出てくるなんて・・・!」

『さあの、とりあえず先の街には寄らぬ方がよさそうじゃ』


「いけません!せめて街の人たちに伝えないと!!」

アグニラの忠告を遮りながらレイナが言う。

確かにそんな魔物がいきなり街に現れると大混乱になるだろう。

沢山の人が襲われ、最悪の自体は免れないかもしれない。


しかし


『何を言っておる!! 先ほども言ったが、ヤツが向かって来ておるのだぞ! もし万が一かち合えばお主の命などないわっ!』

アグニラの怒号が飛ぶ。


「うっ」っと小さい声を上げてレイナが俯いてしまう。

フワフワの猫耳もペタンと垂れ下がってしまった。


こうしている間にも魔物は街に近づいている。

もしかち合えばレイナ一人では勝ち目はないだろう。

しかし、魔物の存在を知っている自分たちがその危険を見て見ぬふりをするなんて・・・。


またも無力な自分に複雑な気持ちになる。


「・・・・すみません。」

レイナは俯いたままギュッと拳を握った。

「やっぱり・・・私には見捨てる事なんてできません!」

そう言うと一人で駆け出して行った。


「レイナ!?」

『ま、待つのじゃ!!』

制止の声は届くこともなくレイナは走り去ってゆく。


あぁ、そうだった。 

優しく、正義感が強いこの少女が人を見捨てる事が出来るわけなかったんだ。


「アグニラ、追いかけるよ!!」

『なっ!?お主まで!?』


自分が行って出来ることがないなんてわかってる。

でもレイナを一人にはしておけない。

どんどん遠くなっていくレイナを慌てて追いかける。




―――――――――――――――――――――


遠くの方で街が見える。

レイナは一体どこだろうか。

どんどん離されて行き遂には見失ってしまったのだ。


『大方、身体強化魔法でも使ったんじゃろう。』

そんな魔法まであるんだ。

通りで追いつけない。


『いたぞ!あそこじゃ!』

アグニラが本の表紙をグイっと向ける。


道から外れた草原の中、レイナが魔物と対峙していた。

「レイナ!」

声を掛けレイナと対峙している魔物を見る。


そこには全長10mはあろうか大きな狼が唸り声を上げながらレイナを睨んでいた。

昨日の狼の3倍以上はあるだろう大きな体躯。

鋭く尖った爪と牙、見ているだけで身震いしてしまいそうだ。


「エマ!?危険です! 近寄らないで下さい!」

大きな狼の魔物、キングウルフから視線を外さないまま広げた手をこちらに向け制止を促す。


「グオオオオオォォォォォ――――」

思わず耳を塞いでしまうような大きな咆哮を上げる狼。

その威圧感だけで体がビリビリと痺れそうだ。


「くッ・・・う。 ウォーターカッター!!」

あまりの咆哮の大きさに気圧されながらもレイナが水の刃を放つ。

昨日、大木をも簡単に切断したその刃が高速で飛んでいき


バーンッ!!!


狼に直撃し、水の飛沫を飛ばしながら消えていった。


「そんな・・・・全く効いていない?」

水刃が直撃したキングウルフを見てレイナが驚愕する。


『来るぞ!!!』


そうアグニラが叫んだ時


「グルァ!!」

一瞬のうちにレイナとの距離を詰めキングウルフがその鋭利な爪を振りかぶる。


「ロックシールド!」


一瞬でレイナの目の前に土壁が出現する。

昨日何度も助けてくれた強固な土壁だ。


しかし


ドゴン!!


そのまま振りぬかれたキングウルフの爪がいともたやすく土壁を破壊してしまった。


そしてそのままの勢いで今度は大きな口で噛みつこうとする。


「レイナッ!」


「くッ! ロックニードル!!」


後方に飛びながら魔法を発動させる。


足元から尖った石の針が無数出現し今にも噛みつこうとしていたキングウルフに当たる。


ガンガンガン


っと当たっては壊れ無惨にも消えていく石の針だが、それでも少しはキングウルフの勢いを落とすことに成功し、

間一髪で噛みつきを阻止する。



少し距離をとったレイナの額には汗が滲んでいる。

攻撃魔法も効かず、防御の魔法もすぐに破壊されてしまうのだ。

このままでは危ない。


「助けを呼ばないと」


チラっと街の方を見る。


まだ少し距離はあるけど、走れば間に合うだろうか。


『先に言うたじゃろ? 討伐隊を組む程の魔物じゃ。助けを求めてもそんなものすぐには隊を組めんじゃろう。』


「そんな・・・・」


レイナと魔物の戦いを見ながら冷静に言うアグニラの言葉に絶望を感じる。


『ならやる事はひとつじゃ・・・・・む?』


アグニラが何か言いかけた時


「グオオオオオオオオオオオ!!!!!」


もう一度大きな咆哮を上げてキングウルフがレイナに飛び掛かる。

さっきよりも数段と早い。


一瞬のうちに距離を詰め

「あ・・・・・」

反応できずにそう小さく呟いたレイナの頭上に大きな爪が振り下ろされ



その瞬間



ガキンッ


甲高い金属音が聞こえ


「んぐぐぐぐぐ! お、おもてええええええ!!!!」


レイナの目の前でどこから現れたのか

少し大きめの剣でキングウルフの爪を防いでいる黒髪の青年がいた。


相当重いのだろう歯を食いしばりながらも顔を真っ赤にし、プルプルしながらも耐えているる。

突然現れたその青年にレイナがきょとんとしていると


「アルト!!ナイスっす! くらえ雷撃槍!!」


今度は風を切りそうな速さでバチバチと雷を纏った槍の突きがキングウルフの腹に向かって横から放たれる。


「グルルゥ」


キングウルフは小さく唸ると寸前のところでその槍を躱し大きく後ろ目に飛び距離をとる。

ようやく狼の腕の重さから解放されふぅっと一呼吸整えるアルトと呼ばれる黒髪の青年。


そして

「あちゃー避けられちゃったっす! 」

はははっと軽く笑いながらアルトの横に槍を持った青年が並ぶ。

短くツンツンに立った短髪は綺麗なブロンドでエマとしては少し親近感が沸く。

しかし一つ違うのは、モフモフの獣耳と尻尾があることだ。

彼もまた、レイナと同じ獣人族だろう。



「今のを外すとか・・・・流石だなオーヴ。」

やれやれと溜息をつきながらも視線は目の前の魔物から外さないアルト。

「いやー、結構全力っすけどねーいまの。 それよりも、大丈夫っすか?」

チラっとレイナの方を見ながら訪ねる獣人の青年オーヴ。


「は、はい。ありがとうございます。」

一瞬ポカーンしていた、レイナだがお礼を言い構えなおす。


「にしても・・・・なんでこんな所にキングウルフが?」

「わかりません。 街に向かっていたそうです」


『お主ら!!話は後じゃ!! 構えよ!』


アグニラの声に青年二人が振り向く。



「うおっ!本がしゃべったっす!!」

「んなわけないだろ。あの子がしゃべったんだよ。」

「えっ!いやいまの」

「腹話術!?マジっすか!!」


慌てて訂正しようとしたが何故か全然違う勘違いをされてしまう。

「いや、腹話術じゃなくてこれアグニ」

『えぇぇい!わっぱども!!!集中せぬかっ!!!』


もう一度訂正しようとしたらアグニラの怒号にかき消されてしまった。



「いや、わっぱってあんた・・・・」

「ははははっ。あの子面白い話し方するっすねー。」

「いやいやいや、違うんです!今のはアグニラがっ」


グオオオオオオオオオオオオオォォ―――――――!!!!


三度目の訂正はキングウルフによってかき消された。


そしてこの咆哮によって


再び戦いが開始されるのであった。


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