第2部
■プロローグ
王都の遥か北から、魔物の群が押し寄せてくる。街道も畑も木々も関係なく踏み潰しているようで、薄暗いオーラに包まれた空に砂塵が舞い上がっていた。
さすがはリアルな『エムブリヲ』世界だ。大群を相手にする緊急バトルミッションの迫力は、凄まじいな……!
慌てて王都に引き返す馬車の揺れもリアルすぎて、シートにしがみつくのも大変だが。
「閉門! 閉門ー!」
強固な城壁に守られた、王都の北の城門に馬車が飛び込めば、吊り下げられていた鉄の格子が落とされた。
さらに、堀に渡されていた橋が鎖で跳ね上げられ、格子を塞ぐ頑丈な扉となる。
御者席にいた騎士アンジェリカも、ようやく馬車を停止させた。
「……クライ、女神様! 私は隊長のもとに行かないとっ」
【王国騎士アンジェリカがパーティから離脱しました】
表示とともに、赤毛の女騎士は馬車から離れた。城門の前の広場で兵たちを集結させる、この王都を守るウェスタ王国騎士隊長ゴルドラのもとに向かう。
また、警鐘とともに街の中に現れたのは、たくさんの【王都防衛開始】の文字だ。
何が起きたのか王都中にすぐ知れ渡り、人々が逃げ惑い、混乱が起きていた。
それにもう、彼方から魔物の咆吼も聞こえてくる。大地を揺るがす地響きもだ。
「なんて数の、闇の気配なんですか……!」
馬車の中では白の女神シルヴィーナが、4枚になった翼で身をくるみ震えていた。
その隣で頬を叩き、気合いを入れ直すのはドワーフ族のポルテだ。
「ご、ご主人様が戦うのなら、ポルテもやりますです!」
「ああ。俺たちは冒険者ギルドに登録もしてるからな。強制参戦決定だ」
馬車の外に出れば、城門前の半円状の広場には、武装した冒険者たちが集結を始めていた。
魔法の輝きとともに虚空から現れるのは、強制転送されてきたパーティだろう。
「【王都防衛】の始まりです! ギルド所属の皆さん、魔物どもを殲滅しましょう!」
「勝利した後は冒険者ギルドの方から、生存者の皆さんに報酬をお支払いしますよ~!」
「互いに協力し合い、生き延びてくださいね!!」
ギルドを運営する、白い修道服姿の女たちがその間を走り回って呼びかける。
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【王都防衛】
概要:ウェスタ王国の王都を守り切れ!
条件:王都陥落の阻止、王都民の死守
報酬:生存者×10000Gを参戦者で山分け
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ギルド登録をしている俺のもとにも、改めて緊急バトルミッションの内容が現れた。
それはもう確認済みだ。
俺は目の前に浮かぶウィンドウを切り替えた。
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名前/種族:クライ/ヒューマン
年齢/性別:18/♂
ジョブ/ランク:白魔道士/F
LV/属性:133/光
HP:99
MP:2981
ATK:41(△900)
DEF:31(△3)
MATK:212(△100)
MDEF:199
AGI:124(▼10)
LUK:35
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自分のステータスに目を通すものの、相変わらずぱっとしない。けれども魔法武器「リボルバーショットスタッフ」の入手で、攻撃力{ATK}は合計941だ。
「ようやく使い物になるレベルになったな。だが」
戦略が必要だ。
だらだらと消耗戦に付き合う気はない。
前職の高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}だったら、ザコどもを一掃してG{ゴールド}やドロップアイテムを回収しまくるところだがな。
「ゴルドラ! アンジェリカを貸せ」
俺は馬車を降りたその足で、真っ直ぐ騎士隊長ゴルドラへと詰め寄った。
「クライ殿? 今は王都防衛のため、一人でも多く戦力が必要なときだぞ!」
集めた騎士たちの前で、ゴルドラは彫りの深い髭面をしかめた。
その中にいるアンジェリカも「クライ!」とたしなめてくるが、知ったことか。
「魔物の狙いはこの国の陥落、つまり姫を殺すことだろう。なら、俺が城で守ればいい」
「それは……ううむ! そうか、姫様を……」
ゴルドラの決断は早かった。すぐにアンジェリカを手招きして呼びつける。
「アンジェリカ! お前は数名を率いてクライ殿や女神様たちとともに城へ戻り、近衛兵とともに城の守りを固めろ!」
「はい、隊長!」
アンジェリカがきびきび動き、俺たちの乗ってきた馬車には他の騎士を向かわせた。
……目算が外れた。どうもアンジェリカが俺のパーティに再編入する気配はない。
この緊急バトルミッションでは、彼女は俺の手駒としては使えないってことか。
まあいい、大事なのは俺が城に戻れることだ。
「本音を言わせてもらえば、クライ殿には残ってもらいたかったがな」
ゴルドラが名残惜しそうに言うが、くだらない。
「俺はここには必要ないだろ」
俺の強さを知るゴルドラたち騎士連中はともかく、有象無象の冒険者どもから白魔道士{ヒーラー}の俺に期待されるのは、治癒魔法をかけまくるだけの役回りだ。
だがそれも緊急バトルミッションでは、さほど重要な仕事じゃない。
「こちら、ギルドからの配給品の薬草ですわ~! たくさん手にしてくださいませ!」
修道服を着た女たちが、冒険者のパーティにHP回復用の薬草を無償配布していた。
「あれ、ギルド長さんですね」
先頭に立って薬草を配る、小柄なギルド長カトリーヌの姿を、俺にくっついてきたポルテが見つけた。
その隣で女神が瞳を潤ませる。
「ああ、なんという献身的な行為でしょう! さすがはわたくしを信仰する、冒険者ギルドの皆さんだけはありますわ! クライにも見習って欲しいですわ。ええ!」
「……というわけだ。俺がいなくてもここは回る」
女神がうるさくなってきたので、俺は話を切り上げた。さっさと馬車に引き返す。
「ちょっと、クライ? まだ話は終わってませんわよ。あなたという人は、ちゃんと戦う気はあるのですか!?」
「あるさ。だから姫の近くに居座るんだ」
「うっ。そ、それはそうですけども~~……」
「ご主人様と一緒に、お姫様を守るですよ。このハンマーで!」
ポルテが張り切るが、虚勢だな。それでも先日俺が買ってやった、新しいショートハンマーを抱きしめて笑った。
今まで装備していたのと同じのを新調しただけだが、王都の武器屋ではこれくらいしかなくてな。
それでも主からの贈り物ということで、相当喜んでいるようだ。
「負ける気はない」
必ずミッションをやり遂げ、大金をせしめて、余所でもっといいものを買ってやろう。
戦士ポルテはレベル35とそう強くないが、俺に隷属する手駒だ。便利に使ってやる。
「そうと決まれば……行きますわよ、クライ!」
俺やポルテを追い抜いて、先に女神が馬車に飛び乗った。
……こいつはついてこなくてもいいんだがな。
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