第5話 炎の精霊

「・・・さんっ・・・ゃくさん・・・・お客さんっ!」

近くで誰かの声がする。

私を呼んでいるのだろうか?

少し震えた声で何度も何度も呼び掛けてくる。


ゆっくりと体の感覚が戻ってくる。ひんやりと背中が冷たい。

私は寝ころんでいるのだろうか。

手の方に意識を集中してみる少し湿っているが、ジャリとしたものに触れる感覚がある。

土・・・かな。



閉じていた瞼もゆっくりと開けていく。

視界一面にぼんやりと少女の姿が浮かんできた。


「お、お客さん!?よかったぁぁぁー」

徐々にクリアに戻っていく視界がものすごく近い距離で

安堵の表情を浮かべながらも、目に涙いっぱい浮かべたレイナをとらえる。


「レイナさん? 泣いているの?」

「だって、だってお客さんがもうこのまま目覚めないかもと・・・・うっうぅ」

レイナの目からポツポツと涙の雫が落ちてくる。

どうやら相当心配してくれていたらしい。

この少女はとても優しい子なのだろう。


改めてお礼を言おうとまだいまいち本調子じゃない体を起こす。


「心配かけてごめんね、レイナさん。ありがブフッ!!!」

「うぎゃッ!!」


盛大におでことおでこをぶつけてしまった。

「ツーっ。ご、ごめんなさい。ちょっとまだ少し頭がくらくらしてて、距離感が・・・」

「い、いえ、大丈夫ですー。」

お互いに少し赤くなったおでこを摩っている。


「そうだ! そんな事より、お客さんゆっくりでいいので歩けますか?」

レイナが立ち上がり手を差し出してくれる。


先ほどまで視界いっぱいにとらえていたレイナの顔がなくなり、その時初めて周囲の変貌に気が付いた。

辺り一面、大小様々な木々が立ち並びその隙間から月明かりが照らしている。



さっきまでいたはずのリメリア魔法堂の風景はかけらもなく、そこは見たこともない森だった。

呆然としながら差し出された手を借り立ち上がる。


「ここは一体・・・うぅっ」

辺りを見回していると少し気分が悪くなり少し態勢を崩してしまう。


「大丈夫ですか!」

レイナが慌てて支えようと腕をとろうとする。

が、


ゴンッ!


「ゔぁっ!?」

「はぎゃ!?」


地面から少し出ていた木の根に足を取られて

凄い勢いで頭突きの形になった。

さっき打ち付けた場所と同じ場所にぶつかり、

二人して悶絶してしまう。



『全く、お主らは何をしておるのじゃ?』


不意にどこからかそんな声が聞こえた。

「だ、誰ですか!?」

レイナが少し身構えながら言う。


『ふむ。 そう、警戒するでないぞ。妾に敵対の意思は無いしの。』


話し方は少し尊大だか、元気でイタズラ好きな女の子みたいな声だ。

「では、姿を現してくださいっ!!」

レイナはまだ、身構えたまま辺りにキョロキョロと目を配らせている。


『む? 妾なら、ずっとお主らの頭上におるぞ?』

「え?」「えっ?」

そう言われて、

その声が言うまま二人で顔を上げる。



頭上にはフワフワと本が浮遊していた。

あの青い本だ。


『なんじゃ? お主ら本当に気が付いておらなんだのか? かー不敬なやつらじゃの!』

本が浮遊して、話しかけてきている。


『それに、お主、魔素酔いを起こしてるようじゃが・・・・』

エマの周りをくるくると何かを吟味するように回っている。

『ほぅ、ほぅ、むー・・・おぉ?、ほほー』



「へぇー精霊王の魔導書って喋れるんだ。」

今日一日で沢山の事がおこった為、エマはもう、ちょっとやそっとでは驚かなくなってきた。

しかし、その隣ではレイナが口をあんぐりと開けている。


「えっ・・・?その魔導書は、せ、精霊王の本なんですか?」

「はい。さっき本屋さんでエインさんに渡されたたんですよ。」

やっぱりあの時レイナは寝ぼけていたのか。



「えぇー!?ほ、本物の精霊王の本! ・・・で、でも何で魔導書が喋ってるんです?っていうか自分の意思持ってませんか!?」


あれ?

何となくこれもそういう魔法なんだろうと勝手に思っていたけど、そうじゃないのかな?

その疑問を素直に聞いてみる。


「いやいやいや、ありえませんよ!物体が意思持っちゃうなんて!ないです!そんなの!!え?あるの??いや、ないです!」


レイナが少しパニックになっている。

とりあえず魔法ではないらしい。

じゃあ、今フワフワ浮遊しているこの本はいったい・・・


その答えは意外にもすぐに出た。


『ん?妾は本ではないぞ。』

へ?いや、どう見ても本だと思うけど。

『あ、いやな、なんかな、いきなり丁度良い依代の反応がしたからの、入ってみたのだ。』


よく分からないけどいきなり理由軽っ!


「うーん、依代?ってとこがよくわかりませんが、とりあえずあなたはこの本自体ではなく、他の人?って事ですか?」


『まぁ、ザックリじゃがそんな感じかの。 あと妾は人ではなく、炎の精霊じゃ。 そんでもってこれが依代じゃの。」


そう言って本がフワリと目線の高さまで飛んでくる。

本の表紙に描かれた真ん中の枝木、その赤く塗られた窪みに最初から埋められていたガラス玉が綺麗な緋色に染まっていた。


「へ〜、色がついてる。綺麗な色だね。」

『ふふん。そうじゃろうそうじゃろう。それが妾が依代にした証じゃの』


率直な感想を言うと本が、嬉しそうな声で空中をクルクルと回った。


「ちょ、ちょっと待ってください! 属性魔法を使うにはそれぞれ生まれもった適正属性の加護が必要です。

その加護を頂くには精霊様と契約しなければなりませんよね?

私も水と土の精霊様と契約していますが、しゃべる精霊様なんて聞いた事がありません!」



なるほど。属性魔法っていうのは精霊と契約するんだ。

ますます、ファンタジーの中の話みたい。

じゃあ、他にも水精霊とかもいるのかな?

でもレイナの話ではしゃべる精霊なんていないみたいだし、この炎精霊はちょっと胡散臭いのかな。



『む!妾をそんな下級精霊と一緒にするでないわ!

妾は精霊の中でも上級も上級! 大精霊アグニラ様ぞ!』


「だ、大精霊・・・アグニラ様・・・」

レイナが驚きでカチカチに硬直してしまっている。


何故だろう、見た目はそのまんま本なのにドヤ感が出てる。

実際なんだかこちらに向けて本が反ってるし。


『ふんすっ!』

あ、やっぱりドヤってた。


復活しなさそうなレイナはとりあえず置いといて聞かなくいてはいけない事がある。

「それで、アグニラ様、ここが何処だか分かりますか? 私そろそろ帰らないと。」


いい加減帰りたい。

もはや、どれだけの時間が経ったのか分からないけど。

スーパーへの買い出しもまだ済ませていない。


『あ、やっぱり様付けはよいぞ。ちょっと言ってみただけだしの。 なんか、むずがゆいし。

そうじゃのー、ここはリールザルン王国、東にある

霧の森と呼ばれる所じゃな』


「なっ!リールザルン王国ー!?」

『うむ。』


14歳の誕生日。


どうやら私は異世界に転移されてしまったらしい。



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