■第8話 プリンセスメイデル(4)


●4




 エリアボスを倒したCP{コストポイント}が、輝きとともに俺たちに降り注いだ。


 そして溶岩の中に千切れたヨルムンガンドが倒れ込み、灼熱の飛沫が上がる。

 それらは側にいたポルテを呑み込もうとしたが、それより早く色あせて、まるでアート作品のごとく美しく固まった。


 天井も同じだ。今にも落ちてきそうなほど熱を帯びていた岩盤が、急速に冷えていく。

 戦いが終わり、もう溶岩の雨が降り注ぐことはなかった。


 ……このダンジョンそのものがヨルムンガンドという設定だからな。

 巨蛇の頭を倒してしまえば、胃袋の活動も停止するというわけだ。


 あれだけ叩きつけてきた熱気も嘘のように消え、噴き出す汗がようやく止まった。


「勝ったー! やった、やったよ、クライくうううん!」


 冷えた溶岩の上に飛び降りて、マリアがはしゃぎながらやってくる。


 女神も残った3枚の翼を羽ばたかせ、湖岸からよろよろと下りて来た。


「クライ、皆さん! わたくし、勝利できると信じていましたわ!」

「当たり前だ」


 だが俺はいちいち2人の相手をしない。それよりもポルテの側に転がって、大口を開けたまま冷えた溶岩に取り込まれかけた、巨蛇の頭部へと近づいた。


「ご主人様! これ、ありがとうございましたです!」


 すぐにポルテが駆け寄ってきて、リボルバーショットスタッフを両手で俺に差し出した。それを受け取り、動かなくなった巨蛇の口元に突き立てる。


「ポルテ、動かせ。中を確認したい」

「あ。は、はいです!」


 俺の指図に従ってポルテが杖に取り付くと、ドワーフ族の筋力とてこの原理で魔物の口をもっと開いた。そこに張り付いたままなのは、あのキメラ娘だ。


『……こんな、まさか。僕の罠がっ、君なんかに……!』

「なんだ。まだリンクしていたのか」


 俺が確認したかったのはフランヌの状態だ。くっついたヨルムンガンドが絶命した今、その支配からは逃れているだろう、とは思ったが……その中にはゼロが居座ったままだった。へばるフランヌだが、その瞳は憎々しげに俺を見上げる。


 なぜゼロがフランヌを支配できるのか、その仕組みを俺はようやく紐解いた。

 フランヌの額には、小さな赤い宝石が埋め込まれていたのだ。


「魔法の効果を閉じ込めて使用できる、『魔石』だな? そいつに念話の魔法でもかけて、フランヌに使ったのか」


 普通は魔法銃の弾丸に使われる代物で、魔法を使えない職種{ジョブ}のためのアイテムだ。レア度は低く、入手しやすい。しかしまさかこんなふうに使うとは……。


 やはりゼロはバカじゃない。だからこそ俺に負けたことが信じられないようだ。


『君は、いったい? 白魔道士{ヒーラー}ごときが、どうして僕に立ち向かえるんだ!』

「ふん。別に、俺は何もしていない」


 俺は睨み付けてくるフランヌの顔をブーツの足で踏みつけた。

 女の顔を足蹴にして喜ぶ趣味はないが、ゼロには思い知らせてやる必要があった。

 なにせ今回、俺は……マリアやポルテの力を借りてしまったからな。


 他にやりようがなかったのも事実だが、ソロプレイ専門の俺としては最悪に屈辱的だ。

 だがそれをゼロには見せてやらない。


「俺はただ、散歩していただけだ。ちょっと暑い場所をな」

『……っ!』

「なにせ俺が出るまでもなかったからな」


 さあ、もう終わりのときだ。俺はそのままフランヌの額に埋まる、魔石に体重を乗せた。直径3センチ程度の宝石だ。軽く踏み抜けば外れるだろう。

 ゼロはそのときまでずっと、俺の足の裏を見ることになるわけだ。


『君は……!』

「恥辱にまみれて号泣してろ{クライ}。それが俺の名だ。能無しの空っぽ野郎{ゼロ}より、よほどいい名前だろう?」

『くっ……ははは! あっははははは! それを僕が覚える必要はないよ!』

「なんだと? お前……」

『これですべての罠が終わったとでも? 君たちはこのまま生き埋めになって死ねばいい。きっと勇者でも逃げられないよ?』


 ぐらり、と急に足下が揺らいだ。


 いや、冷えて固まった溶岩だけが震えたわけじゃない。

 大空間の壁が、天井が、大きな亀裂とともに軋み始めた。


 地下空間全体が崩壊しようとしているのだ。


「ご主人様あっ!」


 ポルテが俺を守ろうとリボルバーショットスタッフを引き抜いて構えるも、今にも崩落しそうな岩盤を見上げてあたふたした。


「クライくん、これ、なによ! やばくない!?」

「ひっ。ダンジョンが崩れようとしているのですかっ!?」


 駆けつけてきたマリアと女神も、突然の事態に慌てふためく。


「まあ、ここはヨルムンガンドの中だからな。エリアボスを倒したらダンジョンが崩壊する仕組みになってる、というだけだ」


 けれども俺は落ち着いていた。


『君は……?』


 足の裏でゼロが驚き、フランヌの目を見開かせる。


「偉そうに言うな、ゼロ。こんなもの、このダンジョンがもともと持っている仕組みだ。お前の罠でもなんでもないだろ」

『……だけど、すべてが埋まれば脱出不可能なはずだよ! 勇者の転生だって、地の底の隙間で繰り返すだけで……!』

「確かに崩落に巻き込まれたら、それでおしまいだ。俺も初見ではやられたものさ」


 だが俺は【アイテム】ボックスを開き、あるものを呼び出していた。


「でもな、ここは『エムブリヲ』なんだ。どんなに難易度が高くても、必ず攻略法は用意されてる。お前と違って、うまくバランスを取ってるのさ」

『な……そうか、君は!』

「ご主人様、それは?」


 俺が手にしたものを見て、ポルテがあっと息を呑んだ。


 はあ? と首を傾げるのはマリアである。


「なによ、それって……ちっちゃい、豆?」

「ランタン豆の種、ですか? クライ!」


 食いしん坊の女神は覚えていたようだな。そう、これはいつぞや俺が食べて入手した、あの青い実の種子である。

 それを適当に、この溶岩の固まった大地にぽんと放り投げれば……。


「これでいい。どこでも成長できるはずだからな」

「はあ? この状況で、種なんかどうするってのよ、もー! 食糧なんか必要ないでしょ、クライくん!」

「黙ってろ。食べるために使うわけじゃない。だいたい普通に植えても、実がなるまで24時間はかかるはずだからな。だから、こうだ。【成長促進{バースト}】!」


 俺は魔法の煌めきを放つ。反応したのはもちろん、今投げたランタン豆の種だった。

 種子が芽吹き、ぶわっと新緑のツタを伸ばし始める。その勢いは魔法で促進されているため、あっという間に溶岩の大地を緑で覆い尽くした。


「きゃあ! なんですなんですー!?」


 さながら絨毯のごとくわさわさと足下を蠢くツタに、女神は飛び上がって騒ぐ。


 が、そこまで大げさに避けなくとも、ツタは俺たちに襲いかかってくることはなかった。代わりにわさわさと大空間の端まで伸び、壁を駆け上がり、天井にまで到達する。

 そこにしっかと絡みつけば、大きく裂けるところだった亀裂を塞ぎ、岩盤の崩落を防いでしまった。さらにツタ植物はぐんぐん太く育っていく。……ポルテの仲間が植えて、長年放置されていたものと同じだ。


 この植物は際限なく成長できる。人の腕より太くなると、すぐに人の胴体を超え、ツタどうしが寄り集まってひとつに束ねられていく。


『こんな! 「ジャックと豆の木」じゃないか……!』


 俺に踏みつけられたまま、フランヌを通してゼロが驚愕する。

 そのとおりだ。天までのぼった童話の巨大な豆の木のごとく、ツタ植物はとんでもない太さになり、やがて冷えた溶岩の大地にそそり立った。巨蛇の死体を踏みつける形で真っ直ぐ伸びて、ついには階層の天井を突き破る。


「ひゃあああ! ……だ、大丈夫ですか!?」


 ポルテが思わず落ちてくる岩盤に身をすくめたが、それさえも押し分けて太いツタがどんどんと上に向かって成長した。やがて遥か彼方から、一筋の光が降り注いでくる。


「嘘でしょ……まさかっ?」


 マリアが天を仰ぎ、女神が笑った。


「外からの光ですわ! この地の底から地上まで、一気に繋がったのですか? わあ!」

「そういうことだ。それに、ほら」


 まだ豆は成長を続け、巨大な葉を茂らせていた。それらは分厚く、10人は乗れそうなサイズとなり、新たな葉が生まれるたびに上へとゆっくりのぼっていく。


「あの動く葉に跳び乗れば、そのまま脱出できるはずだ。これがこのダンジョンの攻略法ってわけだな」

「さすがは、ご主人様です!」


 どこまでも伸びる豆の木を前に、ポルテがぴょんぴょん飛び跳ねた。


 さっそく脱出といきたいところだが……その前に、俺の足の下の処理がまだだ。


『誰よりも「エムブリヲ」を熟知する、プレイヤー……。それが君か!』


 ゼロがフランヌの顔で歯を剥かせた。


『白魔道士{ヒーラー}クライ。……覚えておくよ』

「そうか。今度俺と出会ったら、必死になって逃げるんだな」


 これ以上こいつと話すことはない。俺はフランヌの顔を踏みつける足に、一瞬だけ力を込めた。額の宝石がもげるには十分だ。


「あ、うっ!」


 魔石が外れたとたん、フランヌの様子が変わった。

 巨蛇の中でぐったりと倒れ、そのまま気を失ったようだ。荒い呼吸でつぎはぎだらけの乳房が揺れているため、死んだわけではなさそうだが……。


「マリア。その剣で、フランヌの腰から下を切り飛ばせ」

「はあ? ちょっと、なに怖いこと言ってるのよ、クライくん?」

「ここに放っておく気はない。こいつもまた俺の手駒だからな。だから、持ち帰る」


 そのためにも巨蛇の死体とくっついたままではままならず、マリアの大剣で切り離す必要があった。

 一応フランヌの簡易ステータスを確認しておく。


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【キメラ巫女フランヌ】LV??

HP:4956/27000

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「黄色の重傷になってるが、5000近くあればお前の通常攻撃にはぎりぎり耐えられるだろ。それに俺を誰だと思ってるんだ?」


 俺は白魔道士{ヒーラー}だ。どんな傷でも一瞬で回復してみせる。それに万が一絶命しても、蘇生魔法だって使えるんだしな。


「フランヌを救うためには、それしかないのですね。クライ」


 女神の方が、呑み込みが早い。意識のないフランヌの側で屈み込み、その手を握った。


「きっと大丈夫です! ご主人様なら絶対になんとかするですよー!」

「あーもう~~! やればいいんでしょ、やれば!」


 ポルテにも促され、マリアは嫌々ながらも大剣に光の刃を纏わせるのだった。

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